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第34話王都散策

 俺たちは朝の支度をし、シュトルムの別邸へと向かっていた。  昨晩のソラスの俺を抱きしめ事件から一晩が経過した。  俺はあの後意識を手放すのに一時間を要した。 (ソラスは俺のことを抱き枕と思っているんだ。そうに違いない)  そうでなければおそらくよっぽど俺が勝手に抜け出すのが恐ろしかったのだろう。そうに決まっている。  俺の頭に顔をうずめていたような気もするが、気のせいである。昨日は疲れで幻覚を見ているのだろう。忘れよう。  シュトルムは昨日王に謁見し、爵位の継承式の細かい日程を決定した。  継承式を行うこと。これは異例のことで、それほどまでにあの辺境が重要視されていることが分かる。例えばシュトルムとソラスはソラスのほうが身分は上だけれども、王から手厚い保護を受けているのは辺境側となる。故に、ただ爵位だけでは計れないものがあるのだ。それを熟知している両者は、互いを対等に認識して互いに気兼ねなく会話をしているのだ。  俺とソラスは徒歩で移動し、トゥルニテは街の情報集めへとくりだしていった。 「そのサングラス似合ってるよ。まるでハリウッドスターみたい」 「ハリウ・・・?わかりませんがありがとうございます」  ソラスの鎧は昨日衆目に晒されたため、今は認識阻害効果の入ったサングラスを急遽王子に用意してもらい、こうしてのんびり歩いているのだ。鎧はすべて外して今は軽装で、剣だけを装備している。  別邸まではやや距離があるものの、王都がどんなものなのか風景を一度歩いて見てみたいという俺たっての希望だった。  王都は子供たちが遊んでおり、行商人も忙しなく行きかい、とても活気づいていた。あ、昨日飲んだよくわからないジュースも売っている。確か「女神のまどろみ」という名前だっけ。店員が客引きしていることもあってか、皆がジュースを求め並んでいた。流行りのためなら美味くなかろうが並んで飲もうとする王都の民の感覚はよくわからない。 「昨日飲めなかったでしょ。あれ、飲んでみる?」 「いいえ、全く気にならないので僕は結構です」  流行りになどのらない。これが国最高の騎士か。  まあ本人も周囲に勝手に興味を持たれて持ち上げられることに辟易していた。ジュースに自分を重ねたというかそういうことだろう。 「ほーい、異国ではよく飲まれてるおいしいジュースにゃ~。これからも藤壺商会をよろしくにぇ!」  今何か、聞き覚えのある声がした気がするが気のせいだろう。面倒事の気配がして俺たちはささっと通り抜けた。 「なにか最近王都で変わったことってありますか?」 「んー・・・。別に事件という事件はねえよ?ああ、でも最近は体調崩して教会に頼るやつがわんさか増えた気がするなあ」  八百屋のおじさんからニンジンを購入し、代わりに聞き込みもする。綺麗に洗ってあるニンジンなので、そのまま生で行くことにした。おじさんからは珍獣を見る目で見られた。 「体調を崩す人が多い、か。やっぱり『慈悲の涙』が王都に蔓延しているんだろうなあ。ぼりぼり」 「うちで採れたニンジンの方が甘くて美味しいですね」  ソラスは俺が購入したニンジンを一口だけ貰ってもぐもぐ食べている。生で食べることに抵抗がなくなってきたようで俺は嬉しい。  王都には不思議な商品が売っていたり、見たこともない食べ物があったり。途中から聞き込みを忘れて観光気分になり、俺はその都度ソラスに聞いては律義に答えてくれた。心なしかソラスも楽しそうに見えてそれがまたうれしかった。 「ソラスは俺とずっといて辛くない?この王都だって見慣れた光景でしょ?」 「いいえ、ルナリオと一緒にここを歩くのは初めてです。確かに僕にとっては見慣れた光景ではありますが、隣に誰がいてくれるかで気持ちが全然違いますね」  その言い回しに思わずドキッとする。 「迷子にならないように手を繋ぎましょうか」 「繋がない!!それは嫌だ!!」  突然の手つなぎ発言と言い、本当に心臓に悪い。手を繋ぐことを拒否されてしょんぼりしているが、昨日の今日ではちょっと笑えない話だ。 (昨晩のことは考えない。昨晩のことは考えない)  ふと気を抜くと昨晩のことを思い出しそうになるが、意図的に抑えつける。  そうしてシュトルムの別邸へとたどり着いた。 「おっせーよ。何してたんだお前ら」  シュトルムはジト目とともに俺たちを出迎えた。 「いやあ、王都が新鮮でつい散策しちゃってさ」 「お前王都出身じゃなかったっけ?なんなら辺境以上に俺より詳しいはずじゃねえか」  ・・・・・。  ・・・・・・・・・・・!!! 「え、なに『その設定を今思い出した』みたいな表情」 「いや、あはは。懐かしいなあって。あはは…」  その設定を今思い出した。そういえば俺は王都出身だったんだっけ。  そこから命からがら逃げてきたという流れだったと思う。 「い、いや…その。王都時代はあまり外に出させてもらえなかったというか…その…」 「・・・・・!!」  シュトルムは明後日の方向を見つつ苦し紛れの言い訳をしている俺の顔をじっと見て何かに気が付いた表情をする。そして同情的な表情をし、俺の肩に手を置いた。 「いや、そういうことか。悪かった。辛いことを思い出させたな。まあ、さっさと上がれ」  あれ、なにか勘違いしてくれたようだ。シュトルムの後ろに控えている使用人たちも、俺のことをかわいそうな目で見ていた。おそらく実家には軟禁されていたとかそういう認識を持たれた気がする。そういうわけではないがそういうことにしておこう。  そんなこんなで俺たちが案内されたのは客室だった。  別邸ということもあってそれほど広い屋敷ではないが、それでも一般庶民の家とはスケールが全然違う。使用人を何人も抱えており、久々の坊ちゃんの帰宅ということで皆がせわしなく動いていた。 「やあ、ルナリオ。久しいな、息災であったか?」 「インヴェルノさん!?」  客室の柔らかそうなソファーにはかつて裁判長を担当したインヴェルノが座っていた。 「インヴェルノさん、どうしてここに」 「いやな、ここにいれば君に会えると思ってさっきお邪魔したんだよ。おや、そちらの御仁は...」  さすが裁判長。法曹関係者は取引相手の信用度を計るために観察する癖がついている。裁判長という立場なら尚更だろう。ゆえにサングラスによる認識阻害を容易く看破した。 「貴方がソラス殿か。会えて嬉しいぞ」 「裁判長殿。先日は公平な判決、誠にありがとうございました」 「いやいや、私は本当に何も出来ていなかったんだ。君たちの尽力こちらこそ感謝を捧げたい」  軽い挨拶もそこまでに、俺たちはそれぞれソファーに座った。 「さて、お前らをここに集めたのは他でもねえ。五日後の継承式についてだ」 「その前にレインさんについての新情報があるけど聞いてくれないのか?」 「お前の口からきくと絶対面倒だからさっきトゥルニテが報告してくれたんだよ」  トゥルニテ、非常に気配りが出来るいい子だ。けれどシュトルムとは細かく意見を交換したい気持ちもあったからちょっと悲しい。 「なんか、レインさんのこと全然心配してないよな。弟なのに」 「あのなあ、男兄弟なんてこんなもんだっつーの。一々互いに干渉しねえよ。命の危機が迫ってるわけでもあるまいし。心配はしてもそれ以上の感情はねえよ」  ああ、だからレインさんのルートでシュトルムの影が薄かったのか。なるほど。 「それで継承式に話をもどすんだがな、お前ら五日後に着ていく服持ってんのか?」 「ソラス、聞かれてるよ」 「今の質問はルナリオに聞いてるんですよ」 「お前|ら《・》に聞いてんだよ!!!!!」  驚いた。俺が継承式に出席するという前提で話が進んでいる。 「いやでも、俺は平民だからそういった場には出られないぞ?」 「そのことなんだがな、ルナリオ。私から話がある」  ここでインヴェルノが話に割って入った。腕を組み、手を顎にあてて何かしら思うところがあるように語り掛ける。 「実は、君の貴族籍はまだ抜かれていないんだ」 「え?ど、どういうことですか?」 「そのままの意味だ。そもそも君はお家騒動から命からがら逃げてきた長男だ。故に、法律的な観点から君が貴族籍を抜かれるだけの正当な根拠がないんだ。そんな軽い状況証拠で一々籍を抜いていたら今頃私たちの仕事はてんやわんやになる」  貴族籍が抜かれていない。つまり俺はまだ一応貴族という扱いになる。 「まあ、抜かれていないのは不幸中の幸いでもあるぞ。君は審問会の時に貴族籍を名乗っただろう。あれ、下手したら詐称になってたぞ」 「・・・籍を抜くにはどうすればいいでしょうか。実家も俺も、誰も損しかしていないですから」  俺の命はまだ狙われている。その筆頭だったトゥルニテという最強の暗殺者を抑えることが出来たが、どうにもギルド嬢故の情報通·アウトーメルの言では街の中を怪しい連中がウロチョロとしているらしい。そういう連中は殴りを入れておいたからねと言ってくれたが、危ないからやめてほしいと彼女には再三お願いをした。一方家には認識阻害の守りをソラスが付けてくれたため現状は安全なものの、正直そういったやましい気持ちなく俺は街を歩きたいのだ。 