4 / 10

第一章 三話

結局僕は、どうするかの決意も固まらないまま、気づけば放課後を迎えてしまっていた。一緒に帰ろうと誘ってくれた叶を「用事がある」と断ったのはいいものの、いまだに生徒会室へ向かう勇気が湧かない。  教室脇のロッカーを整理するフリも、かれこれ二十分ほど続けていて、そろそろ同級生から怪しまれる頃合いだ。それでなくとも、僕は今日、二度も派手にやらかしているわけだし、これ以上距離を置かれては困る。 「捕まえたっ」 「……っ!」  ……びっくりした。いきなり耳元で声がして、背骨が三センチくらい縦に伸びた気がする。 「よ、吉田先輩……」  振り返ると、吉田先輩が至近距離にいた。飛び退こうとした瞬間、先制するように肩を組まれる。 「逃げようとしてたでしょー」  あと少しで顔がくっつきそうなくらい近づいてくるので、僕は咄嗟に周囲を見渡した。もうほとんど人はいないが、隣のクラスから出てきた生徒が、こちらをじっと見ている。 「わ、あの、ちょっと、離れてください!」 「なんで? 逃げるの?」 「逃げないです! その、今から行こうと思ってて……」  離れてほしい一心で、まだ覚悟も決まっていないのに、そんなことを口走ってしまった。吉田先輩は、ふうん、と僕を品定めするように眺めていたが、やがてぱっと笑みを浮かべると、そのまま僕を連れて歩き出した。 「じゃあ、行こっかー」  僕は慌てて足元のバッグを掴み、ロッカーを閉める余裕もない。つんのめるように歩きながら、訝しげにこちらを見る同級生に、どうか変な噂を流されませんように、と心の中で祈った。 ✴ 「で……これは、どういう……?」  殺してくれ。僕は今、これまで生きてきた中で、一、二を争う羞恥心と居たたまれなさを味わっている。 「だーかーらー、生徒会の埋め合わせ、この子でよくない?って言ってんの」  絶対によくない。僕は心の中で、副会長である吉田先輩に対して「正気か?」と疑いの目を向けた。  生徒会室にはすでに三人いて、最近辞めた一人を除けば、それで全員だという。その三人の顔ぶれの中で、なぜか真ん中のソファに座らされている僕は、ヘラクレスオオカブトの虫かごに放り込まれたカナブンの気分だった。だって、こんな吉田先輩が浮かないレベルの、眉目秀麗な人たちの集まりだなんて、思わないじゃないか。 「えーと、君は確か……一年生の、渡辺翔馬君だったかな?」  僕の正面のソファに座っているのは、入学式でもお目にかかった生徒会長だ。入学式では目が悪くて顔がよく見えなかったが、こうして近くにいても、緊張のせいでやはりまともに顔を見ることができない。  いかにも育ちが良さそうで、隙のない凛とした佇まい。柔らかな物腰と、整った顔立ち。吉田先輩を見て抱いていた生徒会への悪印象を、改めるどころか、むしろ申し訳なく思ってしまうほど、生徒会長はその地位にふさわしい風格を備えていた。 「え、あ、はい……!」 「いきなり、美月――その、副会長に連れてこられたのか?」 「あ、えっと……そう、です……?」  本当に“いきなり”かと言われれば、そうでもない気はする。ただ、理由らしい理由は何ひとつ聞かされていない。場のぎこちない空気を察したのか、会長は隣に座る吉田先輩の頭を、軽く叩いた。 「美月。お前は事前に説明をしろ。いきなり連れてきて、可哀そうだろう」  ところが当の吉田先輩はというと、会長の膝の上に座り込み、べったりと頬を肩にくっつけ、挙げ句の果てには抱きつくように首へ腕を回した。 「いきなりじゃねーもん。簡単な話じゃん。この子さ、生徒会に指名しようかなって。だから、許可ちょーだい♡」  僕とは比べものにならない密着具合で、先輩は会長を上目で見上げる。そのお手本のように媚びた仕草が、吉田先輩がやると妙に様になってしまっている。僕はドギマギして、ただただ目のやり場に困った。 「だから、それが説明不足だと言っているんだ」 「いーじゃん、なんでもー」 「良くないだろう。