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第8話未来を生きるために、だから帰る
「アウトーメル!!」
急いで現場に駆け寄った俺の目に映ったのは、レッドドラゴンと相対するアウトーメルだった。
彼女の手には麦わら帽子があった。
「まさか、あれ。拾うために…?」
ひょっとして、なにか彼女にとって意味のある帽子だったのだろうか。俺はそんなこととはつゆ知らず、風に飛ばされたらもう知らないとばかりに、雑に扱った後悔がよぎる。
「ルナリオ…」
俺の名前を憶えていたのか。
まずはそのことに驚いた。アウトーメルは俺を視認すると震える足を無理やり動かし、一歩、また一歩と左に動いていく。
ちょうど俺からレッドドラゴンを離そうとするように。
レッドドラゴンは空腹でアウトーメルをにらむのではない。起こされた怒りによってにらむのだ。
そうして見せしめにし、他の種族に自分の力を誇示する。
ただ睨むだけで、これほど空気が殺気立つとは。見ているだけの自分ですらちぢみあがるほどの殺気なのに、アウトーメルは膝をつかないようにこらえている。
「ルナリオ、レッドドラゴン相手は流石に無理だぞ!逃げよう!」
「駄目だ、アウトーメルがいるのに」
災害に遭遇し、生き残った人間は現代日本にも多くいた。彼らは災難を前に、幸運か、それとも備えのおかげか。何かしらの要因で助かった。
第三者はそういった人を見て、命が助かってよかったと、きっと自分の運の良さに感動しているのだろうと思いやすい。
けれど実際は違う。災害に遭遇する人は、災害が起こったその時、同様に厄を目前にしている人間が大勢いたのだ。
第三者から見て、災害と人間は対立構造となっている。そこに立ち会ったものは、全員被害者なのだ。誰が生き残ろうが、誰が亡くなろうが怪我をしようが、どれもしょうがないものなのだ。
けれど当事者からすると、災害に遭遇して後悔を残さないものは皆無に近いだろう。自分を被害者と認識するまえに、同様に災害に遭遇したものを助けるという選択肢が残されているからだ。
故に、|な《・》|に《・》|も《・》|せ《・》|ず《・》|に《・》|逃《・》|げ《・》|る《・》|と《・》|い《・》|う《・》|こ《・》|と《・》|は《・》|、《・》|助《・》|け《・》|ら《・》|れ《・》|る《・》|も《・》|の《・》|を《・》|見《・》|捨《・》|て《・》|た《・》|こ《・》|と《・》|も《・》|同《・》|然《・》。そうして歴史上、一体何人が後悔しただろうか。
そう、ここにいるルナリオも、同じ心境に至っていた。外野からみているものは、ルナリオも同様に被害者なのである。
しかし、目の前に、より不運の境地に至っているアウトーメルを目の当たりにし、自分も被害者という意識などどこかに飛んでしまった。
助けられるかもしれない命が目の前にあるのだから。
ルナリオは自分の装備を確認する。
(残念だけれど、このゲームの主人公にチートと呼ばれるスキルはない)
強いて言うなら、剣にも魔法にも適性があることくらいだろうか。そしてもう一つ、知識を持っていること。
作戦をスラリスに耳打ちし、ダーインスレイヴに装備を入れ替えた。
力はない、けれども知識ならある。
大抵の物語の作戦会議は、その内容が囮作戦で決行することが多い。シンプルで古典的ながらも、なんだかんだで有効なものであるからだ。
実は、スラリスが水鉄砲で気をひいている隙にダーインスレイヴで、という手段は一瞬考えた。しかし、スラリスでは囮をしても数秒で策は破かれ、一瞬で蒸発してしまうだろう。スラリスは俺の大事な相棒だ、絶対に死なせない。
故に同じ囮でも、別の方法を考えた。アウトーメルには説明している余裕はない。
俺がこの場をどうにかしてみせるしかない。
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ルナリオの思考はややヒロイック思想だが、結果的にこれは正しかった。なぜなら、このレッドドラゴンは人語を話せないが、人語は理解できるのだ。
ルナリオは刃の長さがこころもとない武器を握り、動きのシミュレーションをする。
レッドドラゴンは当然、こちらのことも認識している。アウトーメルがこちらを怯えた表情で見たのだ。
賢い龍種であればだれかいることに気が付き、必ず意識を割く。
そのドラゴンの意識をかいくぐり、弱点の逆鱗に一撃をお見舞いする必要がある。
さて、言うはやすしで、これは非常に難しい。
過去に金策に困り、ゲームではドラゴン討伐をこの武器で、何度も試した。しかし、10回に1回成功したらいい方で、リスクの方が高すぎるのだ。
俺はレッドドラゴンの死角に入り、攻撃の態勢をとる。それを見たアウトーメルは体を大きく震わせた。俺が自殺行為をすると思ったのだろう。
(10回に1回を、引いて見せる。引くしかない!!)
