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第40話命の交渉

「この状況を打破する術を俺は知っています。故に、あなたは俺の話を聞く必要がある」  ヨルデは俺をまっすぐにらむ。こうしている間にも苦しみの声が増えているのだ。患者は増えていき、痛みにあえぐ者は後を絶たない。けれどそういった苦しみの声を人質に取ってでも、俺はソラスを助けたい。主人を庇い倒れてしまった、俺の騎士を。 「けれど、それを伝えるには引き換えにこちらにも要望があります」 「・・・あなたは人の命を取引の材料にするのですか?私がそんな下劣な人間と取引するとでも?」  ヨルデの苛立ちはピークに達していた。けれどこの部屋から出ないのは、王の推薦状が原因だ。  しかし焦る彼の様子とは反対に、俺は思わずふふ、と笑ってしまう。 「何が面白いんですか?今まさに人の命がかかっているというのに!!」 「いいえ、あなたが人の命を愚弄することに怒れる人で良かったと思ったんです」  その発言にヨルデは戸惑う。勿体ぶったり取引を持ち掛けて挑発したり。それでも俺は確認したいことがあったのだ。それはこの教会が悪意を持ってあの「女神のまどろみ」を売り出した可能性を捨てきれなかったこと。故に俺は敵地と認識してここへやってきた。  俺はヨルデの目をまっすぐ見て、そして深々と頭を下げた。 「俺はここに至るまでこの精霊教会と司教様を疑っていました。今民たちが苦しんでいる原因を意図的に作った、諸悪の根源だと思っていたからです」 「意図的に…?」  ヨルデは突然の俺の行動に怒りよりも先にその引っかかる言葉への驚きが上回り、目を丸くする。 「司教様。俺はこの騒動の原因を発見しました。けれど、こちらに事情があってどうしてもタダで教えることが出来ません。取引をしていただけませんか?」  ヨルデは俺の挙動の変化に戸惑いつつも、しかし頭を下げた俺の行動に話を聞くべき価値はあるかもしれないと判断をした。 「・・・・何がお望みですか?」 「この教会の保有する最上級の聖水を頂きたいです」 「それは!!!」  ヨルデは声を荒げる。俺は聖水がなんなのかはいまいち詳しくないが、周囲の反応から察するに相当貴重なものなのだろう。 「この教会保有の最上級の聖水はどうやって作られているか。ご存じでしょうか」 「いいえ」 「大司教猊下が毎日祈りを捧げ、それを10年。繰り返すことでようやく手に入る国宝クラスの一品なのですよ?それを信憑性の分からない情報と引き換えになんて…」  ヨルデは正気を疑うような視線を向ける。 「魔王討伐の際にはどうしても魔王軍と戦う必要が出てきます。その呪いを払うためにこの精霊教会では祈りを捧げているのです」  ここは聖水を欲している理由の隠し立てはよくない。彼の口は固いだろう。素直に話して協力を求めよう。 「その魔王討伐のエースになるはずの救国の騎士が俺を庇い、魔王幹部の呪いに倒れたのです」 「・・・ソラス殿が・・・!?!?」  やはり教会側としてもソラスの偉大さは健在だ。聖騎士ということもあってその信頼度もずば抜けているのだろう。 「けれど…それはおかしいです。彼は聖騎士。呪いの耐性はほかの誰より強いはずでは?」 「俺の、せいなんです。彼が聖騎士だなんて知らず、鍬をもって働かせてしまった俺が、すべての元凶なのです」  先ほどまで真面目な話をしていたはずなのに、突然畑の話題になりヨルデは固まる。  正直なところ、どうしてソラスに呪いが効いたのかはわからない。しかし分からないからと言って「はいそうですか」と流してはくれないだろうと思い一生懸命言い訳は考えておいた。 「その、つまり聖騎士から一時的に農家になっていたので呪いが効いてしまったと?」  言葉にすると大分滑稽だな。  しかし隣のトゥルニテは大まじめにうんうんと頷いてくれたこともあって、俺たちの話が真実なのだと思ってくれた。トゥルニテは天然が入ってるから割と適当にうなずいているだけだと思うけれど。 「……事情は分かりました。しかし、あれは大司教の管轄ですので私では即答できません。数日いただきたい」  ヨルデは唇を噛みつつそう答える。そう、聖水の用意に時間がかかるということは、その間にも苦しみの連鎖の原因を止められないということだからだ。 「『女神のまどろみ』の発売停止をお願いします。それで原因の片割れは潰せます」 「え・・・?」  しかし、俺は聖水の譲渡の話が出てきた時点で情報は出そうと思っていた。これは交渉術としては下の下だろう。相手が履行していないにもかかわらずこちらは履行するのだから。  けれど、人の痛みにこれほど寄り添える人間が約束を反故にするとは到底思えないのだ。 「教会の出しているあのジュース。それが国に流通している薬の『慈悲の涙』と体内で混ざることによって毒物へと変貌するのです」 「そんな…そんなはずは…」  正面から結論を言ったとて鵜呑みにはしてくれないだろう。かくいう俺もこの二つが混ざるとどうして猛毒になるのか、その結果しか知らないため詳細は知り得ない。故に口で証明は出来ない。 「そもそもどうして女神のまどろみを発売しようとおもったのですか?」 「……この教会が精霊をあがめていること、それはご存じでしょうか」 「まあ、名前から察するにそうかなと」  精霊が力を貸して精霊術を使えるという説明だったはずだ。故に人間に恩恵を与えてくれるからこそ丁重に祈っているのだ。 「この教会には全国から見習いたちが|集《つど》います。