だいたいお前は、いつもいつもそうやって自由に―――」  一瞬で蚊帳の外に追い出される。話題は明らかに僕のことのはずなのに、少しも口を挟める雰囲気ではなかった。しばらく黙って二人のやり取りを眺めていると、僕の視線に気づいたのか、会長がはっとしたように吉田先輩を引き離した。 「美月、近い。降りろ」 「えー、いつもは許してくれるじゃん」 「人前でこういうことするな」 「二人きりならいいってこと? なんかやらし~」 「あー、うるさい、鬱陶しい!」  会長が吉田先輩を引き剥がそうとすればするほど、吉田先輩は四肢を絡めて、さらにくっついていく。僕は一体、何を見せられているんだろう。  ほとんど恋人同士のような距離感に、僕は視線をどこに持っていっていいのか分からず、そわそわしていると、見かねたもう一人の生徒会の先輩が、苛立たしげに舌打ちをした。  僕は、その人の見た目とのギャップに驚いた。一見すると、男子の制服を着たショートカットの女の子のようだ。外国の少女みたいな、ふわふわした茶髪の下に、丸くて大きな目。かなり童顔なのか、僕より先輩のはずなのに、中学生くらいに見える。 「入学式も来ないくせに、勝手なことほざいてんなよ、副会長」  しかし、その口から出てきたのは、見た目からは想像もつかない低音だった。じっとりとした視線で、吉田先輩を睨みつけている。 「やーだね。行っても寝るだけだし」 「お前ほんとナメてんの? あんま調子乗ってると、そろそろマジでーー」 ……なんだか、凄いワードが聞こえた気がしたが、僕は聞かなかったことにした。対する吉田先輩は、「なに言ってんの。俺、柴ちゃんのタイプじゃないじゃん」と、相変わらずヘラヘラしている。柴ちゃん、と呼ばれた先輩は、子犬みたいなあだ名にまったくそぐわない覇気をまといながら、怯えて縮こまる僕の存在に気づくと、それを取り繕うでもなく、 「冗談だよ?」  と、可憐な笑みを浮かべた。そして次の瞬間には、「勝手にすれば」と吐き捨てるように言い、さっきまで見ていた雑誌へと視線を戻す。つられて、僕もその視線の先を追ってしまい、──後悔した。ファッション誌よりはかなり薄い、アニメ雑誌のようだった。そのカラーの見開きページでは、筋骨隆々とした男が白濁にまみれ、恍惚とした笑みを浮かべている。 (え?)  その瞬間、脳が情報処理を遮断した。 見た。 なんか見た。 見たなぁ──。  完全に他人事のような思考で視線を逸らすと、隣でずっと黙っていた先輩と目が合った。細縁の眼鏡越しに、品定めするような視線を向けられている。 「初日でスカウトかよ。吉田のタイプ、ほんとわかんねーな」  至近距離でまじまじと覗き込まれても、僕はこの綺麗な先輩と比べて、鑑賞に値する顔をしていない。気まずさで視線が泳ぐ。  その先輩は、妙に艶めいた雰囲気をまとっていて、大人っぽさも相まって、すごく女の人にモテそうだ、という印象だった。艶のある黒髪に、長めの襟足。上品なまつ毛に縁取られた目元には、どこかしっとりとした影がある。  ──本当に、なんでこんなに見た目のいい人ばかりなんだ。吉田先輩が久我先輩に、容赦なく「ブス」と言い放っていた理由が、今になって少しわかる気がした。こんな人たちに囲まれていたら、目が肥えてしまうのも無理はない。 「タイプで誘うわけじゃねーよ」 「ふーん。てっきり、もう食ったのかと」 「涼ちゃんと一緒にしないでよ。俺だって、捨て猫を拾うくらいの良心はあるっての」 「ネコはお前だろ」 「話聞けよ、馬鹿」 「チンポと会話してんのかと思ったぁー」と、吉田先輩が言った。 ――下品だ。 下品すぎる。  生徒会に抱いていた高尚なイメージが、はるか遠くで崩れ去っていく。吉田先輩が生徒会の中で異質な存在なのではなく、まさかまったく浮いていないとは、さすがに想定外だった。  その中で唯一、生徒会のイメージを一身に背負っている会長が、まったく進まない会話に、いよいよため息を吐いた。 「美月、ちゃんと説明をしろ。お前の気まぐれで許可は出せない。あと、べたべたするな。