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第38話黒のトゥルニテ

 最初はただ、英雄になりたかった。誰もが称える英雄に。  親も兄弟もいない場所で俺は育った。  ああ、名前は昔から変わってないよ。俺は今も昔もトゥルニテ。本当はこういう職に一度でも就くと名前を変えるものっていうけどね。  別に、殺し屋育成組織になんて、属してないよ。孤児院で育った。一番得意だったのはやっぱり動物を狩ることと捌くことだったよ。そうやって生きていたから刃物の扱いには慣れていた。それどころか、リンゴの皮をむくように俺は簡単に捌いて見せた。  孤児院は厳しい空間だったよ。起きる時間も寝る時間も決められていて、掃除も料理もすべて自分でしなきゃならない。そのおかげで一人で生きていく術は身につけられた。けれど、理由なく仕事をさぼったら棒叩きが待ってたかな。10分寝坊した二歳下の女の子は、頬を何度もたたかれ、別人かと思うくらいに顔を腫れさせていた。そんな環境だから死に物狂いで逃げ出す子供も多くて、入れ替わりが激しかった。  だから俺は名前を覚えるのをやめた。毛という身体的特徴で相手を分類することしか出来なくなった。  毎日が生きるための行動でしかなくて、俺は未来を諦めながら日々を生きていた。本当に、こんな空間早く抜け出したくて仕方がなかった。  けれど厳しい孤児院の大人たちも、普段厳しく接する俺たちに優しくなる瞬間はあった。そう、新聞で救国の騎士・ソラスの話が持ち上がった時。俺より5つ上のその人が次々と魔物の集落を掃討していったという話。その時だけは大人たちは喜びのあまり、俺たちにジュースを配ってくれた。まずかったけど、でも嬉しかった。  この孤児院のすぐ近くの場所も、彼によって安全になったらしい。彼の話をしているとき、誰もが笑顔になった。  みんながたたえる「英雄」がなんなのかよくわからなかった。  けれど、彼の行いはこの地獄にいる俺を一瞬でも救ってくれたことは忘れない。  その孤児院がどうなったか?ああ、今はもうないよ。  俺がいた孤児院は、人身売買の斡旋をしていたんだ。孤児院で身を粉にして働いた俺にも、とうとうその日が来た。俺を購入したのは芸術家で、子供の死体を飾るのが趣味らしい。俺は、孤児院ではボロ雑巾のように働かせられ、最後は気狂いによって剥製にされる。なんて悲しい人生なんだろう。  俺は、ただ英雄になりたかった。  だから、死ぬわけにはいかないと思って、普段動物を捌くように大人たちを次々と仕留めていった。慣れていたから頸動脈を狙った。あっという間だった。  全身は返り血にまみれ、手は血と脂でべたべたになった。  異臭もするし隠しきれるものでもないし、当然騒ぎになったよ。周辺から大人たちもやってきた。子供たちも騒ぎに気が付いて集まってきた。そんな俺に向かって彼らはなんて言ったと思う? 「ありがとう。君のおかげで他の子供たちが救われた」 「ありがとう、おかげで私たちは売られずにすんだ」  俺は人を殺したというのに、誰も俺を裁かなかった。怒りもせず、ただただ感謝した。  大人たちは薄々察しつつも、貴族の息がかかったその孤児院を突き出すことが出来なかったのだろう。  子供たちは薄々自分が売られる未来を察しつつも、あきらめていることしか出来なかったのだろう。  だから思ったんだ。「悪人を殺せば、俺は英雄になれる」って。  そうして俺はフリーの暗殺者になったんだ。依頼を請け負い、悪人だったら斬る。みんなが助かり俺も報酬を貰える。ウィンウィンだろ?  けれど、俺の話をする人たちは、皆が険しい表情をしていた。俺が望んでいた英雄は、果たしてこれだったのだろうか。何度も何度も考えて、けれど答えは出なかった。  でももし、そんな俺が何かを守れることが出来たなら。その時、俺は思い描いていたあの騎士のように、英雄になれるんだろうか?  『引用 プリエスティラ新農場物語 主人公救出 トゥルニテ恋愛イベント4』   ----------------------------------------------------------------------------------------  魔王軍の幹部が襲来した|王の寝室《この場所》に、突如として黒い稲妻が部屋に落ちる。  救援を受け、トゥルニテが王の寝室へと急行したのだ。しかし、彼の目に入ったのは、崩れる英雄と、今にも殺されそうな亜麻色の少年だった。  説明など不要。トゥルニテはナイフを即座に取り出し、空に浮かぶ魔物に投擲する。 「おっと、すげえな。また強ぇのがやってきた!なんでそんな姿勢からこんな威力だせんだよ!!」  魔物は楽しそうに、しかし軽々と避ける。そして標的を亜麻髪からトゥルニテに即座に変えた。先に潰すべきは強い奴からにした方がいいという判断だろう。  トゥルニテはさらなる状況確認のため、もう一度視線を部屋全体に回す。 (よく見たら足手まといが二人いる)  金髪の子供と、病人か。子供は自分たちが邪魔になると判断し、病人を抱えて外に出ようとしている。大声を出し、救援を呼ぼうとするものの、どうやら魔物はあらかじめ防音壁を張っていたようだ。 『トゥルニテ。もし僕がルナリオの傍を離れざるを得ない事情が出来た時、代わりに彼を守ってください』  緊急の信号を、彼からは手渡されていた。自分の次に荒事で頼りになるのはお前しかいないというように。  