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第32話アーサー王子

 王城の門をくぐり、俺たち一行は困惑していた。そう、王への謁見予定は別に無いのである。  王への謁見予定はないのに、警備の都合上王城へ行かざるを得なかったのだ。人垣は俺たちが別の場所へ向かうことを想定していなかった。けれど、しばらくここで時間を潰さないと凱旋続行と勘違いされる。いや凱旋自体がそもそも勘違いなのではあるが。  俺たちは現在疲労困憊なのに、突然パレードの見世物にされたのである。あっ、あのソラスに武勇伝をねだってた兵士さんも疲れで目が死んでる。  シュトルムもいつもより生気のない低い声で俺に話しかける。 「俺達、ソラスの犠牲によって待たずにここに入ってこれたけど、これひょっとしてここで待つ必要があるっていうやつか?外が落ち着くまでの間中」 「え…?結局俺たち待つの…?仲間を犠牲にしておいて?」 「僕の犠牲という言い方はやめてください」  護衛の人たちもどうすべきか困惑していた。王城でこうやって時間を潰さないといけないこと自体初めてなのだ。  そんな折、視界の端に何かがかすめ、足元には振動のようななにか違和感があった。だれか、小さい子がいるような。 「あの!あの!この度は、あの!お越しいただきありがとうございました!」  小学校の中学年くらいの小さな男の子が俺の足元でぴょんぴょんと跳んでいた。俺の周りは全員俺よりも圧倒的に身長があった為、上ばかり見て全然気が付けなかった。 「こんにちは。どうしたの?」  俺は身をかがませ、男の子と目を合わせる。金髪で、髪の先のほうが緩く癖がついている。目は俺と同じエメラルド色で、その頬はうっすらピンク色をしており、男の子だというのに女の子に見紛うくらいに人形のようにかわいらしかった。  俺が身をかがませると、驚いた男の子は一瞬後ろに引いたものの、すぐに笑顔になる。  あれ?シュトルム、片膝ついて頭も下げてる。あれ、ソラスも。あれ、他の護衛達も。ソラスは公爵だから、よっぽどのことが無ければ片膝はつかないはず。  まさか。これ、ひょっとしてこの子の立場って…。  男の子は胸に手を当て、挨拶を披露した。 「私はアーサー・プリエスティラ。この国の第一王子にあたります。この度はよくぞここまでお越しくださいました」  王子。  全然知らなかった。ただの貴族の迷子の子かと思った。気さくに声をかけてしまった。  そして王子の家名にも驚く。この国の名前がプリエスティラだからゲームタイトルがプリエスティラ新農場物語だったのか。農場ゲームでは主人公がいる国の説明を省くことが多いため、突然のタイトル回収に驚く。別ルートやファンブックには書いてあったかもしれないが、残念ながら自分はその情報を拾えなかった。  よく見たら男の子の後ろには王室の印が入った騎士がいた。そして俺の無作法を白い目で見ている。シュトルムたちも俺のことを「やべえぞこいつ」という目で見ている。 「あの、あなたはルナリオさんでしょうか?」 「え、ええそうでございます王子殿下…!!!」  明らかに不自然すぎる言葉遣いに周囲の空気がより一層酷くなる。俺はスッと膝を地面につき、最初からこのポーズだったかのように偽装を始めた。 「マルグリットおば様からお話を伺いました。立派に弁護をしてくれて、本当に助かったとお聞きしております…!!よければ一緒にお話をしたいのですが、ダメでしょうか…?」  ところどころ子供の片鱗を見せるしゃべり方をする王子様だ。しかし、マルグリット妃が俺のことを売り込んでくれたおかげで先ほどの無作法は流してくれるような空気になった。危なかった。お前本当に元貴族か?という後方からの視線が辛かった。そう、中身はただの平民です。 