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No.4「白昼、手を繋いで」 

俺たちは移動販売車のいる管理棟前広場へ、出向いた。 どうしても自分で「トーストに合うジャムを選びたい」と言うフミオは、俺の手をしっかりと握り離そうとはしない。 「離せって」 「いやだー。買い物するの」 そう言い合いながら、引きずられるように歩いていると、先日梨をくれた50代の女性に出くわした。 「先生、こんにちは。あら、お客さん?」 「こんにちは、僕はフミオです!今、タクミのところに泊まっているの」 フミオは村人と会話するのがうれしいのか、繋いだままの手をブンブンと振る。 「おい、やめろ」と小声で窘めても、彼の耳には届かない。 「あら、そうなの。私は宮川よ。よろしく。この村を楽しんでね」 彼女は、手を繋いでいる俺たちを、否定するような目で見てきたりはしなかった。 そこから何人かの人とすれ違ったが、皆、フミオをすんなりと受け入れてくれる。 こんなデジタルデトックス村なんて不便なところに住みついている人々は、総じて意識が高めだ。 心でどう思っているかは別としても、年の離れた男同士で手を繋ぐ俺たちに、ごく普通に接してくれる。 手を振り解こうとし続けていた俺だが、皆に姿を見られた今、万が一急に手が離れ、一瞬でフミオが見えなくなるなんてことが起きたほうが、とんだ怪奇現象だと思い直す。 そう思うと心配になって、よりしっかりと手を繋いでしまった。 何味のジャムにするか悩みに悩んで、吉田さんにアドバイスをもらいながら、ブルーベリージャムや諸々を購入した頃には、「お似合いの二人ね!」などと言ってくる人まで現れる。 俺は「いや、これには事情があって」と苦笑いするしかなかった。 — 夕方、畳の上で気持ちよさそうに昼寝をし始めたフミオの姿を眺めつつ、色々と思い起こす。 思考はどうしても、15年前のことへ遡った。 俺とフミオは恋人同士で、フミオが大きな実家を出て俺のマンションへ転がり込む形で、一緒に暮らしていた。 忙しいながらも助け合い、幸せな毎日。 そんな中、俺たちのことがフミオの親にバレた。 彼らは激怒し、親に否定されたフミオは苦悩していた。 そして無理矢理実家に連れ戻されそうになっていた頃、あの悲惨な事故が起きてしまったのだ。 フミオが搬送されたのが、俺が研修医として勤めている病院だと知った彼の両親は、意識がなく危ない状態の彼をわざわざ転院させた。 マンションにあったフミオの私物も、勝手に持ち去られていて、思い出の品も消えてなくなる。 それくらい息子が男と付き合っていることが許せなかったし、俺と縁を切らせたかったのだ。 (救急救命センターでフミオの両親が、まるで全ての原因が俺にあるかのような顔で、こちらを睨みつけていたことが忘れられない……) 俺は、程なくしてフミオが亡くなったことを、人伝に聞いた。 もちろん葬式にも出ていないし、墓の場所も知らないから墓参りもしたことがない。 15年という月日は短いようで、とてもとても長い。 さっき村で皆が、手を繋ぐ俺たちを受け入れてくれたように、時代は変わろうとしている。 今だったら彼の両親も、もう少し俺たちに理解を示してくれたかもしれないと、詮無いことを考えてしまう。 目の前で、スースーと穏やかな寝息を立てている偽物のフミオには、せめて笑っていてもらいたい。 怪奇なものに対してそんなことを考えながら、タオルケットをかけ直してやろうと手を伸ばした。 しばらくしてフミオは目を覚ます。 彼は上半身を起こし、畳の上で胡坐をかいていた俺の顔を覗き込んできた。 「どうしたの?タクミ。悲しいの?」 俺は今、どんな顔をしていたのだろう? 「別に。なんでもない」 ただそう返事をし、誤魔化すように立ち上がり、診療所の外へ風に当たりに出た。 「待ってよー」 慌てたようにタオルケットを剥いで、フミオも俺の後ろをついてきた。 「ねぇ、タクミ!見て」 フミオは診療所の前庭にしゃがみ込み、何かを指さしている。 そこには、アスパラガスみたいな緑色の茎が何本も、スーッと真っ直ぐ天に向かって生えていた。 「もうすぐ咲くね」 俺は普段、あまり草木に目を留めたことがない。 フミオに言われなかったら、このアスパラガスのようなものにも、気が付かなかっただろう。 「これ、彼岸花だよ。あちこちに生えているから、もうすぐ村が真っ赤になるね」 (彼岸花は知っているが、こんな何も無い場所にいきなり咲くとは知らなかった。真っ赤に咲きほこるのを見たらフミオは喜ぶだろうか?) そう思いながら、俺はいつの間に怪奇を心に受け入れていたのだろう、と自分でも驚く。 「フミオ、甘い麦茶飲むか?」 「うん、飲む!」 俺は、彼岸花のことを教えてくれたフミオをついつい、甘やかしてしまった。 【9月21日月曜日】 目が覚めると、やはり布団の中にフミオがいて、俺たちはごく自然に互いの体温を分け合っていた。 昨晩はフミオに診療所の簡易ベッドで眠るように指示を出し、俺は畳の上の布団で眠ったが、どうせ布団に割り込んでくるのだろうと予想はしていた。 (肌が触れ合うことに少しも嫌悪を感じないのは、やはり亡き恋人の姿形をしているからだろうか……) 布団の中で目が合うと、フミオは甘えたことを俺に言う。 「おはよう。あのさ、また麦茶にガムシロップを入れて飲みたい。ねぇ、作ってタクミ」 俺は大きくため息をついて、彼に注意を促す。 「あんなに甘いもの、毎日のように飲んだら糖分の摂り過ぎだ。朝は普通の麦茶で我慢しろ」 医師として真っ当なアドバイスをしてしまったが、そもそもこのフミオはコックリさんで、健康を心掛けるべき人間ではないのだということを、うっかり忘れていた。

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