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No.9「パズルのピース」

フミオがあくびをし始めたので、酒の入った皆に暇を告げ、俺たちは診療所へ戻ることにした。 道端に咲く真っ赤な彼岸花が月明かりに照らされ、幻想的だ。 怪異には、お誂え向きのシチュエーションかもしれない。 「楽しかったし、美味しかったねー」 管理棟広場から離れれば、もう手を繋ぐ必要はなかったが、俺たちは互いを離さぬまま診療所へ帰った。 敢えてそうしたというより、もはや手を繋ぐことが自然になってきているのかもしれない。 交代でシャワーを浴び、歯を磨き、もう随分と眠そうなフミオのクルクルとした柔らかい髪をドライヤーで乾かしてやる。 温風が気持ちいいのか、フミオは途中からグラングランと揺れながら眠り始めてしまう。 「ほら、フミオ。ちゃんと髪乾かさないと風邪ひくぞ」 コックリさんが風邪をひくのかは知らないが、乾ききるまでドライヤーをあて、畳の上に布団を敷いてやる。 フミオは吸い込まれるように寝床に入り、スースーと眠り始めた。 狭い布団だが、彼は右側に寄っていて、左側に俺のためのスペースを空けてくれている。 一方、俺は頭が冴えちっとも眠くはなかった。 珍しく冷蔵庫から缶ビールを出し、グラスに注がずにそのまま飲む。 帰宅したときには、ガラス窓から見えていた月は、高くに昇ってしまったようで見えなくなっていた。 本棚に立て掛けたクリアファイルを手にとり、中から鳥居の書かれたコピー用紙を取り出して、眺める。 (この一枚の紙から始まったんだな……。フミオを帰すか、帰さないか。あぁこんなとき、離島の診療所でハマっていたAIチャットがあったら、相談したのに……) AIと会話できないからコックリさんを始めたくせに、おかしな話だ。 そう考えたら面白くなって、一人声を出し笑ってしまう。 ちゃんと自分で考え、決めなければいけないということか。 「……タクミ」 寝言なのか、フミオが小さな声で俺の名を呼んだ。 俺はビールの空き缶を片付け、トイレに行き、彼の空けてくれている布団の左側へもぐり込む。 冷たいビールで身体が冷えたことを言い訳に、そっと温かいフミオを抱き寄せた。 — 【9月26日土曜日】 昨晩誰かが言っていたとおり、朝食を食べ終えた頃には、雨が降り出した。 雨天だと、診療所もいつもより暇になる。 「ねぇ、本物のフミオの話をして」 偽物のフミオは時々こうして、俺に話をねだった。 俺は暇そうにしていたフミオに、少しいじわるなことを言う。 「フミオが三分で放り出したジグソーパズルあっただろ?本物のフミオなら、あれを意地になって完成させただろうな」 「ふーん」 気のない返事を寄越したくせに、しばらくすると、ローテーブルの上にパズルを広げ始めた。 「うーん」「あー」と声を上げながら、1ピースずつ手にとり、茶色い猫ばかりが描かれた完成図と見比べている。 どうせまた、すぐに飽きるだろうと思って見ていたが、フミオは意外と真剣に取り組み出した。 (もしかして、本物のフミオをライバル視しているのか?) あまりに一生懸命取り組むフミオを見て、俺も患者がいない時間はその隣に座り手伝った。 外枠が出来上がり、だんだんコツが掴めてくると、面白さが分かってくる。 「あとは僕がやる」 「そっか。完成楽しみにしてる」 しばらくカルテの整理をしてから、妙に静かになった畳の部屋を覗くと、フミオはゴロンと寝転び眠っていた。 ローテーブルの上を見ると、200ピースの茶色いパズルが見事完成している。 「フミオ、やるな」 俺はスースーと眠る彼の、柔らかくクルクルとした髪を愛おしく思い、撫でてやった。 — 雨が上がった夕方。 俺はフミオを置いて、一人で管理棟へ固定電話を借りに行く。 まず、代表番号を記憶している過去の勤め先である大学病院へ、電話をした。 世話になっていた先輩医師を呼び出してもらい、頼み事をする。 「先輩、ご無沙汰しております。突然で申し訳ないのですが、〇〇市の市役所の電話番号を調べてもらえませんか?」 「なんだ、その昭和時代みたいな頼み事は。あぁ、そうか。タクミは今、デジタルデトックス村とかいう特殊な場所にいるんだったな。どうだそっちは?上手くやれているか?」 「えぇ、はい。今度ご報告に伺います」 「電話でダラダラ俺と話す時間はないってことか。全くオマエって奴はさ……」 そう言いながらも、先輩は手元のスマホで素早く検索してくれたようだ。 「番号、読み上げるぞ」 吉田さんに借りた用紙に8桁の番号をメモし、先輩にお礼を言って電話を切った。 さて、ここからが本番だ。 俺は大きく深呼吸をし、知ったばかりの電話番号を押す。 スムーズに、もうすぐ閉庁時間になってしまうだろう役所のオペレーターへ繋がった。 ここからは運任せだ。 本日、市長が在庁しているかも、分からないのだから。 電話口の女性に自分の名前を名乗り、市長へ繋いでほしいと伝える。 怪しまれないように、大学病院の名前も出したが、すんなりとはいかない。 「どういったご用件でしょうか。またはアポイントは御座いますか?」 「あのお願いです。市長に私の名前だけでも、お伝えいただけませんか?電話に出ていただけるかどうかは、市長にご判断していただきたいのです」 「しかし……」 「大切な要件なのです。どうか、お願いします」 「少々お待ちください」 長い時間待たされた。 受話器の向こうでは、「エリーゼのために」が延々と流れている。 (15年も経ったのだ。俺の名前を忘れてしまった可能性もある。あの頃市議だった人は、今や市長になって、なお忙しいだろうから) 「はい」 諦めかけた頃、突然メロディーが止まり、低い声が聞こえた。 俺はその声を聞いただけで、身体が震えてしまう。 だが、電話には出てくれたのだ。 きちんと用件を伝えなくては。 「ご無沙汰しております。お願いがあってお電話をさせていただきました。フミオの墓参りをさせてもらいたいので、墓の場所を教えていただけますか?」 一瞬の間が空く。 「確か君は今、隣県のデジタルデトックス村の診療所にいるんだったね。そこにFAXはあるのか?」 「えっ、あ、はい。あります」 もしかして、フミオの父は俺の動向を気にかけてくれていたのだろうか。 でないと、俺の現在の勤務地など知るはずがない……。 「すぐに地図を送ろう」 それ以上は何も聞かれない。 「あ、ありがとうございます」 慌てて、こちらのFAX番号を伝える。 「気を付けて行くように」 まるで俺を気遣ったようにそう告げられ、俺は驚きを隠せなかった。

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