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第一章 八話

side:渡辺翔馬  僕は今、どういう顔をしてればいいんだろう。  一人っ子育ちだったので、生まれてこの方、喧嘩の仲裁などやったことがない。両親も仲が良く、こんな右から左から罵詈雑言が飛び交う経験など僕には── 「翔ちゃん、こっち来なっ、こんな性悪サイコパスキッズの言うことなんか聞かなくていいから!」 「お前こそ、安易に渡辺くんに触るなよ。性病移るだろ」    僕は耳を塞ぎたいのを我慢して、とにかく、巻き込まれないように空気に徹した。もう巻き込まれてるけど。とにかく、余計な刺激はしてはいけない。僕の両サイドでは、副会長と柴崎先輩がいつもの如く、聞くに耐えない言い争いを繰り広げている。僕にはその間にはいる度量も、なだめる勇気もあるはずない。しかし、先ほどからなぜか僕がその真ん中にいる。引っ張られてぐわんぐわんと揺らされる僕は、まるで子供に取りあわれるぬいぐるみみたいだった。 「あの、僕を巻き込まないでもらってもいいですか……?」  見た目では両手に花、といえるくらい可憐な二人なのに。囲まれるとめちゃくちゃいい匂いがするのに。ドキドキ(ヒヤヒヤ?)はすれど全く嬉しくない。  発端は、なんだったっけ。そうだ、久々に副会長が生徒会室に顔を出したんだった。今思えば、その時点でなんだか少しおかしかった気がするけど、その時の僕は気にしていなかった。柴崎先輩が副会長を無視するのなんていつものことだし、気まぐれな副会長の機嫌が悪いのだって、今思い返せば初めてだったけど、そこに気をとらわれるほど僕の方も他人にリソースを割ける状況じゃなかった。  期末テストは明後日に迫り、テスト範囲の問題集の周回が、あと全体を通して2回ほど足りていない。僕はあまり直前に詰め込むタイプではないけど、直近までの受験勉強の癖が抜けなくて、いくらやっても安心できないのだ。    僕の右隣に、副会長が座る。今思えば、それも僕の左隣に座る柴咲先輩への当てつけだったのだろう。だって、このソファには三人も座っているのに、向かいのソファはガラ空きだった。 「ねえ、昨日の話、なに」  それから10分ほどしたあたりで、副会長が焦れた様子で声を上げた。昨日、という単語に、ノートを書く手が止まる。僕と副会長はこの一週間全く接点がなかったので、つまりは柴崎先輩に用があったということだ。 「……」 「ちょっと、柴ちゃん、無視しないで」 「僕モスキート音は聞こえないんだよね」  さりげなく副会長を害虫扱いして、柴崎先輩は読んでいた本のページを一枚捲る。慣れているのか、副会長に気にする様子はない。 「……ほら、昨日、なんか、言ってたじゃん……」  妙に歯切れが悪い。副会長の手元のスマホ画面では、美少女キャラクターが次のクエストを紹介したまま、ゆらゆら左右に揺れていた。 「あー、それね。ちょっと待って、今いいとこだから」  柴崎先輩は本から目を外さないまま、再び無言の時間が過ぎる。  また10分ほど経過したあたりで、それでもなお喋り出さない柴崎先輩に、副会長が不満げに口を開いた。 「……まだ?」  そんなに面白いのか、柴崎先輩は相変わらず張り付くように活字を目で追っている。 「……なに?うるさいんだけど。急かさないでくれる?」 「え、だって、柴ちゃんが……」 「だから、待ってって言ってるじゃん。そんなに早く帰りたいなら帰れば?」  副会長はぺしょりと押し黙った。  ここまで言われて帰らないあたり、副会長もなにか事情があるのだろう。同じゲームもいい加減飽きたのか、今度はスマホを横画面に持ち替えた。ポチポチするたび銃撃音が聞こえる。見ると、少し荒れた街みたいなところで、人を追い回している最中だった。少しうるさいが、この状況で副会長に文句を言うのは流石に可哀想な気がした。それより、副会長と柴崎先輩の会話の内容が内容だった場合、席を外さなければならないのが少し嫌だった。今から図書室に行っても、流石に席は空いていないだろう。  それにしても、ここまで期末が目前に迫ってもなお、副会長は勉強しないつもりなのだろうか。柴崎先輩が勉強しているのは分かる。あんまり頻繁にはここに来ないし、たまに図書室の席で自習をしているのを見かけるから。しかし副会長はどうだ。