「ええ、面白い話は出来ませんが、俺でよろしければ」  王子はパアア…!!という喜びの表情を浮かべ、俺の腕をつかんで道案内をしようとする。しかし、王子の護衛騎士がコホンと咳払いをしたため、動きを止める。 「し、失礼いたしました。国王がお待ちですので、皆様は謁見の間へおすすみください。案内は担当の者が請け負います」    ここで一旦俺とシュトルムたちは離れることになる。ソラスは俺についてくるようだ。おそらく王はソラスにも用があったように思うが、今回の召集のメインはシュトルムたち辺境一行。ということでこれ幸いにソラスは俺についてくることにした。どうやら王のことはあまり好きではないようだ。  謁見が終わり次第シュトルムたちは王都の別荘へと移動する。 「ソラスの実家は王都にあるんだよね?実家に帰るの?」 「ええ、寝泊まりまで辺境一行の世話になるわけにはいきませんから。ルナリオも一緒に来ていただけたら嬉しいのですが」 「ええと、逆に俺が行ってもいいのか?」  王子は静かに話を聞いており、しょぼんとしていた。しかしそれを振り払うように、俺たちを部屋に先導する。  王子が俺たちを連れてきたのは、景色もよく見える豪華な客室だった。ガラスと金属の細工を混ぜた綺麗な花瓶が部屋の中央に置いてあり、机や椅子なども職人技がうかがえる。ベッドは広く、天蓋付き。壁にもきらきらとした模様が加工されており、自分が辺境で寝泊まりしているところとは全然スケールが異なっていた。 「実は辺境伯がお越しになると聞き、ひょっとしたらルナリオさんも来るのではと思い用意してしまったのです…」 「え…!そういうことだったのですか。だとするとソラス…」 「ええ、僕もこちらにお邪魔してもよろしいでしょうか。元々実家帰りは他に宛てもない消去法でしたので」  王子は申し訳なさそうな顔から明るい笑顔に一転した。すぐ隣に護衛が行き来できる部屋もあるそうだ。 「ルナリオ、では僕は席を外しておりますので御用の時はノックをしてください。中も聞かないように配慮いたします」  それが正解だろう。おそらく王子は二人だけで話をしたいのだと推察する。だから庭園でも応接室でもなくここを選んだのだ。 「殿下とマルグリット様はどういった関係なのでしょうか」 「アーサーと是非呼んでください。敬語も二人だけの時は気楽に喋ってくれて構いませんよ。おば様には先生としてマナーを見てもらっていたのです。私は今10歳なのですが一昨年まで辺境にお邪魔していたんですよ?」  そうかそうか辺境に、昨年まで。ん?一昨年まで? 「その…赤い髪をした女性にいじめられなかった?」 「あはは・・・何もなかったといえばウソにはなりますが」  こんな幼い子供にまでいやがらせをしたのかあの人は…!!!! 「ということはシュトルムとは知り合い・・・?」 「はい、頭を撫でてもらって可愛がってくれました!」  そんな不敬も恐れぬ所業をしていたのか。勇気があるなあ。…ああいや、彼はあの時点では露悪的に振舞っていたんだっけか。 「シュトルム兄さんにはこっそり街の中を案内してもらっていました。雑貨屋の優しいお兄さんのことも紹介して貰いました。種をたくさん売っていていくつか購入させていただいたのですが、立場上土を触らせてもらうことは出来ませんでした。今も持っているんですよ?これです」  王子はレインさんに会っているのか。思考が少しだけレインさんのほうへと逸れる。  レインさん、大丈夫だろうか。俺はこの主人公に憑依しただけの人間であるため、残念ながら実家の場所までは存じない。王都に入り次第地図を確認して実家の位置を把握するつもりだったが、いかんせんこんな状況になってしまった。トゥルニテには王都へ到着次第捜索の指示を出しているので今は待とう。  王子はポケットをごそごそとまさぐり、種を取り出した。品の良い巾着のような袋にしまっており、何かしら特別な加工を施されているように見える。