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第一章 二話

教室に着いて、まず感じた違和感。誰も席に着こうとせず、なぜか黒板の前を囲んでざわざわしている。僕は背伸びをして、みんなが何をそんなに熱心に見ているのか覗こうとした。しかし身長が微妙に足りず、大きな紙が貼られている、ということしかわからない。  次に、そこにびっしり並んだ文字列が人の名前だと気づき、そして最後に、その横に並んだ数字の意味を理解した瞬間── 「え?」  思わず、口から零れていた。 「なに、これ……」  入試試験の点数と、学年内順位。そんなもの、普通は問い合わせても教えてもらえない。ましてや、こんなふうに公然と晒されるものではないはずだ。しかし現実には、今まさに黒板に貼り出されている。  そして当然、一番上があれば、一番下がある。  順位は最下位まで続いていた。 なんとなく、優遇制度だとか、権威主義の匂いは感じていた。けれど、ここまで露骨だとは。  そんな僕の隣で、叶は特に驚いた様子もなく振り返り、そしてニコニコと目を見張る事実を口にした。 「すげー!翔馬、一位だったんだ~」 「……え」  その言葉が脳に到達するまで、三秒を要した。 「ええっ?!」  僕は目を剥いて、紙の最上段を凝視した。次の瞬間、僕の前にいた生徒たちが、ほとんど一斉にこちらを振り返る。視線がぶつかる。背中の毛穴が、ぞわっと開いた気がした。叶はなぜか僕よりテンション高くはしゃいでいて、バシバシと僕の背中を叩いてくる。 「さすが特待生! 俺も負けてらんねーな!」  一方の僕は、滅多にない“注目”という状況に、冷や汗と動悸が止まらなかった。 ──こいつかよ。 ──なんだ、芋陰キャじゃん。 ──やっぱガリ勉だからだろ。 ──キモ。  そんな声が、視線から聞こえてくる気がして、肩身が縮こまり、心臓が口から飛び出しそうになる。  だから、とっさに口から滑り落ちた言葉がどれだけまずいものだったか。このときの僕には、全く気にする余裕なんてなかったのだ。 「べ、別に、全然大したことないよ!僕、そんな頭良くないし」  ────。  言ってすぐ、なぜか静まった空気に、自分が発した言葉を脳内で反芻した。あ、まずかったかも、と気づいたときには既に遅かった。  ここで僕は初めて、自虐とは、自分以下の人たちもひっくるめて貶す、極めてリスクの伴う行為だということを学んだのである。人と接することを極端に避けてきたせいで、そんなことにも気づけなかった。  白けた様子で散り散りになるクラスメイト達は、もう僕を友好的に見ることはないだろう。その中で唯一、叶だけは「謙虚だなあ」と気にする素振りもない。その善性をありがたく思いながらも、僕の心の冷や汗は全く止まらなかった。  僕は、何か失敗してしまったのだろうか。  まだクラスの自己紹介もしていないのに、初日にして変な注目の集め方をしてしまった。僕はそれを挽回するほどの、ウィットに富んだ言い訳をできるわけでもなく、情けないことに、「ちょっとトイレ」とその空気から逃げ出すしかなかった。  スタートダッシュを遅れるどころか逆走してしまった僕は、永遠にも一瞬にも感じられるような四十分の休憩時間を、トイレで一人、やり過ごした。  こうしている間にも、僕以外の皆は教室で友好を深めている気がして、嫌な焦りと憂鬱を晴らせないまま、時間になったのでしぶしぶ教室に戻る。 案の定、僕は浮いた存在になってしまったらしい。視線は誰よりも感じているのに、誰も僕に話しかけてこない。  ただ幸運にも、特待生同士ということで、叶とは近くの席になった。おかげで、少しホッとする。こんな僕にも「一緒にお昼ご飯を食べよう」と誘ってくれるのだから、叶はかなりいい奴だ。ただ、無邪気ゆえに何も気にせず試験結果や特待生の話題を出すので、僕はそのたびヒヤヒヤしながら、話を逸らし続けるはめになった。   ✴  昼休み。