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第25話領主殺人事件③

 マルグリット妃が次期領主への殺意を肯定した。  驚きの展開に場が騒然となる。てっきり、彼女は最後まで否定を貫き審問会は終わるとなんとなく想像していたからだ。  予想の出来ない展開に、裁判長は続ける。 『マルグリット妃?もう少し詳しい説明をお願いできますでしょうか』  マルグリット妃はうなずき、語り始めた。|嘘《・》|が《・》|混《・》|ざ《・》|っ《・》|た《・》|真《・》|実《・》|を《・》。 「私は、確かに次期領主を殺害しようとしました。それは本当のことです。この領地の未来を憂いてのことでした。ええ、私はそこにおりますシュリイ妃のことを敵視していたからです。」  裁判長は何も言わない。一体、この審問会がどういう方向に向かっているのかさっぱり読めないのだ。ギャラリーも固唾を呑んで見守る。 「シュリイ妃の領主夫人としての政治への影響には苦言を呈するものがあった。故に次期領主を任せるうえでその息子である彼のことも信頼できない、そう思ったためです。彼は巷では放蕩息子、なんて呼ばれていましたから。私は領主夫人としてどうしても見過ごせなかった」  ここで大事なのは「放蕩息子」という表現だ。民たちもよく聞くワードが飛び出て、その情報がより身近に感じられる。 「故に、刺客を雇いました。しかし、失敗し、今度は彼の城への帰還を知った為、急遽毒物を調合したのです。一時間で毒性が無くなるものを。・・・がしかし、彼が自分の母親によって地下牢に囚われたという情報が飛び込んできました」  親が子を牢に入れるという物騒な情報が飛び出る。先ほどまで一生懸命演説していた|人物《シュリイ妃》から急に黒い話が飛び出た。ギャラリーの視線がシュリイ妃に突き刺さる。 「そこで、彼が母から愛されず、虐げられて育った子だと初めて認識したのです。私は、彼が自分のかつてシュリイ妃に殺された娘と重なって見えました。ゆえに、毒物は自室において話を聞きに行ってしまったのです」  マルグリット妃の双眸から涙があふれる。これはさっきのシュリイ妃の完全な演技とは異なり、やや真実が混じった演技だ。誇り高い彼女から初めてみるその涙の姿に、裁判長も困惑していた。 「私は、確かに次期領主を殺害しようとしました。しかし、一方で領主様の殺害には全く関与しておりません。ここで真実を明らかにすることを強く希望します」 「そんな話を誰が鵜呑みにするというの!!」  シュリイ妃が叫ぶ。裁判長はその行為を嗜めるより先に、違う人物がマルグリット妃に近づいた。  シュトルムだった。 「彼女の発言は私が保証します」 「シュ、トルム・・・?」  まさか自分の息子がここで発言するとは思わず、シュリイ妃は愕然とする。 「彼女は、牢にいる私の前で深く、深く謝罪をしてくれました。自身の娘の名前を呼んでいたので、私と姿を重ねたのでしょう。だからこそ兵士をつれ、牢から助け出そうとしてくれたのです。」  予定通りだけど凄い。べらべら虚言を重ねるなシュトルム。  一方シュリイ妃は息子の発言を止めようとし、体をもっていこうとしては、しかし理性がとめたのかこらえる。これが公開でなければシュリイ妃は暴走していただろう。そして暴走していれば会は中断していたかもしれない。それが阻止できただけでかなり大きい。延期されればそれだけでこちらの分が悪くなる。  領主殺人事件の真相の共有は息子とはしていないのだろう。  まだ彼女はシュトルムが味方だと思っている。 「裁判長。新しい証人の許可を」 『認めます』  俺は裁判長に許可を取る。計画通り二人のおかげで、場の空気を換えることが出来た。