僕はこの一週間、図書室どころか校内で副会長を見かけることもなかった。それでも入学して一度も、学年で1位を誰にも譲ったことがないという。柴崎先輩は副会長のことを『バケモノ』と呼んでいたけど、確かに色々と規格外な人だとは思う。というか、そんなこと可能なのだろうか。 実は独学でめちゃくちゃ自習していたりとか。いや、やっぱり副会長に限ってそんなわけ── 「そーいえばさー、副会長って中イキできんの?」  ──なわけ  ────? なんて? 「…………なに、そのクソみたいな質問」  ギシ、と革のソファが軋んだ。頬を奇妙に歪めた副会長の顔には、くっきりと不快が滲んでいる。柴崎さんは変わらずしれっとした顔をしていたが、僕も流石に、今のがとんでもないセクハラであることは分かる。 「別に?ただの世間話」 「あっそ、じゃあ答えないけど」 「ふーん」  柴崎先輩はそう受け流して、何故か突然スマホの写真フォルダを漁りだした。僕はなんだかよくない予感がしていたけど、画面下の鍵付きフォルダを指紋認証で開き出したあたりでその予感は現実のものとなった。  肌色、肉、肉、肉。間違えて出会い系サイトのリンクを踏んでしまったときくらい、心臓が跳ねる。一人称視点ばかりのそのアングルは、おそらく柴崎先輩が行為中に撮った動画だ。その時点で目を逸らすべきだったのに、びっくりした人間というのは咄嗟の対応が出来ない。柴崎さんがその中から選択した動画が、いわゆる副会長の『黒歴史』であったということは、流れた音声で分かった。 『……あぁっ、……あっ、……んっ…』 「ちょおおおおおおおっと!!! おい!! 馬鹿やめろよクソガキ!!」  副会長がスマホを引ったくろうとする。  画面には複数人に囲まれた黒髪の少年が映っている。押さえつける手の数からして、明らかに合意じゃないそれに、僕は視線を慌てて外した。まだ心臓がバクバクと脈打っている。 「ん? 答えないから確認しようと思って」  柴崎さんは僕を盾にして副会長の手を巧妙に避けながら、わざとらしく音量をカチカチと上げる。 『はっ、やめ、ぁ、あ゙っ──!』 「ふざけっ、消せよチビ! あー! 見んな見んな馬鹿!!!」 「確か四人目くらいの時に出さずにイッてなかったっけ? 覚えてないなー、せっかくだし最初っから見るかー。副会長教えてくれないし」 「……〰〰〰〰ッ! できる! 出来るよ! 翔ちゃんに見えるとこでそれ見んのやめてってば!」  副会長は半分泣き崩れていた。ここまでしてようやく音声が止まる。余程恥ずかしかったのか、僕の耳元に顔を埋めた副会長がくすんくすんと鼻を鳴らす。なんだこれは。誰得なんだ。僕は聞きたくないものを聞かされ、知りたくないことを知ってしまった。柴崎先輩だけが、この場を支配している。 「へー、じゃあ潮吹きは?」 「……っ」  言葉を詰まらせる副会長と、また再生ボタンを押そうとする柴崎先輩。 「あーッッ! 見ようとすんな! 出来るってば!」 「へー、すご。めちゃくちゃ開発されてるじゃん」 「もうマジでうるさい……黙って……」  ぺしゃんこになった副会長を、柴崎先輩は白けた目で一瞥し、また読みかけだった小説を開く。 「分かった。お前に言おうとしてた超重要なことあるけど、黙れって言われたから黙るね」 「それは言えよ!」 「あ、今いいところ。喋りかけないで」  耳元で「ぅう゛〰〰っ」と地鳴りのような音が聞こえる。グリグリと肩口に額を擦りつけられる。僕は落ち着いて……と肩を叩こうか迷ったけど、結局、どこも触れずに膝に戻った。副会長がベタベタしてくるのはいつものことだけど、僕から触るのはなんか違う気がする。それにしても、ここで暴言が飛び出さないあたり、副会長は多分相当我慢している。ここまでされてなお、生徒会室を出ていかない。やっぱり僕が出て行くべきだろうか……でも、席がなぁ……  また30分が経った。柴崎先輩がようやく本から顔を上げる。 「そういえば、今の彼氏と週何回やってんの?」 「〰〰ッ、お前いい加減にしろよ! AVみたいな質問する暇あったら本題を言ってくんない?!」 「まあまあ、世間話世間話」 「それ言えばどんなセクハラしてもいいと思ってるわけ?! てか、付き合ってないって言ってるじゃんっ!」 「で、何回?」 「話聞けって!あぁああ゙っ──、ムカつくッッ」  副会長がここまで感情を露わにするのは珍しい。