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第一章 四話
side:安達真広
失敗したかもな、と思った。
授業を程よくサボれるスポットとして見つけた中庭の階段下で、煙草を一本取り出し、火をつける。実家にいたら、親父にばれて取り上げられるだろうが、ここではごちゃごちゃ言われないのが、入学して一か月で分かった唯一の利点だった。
ここはとにかくつまらなかった。一度だけ、入院するほどの喧嘩になったことがあったが、その時の病室と同じくらい、まったくと言っていいほど娯楽がない。こうして退屈を持て余し、授業を抜け出したところで、一緒にサボるやつがいなければ何の暇つぶしにもならなかった。こんな日々があと三年も続くのかと思うと、気が滅入ってくる。
煙を吸いながら、午後の眠気にぼんやり身を任せていたせいで、俺はそのとき、背後に近づいてくる足音に気づけなかった。
「あ、見つけた」
振り向くと、知らない顔がこちらを見下ろしていた。ずいぶんと綺麗なツラをしている。
(……誰だ?)
正直、だるいなと思った。寮で吸えば相部屋のやつにバレるから、ようやく見つけた隠れて吸える場所だというのに。どう脅してやるか考えていると、そいつは気にする様子もなく、俺が座っていた階段の一段下まで駆け下り、断りもなく腰を下ろした。
男にしては珍しい、さらさらの黒髪。たいして日に当たっていなさそうな白い肌。細身の身体は、見るからに弱そうで、バレたところで別に問題ないか──と思い直した。
「一本頂戴」
そう言うと、そいつは俺が手元に置いていた煙草の箱を無遠慮に奪いとる。
「は? おい」
「サボりはダメだよ、安達真広くん」
抗議の言葉は、にやりと笑ったそいつにかき消される。遠くで、授業開始のチャイムが鳴った。
「お前もだろ」
「俺は頭いいからいいーの」
……なんだこいつ。そう思ったが、暇を持て余していた俺は、あえて好きにさせてみることにした。
そいつは、煙草の横に置いてあったライターまで奪うと、危なっかしい手つきでカチカチと火をつけ始める。俺は疑問をぶつけた。
「お前、誰? なんで俺のこと知ってんの」
「相談されてさ。お前のルームメイトに。部屋代わってくれないかって」
言いながら、線香花火みたいな手つきで煙草の先を炙っている。やっていることがめちゃくちゃだ。
「で、誰と?って聞いたら──」
焦げた煙草の先が、俺を指した。
「一か月で部屋変わるって。お前、あいつになにしたの?」
身に覚えは、ある。だが、口で説明するより見せたほうが早い。俺は肘上までまくると、背中まで入っている墨の一部が覗いた。奴は、それを見て目を丸く見開いた。さすがに少しは引いたか、と思ったが──
「ふっ、はははは! なにそれ、そんだけ?」
すげぇウケている。
「……さあ? 着替えてるとこ、ガン見してたな」
「あははは! てっきり部屋で殴ってるのかと思った」
ツボが分からん。何がそんなに面白いのか分からないが、ひーひー息を切らし、目尻の涙をこすっている。うるせぇ奴だな、と思った。こいつと相部屋になったら、相当うっとおしい気がする。
少し止んでから、目尻についた涙をこすった。
「へー、反社なの? お前」
「まあ、そんな感じ」
「じゃあ、ここに入ったのはコネ?」
「金」
「あー……やっぱ、そういうのあるんだ」
「別に、積むのなんて珍しくもないだろ」
そうかなぁ、と腑に落ちない様子で首をひねっている。そういえば、さっきから俺の話ばかりで、俺はまだこいつの名前すら聞いていない。
「お前、なんていうの。名前」
「吉田」
「下は?」
「……美月」
なんとなく嫌そうな顔をしたので、俺はあえて下の名前で呼ぶことにした。
「美月。女みてぇ」
「うわ、そっちで呼ぶんだ。まあ、別にいいけど」
「で、結局どうすんの? 俺は誰と一緒だろうが、どうでもいいけど」
「……おっけ。一応、部屋は替わる方向で」
ただ──。美月は続きを言いかけて、結局一度も吸われなかった煙草を俺に渡した。
「ちょっと今、めんどいことになっちゃってさ。また決まったら、ここに来る」
それが、俺と吉田美月の最初の会話だった。