通常種は保存状態のことを考えず常温で保持した場合は一年を目安に使用したほうがいい。しかし、この分なら使用できると見受けられる。俺は種を受け取り日の光に当てたりして観察しているところを、王子はきらきらした表情で見つめていた。 「なんの種かは存じないのですが、ルナリオさんなら分かりますか?」  残念ながら農家歴が浅い俺では見てパッとわかるものではない。俺が保有している15種の野菜のなにかではないのは確実だ。少し青緑のヒビが入っているので地球の植物ではなさそうだが。発芽できるかは本当に賭けになりそうだ。 「よければ一緒に植えてみませんか?何が芽吹くのかはお楽しみということで」  王城のどこかに植えられる場所はないだろうか。王子の立場でそういう土を触ることが出来ずとも、俺の我儘ということで通させてもらおう。王子は頬を紅潮させてウキウキしている。植物が大好きなのだろう。  ではソラスを呼んで王城内の散策に行きましょうか。そう王子に声をかけようとしたその時、外からやけに騒がしい声が聞こえた。外にはソラスが護衛してくれているんだよな?誰かがそこにやってきたのだろうか。西宮の上階の、さらに端っこの場所だからよっぽどのことがない限りこんなところへ押し寄せることは出来ないと思うが。  王子も外の様子に気が付いたようで、俺のほうを見てこくんと頷く。俺たちはドアを数センチだけ開けて二人でそーっと外部の様子を確認した。外ではご令嬢が3人ほどいて、ソラスに一生懸命話しかけていた。 「申し訳ございません。現在は職務中ですのでお引き取りをお願いします」 「ですが、せめてこちらのお菓子だけでもお受け取りいただけますと嬉しいですわ」  金髪の長いストレートの髪に、頭部に白いリボンをあしらった令嬢がソラスに話しかけていた。ほか2名のご令嬢は取り巻きなのだろう。頬を赤らめさせソラスをうっとりと見上げている。兜を付けているんだが一体どこにうっとり要素があるんだ、イケメンだったら兜まで美しいのか。  取り巻き2名は絶妙にくすみの入れたドレスを着用しており、派手な色彩の金髪の女性の美しさがより引き立っていた。彼女は目を潤ませ、ソラスに一生懸命訴えかけている。 「申し訳ございませんが甘味は好きではございませんので」  一方ソラスは言い方は丁寧だが、端的に言えば「鬱陶しいから帰れ」である。モテないこちらからしたらうらやましいとは思うのだが、そういえば高校生時代に有名私大を目指していたモテる同級生が、下級生の女子から何度も廊下に呼ばれて応援の言葉をもらっていたが、段々邪魔になってきたのかストレスでシャーペンをへし折ってた覚えがある。モテるのも大変だ。 「お前達。私の護衛に何をしている。職務中に邪魔をすることがそなたたちの家門の道理なのか?」 「ひ、ひい・・・!で、殿下!?」  幼い王子は外の状況を把握すると、ソラスの加勢のためにドアを開けて廊下に出る。俺も続いて特に意味はないが廊下に出てみる。ご令嬢たちはまさか中にいたのが殿下とは思わず、急いで謝罪とともにその場を後にし始めた。  しかし。代表の金髪の女性は王子と一緒に飛び出た俺のことを見るや否や顔を歪め、何か言いたいのをこらえてその場を立ち去った。 「お手数おかけして申し訳ございませんでした、アーサー殿下」 「いいや、君を廊下に放置したのは完全に私のミスだった。次からは一緒に部屋にいてくれると嬉しい」  ソラスの謝罪を、王子は軽く受け流す。 「ルナリオ!早く城内散策に行きましょう!!」  殿下は成長途中のため身長はまだ低く、腕を掴まれるとこちらがやや腰をかがめることになったが、俺たち三人は城内で植物を育てられるところを探しに出発するのだった。

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