というかほぼ発狂に近く、バタバタと足音まで鳴らしているというのに、柴崎先輩は全く気にする様子がない。 「お前もしかして今日した?ここ、キスマついてるけど」  とんとん、と首筋を指先で叩く。僕の目には何かついているようには見えなかったけど、それを聞いた副会長の顔は分かりやすくうろたえた。首を隠すように手で覆い、きょろきょろと所在なく視線を泳がせている。柴崎先輩が薄く笑った。 「なーんてね」 「……は?」 「ウソウソ、ついてないよ。そんな目立つとこ」 「……」 「なんで騙されちゃったのかな〜。今朝まで気づかなかったってことは〜、さっきつけられたと思っちゃったのかな〜? そう言えばお前、4限居なかったけど、どこで何してた?」  柴崎さんの声はわざとらしいくらいに弾んでいた。副会長の顔が、わなわなと引き攣る。 「………っ、性格悪!!!」  そこからはもう、ヒートアップして酷い有様だった。「ビッチ」「クソチビ」「ヤリマン」「小学生」などあまりに幼稚な罵倒が飛び交い、あくまで中立を貫く僕を自分の陣営に引き込もうと、両腕をぐわんぐわんに引っ張られる。そして冒頭。 「大体、こんな昼間っからサカるなんて、飼い主のくせに犬の躾もできないんだ」 「はぁー?! 飼ってねーよ纏わりついてくんの! 柴ちゃんみたいな性奴隷多頭飼いのド変態と一緒にしないでくれるっ?」 「へぇー、そのわりには学校でイチャイチャイチャイチャしてるみたいだけど。あ、渡辺くん、見る?こいつの──」 「すぐ翔ちゃんに変なの見せようとするのやめてくんない?!」  ……とてもうるさい。そして知りたくもないのに入ってくる副会長のプライベートな情報で、貴重な脳の容量を埋めるのはやめてほしい。副会長に彼女がいようが彼氏がいようが、僕にはめちゃくちゃどうでもいい話だった。「お幸せに」と「頑張ってください」以外の感想が浮かんでこない。そりゃあ多少、意外だなとは思うけど。副会長は男の人が好きじゃないと思っていたから。 「渡辺くん、こいつノンケぶってるけどとんだド淫乱だよ。年下が好きらしいから渡辺くんも狙われないように気をつけてね」 「嘘だからね? 信じないよね? 全部合ってないからね?」 「はぁ……」  ……僕、もう帰ってもいいかな。  流石にこんな状況では、ちっとも勉強出来る気がしない。子供がギャン泣きしているファミレスの方がまだマシなレベルだ。だって、もうノートとペンを手に持ててすらいない。 「あの、僕そろそろ──」 「ていうか、そもそも柴ちゃんには関係なくない? なんでそんなに突っ込んでくるわけ? 俺の部屋まで押しかけちゃってさ。俺にほっとかれて寂しかったんだ? 柴ちゃんも大概素直じゃないよね」  言いかけていた言葉が引っ込んだ。  ……あの柴崎先輩先輩が? 副会長の部屋に? にわかには信じがたいが、副会長に嘘をついている様子はない。 「そう、寂しかったの」  あっさりそう認めて、今度は僕と副会長が目を剥く番だった。そして柴崎先輩は、わざとらしいくらい、悲しげな声を作って、 「副会長がもう生徒会じゃなくなっちゃうかもしれないからさ……」    嘘泣きですらない。ぷるぷると肩を震わせ、笑いをこらえている。 「……は?」  漏れた声は、僕と副会長、どちらのものだったか。 「ど、どういうこと?」 「そのまんまの意味だけど」 「……翔ちゃん、嘘だよね?」 「あの、僕にも分からないです……」 「マジだったら困るけど、これはマジ?嘘だよね?嘘だって言ってよ!」  副会長にガクガク揺さぶられるが、僕だって初耳だった。ここ最近、生徒会室に通いつめていた回数はダントツで僕が一番多いが、会長からはそんな話一度も聞いたことがない。 「自業自得だよ。お前の素行不良にとうとう目を瞑れなくなってきたんだろうね。今、会長が理事長を説得に行ってるけど、さすがにもう厳しいと思うよ。何度もイエローカードは出てたわけだし」 「……」 「あーあ、会長可哀想。お前を入れたのは会長なのに。会長の顔に泥を塗ってるのはお前自身ってこと分かってる?」 「なんで、今更……」 「さあね、それ相応の恨みを買ってるんじゃない?まあ、僕はいいけどね。だって、お前が辞めるなら、空いた席には……」  久我が座るんだから。 「はぁーーー?!?!」  僕と副会長の悲鳴が重なった。 「止めてください!僕今度こそ殺されちゃいます!」 