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第35話義妹襲来

 ソラスもシュトルムもたかが服で議論に熱が上がったので、一回二人を離して頭を冷やしてもらうために三人で王都の街並みを歩くことにした。シュトルムもかなり目立つので、認識阻害のサングラスを着用している。ソラスは歩きながら申し訳なさそうにしている反面、シュトルムは「俺に非はありませんが?」という偉そうな風体で歩いている。 「ったく邪魔しやがって。こいつも赤がいいって言ってたじゃねえか」 「あのカタログは赤いものが大半を占めていましたよね?選択肢を狭めておいてそれは卑怯では?」 「はい二人ともやめよう!!それでさっきインヴェルノさんに叱られてたでしょ!!」  そのインヴェルノさんは、シャリオット家に家宅捜索を入れられる証拠を探しに奔走してくれるらしい。関係がこの中で一番薄いはずのインヴェルノさんが俺のために頑張ってくれるのに、ここにいる男性二人は俺の服の色で揉めているのである。悲しくなってきた。 「どのみち継承式まではレインさん救出も並行したいから、今からうちの実家の製造している薬について出来うる範囲で調査してみようよ」 「お前の実家というと、例の『慈悲の涙』か」  レインさんが開発し、シャリオット伯が流通させた薬の名称は「慈悲の涙」。  風邪でも熱でも睡眠不足でも肩こり頭痛もこれさえ飲めば大丈夫!という聞くからに怪しい飲み薬だ。この世にそんな万能なものがあってたまるか。商品掲示法で裁かれてほしい。しかしこの国では昔から随分愛用されているとのことだ。レインさんのストーリーではこの慈悲の涙の材料を弄ったことが発端で始まる。 「ゲームではこの薬の流通を止めたことによって全てがいい方向へいったんだけどなあ」  レインさんが証拠を作成し、それをこの国の教会の司教に匿名で渡したことによって解決した。しかし、そのあたりの描写が大分雑だったのである。一体何を証拠としたのか、一体どうして司教に渡そうとしたのか。レインさんのストーリーの雑さは、どこぞの騎士のストーリーがゲームメモリーを圧迫したからという都市伝説もある。本当にソラスはどこまでも俺を追い詰める存在なのだ。 「とりあえず、今大事なのは薬の危険性をまとめることかな」  ・・・しかしそうなると、俺のような知識のない人間にはできることは乏しい。レインさんの力になれないことがすごく悔しく思う。 「あんまくよくよ考えねえで今は街を歩こうぜ。好きなもんとかあったら買ってやるよ」 「そのお金って俺の家賃から出てるんじゃ・・・?」 「細けえことは気にすんな。あ、あっちに行列が出来てるぞ」 「細けえこと?ねえ、俺の家賃のことを細けえことって言った?」  シュトルムは通りの中で最も賑わっている箇所を指さす。そういえばここは行きでも通った場所だ。 ん、「行きに通った、行列が出来ているところ・・・?」 「あールナリオきゅんおっひさしぶりにゃ~!!!」  エシュタスがいた。そして俺たちは見つかってしまった。シュトルムも俺も「しまった」という顔をしたが、しかしエシュタスは俺たちのことを決して逃さなかった。 「うーん、ルナリオと一緒にいるということは、そこの二人はもしかして…」  エシュタスはうんうんとうなずいた。サングラスの認識阻害の中、誰であるかを察したようだ。ソラスとシュトルムの名前を言わずにいてくれたのは周囲に聞こえないようにという優しさだろう。言ってしまえば今頃俺たちは全力でこの場から逃走する必要があったためありがたい。 「どうしててめえはこんなところにいるんだ?辺境はどうしたんだよ?」  牢での一件で一応顔見知りにはなったエシュタスに、シュトルムは問いを投げかける。 「んもー!!それをあなたがアタシに言うかにゃ!?あなたのために証言したせいで、資金源の人たちが情報漏洩を恐れてアタシから離れて行っちゃったのにぇ!!」 「ああ・・・それは本当に悪かった…」 「まあアタシは行商人で一か所にとどまらない女だからいいんですけどねー」  しかしそんな切実な背景だというのに、彼女の店は今非常に盛り上がっている。行列は今も絶えず、おそらく臨時で雇っただろう店員が今も必死に客をさばいていた。 