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第37話魔王軍幹部・シュンネペイア

 この国で一番偉い者の住まいであるその寝室は、俺たちが現在使用している客室と大きさ自体はそれほど変わらなかったが、しかし随分と豪華だった。窓にかかっているカーテンは細かい刺繍が施され、絨毯も気軽に土足で踏み入れることを躊躇させられるほどだ。天蓋付きベッドは滅多にお目に掛かれない赤黒い木で組み立てられており、そこに住まうものの品格の高さをこれ見よがしに見せつけてくる。  室内は暗い。これはこの部屋の主人のためなのだろう。  中央には40代前半の男性が、大きく咳き込んでいた。王子は先ほど収穫した種をポケットから取り出し、ヤシの実を飲むように実に穴を開けた。中からはキラキラと光る汁が大匙三杯分ほど出てきた。それを品の良い銀杯に注ぎ、王に手渡す。やや粘度があるようでトロトロしている。  当初、王は聖霊種を使用することを断固拒否したが、大量育成が可能となった事実を前に、半信半疑でしぶしぶうなずいた。王は銀杯に口をつけ、ゆっくりと喉に流し込む。一滴で相当な効果があるとは聞くものの、育成が可能となった今ではその価値も暴落する。故に出し惜しみなしで王子はすべてを使ったのだ。いや、大量生産の可能性の件がなくとも、大事な身内のためにすべて使い切ることに王子は躊躇しなかっただろうが。 「これは…。とても甘いな」  聖霊種は解毒の効果を持つ。いや、正しくは身体に入った異物を消し去る効果を持っている。故に、病気に対して働くものではないが、『慈悲の涙』で汚染されたその体には効果は絶大だった。  効果が表れたことに王も実感しているのだろう。自分のために奔走してくれた王子の頭を撫でるとともに、その精霊術の才能に大きく喜ぶ。 「はっはっは、まさか聖霊種を育ててしまうとは!!我が息子ながらなんという才能だ!ありがとう、アーサー。本当にそなたが余の息子でよかった」 「うう、父上…」 「こらこら、泣くでない。そこにいるソラスと亜麻色の髪の少年。君たちも手伝ってくれたのか?本当に感謝する」  毒物に反応し、それを消し去った結果、王は助かった。これはシャリオット伯を追い詰める重大な証拠になり得るだろう。 「陛下、私の名前はルナリオと申します」 「ああ、そなたがマルグリットが話していたルナリオか。彼女だけでなく余まで助けてくれるとはな」 「体調が先ほどまで芳しくなかった状態で恐縮ですが、私の話を聞いていただけませんか?」  王子に語ったように、今度は王に対して俺はこれまでの経緯を説明していく。 「ふむ…シャリオット伯によって薬の製造工程がすり替えられている、ということか。確かに余もこれを愛用していた」 「・・・なら」 「けれどな、同時に矛盾もある」  王は顎をポリポリと掻き、目をつむって自分の記憶を手繰る。 「余がこの薬を最後に飲んだのは、一年前の秋ごろ。けれど、その時は飲んだ後しばらくは体調に問題はなかった。そこからしばらくしてから今のように体調が段々と悪化していったのだよ」 「その近辺でなにか気になったことはございましたか?」 「流石に記憶が曖昧よな。だがしかし、公式行事以外は極力参加を控えていたから手繰れば絞れる。」  王は再び目をつむり、過去の出来事を思い出す。 「ああ、そういえば健康だった時に、教会との懇親会があったなあ。その時に何やら変わったジュースを手渡された。名前は、確か『女神のまどろみ』だったかな?」 「女神のまどろみ」。 「慈悲の涙」に続き、俺たちが知っている言葉がここで再び現れる。エシュタスの時もそうだった。この二つの単語が同時に出た。ということは確実に関連性がある。 そしてここまでの情報を聞き、俺の頭はフル回転し、唐突にフラッシュバックする。  そうだ、思い出した。ゲームをやっていた時に、俺は一度これで死んだことがある。  毒死だった。魔王軍討伐の際に、敵幹部から素材がドロップしたのだ。持っていたものは薬とジュース。  二つのアイテムを掴んで合わせると違うアイテムへと変貌した。  その名は 「『慈悲深き女神の涙』」  まさかそれが毒物と思わず、飲み干してしまったのだ。  そう、二つの物質が合わさることで毒となる。この毒の長所は、片方だけ持っていても合法であるという点だ。故に必要な時だけ調合すればいい。  現在「慈悲の涙」で体調を崩している面々は、王といいエシュタスの孤児といい、全員が「女神のまどろみ」を入手しやすい環境にあった。故に両者を同時に摂取したわけではないため即死にはいたらずとも、体の中で少なからず残ったものが混ざり、衰弱へと導いたのだ。  これでエシュテスの孤児の件も、レインさんが規則性を見つけづらかったわけも、貴族より庶民に被害者が多かったわけもすべてに説明が付く。  俺は口を開き、こうしてこの答えに至った推理を披露しようとした。しかし、その時。 「おやあ?そのフレーズを言うってこたあ、もしかして坊主、真相に気が付いちゃった?」  王の寝室の窓際から、男の声がした。  声がする数秒前、ソラスは俺が物思いにふけっている間に、すでに戦闘態勢に入っていた。  王は侵入者の事実に固まり、王子は驚愕で外から目が離せない。  男は、優雅に空を飛んでいた。  真っ黒な翼をはやし、胡坐をかく姿勢でこちらを見ながらニタニタと笑っていた。肌は白く、ベリーショートの黒髪で金色の瞳を持っている。