「嘘でしょ!? なんであんなチンピラが生徒会なわけ?!」  それは副会長が言えたことではないと思ったけれど、僕はそれよりも、入学初日の出来事を思い出していた。久我先輩の恨みを買った人物の一人に、僕も含まれていないわけがない。 「だって2年で特待生なの、僕とお前の他にあいつしかいないもーん」    終わった。僕の学校生活は終わった。  きっと良くて卒業まで久我先輩のパシリ、あるいは最悪の場合生徒会を追い出されるかもしれない。副会長だって、無事ではいられないだろう。生徒会に手を出したら退学。副会長が悪用していたそのルールが、一転して自分自身に振りかかってくるわけだから。 「どう?これで分かった?自分の取るべき態度が」  副会長は言葉を失い、瞳が不安げにゆらゆらと揺れている。僕の肩をギュッと掴む手が、途端にか弱く思えた。大丈夫、と握り返してあげられたら良かったのに、僕にはなんの力もない。僕を助けてくれたのは副会長だったのに、僕は副会長に何も── 「よう、美月いるか?」  その時、聞き覚えのない声が割り込んできた。振り返る。入ってきたのは、見上げて首が痛くなるほど背が高い人だった。ドアの上部に頭をぶつけそうだ。誰だろう。上級生かもしれない。がっしりした体格も相まって、見下ろしてくる目になんだか威圧感を感じるのは、僕が彼を下から見上げているからだろうか。 「キャーーーーーッ!!!」  耳が裂けそうな悲鳴が響いた。女子もびっくりな黄色い声だ。うるさっ、と耳を塞ごうとすると、その前にガシッと副会長の腕が首に巻きつく。 「おう、元気にしてそうじゃん」 「てめ……!何勝手に入ってきてんだよ。長谷川」 「そんな悲しいこと言うなよ、同じ生徒会同士だろ?」 「元、な。てかお前、出禁だし」 「まあまあ、いいじゃねぇか。細けぇことは」  く、苦しい……。ぎゅうぎゅうに締め上げてくる先輩を剥がしたかったのに、長谷川、と呼ばれたその先輩が副会長の隣に無理やり座ったせいで定員オーバーで余計に苦しくなった。ぴゃ、と耳元で悲鳴が聞こえ、距離を空けようとする副会長が、僕に全力で体重をかけてくる。こんな調子だから、一番反対側に座る柴崎先輩が弾き出されて、渋々目の前のソファに移動した。しかし、隣が空くと僕の支えがなくなってしまう。無事押し倒され、密着する副会長。甘い匂いが鼻を埋める。 「うわあっ、ちょっと……!」 「おお、サービスいいなぁ、美月」  長谷川先輩が冷やかしてくる。なんだかすごく変な汗をかいてきた。離したいけど、これって触れてもいいのか。いいか、男の人だし。僕は一体何に気をつかっているんだ。 「ほら、一年には刺激が強いだろ?お前はこっち」  のし掛かっていた重みが消えた。長谷川先輩が副会長を引き剥がしたのだ。体格の違う副会長はあっさり長谷川先輩の胸に収まって、「い゛ぃいいっ」と可哀想になるくらい悲痛な声を上げた。 「触んな! 変態ゴリラ!」 「はは、相変わらず力弱ぇー。これレイプして下さいって言ってるようなもんだろ」 「死ねよまじで。何しに来たんだよ帰れよ!」 「で、これが新しい生徒会?」  先輩は副会長の言葉を丸々無視して僕を見た。急に話題が切り替わり、僕は背筋を伸ばす。さっき、元生徒会、と副会長が言っていたけど、おそらく、僕が生徒会に入る直前まで前任を務めていたのがこの人だろう。「最近抜けたから一席空いてる」と僕を誘い込んだのは副会長だし。  本当は何か挨拶した方がいいのかもしれないが、この歓迎のされていなさに少し迷って、会釈をするに留めておいた。 「お前が誘ったんだってな?何、こいつがお前の趣味?」 「そうだよ、お前みたいなレイプ魔には勝ち目ないから。さっさと出てけよゴミカスうんこ!」 「あれは未遂だったろ、いちいち騒ぎすぎなんだって。どうせ処女でもねーのに」  最低だ、この人。僕は長谷川先輩をまともに関わらない方がいい人に認定した。今だって、副会長が爪を立てても無遠慮に撫で回す手を止める気配がない。「押し付けんな」と聞こえるが意味は考えないようにしよう。僕は視線で、柴崎先輩に助けを求めた。残念ながら、こっちを見てもくれなかった。 「お前それ以上やったら退学だからな!」 「ひでぇなあ、寂しいこと言うなよ。俺はお前を助けに来たんだぜ?」 「はぁ?」 「聞いたよ、お前生徒会降ろされそうなんだろ」 「……なんでお前が知ってんの」 「まあ、いろんなツテでな。