あとはここから真相へと俺が導いていく!  新しく舞台に上がったのは、紫色の商人、エシュテスだ。エシュテスは軽く自己紹介し、供述を始める。 「実はアタシ、この街についてはとおっても詳しいにぇ!だから、身元の分からない怪し~人もアタシに情報を聞きに来ることが多いにゃ~」 『証人。ここは格式ある場所なのでふざけないように』 「なによ!ふざけてないにゃ!!これは訛りにぇ」 『まあ、いいでしょう』  エシュテスの裏家業は秘密だったにもかかわらず、この領地で戦いが起こるよりはということで参加してくれた。孤児をこれ以上増やしたくないのだろう。切実な願いだった。 「次期領主様の情報が欲しい!っていう集団がいたにぇ!怪しかったから、一体依頼人は誰なんだろうと思って周辺の情報集めをしていたにゃ!するとなんと!反乱軍としてレッドドラゴンの跡地に居を構えて連中が怪しいと思ったにぇ!」  エシュテスもまたべらっべらと嘘を言う。いや違う、正しい情報をならべて誤解するように調整しているのだ。例えば刺客雇ったのはマルグリット妃だが、そのことは触れずに全く新しい話をくっつけた。そして怪しい人物が反乱軍と関連があるというように強引に話を結び付けた。そう、嘘|は《・》言っていない。  エシュテスのこの証言の狙いは、殺人事件とは別にあった。 『気になる単語が見受けられたのだが、反乱軍について聞かせてもらっても?』 「うーん、でもアタシ、それ以上は詳しく分からないにゃ。きっとこの事件に大きくかかわってるって言われたからにぇ…。でもぉ」  エシュテスの情報には証拠がない。ゆえに、出せる情報というのは疑いの情報に限られる。 「その反乱軍、故郷の訛り方してたにぇ。絶対アタシと同郷にゃ。多分、次期領主様|は《・》殺さないように、居場所を把握したかったのだと思うにぇ」  領主殺人事件が我々に不利な点は、我々はこの事件でシュリイ妃のことを裁けるほどの証拠を持ちえなかったということだ。それほど今回の件は巧みに隠されていた。  故に、別のアプローチで彼女を捜査線上に浮上させる! 「裁判長、反乱軍とかいう存在は今の裁判に関係ないでしょう?」  シュリイ妃は焦り、話題を転換しようとする。この話を進めると、極めて不利な立場になるからだ。でも 「ちょっと~駄目よシュリイ妃。そこは『わたくしの息子の安全にかかわる以上は真実をここで明らかにする必要がある』じゃないと、隠したいことがバレバレにゃ」  ギャラリーから、ひそひそ声が聞こえる。そういえばシュリイ妃は砂漠の国の元王女だったよな。 「あなたの話だけだと信ぴょう性が無いじゃない。嘘をついて、目立とうとしている可能性もあるのだから」 「|ア《・》|タ《・》|シ《・》|は《・》|砂《・》|漠《・》|出《・》|身《・》|だ《・》|と《・》|い《・》|う《・》|の《・》|に《・》|、《・》|嘘《・》|を《・》|つ《・》|い《・》|て《・》|何《・》|の《・》|メ《・》|リ《・》|ッ《・》|ト《・》|が《・》|私《・》|に《・》|あ《・》|る《・》|の《・》|?《・》」  エシュテスは凄みをもって返す。その気迫にシュリイ妃は威圧される。  場は、静まりかえった。もはや真相が見えず、それどころか領主の殺人事件から話題が広がり、自分たちが反乱軍に侵入されかけていたという事実が開示されたのだ。これまで他人事だった裁きの場が、自分たちの裁きの場と混同してしまうくらいに誰もが息を荒くする。  そんな中、シュトルムは発言をする。 「私が地下牢にいた際にマルグリット妃が心配そうに声をかけてくれました。そこからしばらく話をしていたので、一時間以上は共におりました。毒のタイムリミットをゆうに超えております。故に彼女は、この殺人事件とは無関係です。