気持ち悪い。蹴り落とすぞ」  言ったそばから、すでに蹴り落としている。吉田先輩は床に転がり、ぶつぶつと文句を言いながら、僕の隣へ戻ってきた。 「説明も何も、さっき言ったじゃん」 「理由を説明しろと言っている」 「理由~? すぐ辞めちゃいそうだったから。人助けだよ、人助け」  吉田先輩の言い分によると、生徒会に入るメリットとして、特別な“保護制度”があるらしい。簡単に言えば、手を出したら即退学。それを聞いて、僕はようやく、吉田先輩があれほど好き勝手に振る舞っていた理由を理解した。……完全に悪用しているじゃないか。 「その子は助けて、二組の久我には飲み物ぶっかけるんだ。カスだなお前」 「お、もう柴ちゃんにまで情報いってんの?」 「あいつ、僕のお気に入りなんだけど。マジで可哀そう。お前殺していい?」 「うえー。あいつとも寝てんのかよ。趣味悪ぃー」 「身体はいいんだよ」 「聞きたくない聞きたくない」 吉田先輩は耳を塞いで頭をぶんぶんと振ったあと、僕にとって最悪な紹介をした。 「ね。この学校、終わってるでしょ? ゲイと変態とイカレ野郎しかいないの」 「お前も含めてな」  と、涼先輩から即座にツッコミが飛ぶ。 「俺はゲイじゃないもん。あ、会長は別ね。ほら、かっこいいでしょ。でも俺のだから、そこだけ覚えておいてね」  吉田先輩は謎のマウントを取りつつ、懲りずにまた会長にべったりと張り付いた。会長は、至極うんざりした顔をしている。 「悪い。こいつのことは気にしないでくれ。話を戻そう。確かに最近、訳あって生徒会のポストが一人空いてな。一年生でも生徒会に入ること自体は問題ないが……肝心の渡辺くんの意思はどうなんだ?」 「えっ……」  てっきり吉田先輩が一方的にゴリ押しして、最終的には却下されるものだと思っていた。まさか、“僕はどうしたいか”を問われるとは思っていなかった。 「僕は……その……」  正直、今の段階では前向きではない。ここに来た普通の人間なら、誰だってそう思うはずだ。その上、一般生徒としてすら浮いている僕が、その頂点である生徒会に入る資格なんて、あるわけがない。もじもじと結論を出せずにいる僕の代わりに、なぜか吉田先輩が、また前に出た。 「渡辺くんは、初日で佐賀? セガ? に殴られそうになってた逸材だよ」 「久我だ、わざと言っているのかお前。……その件は俺も聞いた。どう考えてもお前が悪い。やりすぎだ、馬鹿」  会長は吉田先輩を軽く小突いたあと、「しかし……」と考え込んだ。 「奴は気性が荒いからな。意外と根に持つタイプでもあるし」 「でしょ? しかも渡辺くん、めっちゃ頭いいんだよ。いびられて辞めちゃったら、もったいないじゃん」 「そんな……僕、辞めないですよ……」  なぜか最初から、僕が辞める前提で話が進んでいるのが引っかかる。そう指摘すると、吉田先輩は肩をすくめた。 「渡辺くん、この学校のこと、分かってないでしょ」  そう言って、指を三本立てる。 「毎年、三人」  何の数字かわからず目を丸くしていると、入学して半年以内に自主退学していく平均人数だという。 「リンチとか、普通にあるからさ。あんまり“普通の学校”と同じだと思わないほうがいいよ。マジで」  全寮制って逃げ場ないしね、と続ける吉田先輩。会長も、否定せずに苦い顔をしている。会長さえ否定しないということは、冗談や脅しの類ではないのだろう。 「でも……そんなの、許されるんですか。警察とか……」 「あっはっはは! 無理無理!」  当然のように笑い飛ばす吉田先輩。見かねた会長が、今度は僕に向けて説明を始めた。  過去に、生徒同士の些細なトラブルをきっかけに、家同士の訴訟問題へと発展したことがあったらしい。しかも運悪く、その家同士がライバル企業の関係にあり、お互い引くに引けない状況となって、かなりの大規模裁判にまで膨れ上がったのだという。それ以来、親類や警察を含め、外部からの介入にはかなり厳しい制限がかかるようになったと。 「だから、ここにいる限りは実質無法地帯。