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第23話領主殺人事件①
今日は月末のとても晴れた日。
街では皆が集まり、一生懸命とある話題について話していた。
三日前。領主が何者かに殺害された。それも長らく領地を支えてくれたはずの、第1夫人マルグリット妃が殺害した容疑者という。
領主の死に嘆き悲しんだ第5夫人のシュリイ妃は、正義の名をもって第1夫人の処刑を決定した。
しかし、この判断に王家からストップが入った。王家が辺境領に対して異論を唱えるのは滅多にない。この件は王族の傍系が起こした事件。マルグリット妃は王家からも厚く信頼されていたものだ。彼女を守るために最善を尽くすことを決めたのだ。いや、本当は砂漠の元王女の息子に利権を渡すことを危惧してのことかもしれない。
本日、マルグリット妃の審問会が開かれる。
裁判という名称を使わなかったのは、シュトルムの心遣いだろう。とはいえその単語通り、一方的な事情聴取が始まると予見される。
王家はマルグリット妃に加勢するために、歴戦の弁護人を派遣したという。しかし、マルグリット妃はこれを固辞した。そして、彼女が選んだのは、正体不明の農家の少年だった。
「どこも、ルナリオの話題で一色ですね」
「マルグリット義母様…。僕にも優しかった彼女が人を父上を殺めるとは、僕は思えない」
プリマヴェーラ・レイン兄妹は、憶測で議論を交わす大衆を横目に、裁判が開催される地へと赴いていた。シュリイ妃も国も非公開裁判で自陣営側に有利な状況を細工しようとする中、次期領主のシュトルムは公開裁判を宣言した。噴水の広場に特設会場を設け、民たちにすべての真相を公表する、という算段だ。両者から相当な抗議を受けたように思う。
「シュトルム、あれだけ次期領主は嫌って駄々をこねていたのに、成長したんだな」
レインは弟のことを思い出し、クスリと笑った。父親のことは子供側としては好きだった。けれど、第5夫人の手前、親子として過ごせた時間は少なかった。故に、突然の訃報にも折り合いはつく。
この事件はシュリイ妃が起こした事件であるということは、レインにはよくわかっていた。シュリイ妃にはしかるべき裁きを受けることを望み、しかし同時に母親の目を盗んででも自分たち兄弟に優しく接してくれた弟のことを思い浮かべる。シュリイ妃が裁かれるということは、その息子のシュトルムもまた地位をはく奪されるためだ。
(ルナリオさん。弟をお願いします)
レインは決戦を前にしているだろう少年のことを思い出し、ただ祈った。
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「無理無理無理無理です!!なんで、なんで俺が弁護人なんですか!?」
しかし肝心の希望の光は、全力で否定していた。
残念ながら今回の弁護はルナリオが担当したいといったわけでは全くない。ルナリオはずっと牢に収容されており、エシュテスの猫がかろうじてルナリオに情報提供をしに来てくれただけだ。大体一人でずっと寂しく牢に閉じこもっていた。本の差し入れがあったからヒマつぶしに楽しんでいた。
シュトルムはさっさと牢から出られ、俺はただ猫と遊んでいた。
今日は事件があってから五日目。そしてルナリオが弁護人と知らされたのは昨日である。噴水広場で、公開裁判の発表がされたのだ。その際に「弁護人は、ルナリオという少年が担当する」と公表された。
俺は猫を通じ、それを聞いていたわけだが、「俺と同じ名前の人が弁護人するのかあ」とぼんやり聞いていた。同名じゃなく、俺だった。噴水広場はその後困惑する空気が包んでいたそうだ。1番困惑しているのは俺だ。
しかし、この件を国の弁護人に任せる訳にはいかない事情があった。マルグリット妃とシュトルムは立場上対立することになるが、我々の勝利条件は両者が無事で、かつシュリイ妃を打倒すること。事情を知らない者に託す訳には行かなかったのだ。
理由は分かった。そしてその経緯を知ったうえで適任者も俺しかいなかった。泣きそうである。
両者と数分だけ対話の場が設けられた。マルグリット妃もシュトルムも、迷ったら|自《・》|分《・》|を《・》|切《・》|れ《・》と伝えてきた。互いが互いを、未来を託すのに任せられると思っているのだ。
特にマルグリット妃には弁護人の人選変更を願い出たが却下された。「貴方に任せ、結果力が及ばなかったとしても私はそれでもいいのです」、と。
俺は、この人たちを守りたいと、強く思ってしまった。
「まあどのみちシュリイ妃を倒さないと俺は家にも帰れないしなあ」
「異議あり!」ってやればいいのか。裁判じゃなくって審問会だからそんなこと不要か。
ドラマでもよく裁判の光景はテレビに映る。故に裁判だったら想像はつくものの、審問会はなかなか珍しいためルナリオもいまいちわかっていない。なお、この世界では審問会は滅多に行われず個別の事情聴取が中心ですぐに裁判に入るため、関係者も困惑しているらしい。するとシステムも日本とかなり違うだろう。
30分後に俺は沢山の人が見守る舞台に立ち、大勢の命を懸けた言論の戦いを始める。
ルナリオは口先で言い負かすのは得意な方ではあったが、あくまで一般人である。さすがに法律が混ざると全く専門外である。この牢屋の中で刑法何条とか言わなくちゃいけないのかしら、と思い重要な条文だけはなるべく覚えてきたものの、素人の付け焼刃である。法律とはどうしてその法を制定したのか、理由がある。そういった流れを汲まずに表面だけを覚えていった。そう、不安しかない。