よって、彼女に罪を着せようとした者が別にいるのだと告発します」  さらっと偽証を続けるが、彼に対抗できるほどの対抗意見を持った者はいない。先ほど証言した元護衛だったら一時間も牢にいないことを知っているがゆえにこれが偽証と分かる。しかし、彼の身分ではシュトルムに太刀打ちできないし、そもそも彼視点はシュトルムが偽証をする理由がない。故に何も言い出せない。  けれどここでやっとシュリイ妃は分かっただろう。|シュトルム《息子》は、|敵《・》だということに。シュリイ妃は抵抗を続ける。 「でもねえ、反乱軍があったと仮定して、証拠もないんじゃあねえ」 「証拠ならありますよ。今、俺の騎士さんが持ってきてくれました」  今から数分前に会場に騎士が現れた。俺はいつ騎士が証拠を持ってきてくれるのか、ひやひやしてずっと変な汗をかいていたのだ。騎士の後ろを遅れて別の法曹界の関係者が息切れをしながらやってくる。喋られない騎士にかわり、法曹界関係者が口を開いた。  そう、この証拠を得るために土下座して騎士に頼み込んだのだ。本当に大変だった。  俺には俺の命も狙う暗殺者のトゥルニテ問題があったからだ。啖呵を切って家名を言ってしまったので、もう襲撃も時間の問題だと。  そこで逆に考えた。 「そうだ!これを逆に利用してトゥルニテをおびき出そう!」と。結果護衛を巧みに配置し、地下牢で待っていたら上手く捕獲に成功したのであった。  トゥルニテは悪人しか殺さない縛りを設けている。俺やシュトルムが狙われるのは依頼主による多大な刷り込みが原因だ。それを騎士によって地面に押さえつけられる彼にこんこんと説明した。  納得してくれたかはともかく、こちらが命を取らなかったことは恩義に感じたようで、反乱軍の場所の割り出しと証拠品の偵察に協力してくれたという流れだ。 「裁判長、ただ今王国の騎士達が反乱軍を鎮圧しました。その際にあった証拠品です。ご覧ください」  裁判長は書状を受け取る。慣れた手つきで開き、そして目を見開いた。  一方、シュリイ妃は手を震えさせ、絶望した表情で立っている。 『これは、領主を殺害する一連の流れとともにシュリイ妃のサインが載っている。決して首飾りの男には手を出すなという文言も。』 「シュリイ妃。貴女の領主様への殺意の証明は、これで十分ですよね?」  俺はそう語り掛け、揺さぶる。自分が裁判の序盤で言ったことをそのまま突き返したのだ。けれどまだ崩れない。彼女の頭の中にはどう誤魔化すかでいっぱいだろう。  シュトルムは裁判長のもとへツカツカ近づき、書状を覗く。 「あれ、この筆跡は母上のものですね。私が保証いたします。」 「シュ、シュ、シュトルムーっ!!!貴様ぁ、よくもー!!!」  ここで容疑者はマルグリット妃からシュリイ妃へと完全に変わった。言い逃れの出来ない情報がそろったのだ。もうシュリイ妃は逃げられない。 「ごめんなさい!本当の毒殺の依頼人は、シュリイ妃です・・・!だから、死刑だけは…!!!」  もはやシュリイ妃が劣勢と判断したメイドはあっさりと寝返る。証言もこれで揃った。  息子に裏切られた母は、せめて道連れにしようと襲い掛かる。しかし、マルグリット妃がそれを許さなかった。マルグリット妃は由緒正しきところの出身。ゆえに護身術には長けている。まるで本当の息子を守るようにシュトルムの前に立ち、荒ぶるシュリイ妃を掴んで空中に一回転させた。俗にいう背負い投げである。 「返せ、数多の血を吸わせた、私の首飾りを…!!!貴様に渡すんじゃあなかった…!!!!!」 「あなたにずっと言いたいことはあった。いつか復讐が出来たら何て言ってやろうと。でもね、今。私はこの言葉しか思い浮かばなかった。