で、俺ならそれを助けてやれる」 「はっ、どういう立場で? それが出来るならお前だって降ろされてねぇだろ」 「まあな、でも、俺が動かせるのは上じゃない」  久我を生徒会候補から辞退させる。  長谷川先輩の言葉を聞いて、先に反応したのは柴崎先輩だった。 「は?余計なことすんなよお前」 「まあまあ、別に殴って脅しゃしねーよ。家同士でちょっと圧かけられるネタを持ってるだけで。で、他に生徒会候補なんていねぇだろ?」 「それが余計なことだっていってんだけど」 「余計かどうかは柴崎が決めることじゃない。頑張るのはこいつなんだから。なあ、美月?」   その湿った目つきの意味は僕でもわかる。もちろん、副会長にもわからないはずがない。 「……お前相手に身体売れって?」 「話が早ぇじゃねぇか」 「お前まだ俺とヤりてぇの?しつこすぎなんだけど」 「そろそろ折れてくれてもいいんじゃねぇの?誰でもいい美月ちゃんよぉ」 「じゃあお前は特に無理、キショい、死ねハゲ」 「威勢がいいなぁ、いいぜ?そっちの方が燃えるから。まあでも、俺相手に頑張るのと、これから散々マワされるの、どっちがマシか頭のいいお前なら分かるだろ」  露骨な言い方をして、長谷川先輩が悠々と笑った。 「今のお前が辞めたら、どうなるだろうなぁ。俺の周りにも結構いるからな。お前のこと犯したいやつ」 「……趣味わっる」 「まあ、1回イラマくらいはさせたいよね。腹立つ顔してるし」 「柴ちゃんちょっと黙っててくんない?!」  急に割り込んできた合いの手に、副会長が噛みついた。柴崎先輩はなぜそこだけ反応するのか。 「あーあ、最悪。こんな展開になるなら副会長呼びつけるんじゃなかった」  とは言いつつも、さして残念そうな色は見せない。長谷川先輩は、「まあまあ、いいもの見せてやるぜ」と上機嫌に副会長を覗き込んだ。 「で?どーする?」 「……最後まで?」 「もちろん」 「……クッソ、1発だけな」  合意を無理矢理引き出した長谷川先輩が「まあ、上出来」としたり顔で笑った。 「1発! お前が出したら終わりって意味だから!」 「はーいはい、わかったよ、お姫様」 「ムッカつく、調子に乗んなよ、粗チン野郎」  喉を鳴らし、小動物じみた威嚇をみせる副会長。体格の差も相まって、こうやって抱えられていると飼い主に全然懐かない犬みたいだ。長谷川先輩が、唸る先輩の襟首を、首輪みたいに掴んで床に引き下ろす。強引に膝をつかせ、その首に長い片足を引っ掛けてぐいっと引き寄せた。 「はは、粗チンかどうか、自分の目で確かめてみろよ」 「いってぇな!近づけんなよ!!」 「何言ってんだよ、すんだろ?勃たせろよ」 「……は?………ここで?」  放課後とはいえ、まだ生徒は多くいるし、外は明るい。なにより、初日に教わった通り、この教室は鍵がかからない。仮に僕らが出ていったとしても、会長か涼先輩が来るかもしれないのに。  いや、むしろ、この場合会長を呼んだほうがいいのだろうか。なんだか良くない流れになっている気もする。副会長も長谷川先輩の条件を飲み込んでしまったけど、やっぱり一度冷静になったほうがいい。 「おおっと、何よそ見してんだ?一年。お前も見てろよ。証人だからな」 「……」 想像の上をいくおぞましさに、僕は空いた口から、はぁ? と乾いた空気が漏れた。 「美月も腐っても生徒会だろ。無理やりされたって言い張られたら俺が退学になっちまうからよ」 「あ、あの、僕、無理です。もう帰ります……」 「まてまてまてちんちくりん、いいのか?吉田はお前の恩人なのに」 「……」 「大人しくしてろ。そこから動くなよ」  柴崎先輩もなにか言ってくれるかな、と期待したけど、案の定こちらを見向きもしない。我関せず、を貫く柴崎先輩と副会長達を放って置くこともできず、僕は絶望的な気持ちで座り直した。せめて目を閉じたり、耳を塞いだりしてもいいだろうか。こんなのまるで、僕も加担しているみたいじゃないか。 「性癖終わりすぎてんだろ、お前……」  床に座らされた副会長がシラケた目を送る。 「手でいい?」 「口」 「チッ……」 やさぐれた様子でベルトをカチャカチャし、現れたそれを、何の抵抗も見せずに口に含む。やっていることはかなりゾッとするが、聞こえてくるのは、ピチャピチャ、と思ったより可愛いらしい音だった。 