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No.10最終話「手をつなぐ夜」

【9月27日日曜日】 「おはよう……」 いつもより早い時刻にセットしておいた目覚まし時計が鳴り、手を伸ばしてそれを止める。 狭い布団の中で、寝ぼけた顔をしたフミオと目が合った。 「昨日で秋の彼岸は終わったが、今日、墓参りに行くことにした。フミオも一緒に行くだろ?」 寝起きの彼を誘ってみるが、首を横に振る。 「どうして?電車に乗って、新幹線に乗って、美味いもの食って帰って来よう」 「無理だよ……。僕はこの村から出られないもん。タクミがこの村に呼んだから、この村にしか居られない」 「そうなのか……」 怪異にはそんなルールもあったのかと、改めて驚く。 俺は朝食の支度をし、フミオのために昼食のサンドイッチも作る。 フミオはずっと拗ねたような膨れっ面をして、俺がパンにジャムを塗る手先を見つめていた。 「じゃ、行ってくる。満月が昇る前には必ず戻るから」 機嫌の悪い彼は、ただコクリと頷いただけだった。 (そんな寂しそうな顔するな、フミオ……) だがフミオのそんな態度は、あまりにも人間染みていて、それをうれしくも、面白くも感じてしまった。 俺はまず管理棟へ行き、留守にすることを吉田さんに伝える。 電話を借りタクシーを呼ぼうとすると「だったら、宮川さんの旦那さんに駅まで乗せて行ってもらったらいいわ」と提案された。 吉田さんは俺の返事も聞かず、「ちょっと待っていて」と宮川さんの家へ駆けていく。 この村で今後も生きていくのなら、彼女たちの親切に甘えることも大切だと気がついた。 宮川さんの旦那さんは、週に何度か駅の前の県道を通って、息子さんに経営を任せた飲食店へ顔を出しているらしい。 だからその車に村人を乗せることは、よくあることのようだ。 「タクミ先生、10分後に来てくれますから少しお待ちください」 「それなら今のうちに彼岸花を摘んで来ようかな」 「彼岸花?」 「えぇ、墓参りに行くんです」 「うーん。だとしたら管理棟の裏庭に紺色の綺麗なリンドウが咲いてるからそれを持って行きなさいな」 吉田さんは親切に、リンドウを切り花にしてくれる。 切り口をキッチンペーパーで濡らしてアルミホイルで巻き、菓子かなにかの包装紙で包んでくれた。 「気をつけて、いってらっしゃい」 フミオが一人で留守番する診療所のほうへ目をやりながら、俺は宮川さんの車に乗り込んだ。 — FAXしてもらった手書きの地図を見ながらその場所へ辿り着いたのは、正午過ぎだった。 乗り継ぎも順調で、迷わずに来ることができた。 FAXは二枚あり、墓地内の墓石の位置も記されている。 名家だけあって、どれがフミオの家の墓なのか、少し離れた場所からでも見つけることができた。 しかし、どうしてだろう。 ここまで来て足が止まる。 すぐそこに、フミオの名前が刻まれた墓があるのだ。 死に目にも会えず、葬式にも出ていない俺にとって、フミオの死は可視化されていない。 未だ心のどこかで彼の死を信じきれておらず、どこかからヒョッコリと現れるのではないかと15年の間、思ってきた。 そんなだから俺は、AIチャットのフミオも、コックリさんのフミオも、抵抗なく受け入れてきたのだろう。 でも前方の大きな墓には、間違いなく彼の名前が刻まれているはずだ。 俺はこの石の下にフミオが眠っていると思って、ここへ来たわけではない。 今、俺が求めているのは、そういう目に見えないものではなかった。 フミオの死を、その現実を知るために電車を乗り継ぎ、ここへ来たのだ。 手に持ったリンドウの切り花を握りしめ、一歩一歩、墓に近づいていく。 「あぁ……」 やはりその御影石には、フミオの名前と亡くなった15年前の日付が刻まれていた。 視界が歪み、その墓石の文字が読めなくなる。 ポタポタと目から雫が溢れ落ちて、何かが決壊したように泣き崩れてしまった。 (フ、フミオ。どうして、どうして、俺を置いて……。なぁ、もう一度会いたかったよ。もっともっと話がしたかった。手をつないで、キスをして、それ以上のことも、もっとたくさんしたかった……) 一度流れ始めてしまった涙は、止まることを知らない。 長年溜め込んだ思いが、心の奥底から一つずつ剥がれ落ちるように湧いては、目から溢れ出してくる。 そもそもフミオの死に対してちゃんと泣いたのは、今日が初めてかもしれない。 どれくらい、墓前にいただろう。 気がつけば心が少し軽くなっている。 冷静になった頭で周りを見渡すと、墓の横には、死んだチョコレート色の犬にそっくりな石像が、置かれていた。 そして、墓の周りには真っ赤な彼岸花が咲き乱れ、風に吹かれて揺れている。 「フミオ、さようなら」 俺は墓石に背を向けて、歩き出した。 — 「ただいま」 診療所の扉を開け、フミオの姿を探す。 畳の部屋でタオルケットを掛け昼寝をしているだろうと予測していたが、そこに姿はない。 簡易ベッドの上にも、トイレにも、洗面台にもフミオはおらず、ローテーブルのジグソーパズルがグシャグシャに壊されているのが目に入った。 「フミオ?」 心臓がドクンと、大きく波打った。 嫌な予感がよぎり、本棚に立て掛けてあるはずのクリアファイルへ目を移す。 それはちゃんと思っている場所に存在していて、ほっと胸を撫で下ろすが、フミオの気配はないままだ。 キッチンを覗けば、昼食に作ってやったサンドイッチは食べ終わっていて、皿もきちんと洗われている。 俺は診療所を飛び出し、フミオを探す。 この前土を掘っていた裏庭も、今日も移動販売車が来ただろう管理棟広場も、スバルくんが溺れた川沿いも、彼岸花が咲く道端も……。 しかし、どこにも見つからない。 怪異は「この村を出ることが出来ない」と、言っていた。 だから、村の中を隅々まで探せばちゃんと見つかるはずだと、俺は自分に言い聞かせる。 村が夕焼けで、真っ赤に染まり始めた。 秋分の日を過ぎ、暗くなるのが少しずつ早くなっている。 満月の日は、日が沈むと同時に月が昇るはずだ。 それまでに見つけてやらなければ。 その時、目の前を宮川さんの車が通った。 「プッ」とクラクションを鳴らして挨拶してくれるから、今朝のお礼を込めて会釈をする。 そうか、もしかして……。 俺は車が走ってきた方に向かって、駆け出す。 この道を行くと県道へ出て、隣の町へ繋がっている。 俺も行きはこの道を車で通った。 でも帰りは国道を通る一時間に一本しかないバスに乗って、違う道から帰ってきたのだ。 「フミオー、フミオーー」 夕焼けで赤く染まったフミオが、この村の境ギリギリのところで立ち尽くし、隣町の方を見ていた。 「フミオーーー」 ようやく俺の声に気づいた彼が振り向く。 そして、クシャッと表情を崩し涙を溜めた目でこちらを見た。 「ただいま、フミオ」 フミオは怒った顔でこちらに走ってくる。 いや、怒ってるんじゃない。 涙を堪えているのだ。 「すまない。遅かったから心配して迎えに出てくれていたのか?悪かった」 フミオは小さな声で「おかえり」とだけ言って、他に言葉は発しない。 早く診療所に戻り、俺はフミオの喜ぶ顔が見たかった。 だから早足で戻って、ローテーブルの上にプラスチックのスプーンと、ガラス瓶に入ったそれを並べる。 「これ、食べたがっていただろ。美味いと評判のプリンだ。一緒に食べよう」 フミオは顔を顰めたまま、畳の上へペタンと座り、スプーンでプリンをすくって口へ運ぶ。 「どうだ、甘くて美味いだろ?」 その言葉に、ついにフミオの目からポロポロと涙が溢れ落ちた。 「ど、どうしたフミオ?どこか痛いのか?」 ブンブンと首を横に振る。 そしてようやく口を開く。 「お、お別れだから?もうお別れだから、最後に、餞別として、このプリンを、買ってきて、くれたの?」 (あぁ。不安が募り、そんなことを思っていたのか……) 俺は堪らない気持ちになって、フミオを引き寄せ、強く抱きしめた。 「フミオ、よく聞いて。墓参りで本物のフミオにちゃんと別れを告げてきた。だから、俺にとっては、もうコックリさんのフミオが本物のフミオだ」 ピンときていない顔をしているフミオの涙を、指で拭ってやる。 「フミオ、帰るな。ずっとずっとここに居ろ。コックリさんが年を重ねるのかは知らない。ずっと25歳の姿のままかもしれないけど、俺はそれでもいいと思ってる。村の人には俺がどんな嘘でもついて誤魔化してやる。な?ここに居ろよ」 フミオの口角がニッコリと上がった。 その可愛らしさに、俺は彼の唇にチュッと口づけをする。 目を丸くしたフミオからは、モフモフの耳と尻尾がポンと飛び出した。 恥ずかしそうに照れた顔で、彼は言う。 「タクミ。プリンもキスも、とっても美味しい!」 — 夕食後、ガラス窓からは、まん丸の満月が見えていた。 俺は本棚からクリアファイルを持ってくる。 「本当にいいのか」と、フミオに問うことはしなかった。 もしも今更ノーと言われたら、俺が困ってしまうから。 ライターを取り出し、キッチンのシンクでコピー用紙に火をつける。 二人でその炎を眺めたけれど、あっという間に燃え尽きてしまった。 「ねぇ、夜の散歩に行こうよ」 「あぁ、いいぞ」 俺はフミオと手をつなぎ、満月が照らすデジタルデトックス村をゆっくりと歩いた。 --------------- お読みいただき、ありがとうございました。 翌朝のフミオ視点のSSをご用意しましたので、是非続けてお読みくださいませ。

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