|自《・》|分《・》|の《・》|子《・》|供《・》|を《・》|道《・》|具《・》|扱《・》|い《・》|す《・》|る《・》|な《・》|こ《・》|の《・》|外《・》|道《・》|が《・》!!!」  思うに、シュトルムを急遽牢に入れたのは、反乱軍が巻き込まないようにというのもあるが、毒殺事件を決意して以降は彼のアリバイを強引に作るためだったのだろう。決して彼のためではなく、自分の利欲のために。 「ふざけるな!毒の偽証をしやがって!!!お前も、お前たちも、道連れにしてやるよ!!!!」    そうしてシュリイ妃は兵に地面に押さえつけられてから拘束され、王都の牢に収容されることが決定した。  疑われているものの発言に信を寄せる者はいない。  シュリイ妃の言葉は誰にも理解されず、しかし彼女は牢に入れられてからも叫び続けたという。  異例の審問会はこうして無事閉幕した。 「ふう…」  俺は一息ついた。裁判の流れは俺が設計した通りに進めることが出来たが、万が一があった場合はフォローに入れるように常に構えていた。本当、気苦労が絶えなかった。  一仕事終えてスッキリしている俺と対照的に、ギャラリーはもやもやした様子で誰も帰らずとどまっていた。 (そうだ、次期領主の件が終わっていない)  第5夫人による国の乗っ取り未遂。それは自分の息子を領主の座に座らせてのものだった。しかし、そんな人物に領地の命運を託してもいいものなのだろうか?  先ほどシュリイ妃に騙されたばかりだというのに、どうしてあの人物を信じられようか。  そう、シュリイ妃を倒すということは、今度はシュトルムを守らなくてはならないということ。しかし、俺は裁判の流れを見てもらえればシュトルムの善性を知ってもらえるとのんきに考えていた。    なにか、しゃべらなくては。そう思っているうちに、ブーイングが始まる。 「次期領主を返上しろ!」 「やはり砂漠の国の関係者に領を任せるのは間違っている!」  マルグリット妃も何か言おうとして、留まった。仮に自分がシュトルムに信頼をおいていても、それを発言したとてこの場を覆すほどの効力はない。たとえ未遂だったとて、自分もまた刺客を送った後ろめたいことがある人間だったからだ。  そんな中、ある一点から声が聞こえた。 「あんたたちギャーギャーうるっさいわね!!!あの男が次期領主になろうがどうでもいいけれど、あの男が街に降りていた間、私たちを守っていたこと知らないの!?」  アウトーメルの声だ。こういう騒がしい時に、彼女の声はどこまでも通る。ブーイングは少し弱まる。 「偉そうに兵士に指示だしてたでしょうが!その兵士たちもあいつの悪口言ってたやつはいなかったでしょう!!!それが答えなのよ!!!」  俺がかつてアウトーメルをかばった言葉を、彼女は繰り出した。根拠はないが、なんとも説得させられるしゃべり方だ。  けれど、あと一手届かない。今のは観衆の一人の声でしかなかった。ゆえに欲しい。絶対的に信頼を寄せられるものの説得が。  会場はアウトーメルによって一旦落ち着いたはものの、しかし誰もがこれからのことをどうすべきか困惑している。  俺は裁判長を探したが、見当たらなかった。シュリイ妃の処遇について、話し合いに行っているのだろう。  ふと、誰かが壇の中心に立つ。俺を追い越し、ギャラリーから見えるように前に立った。  騎士だ。  マルグリット妃も、シュトルムも、俺も、ギャラリーも。全員が騎士の存在感に目を引き付けられる。  騎士は、そこから兜を取った。  そしてギャラリーを見渡し、静かに宣言する。 「この騎士ソラスがシュトルム殿の次期継承を承認する」  騎士ソラス。  それは救国の英雄と称された、最高の栄誉を持つ青年だった。

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