「……ナメてんのか?」 「舐めてやってんじゃん?」 「ちげーよ、咥えろよ、ちゃんと」 「無理無理♡おっきすぎて顎が外れちゃう♡」 「手抜きたいだけだろお前」 「顎だるい。無駄に立派なもんぶら下げやがって、チンポくらい空気読めよ」 「口でイカせられたら入れなくてもいいぜ?」 じゅるるるる、とすごい音がした。 「うおっ……はは、やるじゃねぇか」  華奢な喉から、ガッポガッポと信じられない音がする。あんなに大きかった長谷川先輩のものが、みるみる喉におさまって、オエッてならないのが人体の不思議だ。 「すげぇ、……やっぱさっき手抜いてたな」  長谷川先輩が副会長の頭を押し付けた。んぐ、とくぐもった声。長谷川先輩の膝に、爪が立つ。下腹におでこがくっついて、「ん゙〰〰ッ」と手足をバタバタさせている。 「がはッ、ん、んぐっ、……おぇッ……」 「がんばれ、がんばれ。喉コキ苦しいなぁ。ちゃんと舌も使えよ」  髪を掴んで動かすたび、ごきゅ、ごきゅ、とあんまり聞かない音がする。逃げを打つ身体に片足を巻きつけ、そのまま頭ごと揺さぶる勢いで腰を動かす。そんなことをされて、副会長はよっぽど苦しいのか、しばらくすると、だんだん様子がおかしくなっていった。 「んぁ……っぐ、んんっ、あ、んぐっ……」  息が上がり、目が潤む。顔色も相まって、熱でもあるみたいだった。なんだか声も鼻にかかったような。時折ぴくりと肩が跳ね、浮いた腰がもぞもぞと揺れる。 「お前、喉で感じんの?」 「んん゙!!……っお、んぐ、ッ、──!」 「すげえな、ハハ、最高」    長谷川先輩が副会長の頭を引き抜いた。ずろろ、とすごい質量が喉から抜けて、粘度のある唾液が糸を引く。 「でも残念、時間切れ」 「……ッ、はあ、見栄張らずに出せよっ」 「別にこのまま顔にぶっかけてもよかったんだが……」  ずりずり頬に擦り付ける。副会長の小さな顔と、同じくらいの大きさだ。いろんなものに濡れてベトベトになったそれが顔を這いずるのを、副会長は殺意のこもった目で睨んだ。 「残念、俺口じゃイケねぇんだよ」 「死___っ」  ね、まで言おうとして飲み込んだ顔。もうどうでもよくなってきたらしい。力の抜けた身体をソファに引き倒され、僕の膝に頭を乗せられるまでは副会長は抵抗一つしなかった。 「はい、ゴロン」 「なっ……」 「ちょ、この体勢……ッ」  副会長と至近距離で目があう。酸欠で赤かった顔にさらに赤みが刺して、ほんのり潤んだ目に、胸がドキッとした。この場を離れる言い訳が必死に頭を駆けずって、でも全部吹っ飛んで、僕は副会長が無理やり服を剥ぎ取られていくところを、ただ固まってみていることしかできない。 「いいじゃねぇか。 可愛い後輩に見てもらえよ。お前が大嫌いな男に抱かれてるとこ」 「ホントに最悪、地獄に落ち、ろ゛……ッ」  語尾が不自然に濁った。僕はもうそっちがどうなっているのかなんて見れなくて、副会長の手が僕の服をギュッと掴んでいるのを、現実逃避気味にぼうっと眺めていた。 「流石にキッツいな。柴崎、ローション持ってない?」 「あるよ」 「サンキュ」  ぽん、と投げてよこされたボトルを、長谷川先輩がキャッチする。 「なんで、あんの゛っ…!」 「……」 「無視すんなチビ、あ゙ぁっ!」 「お、意外とすんなりはいるな」 「はいるよ。そいつ今日も後輩の男とヤってたらしいし」 「しばちゃん゛んッ__!」 「やっぱヤリマンじゃねーか」  ぶちゅ、と何かが絞り出される音と共に、ぐぐ、っと僕の膝越しに圧が伝わる。多分、これ、入、ってる。 「……ッ、ぁ……っ、ぐぅ……」  ギシ、ギシ、と皮製のソファが軋む。副会長は顔を袖で覆っていて、ちらちら見える耳が真っ赤だった。 「急に大人しくなったなぁ、美月」 「っ、うざ。内臓、揺らされて、喋れるかよっ……」 「可愛げのねぇ奴」   言葉ではそう言いつつも、長谷川先輩の口調は弾んでいた。だんだんペースが早くなって、副会長の吐息が小刻みに震える。 「なあ、なんで顔隠すんだよ、見せろよ」  華奢な手首を剥ぎ取られる。覆い被さるように覗き込まれ、角度が変わって苦しそうな表情。必死に背ける顔を無理やり掴んで、こっちを向かせて、噛み殺しきれなかったのか、「うう゛ッ」とぐずついた声が漏れる。 「意外と名器じゃん、お前。