不安要素はもう一つあった。騎士だ。今騎士は反乱軍の追跡に向かっている。反乱軍拠点のレッドドラゴンの跡地からは姿をくらましていたのだ。彼らは元は組織を編成して領地に押し寄せる予定が、シュトルムが城へ帰還したことで万が一巻き込むことがないように、毒殺で領主を襲うことに方針を切り替えた。故に、反乱の証拠は残さぬように陣を後ろに引いたのだ。騎士が持ってきてくれる証拠品さえあれば、審問会は大きく展開を変えられる。
「ルナリオさん、行きましょうか」
マルグリット妃がそう呼びかける。シュリイ妃のいやがらせで、俺とマルグリット妃はあの地下牢での一件以来、一度しか対話が出来ていなかった。けれどその一回で計画は伝えられた。
出陣の時間が来た。少し早いが、会場の席に座っておく必要がある。
「無辜の民と、シュトルム君と、私の命。あなたにお預けいたします」
「ええ、お任せください」
お任せは本当はしてほしくなかったが、ここまで来た以上は俺も覚悟を決める。
誰が味方で、誰が敵か。あの陣営が味方であの陣営が敵か。
多くの意思が錯綜し、混沌とした戦いに終止符を打つ。
さあ、戦いの幕開けだ。
審問会という、とても厳かな会とは思えないギャラリーの声が響き渡る。さながらそれは見世物のようだった。
空は快晴で、以前野菜コンテストを開いた噴水広場で行われる。容疑者の席が審問会特設会場の真ん中にあり、正面に裁判長。その裁判長の右手にシュリイ妃、シュトルム、その左に各界の重鎮が座っている。
本当だったらここでどこに被害者が座り、どこに弁護人が座りとあらかじめ決められているが、ここはあくまで特別審問会の会場。全員がマルグリット妃と弁護人の俺を責めるように囲むのである。
会場には多くの人が詰め寄っているものの、派手な髪色を持つプリマヴェーラの位置は把握した。おそらくアウトーメルとレインも来ているだろう。様々な感情を含んだ視線が俺たちを包む。
けれど、一番重い視線は、ギャラリーではなかった。
シュトルムは、ただ俺をじっと見ていた。その視線からは信頼の色が混じっていた。
重い。自分の発言一つで人生が大きく狂うんだ。ギャラリーたちの無責任な視線よりも、俺はたった一人の男からの視線の方が重くて仕方がなかった。視線の重さとは裏腹に、彼の首元の継承の首飾りは、涼やかに揺れていた。
シュリイ妃はその隣で、微笑んでいた。いや、大笑いをするのをこらえているといった方が正しいか。この茶番劇が終わりマルグリット妃を処刑すれば、いよいよ自分の時代が始まるからだ。そしてよりにもよって、目の上のたん瘤だったマルグリット妃は、どこの馬の骨とも知れない小僧にすべてを託したのだ。これを笑わずしていつ笑うのか。自分の勝利を確信している。
『静粛に』
女性裁判長が一言。たったそれだけで場が静まった。
魔法で拡声でもしているのだろうが、厳かなその声に、いよいよ開幕であることを知る。
『これより領主殺害事件の審問会を始める。裁判長を務めるのはこの私、インヴェルノだ。』
公式紹介は「氷のインヴェルノ」。法曹界のエリートにして、史上最年少で国立法科大学を卒業した天才だ。水色の髪は前の毛は切りそろえられており、ポニーテールをしている。他の色に染まらぬ法曹界に倣い、彼女もまた黒く厳かな服を着用していた。
そして嫁候補の一人でもある。結婚候補の中で最年長であり、芯の強い女性としての生き様から、男性ファンより女性ファンが非常に多い。現に今、ギャラリーの女性たちはインヴェルノをうっとりとみている。
『ではまず初めに、この異例の審問会について、被告人に向けて幾つか注意事項を述べる』
簡単な審問会のルールを説明していった。また黙秘権の行使についての説明もする。特例の会のため、見物人たちへの注意事項も述べ、これにて会のための準備は終わった。
説明の間、俺はギャラリーたちの反応を見ていた。人が死んでいるというのに、暗い顔の者はいない。それどころか、悪徳と称される領主がいなくなり、未来に希望を感じているとでも言いたげだ。
ではそんな彼を殺したマルグリット妃のことを案じているのか?全然そんなことはない。殺人は殺人。やってはいけないことだ。ゆえに、彼女を見る民衆の目は、犯罪者を見る目だった。誇り高い夫人と思っていたものも多いのだ。裏切られたと思っているのだろう。
『では次期領主殿。事件のあらましの説明を』
次期領主殿、という裁判長の呼びかけもまた異常な光景だ。本来は検察という呼称のはずだ。
しかし、これはあくまで裁判ではなく、次期領主の真相をオープンにしたいという心遣いによって開かれている会だ。特例はずっと起こり続ける。
シュトルムは席から立ちあがり、裁判長の席の前に立ち、ギャラリーたちに聞こえるように顛末の説明をしていった。
死因は毒殺。夕食に混ざっていたようだ。領主の家では暗殺を警戒して銀の食器を使用しているが、そもそも銀の食器というのは毒の純度が高い状態でかなり念入りに調べないと食器に毒は反応しない。そのことを知らず、銀ということで安心していたがゆえにあっさりと盛られてしまったのだ。
盛ったのはメイド。あっさりと自白した。そして、マルグリット妃による脅迫だということも自供した。その後マルグリット妃を取り押さえ自室を調べたところ、毒の空瓶があった。毒瓶の始末は他人には任せられないということでマルグリット妃が直々に処分するという話のため、メイドはベッドの下に隠したとのことだ。
俺はこれから、この事件を解き明かし、マルグリット妃とシュトルムを守りながらシュリイ妃の逮捕まで持っていく。突き刺すようなマイナスの視線を気持ちで振り払い、俺は気合を入れていた。
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