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第29話藍のレイン

「兄さんの元に、王都の人がやってきたんです。兄さん、店は閉めるから、プリマヴェーラは安全なところに避難していてって」 「兄貴が王都に?王都に縁なんてあったか?辺境生まれ辺境育ちだっただろ?」 「シュトルム、ソラス。俺、行くよ。王都。」  突然がたっと立ち上がった俺に、皆の視線が集まる。それと共に「え?」という反応も返ってくる。さっきまで嫌がっていたのに一瞬で返答が変わった為、全員目が点になってる。 「レインさんが今誰に捕らえられてるのかは分かってる。いこう。今すぐ」 「待て待て待て。なんで兄貴の事情にそんなに詳しいんだよ!」 「俺がレインさんの秘密をべらべら喋るわけないでしょうがッ!!!!!」 「なんでそんな怒ってんだよ!!」  プリマヴェーラも明らかに自分よりも怒っている俺の姿を見て、冷静さを取り戻し始めた。 「でも、事情を知ってる奴が多い方が対処しやすくて有利になるんじゃないか?」  トゥルニテの冷静なツッコミが入る。周囲も彼にグッジョブのハンドサインをする。なんで共通の敵を目前にして互いの健闘を称えあうような空気になっているんだこの人たちは。 「それもそうだな。じゃあ、ちょっと長い話になるけれど暗唱をするよ。」  ----------------------------------------------------------------------------  僕の名前はレイン。昔は城暮らしだったからレイナールという名前を使っていたんだ。  母さんは領主の夫人だったのだけど、他に性格的に合わない夫人がいたらしくって、身分を返上して平民の父さんと結婚したんだ。それが僕が八歳の頃だったと記憶してるよ。再婚後にできた妹はプリマヴェーラと言ってとても優しくていい子だよ。  でもね、当時の平民になりたての僕は、不平不満でいっぱいだった。お城ではほかの夫人が怖くとも、それでもおいしい料理を食べられていたからね。この身分になって一気に貧しくなってしまった。ああ、母さんの実家の商団は意地悪な夫人に対抗商品を出されて潰されちゃったんだよ。化粧品が強かったんだけどね。二度と城へ足を運ばせないようにするため、経済的に、徹底的に苦しめたんだ。  城の書物をいつも読んでいた僕は、植物には詳しかったから、何か新しい商品を開発しようと思って、研究をしたんだ。新しい開発をすればきっと再びお金持ちになれるって信じてね。最初は子供のお遊びだったけど、成長するにつれて器具も購入できるようになって本格的になっていったよ。  かなり時間がかかったけれど、研究が成功したんだ。  僕の研究は、従来の薬を安価な素材を用いながら作れるというもの。つまり、薬がもっと安くなるということなんだ。今国内に流通しているものは、一部の材料を外国から仕入れているんだ。だから庶民ではやや躊躇する値段になってるんだよね。だから僕はそれをどうにかするために近所に居た弱い魔物で実験したんだよ。動物で試すのはかわいそうだったからね。  研究通り魔物は元気になっていった。僕は手ごたえを感じていたよ。  けれど、この領では新商品で目立つことはできなかった。だから、お金を貯めて昨年の夏に思い切って王都へ行ったんだ。  僕は冒険者ギルドを経由し、この研究を利用してくれそうな人を捜したんだよ。すると、見つけた。丁度近い研究をしている「シャリオット伯」という家を見つけたんだ。彼は僕の研究に感銘を受け、高い金を出すから権利を譲ってほしいと交渉してくれた。ちょうどその時、何人かで治験をしたところ、みんなすごく元気を取り戻していたから、革命を起こせるって思ったんだ。青かった僕は目先の大金につられ、すべての権利を渡してしまったよ。  薬の名前は「慈悲の涙」。苦しみ続く病人に慈悲あれ。  けれど、治験をした面々は、一時は良くとも次第に衰弱してしまう人もチラホラ現れたんだ。そう、全員じゃない。体質によるものなのか何か条件があるのか。  けれど不思議と貴族や高所得者には起こらず、庶民に衰弱が起こりやすいものだった。だからこの薬への問題視はされず、今に至るんだ。|貴《とうとい》い人が亡くならない限り人間のシステムって変わらないものだからね。  僕はシャリオット伯に出荷停止を申請したよ。僕が受け取った代金も全部返してね。けれど、彼のシャリオット家も財政難だった。