お弁当持参の叶には教室で待ってもらい、僕は購買にパンを買いに走る。  支給された生徒証明書は、ルームキーと校内電子マネーを兼ねている。本来はチャージが必要なものだが、特待生に限りチャージ不要、つまりタダだ。いつもの僕だったら、その優越感でうきうきしながらパンを五個くらいカゴに投げ込むところだろう。けれど今は、残念ながらまったく気持ちが弾まず目についたものを一つ手に取った。結局、いつものメロンパン一つと、あとはテイクアウトでホットのココア。はじめての購買が、レジの無表情なおばちゃんによって淡々と進められていくのを、僕は興味のない広告を眺めるくらい、ぼんやり気の抜けた目で見ていた。  そして、できたばかりなのに妙に生ぬるい気のするココアを受け取り、教室へと急ぎ足で戻る。その重い足取りの中、僕は終わらない一人反省会を、ぐるぐると脳内で繰り広げていた。  ──僕は、何か根本的に間違えたのかもしれない。特待生という言葉に浮かれていたが、実態は金持ち高校の一般人枠であり、学力という枠で囲われて優遇される分、ほかの一般枠の生徒とは馴染みづらいような気がした。もちろん、叶は僕と違って、おしゃれだしイケメンだし、出身校だって浮いていない。 僕みたいな、ただなんとなく響きがかっこいいから入っただけのミーハー田舎者は、完全に場違いだった。  そもそも、外部に情報があまり出回っていないのも、単に一般人とは生きる世界が違うから、というシンプルな理由なんだと思う。それを「ミステリアスでイケてる!」なんてお花畑な解釈をしていた僕が、完全に間違っている。  それに普通は、叶みたいに何かしらコネクションがあって入ってくるところを、本当にゼロ情報で入った正真正銘のアホなんて、きっと僕しかいないだろう。叶もびっくりしていたが。下調べは苦手なんだ。なんて馬鹿なんだ。「お前は勉強はできるくせに、社会を知らなすぎる」と、常々両親から言われてきた小言が頭を駆け巡る。まあ、調べても出てこない情報ではあるけれど。その時点で、「やめとけよ」と言ってくれる優しい友人が僕にいれば──! ああ、たらればが止まらない。僕はこれから、どうすれば── 「いたっ」  あまり前を見ていなかったせいで、僕は誰かにぶつかってしまった。ごめんなさい、と反射的に謝るが、僕の持っていたココアが相手のシャツにシミを作ると、背筋が急速冷凍されるように縮み上がった。 「あ! ごめんなさいっ!!」  再び叫ぶが、相手の顔を見上げた瞬間、終わった、と思った。 「……は? 何してくれてんの、お前」  相手はおそらく上級生だった。最悪だ。よりにもよって、かなり怖そうな先輩を怒らせてしまった。染髪もピアスもOKという珍しい校則のせいか、進学校出身の僕には、着崩した先輩が全員不良に見える。  平謝りを繰り返すも、先輩がもちろん僕を許すわけもなく、胸ぐらを掴まれ、足が宙に浮く。──いや本当に、何をしているんだ、僕。浴びるような説教を脳内で流したところで、覆ココアコップに返らずだ。あまりの恐怖に、僕は現実逃避を始め、脳内で財布に入っていたはずの紙幣の枚数を数え始めた。あ、だめだ。たぶん小銭しか入ってない。 「おいおい、1年じゃん」 「やめとけ、やめとけ」  ほかの先輩たちがそう言って仲裁に入ってくれたが、なぜか全員ニヤニヤしている。むしろ、面白いもの見たさで周りに集まっているような気さえする。僕は貴族の娯楽として見せ物にされている処刑台の罪人のような気分を味わいながら、これはたぶん、助けてくれないやつだ、と悟った。  どうしよう、大人しく一発くらい殴られれば、許してくれるだろうか。だんだん自暴自棄な気持ちになってきて、もうどうにでもなれと目をつむる。   ああ、こわい。でももう、なんか向こう構えてるし、話が通じる感じもしない。脳震盪で死んだらどうしよう。ごめん、お父さん、お母さん。僕はもう、ここで終わりです。ああ神様、来世はできればムキムキのイケメン陽キャが── 「おーい、なーにやってんの」  後ろから声が聞こえた。