校内トラブルは校内で解決! 事実隠蔽! 殺人以外は無罪!」  丁寧に説明してくれた会長の思いやりを、吉田先輩が最悪なまとめ方で台無しにした。 「わかった? この学校じゃ、教師だって役に立たないんだから。無駄に金持ってるガキに関わりたい大人なんていないんだよ」 「美月。そんな、怯えさせるようなことばかり言うな」 「だって事実じゃん。だから渡辺くん。君みたいな、ひょろひょろちんちくりんの人権を守るには、やっぱり生徒会に入るしか―――」 「なーんか、さっきから自分のこと言ってるみたいだね、副会長」 「……ん? 柴ちゃん?」  僕の肩を掴んで熱弁していた副会長が、割り込んできた声に、ぎくりと固まる。 「学年首位で目をつけられて、危ないから生徒会に拾ってもらう、とかさ。さっきから、まるで自分のこと言ってるみたいじゃん」 「……ん゛ん゛っ」  吉田先輩が咳払いをする。  会長が、「柴崎」と低く咎めた。 「あれ、まさか、言ってないの?前例を教えてあげなきゃ~、自分も入ったばっかりで三年のやばい奴らに目つけられて輪姦されたから、当時幼馴染で生徒会だった会長に拾ってもらったって―――」 「ちょ、ちょ、ちょ柴ちゃん?柴ちゃん?柴ちゃん?」 「柴崎、やめろ、口を慎め」  真っ赤になった吉田先輩の目がすごい勢いで泳いでいる。ざまあ、と柴崎先輩が勝ち誇ったように笑い、そしてその笑顔は何故か僕に向かった。 「あ、ちなみに僕、副会長の黒歴史持ってるよ、見る?」  なんだか恐ろしくて、僕は首を横に振る。 「なにそれ、こわっ、何持ってるの」 「お前がイラマさせられてる動画」 「ッ~~~~!!!」 「あ、それ俺も持ってる」  声にならない叫びを上げる吉田先輩の横で、涼先輩が呑気に手を挙げた。三回くらい抜いたことある、と耳を疑うセリフが聞こえる。 「セカンドレイプだろ……!ホントいやだこの人達」  俺もう生徒会辞める、と涙声で顔を覆う吉田先輩にも、二人は畳みかけた。 「お前が一番辞めたらマズいだろ、どんだけ恨みかってると思ってんの」 「やめた瞬間コレクションが増えるだろうな~」 「あ、僕ハメ撮りも持ってるよ」 「まじ、エアドロして」  吉田先輩は涙目になり、ぷるぷると震えている。スマホ画面の角度のせいで細部までは分かりづらいが、柴崎さんのスマホには、どう見ても合意ではない犯罪映像が再生されていた。無音で流されているのが、まだ救いだ。それでも僕は、目も当てられないその光景から、すぐに目を逸らした。 「もういいだろ、柴崎も消せ。こんなもの」  会長が二人からスマホを取り上げ、強制的に例の動画を削除した。 「あーあ。まあ、久我の分は復讐できたし、いっか」  戻ってきたスマホを、柴崎先輩は「ふん」と鼻を鳴らして受け取る。副会長は相当なダメージを負ったのか、力尽きたようにソファに横たわっていた。 「でも、副会長ばっかりずるくない? 僕も一年でいい子がいたら、引き抜いちゃお」 「やだよ。柴ちゃんのタイプとか、絶対くさいもん」 「お前は寝てろよ。さっきのバックアップ、一年にもバラまくぞ」 「消せよ、犯罪者がよぉ!」  副会長は再びソファに倒れ込んだ。何を言っても対抗できない手札を握られて、吉田先輩はすっかりしおしおになっている。僕は、さりげなく「一年にも」という言い方をしていた点が少し気になったが。  永遠に話が横道へ逸れ続けると悟ったのか、会長は早々に話をまとめに入った。 「わかった。いろいろ手続きがあるから、すぐにとはいかないが、暫定的に渡辺君には生徒会の庶務の席についてもらおう。理事会の審議が通るかはわからないが……まあ、中学時代の成績を見る限り、却下はされないだろう」 「さすが! シゴデキ♡ 男前♡ いつ入籍する?」  僕の反応より先に、水を得た魚のように吉田先輩が顔を上げた。 「調子に乗るな。お前のせいでもあるんだぞ。よりによって、あの久我相手に恨みを買うようなことをして……危ないのはお前じゃなくて、渡辺君だと分かっているのか」 「えー? 