回収なんてもってのほかだったんだよ。  僕は追っ手を向けられ、泣く泣く領地へトンボ返りさ。  そう、だから僕はここに捕まった。自業自得なんだよ。泣かないで、ルナリオ。  ---------------------------------------------------------------------------- 「というのがレインさんの恋愛イベントの3なんですよね。いやー、彼の葛藤が伝わってきて、もう大号泣でしたよ当時は。あ、シャリオット伯というのは俺の実家なんですよね、あはは」  俺が熱心に暗唱していたのと対照的に、場が凍ってる。 「みなさん?分かりますよ。ええ俺も初見では本当に顔を覆いましたもの」 「ちげえよ。お前に引いてんだよ。え?レイン兄貴の心情を想像して語ったの?キモくて鳥肌すげえんだけど」  シュトルムは腕の鳥肌をスラリスに見せる。「うおお!きもー!!」とスラリスは驚いていた。ソラスは「本当、レインが関わったルナリオって、とてもじゃないけど擁護出来ないんですよね」とため息をつく。プリマヴェーラは「ルナリオさんの喋り方に驚いて話が全く入ってこなかったんですけれど、事情は分かってるってことで大丈夫でしょうか?」と周りを伺う。 「で、いいかな?レインさんの話だけれど」 「こいつ、折れねえしめげねえぞ!」 「救出には俺の実家に潜り込む必要がある。囚われのレインさんをみんなで助けに行こう!いざ王都!!」  再び沈黙に包まれる空間。シュトルムは何でこの流れに乗らないんだ。あんたが行くって言ったんだろうが。 「皆様、どうか、兄さんの救出にご協力お願いします。どうか...!!!」  ソラスたちはコクンと頷く。あれ、俺の時とは反応が違うな。  準備はシュトルムが大方済ませてくれていた。てっきりこちらが王都行きを一発快諾してくれると思っていたようなのだ。  そこから俺たちは領主保有の馬車に乗り、大人数で1週間かけて移動するのだ。  出陣メンバーは俺、シュトルム、ソラス、トゥルニテの4名。荒事になるだろうためトゥルニテが来て、反対にプリマヴェーラは残った。スラリスも残っていくそうで「オイラがいなくちゃ誰が畑を見るんだよ!!安心して行って来い!!」とのことだった。出発前は寂しいのか裏で泣いていたが。  農場ゲームだというのに拠点エリアを大きく離れることはかなり珍しい。長い旅路でないといいが。 「ルナリオ、元気でね。」 「ルナリオさん、よろしくお願いします」  見送りの挨拶を終え、俺たちが乗った馬車は王都へと向かっていく。領を出た途端、そこはもうゲームでは描かれなかった世界が始まる。 (レインさんの捕まった場所はゲームだと辺境領の傍系の屋敷だったんだよね。それが今回は王都へ変わった。)  ゲームではうちの実家が直々に辺境へ来た、という流れだった。それが大きくずれたのだ。すると、実家に入っても救出経路の割り出しは難しい。 (すると、その偵察にはトゥルニテの力が欲しい)  肝心のトゥルニテは馬車内の俺の目の前でモグモグとクッキーを食べている。甘いものが大好きなのだ。嬉しそうに食べている。 「ルナリオ、馬車の乗り心地は如何でしょうか」  一方馬に乗って馬車の警護をしているのはソラス。窓に近づいて俺に話しかけに来た。よーく見ると周辺の領主の護衛たちはソラスの周囲に馬を寄せ、モジモジしている。 (ああ、折角だから話を聞きたいんだろうなあ)  しかし常日頃から質問やサインコールに対応するのは疲れるのだろう。ソラスはファンにはにこやかに対応する反面、俺たち自然に接してくれる組のことをセーフゾーンに思っている節がある。  だから俺もソラスに彼の武勇伝の質問は何もしないでいた。 「正直いい乗り心地とはいえないね」  比較対象は車になることと、それも1週間続けるという地獄の点からだ。 「馬車が飽きたら馬に乗ることも楽しいですよ。よかったら声をかけてください」 「風を切るのも楽しそうだね。でも残念だけど馬の乗り方が分からないんだよ」  昔牧場の体験で少しだけ乗ったことがあるが、やはり馬は生き物だ。想像以上に安定しなくて怖かった。四足歩行のため重心が前後左右にずれるのである。歩行だけでも辛かったのにあれが走行したらどうなるのか。 「僕の前に乗っていただければ」 「あとで嫉妬の視線を独占しそうだからやめておく」  さっきから周囲の視線が痛いのだ。なんでこんな小僧を守っているのかという懐疑の目。俺が一番聞きたい。