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第26話朱色が照らす君
騎士ソラスが次期領主を正式に承認した。
王都の憧れの騎士の登場とともに、人々の関心はそっちに流れ、次期領主うんぬんよりも話題をかっさらった。
「本当に現金なものだなあ」
審問会を無事終えるのに様々な苦労があったが、すべて美形が持って行ったのだ。やるせない。
まあ、小難しい政治のことよりもアイドルの方が嬉しいものなのだ。民衆というのはいつだって。
それにしても騎士の中身がソラスだったとは。よりにもよって|主《・》|人《・》|公《・》|の《・》|天《・》|敵《・》が近くにいたこと、この事実に身震いする。
彼の名前はソラス。光のソラス。
俺のレインさんを差し置いて、人気投票婿部門第一位をかっさらった婿候補の一人である。
なお、総合部門も人気一位である。
(けれど大事なのはそこじゃない。いや、レインさん差し置いての人気一位だからにっくき敵と言えばそうなんだけど)
彼のファンからのあだ名は別にある。厄災のソラスだ。
なぜそんな物騒な異名がついたのか。理由が枚挙にいとまがない。
ある時はソラスと部屋で会話していると、ダイナミックに刺客が窓を割って現れ。
ある時はソラスと会話した後に、高レベルの魔獣が群れて襲い始め。
ある時はソラスと同じ道を歩いただけで、上から植木鉢が降ってくる。
俺もソラスには恐ろしい思い出がある。メインストーリーを進行中、ソラスから街の整備についてもっと整えたほうがいいと思うという発言を受けた。へえ、と思い彼とは別れ、そこから家までの岐路、突然和やかなBGMから戦闘BGMが始まった。不思議に思い前方を確認するが敵という敵は見あたらない。
ゲームのバグだろうか、と思いなんとなく後ろを向くと、包丁を向けてこちらに走ってくる道端過激ソラスファンがいたのだ。怖かった。今思い出しても涙が出るほど怖かった。
以降、マップで彼を見かけても俺は徹底的に無視して進めていった。
ソラスファンからも彼のルートは厄災ルートと呼ばれており、「厄災クリア!!!!」とクリアした面々から妙な喜ばれ方をされていた。もはやファンすら推しを不幸の元凶と思っている。
あれ、騎士が俺を守っていたのではなく、騎士が俺に厄をまき散らしていた可能性が出てきたぞ。
元来だったら俺は騎士の元へ向かい礼を言うのであったが、正体を知った今はとてもそういう気になれなかった。
彼だって俺のために動いてくれた。
これまで何度も心配かけた。
けれど、それ以上に、死が怖かった。
俺は最低だ。そう思いつつ、騎士と距離を作るために俺はギャラリーの方向へかき分けていく。
「ルナリオさん!お疲れ様でした!」
「ルナリオ!とても格好良かったよ!!!」
「二人とも、来てくれてたの、心強かったよ!!ありがとう!!」
プリマヴェーラとアウトーメルだ。特にアウトーメルの最後の一声には助けられた。特にアウトーメルには握手をして、お礼を言った。
「ルナリオさん、弟を助けてくださりありがとうございました」
レインさんもいたのか。こちらは気が付けなかった。
やや涙声で礼を言ってくれた。きっと、弟が何かしら不遇な扱いを受けるだろうことを予想してこの場に来たのだろう。無事大団円を見届けられてほっとしたのだ。
「いえ、当然です。その、義弟になるかもしれませんからね」
「発想が飛躍しすぎて本当に怖いですね」
レインルートの時はシュトルムの登場は少ないため、正直あまり義弟感はない。しかし輿入れアピールは出来るうちにしておこう。俺はレインさんの手をまた握った。
すると、後方から突き刺すような鋭い視線を感じる。ソラスだ。
「ルナリオ…」
ソラスは俺にもの言いたげにつぶやく。まだ興奮冷めやらぬギャラリーたちは広場にたむろっているが、騎士が壇上に降りたことを確認した途端、殺到する。
救国の騎士は、かつて魔族たちが王都を襲った際に、大活躍をして守ったが故の称号で、彼が15歳の時に得たものだ。そこからは国内外にも誇張して話が伝わり、今や「生きる伝説」とされている。
(そんな生きる伝説様が、どうして俺の家にやってきたのか。本当に意味が分からない)