瞬間、振り向く間もなく先輩が短い悲鳴を上げた。直後、苦しかった胸が解放される。 「おっと」  よろけた身体を抱きとめられ、ふわりと、温もりに包まれる。香水ほどわざとらしくはないのに、でも絶対に忘れないような、甘い香り。 ──え、誰? 「いってぇな」  前を向くと、僕を掴んでいた先輩が、忌々しげに指の付け根をさすっていた。……助けてもらったのか。 「やりぃー」  先輩の睨みつける視線の先を追うと、妙に柔らかく、愛嬌のある声でカラカラ笑っているその人と至近距離で目が合った。透き通るようなその目に、僕は言葉を失う。──うわ、めっちゃ綺麗…… 「あのねー、全体引っ張っちゃだめだよー。指一本ね、折るつもりでいきな。簡単に抜けられるからさ」  一生懸命、身振り手振りで説明されるその物騒な言葉も、思考停止した僕の耳には入っていなかった。  この人も、おそらく先輩なのだろう。白に近い脱色された金髪は、真っ白な肌も相まって、派手というより、どこか浮いた印象を受けた。おそろしく整ったその顔立ちで微笑まれると、状況も相まって、まるで天使が助けに来てくれたかのような、まばゆい光を錯覚する。 「ん? 聞いてる?」  放心する僕に、彼は「怯えちゃってるじゃん、ひでーなー」と、あの妙に間の延びた話し方で、先輩を非難した。  そのとき、ジャラ、と耳元で金属の音がして、白い髪の隙間から、見たこともないほどざくざくのピアスが鈍く光った。 「てめぇは引っ込んでろよ、吉田」  吉田、と呼ばれたその綺麗な人はまったく歓迎された様子ではなかった。それどころか、さっきまであんなに集まっていた先輩たちも、白けた様子で散り散りになっていく。  吉田先輩は似合わない仕草でガリガリと頭を掻いた。 「またかよ、……えーと、千賀?」 「久我だっつーの」 「ああそう、まあいいや。それより、初日からはしゃぐのやめな? 後輩イビリとかダセーからさー」 「別に、お前に関係ねーだろ」 「あるよ。だって生徒会だし」 生徒会、という言葉に驚いて、僕は再び吉田先輩を見上げた。 こんな目立つ人、入学式のときにいなかった気がする。 僕の疑問に応えるように、吉田先輩がにこりと笑った。 「あ、入学式は出てないよ。だから初めましてだね。俺は君のこと知ってるけど」 「な、」 なんで、と続ける前に、吉田先輩は僕の肩を組み、久我先輩に向き直った。 「だってこの子、ほぼ満点で首席入学だよ? 万年セカンドのお前とは違うんだわ、価値が。大事にして?」 バシバシと肩を叩かれる。 力はそんなに強くないけど、たくさん付いたシルバーの指輪がゴツゴツ当たって痛い。 それに、なんだかとんでもないことを言っている気がする。 案の定、久我先輩は「なんだと?」と額に血管を浮かせた。 「だからなんだよ。こんなやつ、どうせ生徒会入らねぇから関係ねぇだろ」 「関係なくないかもよ~? だって俺、今この子を指名しようと思えばできるわけだし」 話についていけない僕の頬を、ツンツンとつつく吉田先輩。 近い。とにかくこの人、パーソナルスペースというものがない。慣れない距離感に、心臓がさっきからバクバクと高鳴っている。そのせいで、会話がまったく頭に入ってこない。 「ねぇねぇ。なりたい? 生徒会」 「え?」  急に話を振られ、そこでようやく現実に引き戻される。 (生徒会? 僕が?) 正直、何を言っているんだ、と思った。 今日の叶との会話が蘇る。生徒会、特権階級、僕とはまったく違う世界。 なれるわけがない。 だって生徒会って、吉田先輩がいるような、なんか……とにかく異次元の場所だ。 一生徒としてですら場違いで浮いている僕が、そんな地位に馴染めるわけがない。 僕は必死で、首を左右に振った。 「えー、かわいいじゃん。おいでよ。俺が守ってあげるよぉー、こんな馬鹿ゴリラ暴力男からさぁー」  近い、近い、近い。体重をかけてくる吉田先輩が、ベタベタまとわりついて、耳にふぅっと息をふきかけるので、僕は鳥肌が立った。  