俺は10回に1回しか成功しなかった。けれどベテランは100発100中で勝利を収めていた。
つまり、運ではないのだ。
(ゲームの時はベテランはフレームでどうのこうのとかいう計算してたのだったな)
しかし俺は凡人で、かつただのエンジョイ勢だ。フレームなんて全然分からない。だから、自分なりに挙動の研究をして、その結果の勝率が10%。
空は夕暮れ。赤く染まる周辺が、赤い龍を同化させ、ルナリオの認識を鈍らせる。
(落ち着いて一つずついくよ。まずは最初の運要素、スラリス。お願い)
行きにやってきた方向の、ぬかるんだエリアから地響きがする。先ほどのレッドドラゴンの寝息とはことなり、これは複数の生命体が奏でる地響きだ。
大量の鹿が俺たちめがけて走ってきた。
鹿の魔物は一体が攻撃されれば総員で報復する習性をもっている。スラリスは鹿にめがけて水をはいたのだろう。しかし近辺は視界が悪くすでに夕暮れ。光の加減で半透明のスライムという犯人を特定するのには難題だった。
故に、大きい目標物めがけて走っていく。鹿たちにとってはどうやって、ではなく、誰が怪しいかが大事なのだ。
群に仇なすものは、たとえ格上だろうと問答無用で挑む。
流石のレッドドラゴンも、ここまでなにかしらの大群が自分めがけて走ってくる光景は珍しいのか、驚く。
俺はそのすきを逃さなかった。ドラゴンを目前に前傾姿勢となり、一気に飛び出す。大地を踏みしめ、自分にできる限界の速度で動く。
そして死角からレッドドラゴンの腕を通り抜けつつ、レッドドラゴンの体を支えている腕の内側の比較的柔らかい筋肉に念のため持っていた普通のナイフを刺す。
鹿に気を取られていたレッドドラゴンは、今度はちくりとした自分の腕の痛みを確認するため、頭を少し下げる。
いまだ。
逆鱗めがけて渾身のダーインスレイヴを振りぬく。
だが…!!
(ダメだ、これだけ状況をそろえても、この腕と、この刃渡りでは逆鱗まで届かない!!)
刃はすんでのところで空を切り、必殺の一撃は空回りする。
ゲームではこの座標に体を持ってきて、攻撃のアクションさえすれば、ヒット扱いになった。
しかし、これはゲームの世界であってもゲームではない。主人公に優しい判定が入る世界ではないのだ。
確かについた一瞬の隙、しかし一度攻撃を損ねた者を赤い龍は許しはしない。
(あ、これは終わった)
アウトーメルの青い顔をしている姿が目に映る。
ドラゴンは、鹿もろともルナリオを払おうと、体を回転させ始める。
大樹に等しい大きさのその尾で薙ぎ払われれば、俺もスラリスも、アウトーメルも一網打尽だ。
(ああ、ゲームの時もそうだったけど、俺はこのレッドドラゴンにはいつも尻尾で殺されるなあ…)
尾による攻撃のアクションがくるのを視界に入れながら、ルナリオは走馬灯をみる。
大学受験に落ちたあの日のことだ。
『残念ながらあなたはー・・・』
この一文が掲載された画面を受け入れられず、なんど入力画面をやり直しただろうか。
合格を喜ぶ友達がSNSで喜びをわかつ、それをしり目に挫折を味わっていた。
トイレで吐きながら、考えていたことは未来のことだ。
どうする?滑り止めに進学して後悔を引きずって生きていく?けれども浪人するほどの精神力が自分にはあるのか?終わった、ああ終わった。
同学年の子たちは自分の望んだ明るい未来に進んでいるのに。俺だけ。
ただ俺だけが受験という闇に足を掴まれた。
迷った末に、いや、逃げの選択肢として、滑り止めに進んだ。
大丈夫、きっとこの先でも明るい未来は待ってるから。
そうして心残りを持ったまま入学し、シラバスを開いたのが最後の景色。
人生の選択肢の帰路に後ろ髪をひかれながら生きていた。
そんな元の世界に戻ったとして
(俺には逃げた後の、その続きの未来しか待っていないじゃないか)
腕に力は入らない。今の体の角度では、攻撃を防ぐ手段もない。
けれども
「ルナリオ!!死なないで!!」
アウトーメルのその言葉が俺を現実に戻す。