しかしよく見るとその瞳孔は猫のように縦に長かった。 「いやー、もうちょっと気が付くのが遅かったら相当な頭数の人間を殺せたのになあ。なかなかやるなお前・・・おっと」  ソラスは一瞬で魔法陣を展開し、雷の最上級魔法を使用したがかわされる。 「困ったなあ。あんた、例の騎士だろ?俺たちの間で連日話題になってるぜ?|と《・》|ん《・》|で《・》|も《・》|ね《・》|え《・》|こ《・》|と《・》|し《・》|て《・》|く《・》|れ《・》|た《・》|な《・》本当」 「それ以上喋れば遺言を聞かずにお前の舌を落とす」 「おーこわこわ。なんで隠してんのか知らねえけどこちらにとっても都合がいいからなあ。まあいいや」  男は長い舌を出し、ニヤッと笑う。 「初めまして。俺は魔王軍幹部のシュンネペイア。この度は突然の訪問失礼するぜ」 「貴様、単身でやってきたのか?どういうつもりだ?」 「『自分には絶対勝てないのになぜむざむざ死にに来たのか』という意味でいいのか?はは、やっぱお前人間と思えねえほどこえーわ」  シュンネペイアという名前に心当たりはない。わざわざ敵の名前を憶えて倒すことはコアなプレイヤーでもない限りしないだろう。しかし、彼のその外見には見覚えがあった。そう、俺がゲームで「慈悲深き女神の涙」を入手する原因を作ったのが、まさにこの男だったからだ。  ゲームでは苦戦しつつも倒したはずだ。その時の彼の戦闘方法はなんだっただろうか…?  彼の飛翔と共にフィールドに黒い羽根が舞い、それに触ったときに受ける効果はー・・・ 「陛下、殿下、呪術攻撃が来ます!!!」 「すげえな坊主!!それも大正解!!!でもなあ」  俺は陛下を守るか殿下を守るか考え、殿下を守ることに決めて駆け寄ろうとする。聖霊種の一件でこの王は、自分の命より息子の命を優先する親と判断したからだ。だから王のその子供たちへの愛に則り、俺が守るべきは王子だと判断した。  けれど。 「俺の狙いは坊主、お前なんだよね」  羽をまき散らす突風が俺に襲い掛かる。 「だって、お前の口さえ封じれば真実は闇の中。まだ計画は続行できるだろ?」  あ    しまった。判断を間違えた。狙いは俺だったのに。  この場で一番身分が低く、無意識的に自分のことを低く見積もっていた。俺のことを狙うわけがないと高を括っていた。故に先入観が俺の思考を狂わせた!  けれど、殿下や陛下が狙われなかったこと。それは不幸中の幸いだと思う。  シュンネペイアの攻撃がスローモーションで近づく。俺は死を間近にしてすべてがゆっくりに見えー・・・。  彼の呪術攻撃は即死攻撃。対即死用の装備を身に着けていない限りどうしようもない。  残念ながら俺はその装備を作れるほどの技術はまだなかったし、ソラスの装備も即死対策はしていなかった。  俺は自分が庇おうとした王子を横に突き飛ばし、攻撃に向き合う。たとえ死んだとて、時間は巻き戻る。ソラスには迷惑をかけるが、俺が狙われていることを知ってもらえただけでも大きいだろう。  |け《・》|れ《・》|ど《・》|、《・》|そ《・》|ん《・》|な《・》|覚《・》|悟《・》|を《・》|決《・》|め《・》|た《・》|俺《・》|の《・》|前《・》|に《・》|ソ《・》|ラ《・》|ス《・》|は《・》|滑《・》|り《・》|込《・》|ん《・》|だ《・》|。《・》|剣《・》|で《・》|防《・》|ぐ《・》|こ《・》|と《・》|な《・》|く《・》|、《・》|決《・》|し《・》|て《・》|俺《・》|に《・》|破《・》|片《・》|で《・》|も《・》|当《・》|た《・》|ら《・》|ぬ《・》|よ《・》|う《・》|に《・》|、《・》|手《・》|を《・》|広《・》|げ《・》|て《・》|受《・》|け《・》|止《・》|め《・》|た《・》|。《・》  黒い衝撃波とともに、その大きな背中は崩れる。苦悶の声などなく、ただ静かに。 「人間の英雄、ははっ…!!!まさかただの小僧を庇うなんて、さすがに俺でも想定できていなかったぜ!!!てっきりアンタは人間の心を持たぬ怪物だと思ってたからなあ・・・!!!!」 「ソ、ソラス!?ソラス、なんで俺を庇って…!!俺なんて、別に」  死んだとしても時を戻せるはずなんだろ?なんて、そこから先は言えなかった。攻撃を受けうずくまるソラスは、片膝をつき何とか体を剣で支えていた。顔からは汗をかき、呼吸も荒ければ表情も険しい。  そして、俺の言葉を鋭い視線で制止した。それ以上自分を卑下したら怒るとでもいうように。 「いやあ、はは。あの薬が広がって大多数の人間を間引けることと、最悪の騎士を一人仕留められること。これは後者の方が圧倒的に助かるなあ。けれどお前、対策なしに今のを受けて死なないのはやっぱ化け物だよ。俺たちよりよっぽどな」  王子は聖霊種を砕き汁を取り出し、何とかソラスに飲ませようとする。しかしソラスは顔を背ける。彼もわかっているのだ。これは呪術攻撃で、その精霊種を飲んだとて何の意味もないことを。 「さあて、俺は命と引き換えに最悪差し違えるつもりで来たんだけどよ。状況が変わった。まずはそこの坊主を殺して、俺の命を贄に騎士様の呪いを跳ね上げてやるよ」  なんか騎士様、物理攻撃では殺せそうにない気がするからなあ、とシュンネペイアはにししと笑う。 「果たして、お前たちはここから生き延びられるかな?」

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