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第21話あなたは一人じゃない

 マルグリット妃は、あまりに想定外のことをしゃべり始めた小僧を前に、心を静めようとしている。  これは挑発だ。乗ってはいけない。そう呼吸を整えているのがこちらからも分かる。  俺は今、このマルグリット妃に殺されようとしている。けれど、憎悪のためではなく、あくまで必要と判断したからだ。つまり、|彼《・》|女《・》|は《・》|俺《・》|の《・》|言《・》|葉《・》|に《・》|耳《・》|を《・》|傾《・》|け《・》|て《・》|く《・》|れ《・》|る《・》|だ《・》|け《・》|の《・》|冷《・》|静《・》|さ《・》|は《・》|持《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|る《・》|の《・》|だ《・》。そうでなければ今、俺の首は絞められていた最中だったろう。 「あなた今、私に殺されようとしているのよ?そのような中で挑発?状況分かってるかしら?」 「お言葉ですがマルグリット様。|状《・》|況《・》|が《・》|見《・》|え《・》|て《・》|い《・》|な《・》|い《・》|の《・》|は《・》|貴《・》|女《・》|で《・》|す《・》」  状況?マルグリットは首をかしげる。追い込まれているのはどう見ても俺で、だれがどう見てもそれは変わらぬ事実だった。 「一体どんな虚勢をはるつもりかしら?」  俺は昔、高校生の頃に冤罪を着せられたことがある。学校のクラスTシャツの資金を無くした女子が、家に金を忘れただけにもかかわらず、その日が締め切りだったために「盗まれた、怪しいのは隣の席のあいつだ」と俺を疑ってきたことがあるのだ。彼女には前日に、友人を集めて会話する際に、俺の机に友人がぶつかってくるので気を付けて欲しいという注意をしたのが彼女のプライドを傷つけたのだろう。  俺はその際に、自分の潔白の証明のため、荷物を全て公開し、確実な証拠を提示して自分がやっていないことを証明した。通常、疑う側に証明責任はあるものだが、我々高校生の面々にとって大切なのは真実ではない。大きい声で誰が犯人を叫んでいるかだ。荷物を開示したとて、どこかにこっそり隠してるんでしょ?と言われておしまいだった。  けれど、その日俺は、友人と一緒に行動する時間が多かった。ゆえに友人だけが俺の潔白を知っていたのだ。正義感のつよい友人は勇気を出して俺の無罪を主張してくれ、結局学校に女子生徒の母親から忘れ物の連絡が入り、冤罪が覆ったことがある。  さて、どうしてこんな昔語りをしたかというと、|疑《・》|わ《・》|れ《・》|て《・》|い《・》|る《・》|人《・》|物《・》|が《・》|ど《・》|れ《・》|だ《・》|け《・》|強《・》|い《・》|証《・》|拠《・》|を《・》|提《・》|示《・》|し《・》|た《・》|と《・》|て《・》|周《・》|囲《・》|は《・》|鼻《・》|で《・》|笑《・》|っ《・》|て《・》|信《・》|じ《・》|て《・》|く《・》|れ《・》|な《・》|い《・》、という事実だ。  だからこそ、容疑者の代わりにしゃべってくれる弁護士が仕事として成立しているのだ。俺がなぜいま無理をしてでもこの城にやってきたのか。  それは、俺だけがシュトルムの潔白を証明できるためだ!  マルグリット妃は俺の言葉に耳を傾けてくれる人物であることを、今命を張って確認した。ここからは発する言葉一つ一つで運命が大きく変わる。しかし、俺は最高の未来にたどり着く自信をもって、カードを切っていく。 「マルグリット様。本当だったら、|今《・》|頃《・》|牢《・》|に《・》|い《・》|た《・》|の《・》|は《・》|あ《・》|な《・》|た《・》|だ《・》|っ《・》|た《・》|か《・》|ら《・》|で《・》|す《・》」  一つ目の違和感。あの毒婦に遭遇したとき、どうしてシュトルムは事情を説明しなかったのだろう。家を離れていた理由としては刺客に何度も襲われたという話はかなり正当な理由だ。  しかし、それをあの母親に喋らなかった。何故か。 「シュトルムは既に刺客を放ったのがマルグリット妃であることを知っていて、それをシュリイ妃に知られるのは不味いと判断していました。だから、自分が牢に入れられても、黙っていたのです」  マルグリット妃はバっとシュトルムを見る。シュトルムも驚いた顔をしていたようだ。しかしマルグリット妃はいったん目を閉じ、ルナリオに静かに向き合う。 「何を言い出すかと思えば、それをして彼に何のメリットがあるのですか?」 「あなたを生かすことが出来るというメリットがあります。」 「何を、バカな…」  動揺がこちらにも伝わる。まずは彼女から一本取った。一つずつ、確実に急所を狙っていく。 「けれど、彼があなたにそう言えといったのでしょう?命乞いをするために」 「いいえ?おそらく隣の牢でシュトルムは驚いて俺を凝視しているのでは?」  全くその通りだった。マルグリット妃は一瞬黙る。 「あなたは自分が権力を握れればそれでいいタイプではありません。