いや、折角だからこの際聞いてみようか。 「なあソラス。どうして俺をこんなにも厳重に守ってくれてるんだ?貴族籍はもう抜かれてるぞ?俺」 「…ルナリオが貴族籍ということは言われないと忘れるくらいどうでもいいです。そういえばシャリオット伯だったなと」 「ふむ・・・なら昔に会ったことあるとか?辺境領に会う前とか」 「いいえ、辺境領が初対面です」  ますますわからない。するとやはりレッドドラゴンの件が初対面という計算になる。実は幼馴染だったとか実は顔なじみだったという線は無くなった。あと残る可能性は… 「俺が魔王討伐に際して少し特別な立ち位置になる、から?」  少々賭けに出た。あまりに突発的なワード。とらえ方によっては、魔王と関わりを持っていると言ってるようなものである。なので最後の質問だけは声量を抑えた。馬車に同乗しているトゥルニテは俺たちの会話をじっと聞いていたが、最後の質問だけは顔を上げて見守っている。 「…それが一番、|正《・》|解《・》|に《・》|近《・》|い《・》|で《・》|す《・》」  正解に近い?具体的な単語の直後に抽象的なフレーズを持ってきた。わかったようでわからない。彼は、俺が主人公という立場にあることを本能的に察しているのだろうか。俺が考えている最中、ソラスは周囲を人払いする。周りも耳を澄ませてこっちの話をじっと聞いていたのだ。救国の騎士に嫌われたくないため、大人しく護衛達は距離を取り始めた。これくらい離れていれば確かに聞こえまい。 「ルナリオは、魔王のことを知っていますか?」 「まあ一般常識くらいには」  一般常識と誤魔化したが、正確にはストーリーを一周クリアしたくらいにしか分からない。確か、魔王を討伐する際にどうして人間世界を襲うのかという魔王のセリフがあった気がする。「今の人間は欲にまみれ戦争は起こし…」というありきたりすぎるセリフが流れたので、スキップボタンを押して戦闘に入ったのだった。まさかこちらの世界に来るとは思っていなかったのでちゃんと読んでいなかったのが悔やまれる。 「魔王の動機は戯言なので気にしないでください。それで重要なのはここからなのですが」  戯言なんだ。この世界の人から見ても戯言なんだ。 「魔王の魂の核を破壊できるのは特別な人間だけなのです。そう、ルナリオがまさにその特別な資格を持っている」  主人公が故の補正だろう。主人公以外が倒してゲームクリアをすることがないように。まるで、俺のせいで世界が巻き込まれているという錯覚を覚えてしまう。 「けれどその資格を持っているものは、死を引き付けやすいのです。魔王を討伐するまで、ずっと」  なるほど、大体は理解できた。だからソラスは俺のことを手厚く保護していたのだ。  そういえば、とふと思い出す。ソラスルートの別名だ。彼のルートは厄災ルートと呼ばれていたのと同時に、別の呼び方もされていた。 「|正《・》|史《・》」と。  正史。つまりは正しい歴史。公式が想定するメインルートだ。  通常農場ゲームでは自分で結婚相手を選ぶため、誰を選んでもいいように贔屓ルートなど作らない。しかし、このゲームの批判を買った要因の一つはソラスのルートをあまりに手厚くしたということだった。 『真相を知るには、ソラスルートは不可避』  かつてSNSにあげられていたゲームの感想の、その目を引く見出しを思い出す。  トゥルニテは、そんな俺たちの会話を静かに見守っていた。口元はまだもぐもぐしている。俺の視線を羨ましいからと思ったのだろう。クッキーを一枚渡してくれた。しかし、出発前に食事をいただいたので食欲はない。ハンカチにくるんでポケットにとっておくことにした。  ソラスとの会話のおかげで謎がもう一つ解けた。レッドドラゴンの件だ。どうして俺にとどめを任せたのか。経験値を稼いでほしかったからだ。魔王を討伐する際に低レベルを連れていくのはあまりにも|酷《こく》すぎる。領主事件のあの後、彼のサポートの下で鹿の魔物にちょっかいを出したりして測ったところ、大体40レベル前後くらいにはなっていた。  故に守りつつも俺に強くなってほしいという願いが彼にはあったのだ。  そんな会話をしていた先、馬車が急停車する。どうしたのだろうか、道を間違えたのだろうか。  いや、こんな林道の中で予告なく止まる理由は一つしかない。 「敵襲だー!!!!!」  先頭の護衛が警笛を上げた。

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