もっとガバガバかと思った」 「……キモい、顔、近づけんなッ、萎える……」 「萎えてねぇなぁ、固くなってきたけど」 「さ、わんな、ッ……ぁあっ」  セックスだ。これ、どう考えてもセックスだった。男の人ってできるんだ。いや、知ってたけど、そうなんだ。こんなんなんだ。僕はまだ自分で経験したこともないのに。なぜか第三者のそれを見せつけられている。 「あ、ッ……、く、ッうあ……あ゛ッ……」 「イラマされただけでこんななってんの?お前変態だな」 「っサムい、言葉責め…ッ、してねぇで、さっさと、イけよ…ッ」  そういえばなんで、こんなことになったのだっけ。わからない。僕は確かここに勉強しにきたんだ。テストも近くて。それでいつものようにここに来たのに、明らかな非日常に襲われている。何回寝たって、五感に染みついたこの光景はきっと僕の記憶から消えてくれないだろう。現在進行形で軽くトラウマになっているのをひしひしと感じる。だってこんなの、ポルノというか、なんというか、暴力だ。ひどい。こんなのを受け入れている副会長だって信じられない。  僕は少しだってみていたくないのに、耳を塞ぎたいのに、帰りたいのに、柴崎先輩はなんでこの後に及んでガン見しているんだよ。 「……やばっ、……ッ、…ん、あっぐっ」 「ここか?」 「____ッ……」  明らかに副会長の落ち着きがなくなった。しきりに息を詰めては、手足が所在なく掴めるところを彷徨う。噛んだ唇の端から、ひっくり返ったように息が弾んで、涙で潤んだ瞳が伏せられる。 「なんだ、もうイきそうなのかよ」  耳元でせせら笑う長谷川先輩に、対抗するように口の端を釣り上げ、副会長がその首に腕を回した。引き寄せて、覗き込み、額を合わせる。そして、囁くような、わざとらしいくらいの甘い声。 「あは、そう。誰でも、感じんのっ……俺。お前みたいな、ド下手くそでもっ……」 「……」 「はは、デカくすんなよ、さっさと、出せってっ、なぁ……?」  口づけたのは副会長からだった。  どうスイッチが入ったのか、副会長の本気はすごかった。さっきまでの抵抗感は嘘みたいに、積極的に舌を入れては角度を変え、深くなった口づけで溢れた唾液を啜る。 「あー、エロいな、クソ」  長谷川先輩は明らかに興奮した様子で、理性をなくした目で細い腰を掴むと、打ち付ける速度が早まった。 「うあ、っ、はは、もう限界? だっさ……」  副会長が弾んだ息で嘲笑う。副会長の方もだいぶ限界が来ているのか、潤んだ目で息が上がっている。どちらが果てるのが先か、競うように激しいそれは、思わぬ来訪者によって中断させられた。  突如開いた生徒会室のドア。一転して、静まり返る生徒会室。 「……美月、と長谷川……?」  会長が、このカオスな空間を見て固まっていた。それは、そうなる。僕はこの光景の一部になんてなりたくないから、どうか弁明させてほしい。 「……何をしている?」 「見てわかんねぇ?お楽しみ中」 「あ゙っ、……馬鹿っ、動くなカスっ」 「やめろ。止まれ」 「邪魔すんなよ。まだ俺イってねぇんだけど」 「嫌がってる」 「は、合意だよな?美月?」  副会長が長谷川先輩の顔に唾を吐いた。 「今すぐ離れないと生徒会への暴力行為とみなし退学にする」 「なんでだよ。証人はいるぜ?」 「知るか。どちらにせよ、生徒会役員以外が申請無しで生徒会室に入るのは校則違反だ」 「あーあー、相変わらず頭がかてぇなぁ柳。そういうとこが嫌いなんだよ」  長谷川は渋々副会長から抜いて服を整えた。ぐったりと横たわる副会長に、会長が素早くジャケットを被せる。 「お前、自分がなんで生徒会を追い出されたのか分かっていないようだな?」 「分かってるぜ?だからこうやって取引してやってるんだろうが。俺と同じ立場になりそうな可哀想な美月にな?」 「……なぜお前がそのことを知ってる」 「俺の情報網舐めんなよ。腐っても元生徒会だぜ?」 「その件は俺がなんとかする。余計な手出しはするな」 「はいはい、せいぜい上手くいくといいなぁ?」  長谷川が含みを持った笑いを零す。会長は長谷川を睨むと、それ以上は追及せずに、服を直した副会長の手を取る。生徒会室から連れ出す直前、会長が見たことないほど恐ろしい顔で振り向いた。 「柴崎、あとで詳しく話は聞くからな」 「えー、僕かよー」 ✴ side:吉田美月  最悪だった。腹の奥が。  燃え尽きなかった熱が、腹の奥で渦巻いてうずうずしている。