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第19話赤き毒婦

「な、なんでシュトルム!?あなたの情報漏洩から守るために俺は今ここに出向いてるんですけど!?」 「ちょ、ルナリオ、苦しいにゃ!!」  さっき胸倉を掴まれたお返しに、俺はエシュタスの肩を掴んで前後にゆする。  エシュタスは右手をこめかみに当て、詳しい状況を探ってくれているようだ。 「なんか、こう。誰かに連れ去られたわけじゃなくって、決意を固めた目で歩いてるにゃ…」  そしてエシュタスはさらに左手もこめかみに当てた。そしてさらに深く眉間にしわ寄せる。 「ルナリオと一緒に住んでる騎士たちの面々はまだ家にいるにゃ。ルナリオの家の周辺は近づけないけれど、周辺に知ってる顔の人影は見当たらないにぇ」  つまり、シュトルムの独断行動ということだ。 「シュトルム、慣れた場所にも関わらず、きょろきょろ視線は動かしてるにぇ。兵士を警戒してるだけなら、あんな目立つ格好でこの道は普通通らないにゃ。」  と、するとシュトルム視点では… 「アタシがあの領主の息子なら、ルナリオが果敢にも領主の城へ殴り込みに行ってると思っちゃうにぇ…」  エシュタスは目をそらしながらジト目で告げる。しまった、後で怒られたくないと思い、書き置きの手間を省いてしまっていた。  部屋の中は荒れた形跡はなかった。つまり、俺が自分の意志で抜け出したというのは一目瞭然だ。  しかし、暗殺者がやってきた昨日の今日で、のんきに一人で買い物やギルドには… 「普通行かないな。昨晩はあの首飾りの話をしたから、確かにシュトルム視点では、俺の行先って領主の城しかないなあ」  俺は断じて領主の城になど行っていない。そんな行動するほど、あなたに好感度高いわけじゃありませんから!!!!勘違いしないでほしい!!!ここにいないシュトルムにそう告げたい。 「エシュタス!!シュトルムが今どのあたりにいるか、わかるか!?」 「ふふ、脅迫しちゃったお詫びに特別にタダにしてあげるにゃ♡こっちよルナリオ!!ついてきて!!!」  エシュタスは、薬の真偽が分かっていないにもかかわらず、俺のことをちゃんと信用してくれているようだ。 「情報屋を舐めないでほしいにゃ!!」  ------------------------------------------------------------------  エシュタスの道案内は、とてもすごかった。  情報屋の名に恥じぬように、この街の裏道という裏道を用い、強引なショートカットをしてみせた。  しかし、彼女の顔は険しくなっていく。正直、ショートカットをしたとて、シュトルムが城につくか俺たちが先に追いつけるかは五分五分なのだろう。  エシュタスはとても素早く動ける。俊敏性は嫁候補ダントツ一位だ。それに対して、逆に俺が付いていけていないさまだ。昨晩の痺れが残っており、足がいつも以上に動かない。それがより彼女を焦らせた。依頼を請け負った以上、仕事は完ぺきにこなすプロだ。エシュタスの頭の中に、失敗の二文字はない。  小さな通りを抜け、商店街を抜け、噴水広場を抜け。  エシュタスに引っ張られる腕がちぎれそうだったものの、ついに赤い長髪の男を発見した。 「シュトルム!!待て!!」  シュトルムは驚愕の表情とともに振り返る、やはり、俺を探しに来ていたのだ。  でもその必要がないことは伝える必要がある。俺は城にはいないのだから。  シュトルムの両腕を掴み、息を整える暇もなく、俺は叫んだ。 「俺は!!全然あなたのこと好きじゃないから!!」  エシュタスもシュトルムも目が点になる。 「本当、全っ然好きじゃないから、勘違いしないで欲しい!!!」 「ちょっと、ルナリオ、その言い方、語弊ないかにゃ…?何も間違ってないけど、思いっきり何か間違えてるにゃ???」  語弊もなにもない。こちらは必死なのだ。でもやはり声が大きかったようで、通行人がちらちら変な目で見てくる。ここは往来の多い場所なのだ。 「お前、どこにいたんだ。どうしてこんな危ない時に外出なんて真似を…」 「それはまさに今のあなたでしょうが!!!ほら、帰るぞ!!」  そのまま腕をつかみ、家の方角に帰そうとする。何も起こる前にすべてを元に戻そう…!!  けれど。  家の方向に進もうとした俺の後ろから、よくとおる声が響いた。 「あら、ここにいたの。