結局その後、あいつがここに来ることはないまま、気がつけば一週間が経とうとしていた。
✴
「あ、真広」
再会は突然だった。放課後の廊下ですれ違いざま、やけに急いでいる様子の美月が、俺の名前を呼んだ。見ない間に、少しだけ雰囲気が変わっている。なんだか痩せていたし、目の下には隈もできていた。
「事情が、ちょっと変わったっつうか……一回、あの時の話、なしで」
目を合わせることもなく、早口でそう告げると、美月は一方的に話を切り上げ、そのまま立ち去ろうとする。俺はなぜか、その腕を掴んでしまった。
「お前、大丈夫?」
口をついて出た言葉に、俺自身が驚いた。だが、それは美月も同じだったらしい。僅かに目を見開き、小刻みに頷く。
「え、ああ……うん」
そのとき、背後から声がかかり、美月の肩が強張った。
「みーつけた、美月ちゃん」
「何、逃げてんだよ。気づいてないと思った?」
「今日も遊ぼうな」
こっちこっち、と三人に囲まれ、肩を抱かれるまま、連れていかれる。美月は目を伏せ、諦めたように抵抗もしなかった。
どう考えても、きな臭いことに巻き込まれているのは明白だった。だが、別に助けを求められたわけでもないし、止める義理もない。それでも、喉に小骨が引っかかったような違和感が残る。
……まあいいか。暇だし。
距離を取って、気づかれないように後を追う。
奴らは鍵もかからない空き教室の一室に、美月を連れ込んだ。隠すつもりもないらしい。
あの、嫌なじめっとした雰囲気。にわかには信じがたかったが、目的といえば、もうそれしか考えられなかった。こんな白昼堂々と、校内で。ナメてるな、と思う。お堅い学校だと思っていたが、俺みたいな不良が監視の目もなく快適に過ごせるということは、そういう輩にとっても、悪事を働きやすい環境だということだ。
隠す気がないなら、堂々と覗かせてもらおう。
雑に閉められたドアの隙間から中を窺うと、案の定、俺の勘は当たっていた。教室の机に一人が腰掛け、その前に美月が膝をついている。苦しげな声と動きからして、おそらく咥えさせているのだろう。残りの二人も、まるで順番を待つかのように、近くでスマホをいじっていた。
「ちゃんと喉使えよ、適当にしたらここでぶち込むからな」
「え、ここで入れよーよ」
「やだよ、床かてぇじゃん」
「今日お前の部屋な」
「えーまた?お前ら汚すからやなんだけど」
「あと二人来たいって」
「あんま呼ぶなよー、ー発しかできねーじゃん」
止まない軽口と、嘔吐く音。あいつの状況は、想像より遥かにひどいらしい。三人は、慣れた様子で美月に好き勝手触れて、触れさせては、ケラケラと楽しそうな様子だった。
「ほんとかわいい顔してるよな、従順だし、感度いいし」
顎を掴まれ、ずるん、と口から抜ける。美月は、表情の抜け落ちた顔でそれを見上げた。「顔にかけたい」と目の前でそれを擦っても、嫌な顔一つせず、されるがままだった。
「ほんとアタリだよな」
「それな。男って潮吹けるんだ、って思ったもん」
「慣れてんじゃね」
「奥の方おもっきし突くとふつうにメスイキするしな」
「まじ?気づかなかった」
「今度やってみ。さすがに嫌そうにするからおもろいよ」
「ひでぇー、そんなにいじめんなよ、かわいそうに」
「そろそろ出すぞっ……」
一人がうっ、と唸って、美月の舌がそれを受け止めた。何を言われるでもなく、そのままごくん、と飲み下し、その後直ぐに、まだ出していない二人を見上げた。さっさと出せよとでも言いたげな目線で。男たちは、変わらずはしゃいだ様子で囃し立てている。
「自分から飲むとか、めちゃくちゃ調教済みじゃん」
「もうすっかりみんなのオナホだねー」
「あんま広めんなよ、溜まってるやつ多いんだから」
状況は把握した。もう十分だろう。どうやら一人は満足したらしいし、お楽しみはここまでだ。
半開きになっていたドアを、迷いなく蹴り飛ばす。
「誰だ? 一年か?」
「こんな奴、いたっけ――」
答える代わりに、手近にいた一人の顔に拳を入れた。
「おい――」
言葉が終わる前に、残りの二人も掴み上げる。喧嘩慣れしていないのか、それとも完全な奇襲だったからか、奴らの戦意を削ぐのに、三十秒もかからなかった。