兜の下のあの顔さえ見れば謎は少しは解消できるのかと思いきや、謎は深まる一方だった。わざわざ兜を被り、また装備を一式すべて変えていた点も腑に落ちない。
ソラスは群衆に群がられ、俺を追おうとするが、距離は縮まらない。
(そのままファンサしていてくれ)
俺は駆けて、城へと向かっていた。実は城へは、暇すぎて読んでいた本が沢山ある。
弁護人の件が決まるまで、俺は野菜の育て方の本をエシュタスに差し入れしてもらっていた。野菜の本はどれも言ってることが微妙に違っていて、どれを信じていいのか分からなかったのである。多分土質と気候の違いが原因だろう。
(本を回収して、エシュタスに返して…そして家に帰って…)
家に帰ってもシュトルムはいない。最後に別れの挨拶をしておこう。
彼は領主で、俺は農家だ。彼は嫌われるために放蕩息子をやっていた。しかしその必要もなくなった。
城の道中、裁判長のインヴェルノに会った。
「ありがとう。君のおかげで助かった。本当に感謝する」
インヴェルノは俺に深々と頭を下げる。公平に真実を見極めてくれたので助かったのはこちらなのに、どうして俺に礼を言うのか。
「実はな。私は本当は今日が法曹界にいられる最後の日になるはずだったんだ」
「え?インヴェルノさん、優秀なんですよね?またどうして」
「いいや…親の七光りさ。実は今回の件、王から直々にマルグリット妃を勝たせるように勅命を受けていた。でもな、私はそうやって真相が捻じ曲げられるのは嫌だったんだ」
途中、シュリイ妃が優勢だった時には諦観の念を抱いていただろう。
「マルグリット妃を救うどころか、君はシュリイ妃という膿も取り除いて、この国の戦争の種を潰してくれた。本当に感謝をしてもし切れない」
「頭をあげてください!」
俺は慌てふためく。そういえば一つ気になっていたことがあった。
「あの、マルグリット妃は殺人未遂を起こしました。これはどうなるのですか?」
「ああ、それなら、厳重注意で終わった。被害者のシュトルムが許している上、その事件があったおかげでシュリイ妃を叩けたんだ。結果オーライさ」
まあ、本当はというと、マルグリット妃は王の初恋の相手だから罰なんてやっても妨害されるだけだけどな!あっはっは!!!!
インヴェルノは女性にしては豪快な笑い方をする。この国はいろいろと未熟なので政治と法は権力が分けられていない。殺人未遂で厳重注意は流石に甘すぎる気もするが、マルグリット妃が裁かれなかったことにはほっとした。彼女はこれから先のこの領に絶対に必要な人材だからだ。
「また王都に来たら私の元へ来い。案内してやる」
「ふふ、王都に用はございませんけどね。でもまた会いましょうね」
「その時はソラス殿のサインを持ってきてくれたら凄くうれしいからな」
ここにもソラスファンがいた。
それはともかく、俺たちは握手をした。
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地下牢の本は、何故かなくなっていた。看守さんに尋ねると、もうすぐ牢を出る予定だからということで家に移されていたらしい。おそらく移動してくれたのはシュトルムだろう。
そして今、俺は今度はシュトルムを捜している。まるで我が家かのように駆けまわって申し訳ないと思うが、うちの家をシュトルムも我が家と思っていたのだ。俺のことも目を瞑って貰おう。
「おまえ、何してんだ?」
「あ、いた!実はシュトルムに用があったんだよ!」
「・・・・・こっち来い。人目に付かないところに行く」
人目に付かないところに行く?いや、別に聞かれて困る話はする予定はないから正直ここでいい。
そう主張したが却下された。久々に俺様が蘇っているな。
シュトルムに腕を引かれてたどり着いたのは、街の景色を見渡せるテラスだった。審問会も終わり、もう夕日がさしている。これだけゆっくり夕日を見られるのはいつ以来か。
夕日を浴びる継承の首飾りは光を吸ってキラキラと輝いていた。
「綺麗だろ、ここ。街を一望できるんだ」
「ああ、とっても綺麗だ」
俺たちはしばらく何も言わず、景色を楽しんだ。ランドマークの時計塔が見え、噴水広場も見える。なんて、美しい街並み。
「ここを守ることが出来て本当によかった」
シュトルムが溢す。
これはルナリオが知らない話。シュトルムの恋愛イベントの話だ。
