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第20話招かれざる訪問者
「シュトルム、出ていったきり帰ってこないわね」
農作業を夕方までやっていたスラリスとアウトーメルは、自分たち以外に誰も畑に現れないことをいぶかしんでいた。
アウトーメルにとっては折角の休みだったものの、前にルナリオを真似て自分でも作物を育ててみたら、確かに大変ではあったものの、みんなでお疲れと言いながら食卓を囲むのはとても楽しいひと時だったのだ。けれど、今ここにはスラリスしかいない。アウトーメルはぷくっと頬を膨らませていた。
「なんか昨晩大変だったらしいぞ?」
「それでかしら。いつもあの甲冑着てる騎士様も、今日は畑には来てないわね」
「あいつ、毎日毎日働きづめでさすがに疲れてるんだと思うぜ。実はな、ドアを少しだけそーっと開いてみたんだ」
スラリスは誰にも聞かれちゃいないか周囲を確認し、こそこそとアウトーメルに話しかける。
「ずっと寝てたの?」
「多分そうだと思う。隙間から覗いたら俺の角度からは部屋の片隅しか見えなかったんだが、鎧がすべて床に散らばってたんだ。」
「え!!ということは見たの!?騎士様の素顔!?」
アウトーメルは素っ頓狂な声を発する。それに対してスラリスは静かにしろ!と注意する。
「いいや、絶対みなかったぞ。なんてったって、ルナリオと約束したからな。ああいう働き者のやつで自分のスペースにたてこむ奴は、覗くともう二度と会えなくなるんだってよ!」
「ルナリオ、変わった迷信を信じてるのね…」
二人の会話が一瞬終わった。そして同時にはあ…とため息をつく。ここ最近家の中はとても騒がしかった。故に二人だけだと、こう、物足りないのだ。
「片付けましょうか」
「そうだな。ルナリオもそろそろ起こしてやろうぜ!まだ体が痺れるとかいってたけど、二度寝に入ってまだずっと寝てる!!でもそろそろ起こしてやるか」
二人で同じ結論に至った。さあ鍬をまとめて倉庫に…。
すると、家のほうからバン!!という大きな音が響く。
誰かが勢いよく外に続きドアを開いた音だ。
「ルナリオか?随分お眠だ…た…」
そこに立っていたのはルナリオではなかった。では誰だったのか。
「え・・・?だ、誰・・・?」
スラリスも、アウトーメルも困惑した。誰だか分らなかったからだ。
馴染んでいるあの家から、初めて見る男性が出てきたのである。恐怖である。
服は上は黒いアンダーを着ている。筋肉の線がうっすら見えており、普段の鍛錬の過酷さを物語っている。
「・・・・・・・・」
アウトーメルは自分が男性恐怖症だったことも忘れ、その青年に見入った。それくらい、その青年は美しかった。見事な銀髪に、整った顔立ち。その紫紺の瞳も、アメジストよりも濃厚で輝きを含んでいて、美しかった。
一方スラリスは人の美醜に興味がないのか、「誰だ??」と首をかしげている。
青年はアウトーメルとスラリスが自分を見ていることに気が付くや否や、駆け寄ってくる。
「ルナリオが、ルナリオがいない…!!」
「え?お前、ルナリオを知ってるのか?」
青年はこくりとうなずく。スラリスは青年をまじまじと見たのち、青年の声に心当たりがあるのか「いやまさか」と連呼している。一方、アウトーメルは青年が誰なのか、全く見当もついていない。それどころかわなわなと震えだした。
「どうして見知らぬ男が人んち勝手に入って家主のこと探ってるのよ!!!!!!!」
アウトーメルは相手が男性の場合、相手が誰であろうと殴れるのである。
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ルナリオが案内されたのは、地下牢だった。