憧れの英雄からそのように言われたときは、本当に心が震えた。悪人を殺し、畏怖されていたこの自分が国の英雄に頼られたのだ。  もとより亜麻髪には潔白なのに頬を傷つけた罪悪感があった。故に言われずとも守るつもりではあった。けれど、騎士から味方だと、それも心強い戦力として認識して貰えたことは、この上ない栄誉だった。  前にも英雄とは一戦を交えたことはあった。赤毛の男を襲撃したあの時だ。まさか鎧の下が彼だとは思わず、事前に知っていれば襲撃はしなかった。彼が近くにいるということは、その人間は清廉潔白に決まっているからだ。英雄という名は近くにいる者たちの行いをも保証する。それだけの威光がある。  故に、この場を託された以上は絶対に使命を果たす。命を懸けても亜麻髪を守る。一方亜麻髪は、魔物に警戒を払いながらも、割れた花瓶の破片を拾い、胸ポケットに入れていた。まるで大事なお守りにでもするかのように。 「亜麻髪。本当なら逃げろっていうべきとこだろうけど、守りにくいからここにいろ」  彼はこくんと頷き、俺の後ろにまわる。けれどロッドを握り、腰には刀身の短い剣があった。ただ守られるつもりはないようだ。俺も彼の修行には付き合った。彼だって確実に強くなっている。 (しかし、亜麻髪の使える魔法の精度では、空中の魔物には当たらないだろうな)  魔物は外にとどまり、決してこちらに踏み入れはしない。部屋に入れば自分に分が悪いと分かっているのだ。  けれど、一方のこちらは暗殺者。城の外壁に留まることなど造作もない。 (裏返せば、距離さえ縮めればどうにかなるっていうことでしょ)  残念ながらトゥルニテは重力を操れるといったことは出来ない。しかし、城の外壁には装飾が多く、また自分の靴も足場を固定するための仕組みが備わっていた。 「おお、すげえな。それワイヤーか?人間は一生懸命考えるなあ。でもなあ、お前さん魔法使えないだろ。飛び道具だけで一体どうするつもりだい?」  英雄を抑えた魔物は余裕をこいてケタケタと笑う。今の彼にとってこの場は消化試合。それどころかもう少し粘れば英雄も毒物も双方を抑えられる展開になる。この機を逃すのはあまりに惜しい。  トゥルニテは左手でワイヤーを握りながら、右手で武器を持つ。|そ《・》|し《・》|て《・》|シ《・》|ュ《・》|ン《・》|ネ《・》|ペ《・》|イ《・》|ア《・》|め《・》|が《・》|け《・》|て《・》|突《・》|進《・》|し《・》|た《・》|。《・》 「突進!?うっそだろ!?」  下に足場などなくここは空中だ。だというのにトゥルニテはたった二歩でシュンネペイアとの距離を詰めた。あまりに速いその動きに、シュンネペイアは下に避ける。 「あっぶね、やっぱ避けるときは下なんだよな。重力が加算されるから一番はええんだよなあ」  自分の獲物を外すや否や、トゥルニテはそこから逆上がりのように足を上に向け、今度は下に突進をする。しかし、上空から下への攻撃は非常に容易いことを承知していたシュンネペイアはすぐに左に旋回する。 「ああ、なるほど。精霊術士か、坊主」 (そう、俺が出来るのはただ一瞬だけ空気を固めること)  トゥルニテが立体的に動くことが出来た理由はそこにあった。彼は一応は精霊術を使える。しかし、手のひらくらいの空気の塊を一瞬だけ生成することに限る。それは強い能力かといわれればこれを使って相手を倒すことは至難の業である。しかしトゥルニテの身体能力があればこそ、それは強力な武器となった。 「けどなあ、それ、常に動いてる必要あんだろ?そうじゃなきゃ最初にワイヤーで体を支えていた理由が分からねえ」  シュンネペイアは城壁から少しずつ距離は保つが、しかし完全に離れることはしない。亜麻髪の少年に逃げられるのは困る上に、この防音加工は自分が離れるほど脆弱になるのだ。しかし、滑空範囲が限られているからと言ってシュンネペイア側の有利は全く変わらない。何故なら、派手に動き回る以上は暗殺者のガス欠は目に見えているからだ。  そう思っていた矢先、部屋の内部から呪文の詠唱が聞こえる。 「アイスフロア!!!」  亜麻髪の少年は、窓から横に広がるように氷魔法を撃った。 「これは俺を捕えるために…じゃねえなあ。黒い坊主の足場を作るためか」  突然の氷魔法に気を取られたが、あの坊主の戦闘力は大したことはない。シュンネペイアは逸れていた意識を黒い暗殺者に戻す。おそらくあの氷の床に足場を移し、戦闘スタイルを変えるはずだ。そして機を見て床を破壊し落とせば勝ちだ。  しかしトゥルニテは立体に動いては獲物で狙ってくるだけで、氷の床については見向きもしなかった。 「おいおい、お前ら連携全く取れてねえじゃねえか」  そこでシュンネペイアはふと思う。果たして彼らは連携をとるために氷の床を張ったのか?まさか、味方を手助けするつもりなんて毛頭なく、|た《・》|だ《・》|自《・》|分《・》|の《・》|足《・》|場《・》|が《・》|欲《・》|し《・》|か《・》|っ《・》|た《・》、なんて、そんな…。  亜麻髪の少年は外に出て氷の床を踏みしめ、右手には拳ほどの刃渡りの禍々しい剣を握っていた。  そして左足を大きく前に出した。 「ダーインスレイヴ!!!!」  かつてレッドドラゴンを倒したその武器を、魔王幹部に向かって放った。

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