見栄を張って変に我慢したせいだった。会長に強制連行されたトイレで、ひたすら頭を冷やすために顔を洗う。  別に、会長に見られた気まずさはこの際どうでもいい。過ぎてしまったことは振り返らない性質だ。それより、現在進行系で蝕まれるこの感覚だけはどうにかしてほしい。一人じゃ絶対治まんない。だから会長の顔なんて、今一番見たくない。 「大丈夫か?息が上がってる」  背中を撫でられて、びくっと背筋が震えた。  興奮してんだよ、察せよ。なんて、言葉も荒くなっちゃうね。気をつけたほうがいいよ、そういうの。俺みたいなやつが興奮しちゃうから。 「……何があった。長谷川に呼び出されたのか?」 「まさか。あいつが勝手に来ただけ」  差し出された会長のハンカチで顔を拭く。めちゃくちゃいい匂いがした。無言で胸ポケットにしまって借りパクする。会長は何も言わなくてつまんなかった。 「俺、生徒会やめんの?」 「大丈夫だ。俺がなんとかする。お前は何も心配しなくていい」 「……俺なにも聞いてないんだけど」 「言わなかったんだ。知ってどうなる。余計な焦りを与えたくなった。今回みたいなことになるなら」  はあ、と綺麗な額にシワが刻まれる。なんと言おうか迷っていると、会長は責めるような視線を俺に向けた。 「お前が許可したのか?」 「え?」 「あんなこと……」 「ああ…まあ」 「何故」 「何、俺の貞操の管理までしてくれるわけ?」 「おかしいと思わないのか?」 「男とセックスするのが?」 「っ……」  露骨な言葉に、会長は分かりやすく言葉を詰まらせる。 「……傷つけとは言わない。ただ、普通はあんな扱いをされるべきではない」 「そうなんだ、知らなかった。次から気をつける」 「美月っ!」  会長が俺に何を望んでいるかは分かる。どんな態度でいれば会長は納得するのかも知ってる。ただ、今はそれをしたくなかった。 「お前、今日はもう帰れ。あとで俺が部屋に行く」 「なんで?」 「まだ話は終わってない」  欲求不満とシンプルな不満を掛け合わせるものじゃないな。会長のこと、すげぇ鬱陶しいと思っちゃった。こんなに大好きなのに。愛しさ余って、ってやつ? 「じゃあ、傷ついたら満足?嫌だ、つらいって、えんえん泣けばそれで安心するの?分かんないや。会長は俺に夢見すぎだって」 「何と言おうと、お前の選択は間違ってる。それが分からないことが問題なんだ」 「間違ってるっ、ははッ……」  カラッカラの喉が軋む。正しすぎて。ぐうの音も出ないから笑いばかり溢れる。 「そっかぁ…で?部屋に戻っても俺は居ないよ。お説教はこの場だけにしてよ」 「どこに行くつもりだ」 「 さあ?俺は何をするつもりでしょーか」 「……美月、俺を怒らせたいのか……?」 「怒る?ふふ……なんでよ。はははっ、」  笑いすぎた後に、おえ、と喉を開いて横隔膜を押し上げる。転けそうな足取りで個室に駆け込み、便器に手をつくと、思った通り、後ろから心配そうな会長がついてきた。 「美月っ!大丈夫か?!」 「……ひっかかったぁ」  ガンッと足で扉を蹴り上げ鍵を閉める。驚いて固まる会長に口づけてから「あ、これフェラした口だった」と思いだした。 「……ん、……、っ、やめろっ、……」  そんな風に身をよじられても、どうせ会長は俺相手に本気を出せない。  首に腕を回して、さらに深く舌を絡める。吐く吐息の一つだって逃したくない。全部全部啜り込んで、俺と一つになっちゃえばいいのに。そしたら、少しは会長の言ってる言葉が理解できるかな。 「……ん、っはは、……んむ、ぅ……っ」  そんなつねらないでよ。ほんの可愛いいたずらじゃん。だって、正論じゃかなわないんだもん。もっと同じとこまで堕ちてからものを言ってよ。 「やめろって言ってるだろ!」 「が、はッ」  ガンッ、と音がして、ぐら、と脳が揺れる。痛みは後からやってきた。側頭部を壁に思いっきり打ちつけられた、と分かったのは、耐えきれずにその馬に蹲った後だった。 「っ………てぇ──…」  ……粉々になったかと思った。目を閉じると星が散って、ぐにゃぐにゃになった平衡感覚で壁に手をつく。  締めた鍵が開く音が聞こえた。「もう勝手にしろ」と吐き捨てる足音を、遠く耳で追っていた。   あー、やっちゃった。  

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