ここで司教になるには精霊術を使うことが必須。差別的な言い方ですが、精霊術を使えないということは精霊から恩寵を与えられるほどの人間ではないということですから」 「それが一体『女神のまどろみ』と何の関係が…」  ヨルデは突然両手を組む。空間に光の粒が現れ、それが俺たちを包み込んでいった。 「……!!体が軽い。疲れが少し癒えた」  トゥルニテは驚愕する。左手をグーパーし、肩を回す。 「当然私も精霊術を使えます。自分でいうのもお恥ずかしいのですが、この国でもトップクラスの実力者なのですよ?」  ヨルデは片目をウインクする。どうしてこんな力を披露したのか。それは 「つまり精霊術の熟練度によって地位が大きく変わる、と」 「その通りです。そして女神のまどろみはそれを向上させる働きを持っています」  そこまで聞くと何故この商品を流通させようとしたのか、段々と見えてきた。 「精霊術士の発掘、強化ならびに資金源の確保、でしょうか」 「そのとおり。一石三鳥ですべてがかなうのです」 「どうやってこのことを発見したのですか?」  シュンペテイアはこの事に噛んでいる旨の発言をしていた。ゆえに偶然ではないのだろう。 「この部屋に至るまでの庭園に、緑の実がなった大木があったでしょう?2年前に突然芽吹いて急成長したのですよ」  しかしそれを精霊の恩恵と誤解し、誰かが飲んだのが原因だった。精霊術の力が増した事に目がくらみ、それを広めることにした。 「以前俺が水魔法を十分に出せない時があったけど、女神のまどろみが原因だったのかな」 「ええ、魔力が下がるという報告も受けました。つまり、精霊術が上がるのではなく、誰もが持ちうる魔力を精霊力に変換するものだった、ということです。…精霊を讃える我らが教会は、民の魔力が下がろうと知ったことではありませんから」  反対に薬である「慈悲の涙」は精霊力を削り魔力を上げる効果があった。広まれば広まるほど魔族の手にも渡り、魔族は活発化していったということになる。 「つまり互いを混ぜることで、体を蝕む毒が完成する、というのが真実になりますね」  寒い部屋と暑い部屋を交互にわたると危険、という感じだろうか。  ドーピングによって魔族に対抗しようと努力する人間の考えをすべて読まれていた。そして2つが摂取されるタイミングは人それぞれ。故に衰弱が発生する規則性も分からなかった。だからこそいままで誰も気がつけなかったのだ。  よくぞまあここまで周到に用意したと思う。あの魔物もソラスには勝てないようなことを言っていたから、正面で戦うのは避けて、まずはじっくり安全圏から滅ぼすことにしたのだろう。人間が不安になればなるほどソラスの偶像崇拝は止まらない。けれど、祈っても解決しないなら、民はいずれソラスを蔑む。 「....すぐに製造ならびに販売の停止を致します。聖水はなるべく早くお届けしますのでお待ち下さい。では申し訳ございませんが私はこれで」 「ちょっと待ってください」  ヨルデは颯爽と立ち去り、すぐに原因を潰しに行こうとするが、しかしこちらには渡すものがあった。 「これをお持ちください。聖霊種です」 「・・・・・患者は多いのです。それは大変貴重なものであり確かにありがたいですが、それだけでは…」 「いいえ、アーサー王子が精霊術により大量に育てることに成功しました」  貴重な逸品を前に当然断ろうとする司教。一粒で十人は救えるがしかしそれだけでは全然足りない。けれど、王子の力があれば光明が開けるだろう。 「アーサー…。そんな才能があったとは」 「彼は『僕たちで国を守りましょう』と言っていました。貴方は『女神のまどろみ』を、アーサー王子は聖霊種を、俺は『慈悲の涙』を抑えに動きます。頑張りましょう」  アーサー王子曰く、ヨルデと自分は母親が違うとのことだ。  陛下はまだ若いころ、マルグリット妃に恋い焦がれ、そのまま強引に彼女と子供を作ってしまった。マルグリット妃は領主という婚約者がすでにいたにも関わらず、だ。当然これは不貞行為に当たるが、しかし双方とも明るみにすれば国に激震が走る「立場」があった。  陛下はもちろんのこと、辺境には他の妃を抑える役割のものが必要になってくる。当時辺境に嫁げる適任にはマルグリット妃しかいなかった。  陛下とマルグリット妃は共に王族の血筋ではあるものの4親等離れており、ぎりぎり近親ではなかった。しかし、そういった経緯から忌み子として隠されるように教会に送られたのがこのヨルデなのだ。  故に、その秘密を知るものは極少数、けれど、父や弟がその秘密を話してもいいほどにルナリオを信頼していた。それが伝言から現れていたのだ。  ヨルデはしばらく目を瞑り、自分の思考を整理する。そして決めた。 「ルナリオさん、最上級の聖水の是非は、すべて大司教猊下がお決めになられます。」  ヨルデは続ける。 「今回貴方は『女神のまどろみ』の危険性を訴えてくれました。しかし、この情報だけでは猊下は納得しないでしょう。自分の目で見ていないものは納得できない方なのです。加えて、その原因が自分たちだなんて夢にも思っていない。・・・・・・・・猊下は明日の夕方にはここを発つ予定です」  家族がルナリオを信頼するのなら、自分も彼を信頼しよう。 「聖霊種を。すぐに患者が飲める状態で持ってきてください。そして猊下に見せましょう」  故にヨルデは必ず『女神のまどろみ』を止め、聖水を届けることを誓うのだった。

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