そういった人間ほど自己愛が強いものです。しかし、こんな危険な城にもかかわらず、あなたは残り続けた。何故か。この国を守るために、この国の民を守るために、|あ《・》|な《・》|た《・》|は《・》|最《・》|後《・》|の《・》|防《・》|波《・》|堤《・》|に《・》|な《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|る《・》|為《・》|で《・》|す《・》。」 「ええ、そうよ。私が第1夫人であり続けられるから、何とか権力を分散できている。そうでもなければ、あの女の悪政は既にこの領地、ひいては国を蝕んでいたと思うわ。私は王族の傍系、他の妃と違って私は簡単には殺せないもの」 「そう、けれどそのことをシュトルムも同様に考えていました。砂漠の国の愛国者の息子を次期領主にしてはならない。あなたも、領主様も、シュトルムでさえ思惑は一致していたのです」  マルグリットはたじろぐ。つまりは、シュトルムは自分の命を懸けてでも領地を優先しようとしたのだ。 「シュトルム君、放蕩息子って呼ばれているのはまさか…」 「わざとだと思います。領民から失望されるために、わざと」  故に、家賃回収なんていう嫌われ仕事もやっていたのだろう。大人たちに下から命令していたのも、その通りだったのだろう。マルグリット妃の護衛の兵士も彼の過去の振る舞いになにか違和感があったことへの心当たりがあるのか、悲しい目でシュトルムを見る。 「けれど、それは貴方の想像の範疇でしょう?」 「いいえ、証人がいます」 「証人?民衆だったら、今の苦しい時代、簡単に買収に応じてくれるけれど、一体誰のことかしら?」  ここまでのことは俺がとっさに推理したことである。しかし、ここからは違う。  メタの知識を持つ俺は、持ちうる情報を最強に見せてみよう。 「街のランドマークの塔から反対に進み、開けた通りを西に進むと、雑貨屋がございます。その雑貨屋の店主の名はレイン。昔の名前はレイナール。この名前、ご存じでしょう?」 「レイナール君!?生き延びていたの?」 「ええ、妹さんと一緒に幸せに暮らしていますよ」  第1夫人とレインの母の第2夫人の関係は知らないが、シュリイ妃という共通の敵がいた以上は少なくとも仲は険悪ではないと推理した。ゆえにレインさんには無断だが勝手に名前を利用させてもらう。 「彼に、尋ねてみてください。シュトルムの人柄を。彼もまた城から追い出された身。けれど、そんな兄を心配してシュトルムは街に降りてきていた事実が彼の口からは語られるでしょう」 「それが…」  それが本当なのなら。彼はとても心が優しいという仮説が出来てしまう。私は、殺してはいけない相手を殺すことになってしまうということかしら?  マルグリット妃は小さく呟く。けれどどうしても最後の迷いが捨てられないらしい。これが最後の、シュリイ妃の息子を命を奪える最後の機会なのだ。小僧の発言を鵜呑みにして、本当にいいのだろうか。  ゆえに、俺は最後のカードを切ろう。命を張ったカードを。 「証人はもう一人います」  表現は大げさに、言葉は雄大に、どこまでもビッグマウスに。  マルグリット妃は言った。庶民ではだめだと。買収の可能性があるからと。 「この俺、ルナリオ・シャリアットが、彼の高潔さを保証しましょう。」  シャリアット伯。主人公の実家にして、お家騒動の中心地である。  そして、この名前をゲームで一度でも名乗ると、暗殺者を実家から差し向けられる。  けれど。  自分以外の誰かのために命を張っている者たちを前にして、俺は出し惜しむことはできなかった。 「シャリアット伯。確か今、後継者争いの渦中の家よね。確かそこの長男が行方不明と聞いたのだけれど、貴方だった、ということ?」 「ええそうです。あそこを離れて、俺は農家をやっています」  そして、そこでシュトルムとあったことを彼女に説明していった。  穏やかだった日々だ。俺はその日々をやや誇張をしたりはしたが、一つ一つ丁寧に語っていく。  マルグリット妃は静かにシュトルムを見た。  シュトルムは、ただ静かに聞いていた。誰も理解できず、そして理解されないことを覚悟したままその命をマルグリット妃たちのために使おうとしていたのだ。  そして、マルグリット妃も観念したように、体を震わせた。  そして俺はマルグリット妃に手を伸ばし、こう言った。 「マルグリット妃。この国を守るために、俺に協力してください。シュトルムも俺も、貴女の味方です。もう一人ではないんです。」  マルグリット妃は、妃が一人、また一人消えていく中で、何を思っていたのだろう。  きっとそれは、耐えがたい孤独だったはずだ。自分が消えれば共倒れになるものがある。  けれど、孤独に喘いでいたのは自分一人ではなかった。  だから、これからは協力していける。血のつながりなんて関係なく。  マルグリット妃は高貴な自分の立場のことを忘れて、ただ少女のように涙を流していた。

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