「売っているのは例のジュースですよね」 「そうにゃ!!砂漠ではみーんな飲んでるジュースにぇ!!でも、この国用に瓶とかおしゃれにしてるらしいのにゃ」 「ああ、流行りに乗って仕入れて売っているってことか。お前見るからにミーハーっぽいもんな」  エシュタスは静かにシュトルムに蹴りを入れる。 「仕入れた、っていうことは仕入れ先があるんだよね?」 「そうにぇ。これは精霊教会の司教が一生懸命売り込んでるにゃ~」 「きょ、教会が売り込む・・・??」  日本製のゲームでは教会というフレーズはかなりの高確率で黒幕のことが多い。しかも精霊教会という名前もかなり怪しい。自分はひょっとして、あまり飲んではよくないものを飲んでしまった可能性が出てきた。教会がかかわっているから女神の彫りがされていたのかとやっと察する。確かに一般商人が許可を得ずに女神を彫ることは顰蹙を買うはずだ。  そういえば、婿候補の一人が司教だったはずだ。すると意外と悪どくない組織の可能性はある。ジュースを既に飲んでしまった以上は個人的には後者の可能性のほうが嬉しい。 「これを飲むと精霊術の調子が良くなるのにゃ。だから砂漠の国には精霊術の使い手が多いのにぇ」 「うーん、ドーピング剤みたいな認識でいいのかな」 「商品名の『女神のまどろみ』ってなかなかいい名前っておもうにゃ!!お三方ともどうにゃ?」  俺たちは三人とも首を横に振った。精霊術師というのがよくわかっていないが、俺たち三人とも精霊術師ではないし、そもそもお金を払いたいほどおいしいわけでもない。しかし、こうまで流行っている理由は、味音痴か、精霊術師とやらになれるギャンブルを楽しんでいるからというわけなのだろう。 「そういえばエシュタス、前に孤児の子2人があの薬をやめてから体調がよくなったって言っていたよね。あれからどう?」 「おかげさまで回復したにゃ!!ただ…」  エシュタスは笑顔から一転、しょんぼりとした顔になる。 「この『女神のまどろみ』ってあるでしょう?全快祝いに久々に二人に沢山上げたら、二人ともまた寝込んじゃったにぇ。あっ!それはもうとっくに回復してるから今は大丈夫なんだけどにぇ」 「寝込んだ・・・?」  自分も昨日飲んだが、寝込むほどの何かが入っていたような味はしなかったはずだ。シュトルムのほうを確認するものの、首を横に振る。 「そうよね、私も昔から飲んでるやつにゃ。原因は不明だけど、まあよっぽどタイミングが悪かったのかなって思ってるにぇ」  今の会話は、なにか重要なヒントを俺に与えてくれたような気がする。この件は後でじっくり考えよう。さて、エシュタスも忙しいし、仕事に戻してあげようか。俺とエシュタスは別れの挨拶を軽くかわし、再び通りを歩こうとしたその時、後ろから誰かが近づいてきた。 「あら…?誰かと思えばドブネズミじゃない。こんなところで女と逢引き?」  金髪のロングヘアーの女性だ。見覚えがある。  そうだ、昨日ソラスに菓子を渡そうとしていたご令嬢だ。取り巻きを今日も連れ、後ろには護衛が控えていた。  今の、誰に言ったんだろう。俺は彼女のことを知らない。隣にいるシュトルムにこそこそとしゃべりかける。 「シュトルムの友達?よくないよ、友達はちゃんと選んだ方がいいよ」 「いや知らねえよ!!どうみてもお前の知り合いだろうが!!」  耳元で大きく突っ込まれた。一方金髪の女性はサングラスをかけている二人のことは見えていないようで、俺にそのまま話し続ける。 「しっぽ巻いてあの家から逃げたと思ったら、今度は王子に取り入るなんて結構なご身分ね?お前は母親ともども権力にこびへつらうまるで乞食のようだわ。何か言ったらどうなの?」 「君はまさか…。僕の義妹…?」  隣のシュトルムからずっこける音がした。向こうから見れば因縁の再会なのに、こっちがやってるのは完全に痴呆老人だからである。ああ、いわれてみれば思い出してきた。ゲームの最初のムービーで彼女が主人公に水をかけていたところ。プレイ当時は早く畑を触りたくてうきうきだったのだ。  ゲーマーあるあるだが、ゲームの冒頭部分のムービーは大体覚えてないものである。  俺は一回コホンと咳払いし、彼女に向き合った。義妹と分かれば話は早い。 「義妹。久しぶり。元気だった?」 「はあ?何その口ぶり。