わたくしのかわいい息子」  真っ赤な髪に、砂漠の国独特のデザインが施された真っ赤なドレスを着た女性がゆっくりとした動作で現れた。年は…30代くらいに見える。実年齢は50代後半くらいなのだろうが、化粧で上手く隠しているのが分かる。長く紫色の付け爪がなんともまあ毒々しい。  そのしゃべり方もしぐさも、高い階級であることを容易に想像させる。  にぎやかだった往来が、彼女のその響く一声が耳に入ったとたん、しん…とする。彼女が誰かが分からない子供ですら、一瞬にして黙った。  心なしか体感温度も下がったような気がする。 「今までずっとどこに行っていたの?わたくしもあなたの自由を縛りたくはないのだけれど、親に心配をかけちゃあだめよ?」  特殊な声質なのだろう。彼女の声は、慈愛に満ちていて、けれど抑揚がないせいでそれが不気味に感じられた。  う、動けない。視線が、俺にまとわりつく。 「そちらの、その男の子に会うためにお外に出ていたの?」  女性から見た俺は、自分の息子を遊び歩かせる諸悪の根源にみえるだろう。こ、怖い。喉も震えて、何もしゃべることができない。彼女のまな板の上で、俺は今まさに無防備に立っているのだ。 「違いますよシュリイ母上。こんな取るに足らない田舎者で野暮ったい小僧に、どうして俺が時間を割かなくてはならないのですか」  一人称も変え、シュトルムは貴族の言動に戻る。  彼は、俺を助けようと、無関係の振りをしてくれている。気が付けば往来に人はいなくなっていた。巻き込まれる前に退散したのだろう。今ここにはシュリイと呼ばれた女性とその護衛達と、俺たち三人だけがいた。シュリイ妃は、息子の嘘に気が付いているのだろう。しかし、流すことにした。 「へえ、そうなの?するとあなたが独断で遊び歩いた、そういう認識で大丈夫かしら?」  すると、久々にお仕置きの必要があるかしらね。女性はにっこりとほほ笑む。シュトルムは顔を背け、唇を噛んでいた。 (手、震えている。)  レインのルートでは、このシュリイという女性は、レインの母を苛め抜いたという言及があった。しかし、自分の息子にもその毒牙を向けるとは。 「ルナリオ。お前はここから逃げろ。俺はもとからそのつもりだったんだ。お前はこの件に関係がない。」 「俺がここから逃げたら、あなたはどうなる?」 「俺のことは気にしなくていい。いいから逃げろ。時間は稼ぐ」  俺はゲームをしたときに、シュトルムの俺様気質がどうも受け付けず、メインストーリー以外ではこちらから話しかけに行くことはなかった。彼の情報はレイン経由でしかしらなかったのだ。  けれど、この何週間か、一緒に暮らした今はどうだろうか。  みんなで一緒に野菜を育て、みんなで一緒に街を歩いた。そのときのシュトルムの顔は、どうだっただろうか。  彼は…とても幸せそうだった。  採れた食材を使って一緒に食事をした。  野菜にも愛情をこめて接してくれた。  あろうことか作物に名前まで付けてくれた。  コンテストにもついてきてくれて、励ましてくれた。  目の前の毒妃を見て、彼の家庭環境を悟る。きっと、俺たちと一緒に過ごしてきた暖かい時間。こちらのほうがシュトルムの望みだったのだろう。  シュトルムは最初からこうやって思惑に縛られない場所でただ穏やかに生きたかっただけなのだろう!!!  涙がこぼれそうになる。俺が何気なく送っていたあの日常は、シュトルムにとって唯一の温まれる時間だったのだ。  だというのに、それを捨ててでも俺を助けに来ようとしてくれた。帰れば仕置きも待っていて命の保証はないだろうに。  俺はシュトルムの前に出て、シュリイ妃の前に立つ。  シュトルムは驚き、慌てふためく。ごめんシュトルム。あなたが俺を守ってくれようとしたように、俺は俺のできることをしたい。  シュリイ妃はその反応は意外だったかのように驚いた表情をしたが、すぐに微笑みに帰る。そして俺につかつかと寄ってきた。 「あなた、頭が高いわね?」  ぴしゃっと、皮膚を叩く音とともに俺の頬が痛む。  平手打ちをされた。思わず叩かれたところを手で触って確認しようとするが、それよりも先にシュリイ妃が俺の両頬を右手で同時に掴む。  鋭く赤いネイルが俺の頬の皮膚に食い込み、皮膚を裂いて血が流れ始める。 「いいですわ、お坊ちゃん。あなたの心意気に免じ、あなたを息子とともにお城へ招待しましょう」  パッと手を離され、俺は地面に倒れ込んだ。

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