普段なら、素人相手にここまでやらないが、後ろ暗いことをしていたのはお互い様だ。反撃の隙を与えず、立ち上がったやつから床に伸していった。──弱い。こんなの、何人いようが負ける気がしなかった。俺が一言も発さず殴り続けたのが、より恐怖を煽ったのだろう。ついには負け惜しみすら吐けず、三人は我先にと教室から飛び出していった。こんな連中に、いいようにされてたのか。こんなことになるなら、あのとき一言でも俺に言えばよかったのに。
背後で、弾ぜるような笑い声がした。
「あはははっ! あいつらの走り方、だせぇー。めちゃくちゃ腰引けてたんだけど」
さっきまでの無表情が嘘みたいに、腹を抱えて震えている。高めの声が、耳の奥にキンキンと刺さって不快だった。
「なんで笑ってんの」
「え?」
「お前、やじゃねーの」
「別にーー」
──慣れてる。そう言いかけて、やめたような口の動き。目が潤んでいるのは、笑ったせいだろうか。
「あっそ」
まだ、助けてとは言われてない。だから別に、助けてなんてやらない
ベルトをゆるめる。別に男に興味があったわけじゃないが、久々に暴れて興奮したからか、それとも場に酔ったのか、下着をずらすとバチンと腹に跳ね返った。笑っていた美月の顔が凍り付く。
「うそ……」
座ったままの美月の口に親指を突っ込んだ。
「慣れてんだろ?」
文句を言わせる前に、後ろ頭を押さえつけてしゃぶらせた。無理矢理中に押し入ると、抵抗するように柔らかい舌が絡みつく。涙をいっぱいに溜めて、美月が俺を睨んだ。無表情よりずっといい。
ゆっくりと喉の奥まで埋める。苦しいのか、腰骨を殴られたが、一番奥をコツコツ叩くと、とたんにその手は俺を押しのけるために必死になる。「加減しろよ、馬鹿」と反抗的な目が語っていた。
感触は女とそんなに変わらなかった。じゅぷじゅぷ、と喉に擦れる音が卑猥で、久々の感触に腰が重くなる。
「なあ、男とヤんのってどんなかんじ?」
「お前で試してみてもいい?」と脅した。
ーーほら、泣けよ。
濡れた睫毛をなぞる。美月は何か言いたげだったが、反論の口は塞いでいる。最低だな、とは自分でも分かっていたが、不思議な高揚感に背を押され、止められなかった。俺は鼻を鳴らして嘲笑い、可哀想な濡れそぼった顔を見てやろうと髪を掴んで顔を上げさせた。しかし期待に反して、潤んだ瞳は、涙をこぼすより先に笑みに歪んだ。
次の瞬間、突然激しい音を立てて吸いつかれる。
「?! おい…!」
美月は焦った様子の俺に目元を歪めると、じゅぶじゅぶとたっぷりの唾液を使って、自ら喉奥まで誘い込み、男を知り尽くしているとしか思えないストロークで追い上げた。
「くっ、」
──不意打ちだったから、押さえが効かなかった。俺はどくどくと、吸われるがまま喉奥に吐き出した。ヤツのしたり顔が憎らしい。美月は最後の1滴まで残さず吸い付くすと、口元を拭い、立ち上がる。放心する俺の首に手を回し、唇が重なる。
「んぐ、」
奴が口を開いた、瞬間、どろりと最悪な匂いと味が鼻に抜けた。
「うえっ!」
こいつ、と思って、すぐさま押しのけ、床に吐き出す。またあの不快な笑い声が耳を劈いた。
「お前、煙草吸いすぎ。まっじぃ」
美月は口の中に残った唾液を床に吐き捨てて、ふらりとおぼつかない足で離れた。
「……てめぇ」
俺はその乱れたワイシャツの襟を掴んだ。はずだった。奴は図ったように大きく腕を回すと、俺の手を絡め取り、握力があっという間に相殺される。あっけなく弾き飛ばされ、俺は呆然と自分の手を見つめた。
あんなに強く掴んでいたのに。こんなひ弱な男に。
あっさりと。
「護身術だよー。お前みたいなカスから身を守るためのね」
奴はヘラヘラ笑っていたが、随分手慣れた動きだった。知識だけあっても、咄嗟の場面で身体が反応するやつは少ない。恐らく相当、場数を踏んでる。
「……なんでそれ、さっきの奴らに使わなかったんだよ」
「一対一でしかできないもん。殴られるよりマシじゃん? 俺、痛いの嫌いだし」
──ま、ヤんのも別に好きじゃないけど。平然と言い放って、美月は視線だけで俺のを示す。さっきまで無理やりされていた奴とは思えないほど、なんというか、普通だった。
