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第24話領主殺人事件②

 事件の顛末を語り終えたシュトルムは後ろに下がり、代わりにシュリイ妃が立った。 「マルグリット妃、どうして領主様を殺したのですか!」  涙を流しながら、感情に訴える。とてもじゃないが演技には思えないほど、板についていた。ギャラリーもその気迫に飲まれる。シュリイ妃の慟哭は、その息遣いから何から何まで周囲の心を掴む。 『シュリイ殿。審問に関係のない発言は慎むように』 「いいえ裁判長。わたくしはこれから、我が息子に代わり、犯行の証拠を提示いたしますわ」  これには俺も驚いた。高みの見物をすると思っていたからだ。しかし、自分が主導して悪を追い込んだというイメージを民に刷り込みたいのだろう。  こちらとしてもシュリイ妃が表に出るのはありがたい。シュトルムが相手では手加減が難しいからだ。 「既に裁判長に提出済みの手記、お読み頂けましたでしょうか。こちらには、マルグリット妃が暗殺者を雇ったという事実が記載されていますわ」  シュトルムに送った刺客の話だ。以前にシュトルムが街中で追われた組織。あらかじめ互いの証拠については共有しているが、これは初手で痛いところを持っていかれた。なぜなら、雇ったのは本当の話だからだ。  こういった裁きの場では、元来証拠というのはあらかじめ提出しておいたものしか発言力を持たせてもらえない。フィクションではよく証拠の後出しをして劇的にひっくり返すが、現代日本にそれは不可能なのだ。なぜなら裁判の目的はどちらかが勝つことではなく、真相を明らかにすること。  ゆえに正当な根拠無く後出しじゃんけんはこちらも封じられている。  シュリイ妃は頬に手を当て、白々しく語りだす。 「わたくし、どうしてマルグリット妃が領主様を殺そうと思ったのか、何度も考えましたの。けれど、そんなことをして得られるものは一つですわね。そう。権力ですわ。ええ、領主様と次期領主の二名を始末すれば、跡継ぎのいなくなるこの場では自分が領主になれる。そう、考えてしまったのですわね…」  それはあんただろうが!!!と言いたいところをぐっと抑え、俺はその発言を切り返す。 「発言してもいいでしょうか、裁判長殿」 「許可します。その前に、自己紹介をしていただいてもよろしいでしょうか」 「俺はルナリオ・シャリアット。故あって今は別の仕事をしております」  まずは自分の籍が貴族であるということを表明しておく。悲しいことだがこの世界は身分制。平民か貴族かの前提だけで発言力は大きく変わるのだ。元ではあるが、今は使わせてもらう。  観客はどよめく。あの子、野菜コンテストに出てた子だよな、まさか貴族だったのか。なんで農家に…?と困惑が広がっている。一方プリマヴェーラ達知り合いは、俺の貴族籍に驚いていた。 「そちらの手記、次期領主様の殺害について書かれている、と聞いております。しかし、百歩譲って仮に本物だとして、今回の裁判とは無関係のお話では?」 「あら、そんなことはなくってよ?確かにおっしゃる通り、これは領主様の殺害には無関係。とはいえ、動機の説明としては使用できますもの」  その返しは想定していた。でも、これでいい。この発言が後々重要な意味を持つ。  一方ギャラリーはシュリイ妃の発言に納得をし始める。 「しかし、それがマルグリット妃が作成したという証拠はございますか」 「ええ、証人を呼ぶわ。マルグリット妃の護衛をしていた者よ」  会場に、男性が足を踏み入れる。あれは、地下牢の時に騎士に切り殺されようとしていた人だ。どうしてシュリイ妃についたのか。マルグリット妃もそのことに気が付き、眉をひそめる。  分かった。賄賂だ。あの日、殺されそうになったことによって、トラウマから護衛をやめたと聞いた。しかし、それでは食ってはいけない。そこをシュリイ妃に情報が洩れ、買収されたのだ。 「その手記の筆跡は、確かにマルグリット妃の物です。また、我々は事件の日、次期領主様を殺害する旨を妃から言い渡されておりました」  これもまた、すべて真実だった。 「これで殺意の証明になりましたよね?」  裁判長は静かにうなずく。しかしシュリイ妃の猛攻は終わらない。 「最後に、実際に毒を盛ったメイドを召喚しましょう」  そして犯行を証明するメイドが連れてこられた。彼女は毒殺犯、脅迫されていたとはいえその罪は消えない。ゆえに、手には枷をつけている。  ただ、十中八九シュリイ妃側の手先なのだ。裁判が終われば釈放するという嘘をつかれて後で殺されるのは目に見えている。  メイドの語った顛末は、先ほどシュトルムが説明した経緯と全く一緒で新しい情報は出なかった。  シュリイ妃はメイドがしゃべり終えるや否や、両手を広げ、たからかにギャラリーに語り掛ける。 「いかがでしょうか皆様方!誰が領主様を殺害したのか。一目瞭然ではございませんでしょうか!」  ギャラリーの反応は、もはや一色に染まっていた。ギャラリーは野太い怒りの声を上げ、その目はマルグリット妃の処断を期待していた。犯罪者を裁くことに頭がいっぱいになっている。