俺は助けてあげただけだし。あのタコ、絶対俺が間に入らなかったら、あのまま骨の一本や二本―――」 「だからって、お前はいっつもやりすぎなんだよ。少しは加減というものを覚えろ!」  二人はまた喧嘩を始めてしまった。いつものことなのか、柴崎先輩と涼先輩は間に入る様子もない。    しかし、そこで僕はまだ、二人にお礼を言っていないことに気がついた。口論中の二人に「あ、あの……」と声をかける。 「生徒会、入れて頂いて、ありがとうございます。僕に務まるかは分からないですが、その……これから、よろしくお願いします」  僕は、取っ組み合いを始めかけている会長と吉田先輩に、慌てて頭を下げた。  もちろん、僕には身に余る役割だったが、それでも、僕は吉田先輩と会長に助けてもらったわけだし。  二人はなぜかしばらく固まっていたが、やがて吉田先輩が得意げな顔で会長に言った。 「ね、いい子でしょ」 「お前たちも、これくらい素直でいいんだがな」 「俺、見る目あると思わない? 顔以外ゴミで性格も最悪なやつが入ってくるより、絶対いいって」 「自己紹介でもしてんの?」  すかさず柴崎先輩が口を挟む。吉田先輩はそれを丸ごと無視して、手をパチンと打った。 「自己紹介といえば、みんなまだ渡辺君に名前も言ってないじゃん。新メンバーだよ? 仲良くしなきゃ!」  「まずは俺から」と、吉田先輩が口を開いた。フルネームは吉田美月というらしい。二年生で、生徒会では副会長。加えて、好きな女の子のタイプとか、胸より尻派とか、好きなAV女優とシチュエーションまで。怒涛の勢いで赤裸々に話されたので、僕は何と反応して良いのかわからなかった。そんな趣味とか好きな映画とかを語るテンションで、センシティブな個人情報を共有しないでほしい。 「はい、次。涼ちゃん」 「山本涼。三年で、生徒会では書記だな」   好きなタイプは特にない、とだけ簡潔にまとめられたが、吉田先輩のせいで変な流れになってしまった。  「涼ちゃんは、ジジイからロリまで幅広く愛せる、マジもんの変態だよ」  また余計な情報を付け足されるが、涼先輩はあっさりと、「まあ、バイだし」と認めた。そんなプライベートなこと、わざわざ答えなくてもいいと思うのだけれど。吉田先輩曰く、知っておかないと隙を見せたら食われる、らしい。その落ち着いた雰囲気とは裏腹に、「一番見境ない」と評されていた。  次に紹介されたのは、あの可愛らしい人──柴崎悠人先輩だった。吉田先輩と同じ二年生で、役職は会計。 「この中では、会長の次に一番まともだよ。なんでも相談してね」  そんな可憐なお花のようなほほえみ一つで、さっきまでの倫理観の欠如した行いが、すべて幻だったのではないかと思えてくる。  僕は「よろしくお願いします」と頭を下げ、瞬間──視界がショッキングなもので埋め尽くされた。 「──ひっ」 「タイプはこれね」  見せられたのは、どこで売っているのかもわからない、マニア向けのゲイ冊子──先輩いわく、同人誌というらしい。そこに描かれたイラストでは、体格のいい男達が黒光りした身体を黒いベルトで締め上げられている。僕は心臓が止まりそうになって、すぐに目を逸らした。 「ちょっと! いきなり変なもの見せないでよ!」  吉田先輩が叫び、その雑誌を取り上げた。怒る吉田先輩を完全に無視して、柴崎先輩は僕に言った。 「今年の新入生、いい子いたら教えてね。何も知らない子に、いろいろ教え込むのが一番楽しいんだから」  柴崎先輩曰く、スポーツ一筋の童貞が一番エロい、らしい。あと筋トレ趣味なやつは大体マゾだから簡単に堕ちる、と世界一いらない豆知識も植え付けられてしまった。 「可哀そうに、柴ちゃんに気に入られたらみんな首輪つけられて語尾がワンかブヒになるんだよ」  吉田先輩がコソリと、冗談か本気か分からないことを付け加えた。あと、そんな感じで飼い慣らしているペット(そういう関係の人達の呼称らしい)が、校内で1クラス分くらいは居ると。  終始引いた目でそれを聞いていた会長は、この流れを咳払いで断ち切った。 