「すっきりしたなら、それしまえば?」
「……気味わりぃやつ」
「よく言われる」
口元は笑ったまま、その声には自嘲的な色が滲んでいた。そして少し間を置くと、美月は唐突に、とんでもない爆弾を落としてきやがった。
「なあ、お前さ。俺のこと好きなの?」
「……は?」
あまりに脈絡がなくて、理解するのに数秒を要した。しかし、分からん。なんで今の流れでそういう話になるのか。美月は先ほどとは打って変わって、急に照れくさそうに首を掻いた。
「いやー……変な巻き込み方するかなって思って、言わなかったんだけど。あと、普通にヤられてること知られたくなかったし」
あんなエグいフェラはできるクセに、そこは恥ずかしいのか、と喉元まで出かけたが、やめた。
「あとお前、すげー俺のこと探すじゃん。こっそり逃げてたの、気づかなかった?」
そんなこと──あった、かもしれない。
確かに、最初に出会ってから一向に姿を見せない美月が気になって、何度か他クラスの教室をのぞいたりはした。ただ、どこにも見当たらなかったから、てっきりまた授業をさぼっているんだろうと思っていた。
「今日はミスったから見つかっちゃったけど。でも、へへ……ちょうどいいや」
美月は独り言で何かを言ったあと、躊躇もなく俺の首に腕を回し、引き寄せた。至近距離で覗き込んでくる上目遣いに、ごくり、と喉が鳴る。
「そろそろ、あいつらに目つけられるのもしんどいし。お前、強いからさ。俺のこと守って? ずっと一緒にいてよ。これからさ」
──ずっと一緒にいてよ。
その言葉が反復し、耳に焼きついた。そのあまりの直球さに、中途半端に燻っていた下心が、とたんに行き場を失う。固まった俺に、黒目がちな瞳がニヤリと歪んだ。効いた、と思われるのは腹立つが、そのあざとさが悔しいくらいに刺さってしまったのは認めざるを得ない。
「……ヤらせてくれたら」
「考えとく♡」
美月は俺の最低な強がりを軽くいなすと、「帰ろー」と呑気に背を向けた。契約成立、と上機嫌な後ろ姿を見ていると、さっきの人形じみた無表情は幻だったのかと思えてくる。
──なんとなく、あの顔は向けられたくないな、と思ってしまった。
これも計算だったらよほどの策士だ。結局俺はこの日から一年、美月に指一本触れられていないのだから。
✴
「なあ」
自分の部屋のように寛ぐ美月の背中に声をかける。美月はゲーム画面から目を離さないまま、「んー?」と気のない返事を返した。
「今日生徒会室にいた奴、誰?」
チビでモサい、地味なやつ。見覚えねぇし、おそらく一年だろう。そう言えば今日は入学式だった。入学初日で生徒会に連行されるほど、ハメを外しそうな奴には見えなかったが。
「ああ、あの子ね。新しい生徒会候補」
「……は?」
「俺が誘ったんだー」
話して気がそれたのか、ゲーム内のキャラが崖に突っ込んだ。残機が一つ減る。
「クソ、真広空気読めよ」
「わり」
「もういいや、萎えた、全然進まないし」
急速にやる気を失ったのか、美月がコントローラーを放る。美月が言うには、購買前の廊下でさっそく二年にいびられているあの一年を見つけ、助けた後、スカウト。全然意味が分からない。
「唐突すぎねぇか」
「そう? 別に去年の俺もそんな感じで生徒会入ったし」
「アレはまた事情が違うだろ……」
ただのイビりと一緒に並べていいものか。俺が言葉を濁すと、美月も嫌なことを思い出したのか、雑に話題を逸らしてくる。
「さあ、知らないけど、生きるの下手そうな奴見るとほっとけないんだよね。俺って優しいからさ」
「でもその二年はどうせまた一方的にシメたんだろ」
「そうだよ。頭からジュースぶっかけた」
「やりすぎだろ」
「うるさいなー、ちょっと他かまったくらいで束縛すんなよ」
「してねぇよ」
「ほら、お前にだって構ってあげてるじゃん?今日だって、お前の課題やってあげたわけだし」
そう言われると、とたんに返す言葉がなくなる。
こいつのおせっかいな気質の恩恵を一番受けているのは紛れもない俺だからだ。
一年前、結局相部屋云々の話は無かったことになった。美月が生徒会長の柳慎一郎の誘いで生徒会に入り、一人部屋になったからだ。