レッドドラゴンの尾による薙ぎ払いは、まず鹿の大群をとらえ、そのまま俺たちに突っ込んでくる。
はずだった。
突如として視界が明るく光る。
「光…?」
目に入ってきたのは、まず電灯よりもまぶしい、白い光だった。それが俺の丁度目前に降り立ったのだ。
白い光は武器のエフェクトだろう。そう、ルナリオの前に降り立った光は、人間が発していたものだったのだ。
白い甲冑、白い剣。白い兜を被っており、前から見てもその顔は分からなかっただろう。
白い鎧の人物は、肩かけ部分がふわふわのマントを羽織り、俺たちをかばうようにただ無言でレッドドラゴンの尾を剣で受け止めていた。
「嘘でしょう、相手はレッドドラゴンなのに剣の一本で?一体どこの誰なの?」
アウトーメルは驚愕しながら、その人物を模索する。
俺も急いで、この人が誰なのかという、記憶の照合を始める。一人…。心当たりはあるが、違うような気もする。
婿候補の中に一人、騎士の青年がいる。その青年と背丈も大体一致する。だが、使用している剣が違えば、鎧も違う。加えて彼は兜など被っていなかった。
これまで遭遇してきたゲーム上の人物は全員がゲームと同様の衣装をまとっていた。とすれば…。
(彼、ではないかな)
白い鎧の騎士は、レッドドラゴンの尾を涼しい様子で受け止めながら、俺たちに無言で後ろに下がるように顎をくいっとする。
俺はそこでようやく、アウトーメルと互いの無事を確認することが出来た。
「ルナリオっ!?ルナリオ、大丈夫!?」
初対面の塩対応はどこへ行ったのか、アウトーメルは俺に近づいて、嗚咽を詰まらせてむせび泣く。
「ごめんね、私が帽子を拾おうとしたばかりに!ごめんね。」
アウトーメルの柔らかい声が聴神経を響かせる。
どうして俺は生き延びたいのだろう。そして生き延びて、どうして元の世界に戻りたいのだろう。自分の理想から外れた世界に。
それは果たして本当に、逃げるためなのだろうか。
違う。仮にそうなら、俺には生きる希望すら持ち得なかったはずだ。
なら、どうして。
けれどようやくわかった。アウトーメルの声を聴き、ようやく俺はわかったのだ。
「そうだった、アウトーメルの声。姉さんの声だったね」
姉は声優だった。姉の担当した代表キャラが、このアウトーメルだった。
俺はあのCMに惹かれてゲームを買った。弟が受験生の中、担当ゲームのことについて喜びを弟に伝えることを控えた優しい姉のことだったから、ゲームを始めて本当に驚いた。
ゲーム機を片手に姉に追及した時の、あの照れ|様《よう》!!
最初は身内がどんな吹替をしたのか気になって、ギルドのアウトーメルに話しかけに行った。
(はは、アウトーメルっていうキャラじゃなくて、ここにいるのは姉さんみたい)
アウトーメルではなく、ゲームにいる自分の姉に思えてきた俺は、段々気恥ずかしくなってアウトーメルを避けるようになった。避けつつも、彼女を見かけるたび、心が温かくなったのも事実だ。
(そうだ、姉さん。元の世界には姉さんがいる。)
受験に苦しむ弟に何かできないかと、お菓子を差し入れしてくれた優しい姉がいた。
優しい姉の笑顔を思い出すと同時に、連鎖的にほかの記憶も蘇る。
(父さんと母さんもいる)
せめて食卓の間だけでも憩いの場になるよう、全員で協力して俺のために時間を合わせてくれた暖かい両親がいた。
(俺のために、涙を流してくれた友達がいた。俺は)
きっと、世界で一番恵まれていた。
白い騎士はレッドドラゴンの尾をいなし、剣を構え警戒をしている。
そして後ろ手にこちらにハンドサインを送る。
『君が、あのドラゴンを討伐するんだ』
たった一つのかなしい思い出に飲まれ、周囲が全然見えていなかった。元の世界で、俺はちゃんと愛されていた。どうしてそれを、今まで忘れていたのだろう。
伝えていない感謝を伝えなくては。
この世界から逃げる為じゃない。帰る先でやるべきことがあるから、帰るんだ。
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