『うふふ、その勇気に免じて、特別に鞭打ちはやめて差し上げましょう』
鞭。人類が開発した最初の音速を超える武器だっけ。イメージしているよりはるかに痛い道具というのは聞いたことがある。自分からつかまっておいてあれだが、回避できてよかった。本当に良かった。
金銭も武器も、所有物すべて取り上げられた。エシュタスはあの時に逃がすことができたのだけは不幸中の幸いだっただろう。
俺とシュトルムは隣の牢に入れられていた。この城の牢は数が少ないのか、俺たちを分けることはしないようだ。農民の俺はともかく、実の子供を牢に入れるとは、本当に頭がおかしい母親だ。
通常、知り合いを近い牢に入れると脱獄の恐れがあったり、また各犯罪のプロを近くに入れると互いの技術を交換したりするなど、弊害も大きい。しかし、シュトルムが俺のような見るからに足手まといがいる中で逃げる勇気は持てないと踏んだのだろう。
俺、初対面相手にいつも舐められてるなあ。
「なあシュトルム。怒ってる?」
俺は隣の牢に声をかけた。あの時シュトルムの前に立って以来、シュトルムは俺に一切口を利かなくなってしまった。俺は構わず話しかける。
「あのな、ずっと思ってたんだ。きっと今、話すことじゃない、それもわかってる。けれど、どうしても言いたいと思ってたことがあるの。あのな」
シュトルムはそれでも無言を貫く。
「シュトルム、第二ボタン閉め忘れてるぞ?」
「今言うことじゃねえだろ!!!!!!!!!」
あ、やっとしゃべってくれた。看守も突然の大声にびっくりしてこちらに来た。何事もないと確認してどっかに行った。
「いや、シュトルムって初対面の頃はあんなに高圧的だったのに、こう、段々と天然の地金も出してきたじゃないか。ひょっとすると第二ボタンを閉め忘れている可能性があるって思っちゃって…」
「ちげえよ。これはなあ、ちゃんと開けてんだよ」
「え?」
ルナリオは驚く。それはつまり。
「胸筋を、みせつけてる・・・ってこと?」
「うるせえ!!いいだろうが個人の勝手だろうが!!みじけえスカート履いてる女が見せつけるためじゃなくて自分の好きで履いてんのと一緒だっつーの!!」
「ああ…」
なるほど。わかったような、わからないような。
まあ確かに、おしゃれというのは人目を気にするからだけではない。自分がやりたいからやってるのだ。そこを無神経につつくのはよくない。完全に話題を振った俺に非がある。
「おしゃれは人それぞれだもんな。ごめんなさい、俺の杞憂だったっぽいからこの話はもうやめようか」
「・・・・・・・・・・」
「シュトルム、今、ひょっとして一生懸命第二ボタン閉じてる可能性、あったりする?」
「してねえよ!!お前、もういい加減に休め!!まだ体にしびれ残ってんだろ!?」
ばれていたのか。ったく、と言いながら隣からもぞもぞする音が聞こえる。就寝の体勢に入っているのだろう。
一方俺は眠れない。硬い床に粗末な毛布。旅館でも眠ることが出来ない派なのに、どうしてここで眠ることが出来ようか。
「シュトルム、起きてる?」
「...ああ」
シュトルムは迷った末に返事をしてくれた。
「あなたは、昔からこんなことされてたのか?慣れてるように見える」
「......ここ数年は無かった。次期継承権の持ち主が全員消えて以来はな。」
なるほど。話が段々と見えてきた。つまり、次期領主をめぐる血なまぐさい争いがあり、あの毒妃はシュトルムに継がせたいということなのか。
「あれ?」
ちょっと待って。それはおかしい。普通、継がせたい相手に刺客を送る真似をするだろうか。
それに、刺客のことを知っていたら、こんな逃げられない場所に息子を送り込むだろうか。
(刺客を送り込んだ相手は別にいる、ということか...?)
この場所にいると、かなりまずいのでは?