俺との相部屋を解消したがっていたルームメイトは、もともと美月が使っていた部屋へ移り、結局俺と美月は互いに一人部屋になった。
そして今もこうして、美月はゲームだ課題だとなんだかんだ理由をつけては、俺の部屋に入り浸っている。
さらに俺の最低限の必要単位と出席日数を計算し、授業まで引きずり、課題を代わりにこなす。テスト前には赤点ギリギリの点数は稼げるくらいに、勉強を叩き込む。そこまでして俺を留年させたくないか。
美月は頭がいい、らしい。本人曰く。確かに、不気味なくらい毎回一位を取ってくる。勉強している様子もないのに。驚いたのは、授業で習ったその日に、俺に流暢にその内容を教えてきたことだ。
一度、なんでそんなに知っているのか聞いてみたことがあるが、奴はなぜか苦い顔をしてはぐらかした。口ぶりからして、もう高校の範囲は勉強するまでもない、といった様子だった。
「ていうか、お前が生徒会になった今、俺の面倒見る必要なんてないんだけどな」
最初はボディーガード的な存在として側に置かれた。しかし、生徒会に入ったらそもそも物理的に手を出すことは不可能だ。退学と性欲を天秤にかけて後者を取る奴はなかなかいない。
俺の言葉に、何故か美月はショックを受けていた。
「薄情なやつ。俺がここまでお前を進学させたのに」
「語弊があるな」
「なんなら俺が産んだ」
「母親ヅラやめろ」
「はいはい、真広くんは反抗期でちゅねぇ〜」
「うざ……」
「まあでも普通に、友達いないんだもん、俺。お前いないと暇じゃん。だから留年なんてさせねぇよ」
俺の目が黒いうちはな、と無駄にクサい台詞を吐いてかっこつけている。いつものごとく無視するつもりが、一つの単語が妙に胸に引っかかってしまった。
友達、ねぇ。
「でもよく考えたら、お前といるデメリットのほうが多いわ。会長に嫌がられるし、周りに人寄り付かないし、あとスマブラ勝てなくてイライラする。やっぱ絶交しよ?」
「ぜってぇイヤ」
「天邪鬼〜」
美月は再びコントローラーを手に取ると、またくるりと画面に向き直った。クソゲーだなんだとさんざん罵っておきながら、飽きるのにも飽きた、ということらしい。
「柳のやつ、まだ俺等が一緒にいるの気に入らねぇんだ」
「会長? そうだよ? だって真広、俺のことグレさせた張本人だもん」
くふふ、と笑って、真っ白に脱色した髪を俺に見せつけた。その髪から覗くピアスも、ほとんど俺が開けたものだ。
「お前が雑魚そうな見た目変えたいって言ったんだろ」
黒髪、色白、肉付きは悪いけど、華奢で細身な体格、そしてたまに同じ男ってことを忘れるくらい、えらく整った顔立ち。ぶかぶかな服を着せて髪を伸ばせば貧乳の美人な女に見えると思う。
実際、美月が狙われたのは九割九分この見た目のせいだ。だからそういう目で見られたくない、というなら、シンプルに奇抜な見た目にするのは悪くない選択だと思うが。
「でも、これが真広のタイプなんでしょ? やることわっかりやす。俺のことだいちゅきだもんね〜」
「……」
乗せられてはいけない。美月の言葉は雲のように軽く、真に受けたほうが負けだ。
「あは、怒んなよ、冗談だって。でも、嫉妬してる会長見れるからむしろイメチェンしてよかったまである」
ほら、すぐこう来ると思っていた。
俺はざらついた気分を顔に出さないまま、あっそ、といつものようにその不快な惚気話を受け流した。
会長、会長、会長。幼馴染だか何だか知らないが、美月のあいつに対する執着はかなり異常だ。そして、美月は気づいてないが、柳だって、ただの幼馴染にしては入れ込みすぎだと思う。
「ねえ、また開けてよ」
「もう開ける場所ねぇだろ」
「そんなことないよ」
「じゃあ次は乳首かチンコな」
「いっ──」
痛そうな顔で固まる美月を放置。
俺は視界の隅に映る、美月のスマホの着信を勝手にバツボタンで消した。ムカつくから。ついでに機内モードにもしてやった。ざまあみろ。毎度毎度かけてきやがって。うるせぇよ。
あー、柳慎一郎、死なねぇかな。
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