「……続けるが、俺は柳慎一郎だ。せっかく来てくれたのに、こんな下品なやつらばかりですまない」  会長は三年生で、生徒会だけでなく、いろいろな部活にサポートとして参加しているらしく、忙しくてあまり生徒会室にはいないらしい。それでも、何かあったら気軽にこの部屋を使ってくれて構わない、と言ってくれた。  ほかのユニークすぎるメンバーたちと比べると、まともで、なおかつ頼りがいと優しさを兼ね備えた、まさに生徒会長にふさわしい人間性に感動していると、その様子をじっと見ていた吉田先輩が口を挟んだ。 「ダメだからね」 「……え」  僕は、何か失礼なことをしてしまっただろうか。まだ何も言ってないけど。 「今、かっこいいって思ったでしょ」 「はぁ……?」 「わかるよ。わかるけどさ。俺のなんだよね。だから、会長と三秒以上、目合わせないで」  ──俺、幼なじみだし、歴長いからさ。ぽっと出のやつと被るとか、ほんと地雷だからさ。  声のトーンがかつてないほど"マジ"だった。 「あ、はぁ……すみません……?」  よくわからないが、とりあえず吉田先輩にとっては許せないことらしいので、僕は素直に謝った。  すると、「分かればいいんだよぉ〜」と、ご機嫌そうに頭を撫でてくる。たぶん、怒らせてはいない……はずだ。 「お前のじゃない。変なことを吹き込むな。勘違いされるだろ」 「勘違い? なにが?」  とぼける吉田先輩に、会長は何か言いたげな顔をしたが、結局「もういい」と言葉を飲み込んだ。 「渡辺くん、最後だ」 「渡辺翔馬です。……あの、いきなり来たのに、受け入れてくださってありがとうございます。これから、その……よろしくお願いします」 「よろしく〜。渡辺君って呼びづらいから、翔ちゃんね」 「あ、どうぞ……なんでも……」  小学校以来のあだ名で少し気恥ずかしかったが、吉田先輩は「じゃあそれで」と呑気に手を叩いた。 「まあ、今日はとりあえずそんな感じかな。生徒会って言っても、イベントとか大きな行事以外は、特にやることないよ。この部屋も基本、みんな昼寝しに来たり、レポート書いたり、駄弁りに来てるだけだし」  そんなに赤裸々に言ってしまって大丈夫なのだろうか。ちらりと会長を見ると、一般生徒を連れ込まなければ、基本的に自由にしていていい、というスタンスらしい。 「そうじゃないと、こいつら絶対ヤリ部屋にするからさー。遭遇したら最悪じゃん」  こいつら、と刺された二人は、素知らぬ顔で携帯をいじっている。 「鍵、かかんないからね」  念押しされるが、僕には関係のない話だったので、「はあ」と、薄い返事をした。  それでも、中学時代、授業が終われば予備校に直行していた僕にとって、放課後にこうして集まれる場所があるというのは、かなり青春を感じる。  僕がここに馴染めるかはわからないけれど、少なくとも、悪い人たちではなさそうだ。よかった。もし生徒会が、久我先輩みたいにガラの悪そうな人たちばかりだったら、僕なんて一瞬でパシリ要員だし──。一瞬疑ってしまったけれど、なんだかんだ、ここまでずっと守ってくれた吉田先輩は、本当はかなりいい人なのかも── 「おい、美月、まだか?」  急に、まったく知らない声が背後から聞こえ、僕は振り向いた。 「あ、真広〜」  吉田先輩が、親しげに名前を呼ぶ。吉田先輩の友達……だろうか。そう思った直後、その見た目に息を呑んだ。どう見ても、堅気の人間には見えない。 袖をまくった腕には、びっしりと蛇の刺青。鋭い目つきが際立つ、後ろになでつけられた前髪。身長もかなり高く、鋭い三白眼は、一瞬目が合うだけでも凄まじい威圧感を放っている。僕は何も悪いことをしていないはずなのに、緊張で心臓がバクバクと鳴り始めた。 「遅い。帰るぞ」  真広と呼ばれた先輩は、すぐに興味を失ったように僕から視線を外し、吉田先輩を急かして帰りを促す。そのとき、僕は気づいてしまった。会長が、明確な敵意を持って、その人を見ていたことに。

ともだちにシェアしよう!