久我先輩が、そんな吉田先輩を白けた顔で見下ろしていた。 「お前はコネで生徒会に入っただけだろうが。どうせ、上の誰かと寝たんだろ?」 「はっ、んなわけ。妬むなよ、お前がブスで生徒会入れなかったからって」  空気が読めない僕でも、この一瞬で空気が凍りついたのはわかった。一瞬のうちに、見えない刃が相打ちになったみたいだった。  ちなみに、久我先輩を庇うわけではないが、客観的に見ても、全然不細工ではないと思う。僕から見れば目つきは悪いが、むしろ整っているくらいだ。 しかし、綺麗な人が言う「ブス」の破壊力は凄まじく、残酷で、言い返せない分だけグロテスクだった。僕は自分が言われたわけでもないのに、勝手にその刃を食らってしまう。 「あは。効いてんの? 嘘嘘、生徒会に顔とか関係ないからさ?まあまあ、気にすんなってー。ブスなうえに運もない久我君〜?」  気づいたら、放心する僕の手から、生ぬるいココアがひったくられていた。 「ほら、かっこよくなるおまじない♡」  わざとらしく甘い声を出して、吉田先輩は、それを久我先輩の頭の上で、真っ逆さまにひっくり返した。  僕には、映像がスローモーションのように流れて見えた。しかし、あまりのことに反応できず、奥歯を噛みしめて、ただその光景を見ていることしかできなかった。  「いいいいっ……」  頭からココアをぶっかけられた先輩は、見たこともないような、感情の抜け落ちた顔をしていた。人を殺す直前ってたぶんこういう顔をするんだと思う。 「アハハハハハッ、きったねえーーっ!!」  まったく面白くない状況で、爆笑している吉田先輩。僕の背後では、「うわ、やりやがった」「マジであいつやばい」「イカレてる」と、通りすがりの人たちのドン引いた声が聞こえた。  本当に、どうかしてる。  さっきまであんなに怖かった久我先輩が、途端に可哀想に見えてくる。確かにいい人ではない、のかもしれないけれど、それ以上に、吉田先輩はどう考えても悪だ。  なんなら、僕のせいで吉田先輩に絡まれたという罪悪感で、土下座でもなんでもして謝りたい気分だった。少なくとも、このびちゃびちゃに汚されたシャツは、弁償しなければならない。 「……てめぇ」  久我先輩は、吉田先輩の襟首をつかみ、強く引き寄せる。その声は静かだったが、目は明確な殺意に血走っていた。  吉田先輩は相変わらず、ひーひーと息を切らし、目尻に浮いた涙をこする。本当に、何ひとつ笑えるところがない。いったいどういう感性をしているんだろう。彼には、一時期流行っていた、なんちゃら診断というやつをやってみてほしい。ほら、あの、人を殺した人が何を考えていたか、みたいなやつ。  吉田先輩は「何?」と、わざとらしい上目遣いで、煽る姿勢をやめない。  どうしよう。この展開、いよいよ殺人事件が起こってしまう。暴行なんかじゃ済まない。絶対殺されてしまう。吉田先輩は身長はあるけど、体型はかなり細身だ。その気になれば、一撃で肋骨が三本くらいは簡単に折れてしまいそうだった。  いよいよ先生を呼びに行こうか迷っていると、僕の算段は外れ、久我先輩は掴んでいた襟を突き放した。とても許したようには見えなかったけれど、吉田先輩は、それを最初からわかっていたかのように口笛を吹く。 「かしこいねぇ~。さすが特待生」  また何か嫌味を重ねていたが、久我先輩はその煽りには乗らず、睨み合ったまま、やがて去っていった。 ✴  呆然としている僕の手に、すっかり空になったココアのカップが握らされた。 「はい、返す」 「あ、はい……」  呆然としたまま、どうしていいのかわからず、僕は立ち尽くした。  どうしてこう、何かするたびに一つ問題を起こしてしまうのだろう。下手に大きな騒ぎになってしまったせいで、きっと同じクラスの人たちにも広まってしまうかもしれない。 「君、俺に見つかってラッキーだね」 「え?」  今、まさに正反対のことを考えていたのに。吉田先輩は悪びれる様子もない。 「気を付けないと。