民たちの意見にはなびかないように訓練された法曹界関係者たちも、その声の迫力に息をのむ。  けれど。その一方で、マルグリット妃もその弁護人も、絶望した表情をしていなかった。  ただただ、希望に満ちた目で前を向いていた。その光景に頭に血が上った民たちも気が付く。  どうして、これだけ絶望的な状況でそんな顔が出来るのか。  どうして、そんな誇らしげな表情でこの罵声を受け止めているのか。  自分が発しているこの罵声は、本当に正しい罵声なのか。  罵声は裁判長の声無く勝手に沈静化する。裁判長も勝手に落ち着くその光景に驚くが、急いで頭を切り替える。 『弁護人、証人に質問することはあるか』 「はい、その前に」  俺はメイドではなく、裁判長の方を見る。 「裁判長に質問がございます」  裁判長は驚きの目で俺を見る。自分に質問してくるケースは想定していなかったようだ。  裁判長のアクアマリンの目は凛々しく、吸い込まれるような迫力を持つ。自分の正義に従い、外野の声にも動じない御仁だ。国やシュリイ妃から散々お気持ちの品を贈られただろうが、すべて断っているのだろう。 「あの証人は、この後どのような裁きを受けるのでしょうか」 『それは、今必要な話なのか』 「ええ、必要です」 『領主を殺害したのだ。極刑は免れない。この会が終わり次第、非公開で速やかに執行される』  実はその情報はエシュテス経由で知りえていた。知っていたから、それをメイドに叩きつける。  メイドは、事前に聞いていた話と事実が乖離することに驚き、はたからみて分かるように動揺を見せる。おそらく数日収容してから刑が執行されるからとでも言われていたのだろう。その間に逃がすからと。  ここで初めてメイドは自分に迫っている死を理解したのだ。 「証人さん、体調が悪いのですか?裁判長の発言から突然顔が青くなりましたね」  俺は皆にも状況が伝わるように声をかけた。その身体は震え、取り乱していた。 『いかがしたか証人。体調が悪いなら下がってもらうが』 「いいえ、いいえ!そんな事ございませんわ!!」  下がる、という言葉を処刑の隠語と思ったのだろうか。メイドはこの場に必死で留まろうとする。しかしメイドの様子に、流石のギャラリーにもピンときた。  これは、シュリイ妃側にも裏があるぞ 「証人さん。俺から質問、いいですか?」  メイドはこく、こくと何度も頷く。自分の生存の道筋が見えないのだろう。けれど、このままシュリイ妃につくべきか悩んだあげく、どう見ても泥舟のマルグリット妃よりはまだ一縷の望みにかけることにしたようだ。  でも十分。こちらの目的は自陣営に引きずることではない。反撃の準備を整えることだ。 「先ほど毒を受け取ったとおっしゃいましたが、いつ。受け取りましたか?」 「え?ええと、事件の数日前ですわ」 「あれ、おかしいですね」  俺は証拠品の毒瓶が置いてある場所をチラリと見る。 「あちらの毒、調合から1時間で自然と水に戻るものとお話を聞いておりますが?」  シュリイ妃もメイドも驚きの表情をする。  なお、俺は自信満々に発言したが実はこれは真実ではない。ただのはったりだ。  実は、マルグリット妃の拘束の際に紛れて牢を出たシュトルムが、マルグリット妃の部屋の捜査に立ち会い、証拠品のすり替えをした。まさかシュリイ妃陣営側がそんなことをするとは誰も思わず、すり替えは成功した。  本当はマルグリット妃が疑われないように水の瓶にすり替えたのだが、時はすでに遅く部屋の中で毒物検査は行われてしまっていた。このためマルグリット妃への疑いを逸らすことはできなかったが、しかし|事《・》|実《・》|を《・》|捻《・》|じ《・》|曲《・》|げ《・》|る《・》ことには成功した。  彼女は勝利を確信していた。故に、情報が更新されているなんて思わなかったのだろう。いや、警戒していたとしても一度毒性を確認したものが今は水だなんて誰が疑えるものだろうか。  あちらは犯人であるにもかかわらず真実で戦い、こちらは無実であるにもかかわらず嘘をつきまくる。  毒をもって毒を制す。その文字通り。 『おっしゃる通り提出された毒物は既に水となっている』  裁判長の言葉にシュリイ妃も驚きの表情をしている。おそらく毒は彼女が用意したものだろう。だというのに違う情報が流れてきた。けれどもその訂正は叶わない。ここで、メイドとシュリイ妃の間に連携が取れないがゆえの齟齬が生じ始める。 「い、いえ?私の勘違いでした。毒を受け取ったのは、夕食のほんの少し前ですわ」 「ねえ弁護人さん?毒の種類が何であれ、犯人はマルグリット妃しか考えられなくって?今のこの話題、重要かしら?」  そして俺とマルグリット妃は互いに顔を合わせ、うなずき合う。  マルグリット妃はここで固く閉じていた口を開く。 「ええ、重要です。なぜなら、私は次期領主を殺害するために毒を用意したからです」  マルグリット妃は高らかに嘘の自供する。  流石のシュリイ妃も、予想外の展開に呆気にとられ、事前に情報を共有していたシュトルムは笑いを隠そうとしている。  さあ。ここからだ。反撃を始めよう!

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