あんた、辺境で目立ったって聞いたけど、調子に乗ってるわね」  腕を組み、ゴミを見る目でこちらを見る。 (そういえば、ゲームでは母親についてしゃべるシーンがあったな)  それはレインさんとのイベントだ。主人公の母親もレインさんの母親も、ともに輿入れ先で冷遇されていた。レインさんの母親はなんとか平民になることで逃げられたが、しかし主人公の母親は子供である俺のためにシャリオット伯にとどまらざるを得なかった。彼女は一人で生きる術を持っていなかったためだ。  義妹の母と俺の父は不倫関係だったのだ。  しかし時は過ぎ、主人公が幼いころ母親は不審死し、そこで義妹の母が後妻として現れるのだ。  レインさんは自分の母の形見を大事にしている一方で、主人公には形見などなかった。  いや、昔は主人公にも大事な形見はあったのだけれど。  しかし、義妹に盗まれて彼女のドレスのアクセサリーにされた。立派な宝石だ。さぞ映えただろう。しかし飽きたのでメイドに適当にあげたのだ。  主人公は返してもらうためにメイドに土下座した。けれどメイドは仲間を集めてその土下座を見世物にし、最後は男遊びの養分として消えていった。彼には何も残されなかったのだ。  自分のことではないのに思い出しては、ふつふつと怒りが湧いてくる。彼女の名前はマリー。義妹にして主人公の敵だ。  俺は、この主人公の名誉を唐突に守りたくなった。  けれど暴力は決していけない。  俺は俺の得意なことで復讐をする。そう、相手を社会的に追い詰めるいつものやり方で。 「ソラス様にも媚を売ってるんでしょう?凱旋の時にも一緒にいたものねえ。そんなみすぼらしい格好で歩いていて、恥ずかしくなかったの?」 「恥ずかしかった。とても」  それはもう心の底から思う。そういった俺のことをサングラス越しにソラスがじっと見ている。これはちょっと怒ってるな。 「自分でもそう思うならさっさと王都から失せなさいよ。お前のせいで幼いころ、私は貧しい暮らしを余儀なくされ、お前のせいでソラス様の時間を邪魔された・・・!!」  |義妹《マリー》は俺につかつかと近づき、右手を大きく振り上げる。正直ソラスとのレベル上げでモンスターの次の挙動を読めるようになってきた俺にとっては簡単に避けられるものだった。しかし、こんな道の往来で叩かれれば、実家の名前を微かでも落とすことができるのではないか。  スパァン!!  想像以上に強い力ではあったが、さりげなく頬を傾けダメージを減らすことが出来た。一方シュトルムとソラスはその程度は俺が避けると思っていたので、まさかそのまま当たったことに息をのむ音がする。 「あー!!あそこのご令嬢が一般市民をたたいてるにゃー!!!アタシ知ってるわ!!あれシャリオット伯のご令嬢よねー!?」  店番をしつつもこちらに注意を払ってくれていたエシュタスは最高のタイミングで叫んでくれた。本当に嫁候補のみんなはこういったところで気が利く。行列に並ぶ人、行列に興味を持っていた人の視線が俺たちに集中した。  一方|義妹《マリー》はこの状況の不利を悟り、憎々しげにこちらを見てきた。 「あんた、辺境伯と仲がいいそうね?図々しく継承式に来るのかしら。ただで帰れると思わないことね」  そして身をひるがえした。シュトルムは俺の頬の具合を確認しようと顔を近づけ、手で触って状態を確認する。しかし一方、ソラスはただじっと義妹を見て、のろのろと彼女へ近づいて行った。  俺は頬をシュトルムに確認されている一方、ソラスの不可解な行動が気になる。  ソラスは手を、後ろを向いて今にも去ろうとする義妹に手を伸ばす。その伸ばした指の先には彼女の首がある。  |ソ《・》|ラ《・》|ス《・》|は《・》|義《・》|妹《・》|を《・》|後《・》|ろ《・》|か《・》|ら《・》|絞《・》|殺《・》|し《・》|よ《・》|う《・》|と《・》|し《・》|た《・》|。《・》 「騎士さん!!!」  俺はぞっとし、咄嗟に呼びかける。ソラスはぴたっと行動を止め、一方殺されかけていた義妹たちは気が付かなかったのかさっさとその場を後にした。  衆目を集めていた俺たちも、逃げるようにその場を後にした。

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