「いや、実は相当難しい。君は唯一の直系だからな。義妹がいたとは思うが、父親の不倫で出来た子だろう?残念ながら不倫を徹底的に嫌うこの国では、血のつながりがかろうじてあったとて、直系を差し置いての正統性は認められないんだ。」  へえ、主人公には義妹がいるのか。インヴェルノの発言を静かに聞いていたシュトルムが口を出す。 「でもなあ、養子にも一応は権利が与えられるんだろ?ならもうその義妹が継げばいいじゃねえか。こいつは本当に権力の世界に興味ねえようだし」 「正統後継者が生きているのに追放し、不倫によってできた義妹が引き継ぐ。それは仮に法律が納得しても世間の貴族様、特に老いた権力者たちは納得できるとは到底思えないと思うが?」  貴族たちは体裁を重んじる。最近の若い貴族たちは新しい風を取り入れ、庶民にも寛容なものが増えてきた。けれど、こと継承のようにまだ若い層には早いこととなるとさすがにそんな簡単には受け入れてはもらえない。  つまり。 「実家が俺を殺すのが早いか、俺が実家を潰すのが早いか。そういうことですか?」  インヴェルノはこくんとうなずく。レインさんの件で実家は告発しようとは思っていたが、想像以上にことは深刻だった。 「レインさんを軟禁しているということで、告発は難しいですよね?」 「客人として歓待していると言われておしまいだろうな。もっと確実な証拠がなければ令状は発行出来ない」  なるほど…。俺の貴族籍が相当面倒なことになっているとは理解した。しかし 「それと俺が継承式に出ることに何のつながりが?」 「ああ、マルグリット妃がお前のことを王に嬉しそうにしゃべったから、王もお前のことを気に入ったみたいでな。是非にとのことだ」  代わりにシュトルムが答えた。マルグリット妃は俺たちより一足先に現地入りしているとのこと。そこから王に辺境での出来事を喋りまくったようだ。  マルグリット妃の影響によって何故か勝手に王族からの好感度が上がっていく。本当はありがたがるところだが、籍を抜きたい俺にとっては割といい迷惑でもあった。 「つまり、俺が出る以上ソラスも出るということね…」 「王曰く、今回は領主一行としての参加だからどこかの令嬢とのペア参加は考えなくていいとのことだ。おそらく平民をやっているお前にそういった浮いた話はないだろうという判断だろうな」  言われなくても令嬢を捜す予定はなかったが、言われるとなんだか非モテみたいな言われようでむかつくものがあるな。ソラスは「良かったですね、面倒が一つ減って」と言ってきたが、モテ側の余裕を見せられてちょっとムッと来るものがある。 「ではルナリオの衣装を考えましょうか」 「いやだからお前の衣装も考えるんだよ」 「騎士の正装は鎧ですが…?」 「招待客でそんな重装備で来る奴はいねえよ!!!!」  ソラスはシュトルムを常識のないものを見る目で見たが、それに対してシュトルムは大いに突っ込む。 「いいじゃんソラス。俺たちは令嬢じゃないんだから、それなりに丁寧な格好をしておけばいいんだよ。へえ、これがカタログなんだ。あ、この赤がテーマの服すごいカッコイイ。これにしよ」 「駄目ですそれは!!!」  机の上にあったカタログを見て雑に決定する俺をソラスは制止する。制止したソラスの必死さを見て、シュトルムも俺もぽかんとなる。 「何が駄目なんだ?こいつに赤は似合うだろ。俺も丁度それを提案しようと思ってたんだが?」  赤が似合うと言われて不覚にもドキッとしてしまった。赤が映える男性に褒められるとさすがに嬉しい。それに対してソラスはさらに不機嫌そうになる。 「いいですかルナリオ。今回の主役は|シュトルム《彼》。そこに赤い衣装を身にまとっていけば主役を奪うことになります」 「ああ、確かにそうだね」 「いや問題ねえよ。あの事件ではこいつの功績は一番大きかったんだ。俺と二人で赤ければその方が主役がペアみたいで映えるだろうよ」 「絶対駄目です」  ただの色問題でここまで争いが起きるとは。貴族って大変だな…。 「よし、赤は問題が多そうだから、藍色に」 「「それはもっと駄目」」  2人の声がハモった。いや本当、俺は何でもいいんだけどな…。 「ルナリオには白が似合いますよ。どうですか。胸元にアメジストの飾りもつけるとなお素晴らしいです」 「白はイケメンだけが着ることが許されているからやめとくよ」 「赤が一番似合うっつーの!!!」  痺れを切らしたインヴェルノが判決を下すまで、この問答は延々と続いた。

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