君みたいなの、ソッコーでタゲられて食われちゃうよ」  そんな手をくしゃりと曲げて、愛嬌のあるガオーのポーズをされたとて、僕の耳にはまだ先輩の狂った笑い声が鮮明に焼き付いている。 「あの、助けてくれてありがとうございました。では、僕はこれで」  早口でそう告げ、後ずさりしながらそっと距離を取る。森で熊に遭遇した時の足さばきだが、気持ち的にはそれくらいおそろしかった。なるべく刺激しないよう、足音を立てず、素早く── 「ちょーい、ちょーい、ちょい」  逃げようと思ったのがバレて、シャツの背中を掴まれた。 「ま、まだ何かあるんですか」 「逆にこれで、何事もないと思ってるの? 渡辺翔馬くん」 「な、なんで、僕のこと……」 「何でもいいじゃーん。でさ、クエスチョン! 今後も、ああやって絡まれたとき、君はどうするべきでしょう!」  先輩はまた馴れ馴れしく肩を組み、指を三つ立てる。 「1.助けを呼ぶ」 「2.友達に相談する」 「3.大人しく殴られる」  なんかまたよくわからないことを始めたな、と思ったけれど、がっちりと掴まれ逃げられない以上、僕は強制的にその質問に答えなければならなかった。 「え、1……じゃないですか?」 「不正解。助けてもらえるわけねーじゃん」  にべもなく言い捨てられてムッとしたけれど、さっき面白がって群がってきた先輩たちの様子を思い出すと、先輩がそう言うのも無理はない気もする。 「じゃ、じゃあ、2?」 「ぶっぶー。友達ごとタゲられて終わり。そもそも君、友達いんの?」 「…………」  薄々感じてはいたが、この人、かなりデリカシーがない。自他ともに認めるぼっちの自覚がある僕でさえ、ここまで真正面から言われれば普通に傷つく。 「じゃあ、3しかないじゃないですか……」 「そうだよ。どんまい、歯を食いしばれ!」  明るく爽やかに言われて、申し訳ないけれど、かなりイラッとした。なんでこんな不安になることばかり言うんだろう。先輩が何を考えているのか、まったくわからない。 「そんな迷える子羊ちゃんに、幻の4番目を教えてあげよう」  吉田先輩は、にんまりと笑う。  要するに、これが先輩にとっての本題なのだ。 「放課後、生徒会室ね」 ✴ 「……ていうことがあってさ」 「初日から飛ばすね~」  昼休みを三十分も食いつぶして現れた僕の罪悪感を、叶はあっさり朗らかに笑い飛ばした。先に食べていてもよかったのに、目の前にはまだ手を付けられていないお弁当がある。吉田先輩の「一緒にタゲられて終わり」という言葉が、まだ耳に残っていた。この先、何があろうとも、叶を巻き込むわけにはいかない。  心配していたが、まだクラスにあの騒動の噂は流れていないようだった。教室には、僕らを除いて二組ほどしかいない。叶いわく、ほとんどの生徒は学食のほうへ行ってしまったらしい。 「それで、生徒会の人に助けてもらったんだけど……」 「え、マジ? 誰?」  興味津々に聞かれ、言ってもわかるものだろうかと思いながら、「吉田って人」と答えた。すると叶は、「うわぁ」と、本人を知っているとしか思えない反応を見せた。 「副会長じゃん」 「え、あの人、そんな偉いの……?」   あのやる気のなさそうな態度からは、とてもそんなふうには見えなかったが。 「うん。それで、どんな感じだった?」 「……変な人だった」 「だろうね」  苦笑いする叶に、今日実は生徒会室に呼ばれている、とはなんとなく言い出せなかった。そんな僕の心を読んだかのように、叶はお弁当を見つめながら、軽く釘を刺す。 「翔馬、その人にはあんまり関わらないほうがいいよ」 なんとなく、本気の忠告だな、と思った。きっと叶は、まだまだ僕の知らないことを知っている。  その言葉に耳を傾けたほうがいいに決まっているのに、僕はそれ以上この話を深掘りする気になれず、 「そうかなぁ……」 と、曖昧に濁してしまった。

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