遠くからカツカツと石の上を歩くとき特有の足音が聞こえる。複数だ。俺は静かになり寝た振りをする。まさか、気が変わって鞭打ちをしに来たのだろうか。どんな扱いを受けてでもと思いここに来たが、俺は震えて待つ。
足音たちはやがて、俺たちの牢の前で止まる。
「マルグリット様。こちらが件の牢であります」
「ええ、ご苦労様。さがってよろしい」
知らない女性の声が聞こえた。マルグリット…?あの毒妃の名前はシュリイだったはずだ。
同時に少し離れたところでチャリン…という音が聞こえた。コインの音だ。牢で響くコインとはつまり、賄賂だろう。看守は賄賂を受け取り、ここまで連れてきた。すなわち、招かれざる客だ。
俺は薄く目を開けて状況を確認する。女性は黒い髪をしており、お団子を頭の上部に作っていた。やや白髪が混じり、苦労がみえる。年は40代後半あたりだろう。
「お久しぶりですね、シュトルム君。まさか、こんなところで会えるなんて!」
「…お久しぶりです第一夫人様。お見苦しいところを見せて申し訳ございません」
シュトルムは足音が聞こえた時に体を起こしたのだろう。今は普通にボロ布団の上に座っている。
第1夫人。そんな人がどうしてここにやってきたのか。頭の中で、警鐘が鳴り響く。本能が刺激されたあの毒婦の時とはまた違って、今度は客観的に考えるもう一人の自分が俺の呼吸を乱す。
これは、これはまずい。彼女は対話をしに来たんじゃない。
マルグリットはふふ、と笑みを浮かべる。
「普段からほっつき歩いて、よくもまあのこのこと戻ってこれたものですね。死んでいればよかったのに」
ぞっとした。誰が刺客を放ったのか。その犯人が、今すぐそこにいた。
「領主様も、あなたを葬るために、個人で暗殺者を雇ったと後で伺ったときは私、とても嬉しかったですわ」
でも、凄腕だけれど、今回は失敗したと聞いて、大変失望しました、とマルグリット妃はぼやく。
刺客が異なっていた理由。
シュトルムは、第一夫人からも、父親からも、殺意を持たれていたから・・・!!
実の親からも権力の道具としか思われず、周りの大人からは殺意の対象。
ああ、なんということだろう。
どうして彼が、荒々しく振舞っていたのか。その理由の一端が見えた気がする。
「ところでシュトルム君?どうして私が自分の犯行を告白しているか、わかりますか?」
シュトルムはただ冷や汗を流し、じっとマルグリットを見ているようだった。
俺はそれを、ただじっと聞いている。きっと、マルグリット妃は覚悟を決めて、シュトルムを殺しにきたのだろう。同時に俺も殺す。俺とシュトルムが脱獄に失敗し、心中したという状況を作るためだ。
「わたしはね。かつてあなたの母親に娘を暗殺されたあの日のことが、何度夜を経ても、頭から、離れないのよ...!!!」
マルグリット妃の悲痛な声が、石造りの狭い建物に響く。
彼女はけれど感情的なふるまいを抑え、冷静に努めようとしている。
彼女は護衛を連れて、ここでシュトルムを抹殺しに来たのだ。こんどこそ逃げられない場所で、確実に。
「ねえ、そこの男の子。起きているんでしょう?分かっているわよ?」
大声を出したんだ、眠りの深いものでも当然目を覚ます。それが響く地下牢ならなおさらだ。
俺は隠しても無駄と判断し、体を起こす。
シュトルムが連れてきた人間はどんな顔をしているのかと、マルグリットは鉄格子ごしに俺の顔をみる。
俺の顔は悲嘆にくれるでも怯えるでもなかった。
怒っていた。
そう、俺は怒っていたのだ!
昨日から脅迫され、暗殺者がやってきて、体は痺れ、シュトルムには勝手に自分を好きだと勘違いされ、毒妃の爪が頬にくいこみ、そうしていま殺されかけている。本当に散々だ!
俺は怒りを隠さず、彼女に語り掛ける。
「あれ?マルグリット妃。まさかと思いますが俺をここで殺そうというのですか?」
散々だからこそ、その鬱憤をいま、晴らそう。
「だとすれば、やってることがあの毒妃と一緒ではありませんか。ああ、同じ穴の狢ってことでしょうか?」
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