次期領主をめぐる熾烈な争いは、今のように領主殺害で事件が始まる。しかし、ルナリオの介入がなかった世界では、反乱軍が領に乗り込み、そのまま領主が殺害され、反乱首謀者がマルグリット妃となって処刑されてしまう。
シュトルムは次期領主となるが、その際にシュリイ妃を計画的に殺害し、事故死として処理した。
そう、ルナリオがおらずとも、本当はシュトルムは領主になること自体は出来た。
けれど、流した血が多すぎた。反乱軍はおしよせ城は血で染まった。母を直接手にかけた。砂漠の国との紛争が始まり、領地で押しとどめることはできたが多くの血が流れた。そしてマルグリット妃の日記を読み、何一つ守れなかったことを後悔した。本当は自分が死んでマルグリット妃に託すつもりだったのに、なにもかもが遅かった。
そうして墓の前で懺悔し、主人公は彼の心を癒すために共に生きていくことを誓い、愛を囁くのだ。
そんなことは今のシュトルムもルナリオも知らない。けれど、多くのものを守れた奇跡にシュトルムは感謝していた。
「シュトルム、俺は家賃を返しに来ただけだぞ。今日は約束の30日だからな。でも、今日はもう俺、全力で頑張ったから領主特権で家賃免除って、ダメか?」
「駄目に決まってんだろ。今日は疲れただろうから明日取りに行くから用意しておけよ」
「なんでそんなに執拗に取り立てるんだよ!!!領主なんだからお金困ってないだろ!?」
俺たちは笑いながらただ時間を楽しむ。
けれど軽口の叩き合いもそこまでに、シュトルムは真剣な表情をする。
夕日を背景に、美しい赤が彼を包む。太陽の光が彼に逆光を作り、まるで一枚の絵画のように美しい光景だった。つきものが取れたシュトルムは、屈託のない笑みを浮かべ、笑っていた。
「ルナリオ。本当にありがとう。俺が今こうやって何の後悔も残さず立てていることは、すべてお前のおかげだ。本当にありがとう。」
「あらためて言われるとくすぐったいな。でも、あなたの積み重ねてたものがちゃんといい方向に働いたんだ。自分の過去の行いに感謝するべきかな」
俺たちは互いに笑い合う。
「礼に、願い事を一つ叶えてやる。出来る範囲でな」
「ええっと…なら、街の防衛に10万ゴールドつぎ込んでほしい、って駄目だよな?家賃も取るくらいお金にがめついんだから。あは、あはは…」
「いいぞ」
「そうだよな、ダメだよな。・・・・え?」
シュトルムは顎に手を当て考えるポーズをする。
「砂漠の国の脅威が民に知れたんだ。久々に頭が冷えただろ。しばらくは防衛費を上げる議題も通りやすい。それくらいの資金は余裕がある」
「なんでだ!?余裕があるのに家賃はとるの!?」
「あはは」
「あははじゃない!」
でも、4か月後の最大の目標だった10万ゴールドが達成できた。俺はガッツポーズした。
シュトルムに別れをいい、今日のところは家に帰ることにした。家賃はまた明日取りに来る。邪魔な支払いだが、けれど今この時だけは家賃の存在が嬉しかった。
ルナリオが去り、テラスに残ったシュトルムはただ一人ルナリオが去った方向を眺めていた。
「家賃がなくなれば、邪魔をしに行く口実が無くなるだろうが」
本当はここで、もっと伝えたいことがあった。だから勇気を出して手を引っ張って、この場所まで連れてきた。
シュトルムは露悪的にふるまっていた。ずっと、誰にもその痛みを知られず、ただマルグリット妃の正当性を証明することに命を捧げる予定だった。
自分の死後、亡骸に石を投げられることも覚悟のうえで、だ。
けれど地下牢でのマルグリット妃との対峙の時、その胸中を全て言い当てられ、それまで抱えていた悩みを理解してくれた人があらわれたことが本当に、ただただ嬉しかった。
だから本当はここで、救われたこと。そして好きだということを伝えたかった。
けれど|何《・》|か《・》|に《・》|阻《・》|止《・》|さ《・》|れ《・》|る《・》|よ《・》|う《・》|に《・》、言葉は喉の奥に引っ込み、ついぞ言うことが出来なかった。
失敗で関係が崩れることを無意識に恐れたあたりだろうか。我ながら何ともまあ女々しい。
「とはいえ、明日もまた会えるしな」
シュトルムはふっと笑い、テラスを後にした。
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