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第43話無知は罪なり
聖霊種の入ったジャムは、トゥルニテがきちんと届けたらしい。大司教の出立30分前に何とか間に合い、患者の口に持っていくことが出来た。ヨルデの説得と共に驚愕の事実を目の当たりにした大司教は、渋々ではあるが、聖水を譲渡してくれる約束をしてくれたと、後から経緯をヨルデに教えてもらった。
今はジャムをめぐって教会内が大騒ぎしている。
ヨルデが俺たちの元へと近づいてくる。その表情は笑顔でありつつも、何かこの事態に思うところがあるようだ。
故に俺達は静かに彼を見ていた。しかしヨルデはその先をしゃべらない。ただ忙しそうな職員をじっと眺め、寂しそうにしていた。
「この責任、一体だれが取ることになるの?」
「責任をとる?どうして?」
「ジュースと薬を混ぜると毒になるんだろ?つまり教会は犯罪の片棒を担いでいたと思われても仕方がねえ。それも王族にまで及んでいたんだからな」
ヨルデはゆっくりとうなずいた。
「製造を先導したのはこの私です。故に、私がすべての責任を引き受けこの地位を返上します。いえ、地位の返上だけでは本当は全然足りないのでしょうが」
「なんで、そもそもこれはあの『慈悲の涙』が製造を変えなければ起こらなかった事件ではないですか!」
「ええ。けれど、『慈悲の涙』の件でシャリオット伯を裁くのなら、悪意の有無でこっちを裁いて、こっちを裁かず。なんてそんなことは世間が許してはくれませんよ。ただでさえ精霊教会は民たちの支持によってささえられているというのに」
ヨルデはフウッっと息を吐く。ヨルデは司教だ。だというのに懺悔を聞く側であるはずの彼の思いを、俺たちが聞いている。不思議な光景だ。
「無知は罪なりっていう言葉、ありますよね。あの言葉、私は嫌いなんですよ。他者の知識のなさを見下して裁こうとしているニュアンスがどうしても。『じゃあ貴方はこの世すべてのことを知りえているほど偉いのか』って。けれど、言ってること自体は正しい。この世の罪の大半は、知識が足りないことから起こっていますから」
コツ、コツと足音をたててヨルデは歩き出す。しかしふと止まってはまた動く。彼にも考えることは多いのだろう。
「故に罪を作らないように私たち人間は学ぶ必要がある。ここに人間の真価がある。けれどその過程には当然犠牲が発生します。私の司教としての人生の幕引きは、目先のメリットに囚われて多角的に見れなかったことにあるのです。ああ、本当に無知は罪なり、ですね」
誰かの笑顔を願っていても、それが必ず良い結果を生むとは限らない。故に結果を予測して常に懐疑の眼をもって本当にこの道があっているのかと考えていく。それこそが大事なんだと、ヨルデは締めくくる。
そして自分の胸に手を当て、かつてアーサー王子が俺にやったようにヨルデは恭しく頭を下げた。
「この司教ヨルデ、我が地位を引き換えにして『慈悲の涙』を根絶やしにします。貴方方に全霊の協力を捧げることをここに誓いましょう」
「え…継承式の当日じゃないと聖水が渡せない…?」
「ごめんなさい、協力すると言ってさっそく申し訳ありませんが、あれは気軽に渡せる代物ではないのです」
貯めるのに10年かかるとは言っていたが、そういう意味ではなく聖水を貯める装置の部品を外すのにそれだけ時間がかかるとのことだ。大司教が祈る場所は他の者たちとは異なり精霊の密度濃い専用の部屋で行う。その神聖な部屋に入れる人間も限られ、また砂時計のような形をしているそれは簡単には外せないように壁にめり込んでいるシステムになっているそう。故に数日かかるとのことだ。
そして大司教を抑えたことで変わったことはもう一つ。教会は早急に『女神のまどろみ』の回収を始めたことだ。|そ《・》|の《・》|理《・》|由《・》|は《・》|伏《・》|せ《・》|て《・》。
理由は大きく分けて二つある。一つ目はすぐに真相を公表すると毒物として使用することが可能となるためだ。片方だけ持っていても罪にはならない。だが、簡単に調合できる毒物を誰もが持っているというのは非常に危険だ。回収作業の理由として「瓶から出して数日経過すると食中毒になるため」という名目で動いているという。甘い汁を吸っていた商人、特に紫の女性商人からは抵抗されたらしいが。
もう一つはシャリオットの告発のためだ。ここで安易に公表すれば証拠を消される。故に今は表沙汰にはしたくない。教会とは異なり、あの魔物の襲来から予測するとシャリオットは魔物とつながりがある。その線を辿っていくという算段だ。故にヨルデもまだ責任はとっていない。
継承式まで残り4日。それまでに俺たちはできうる限りの準備をしていく。
けれど、継承式まで4日ということはソラスに聖水を渡せるのも4日後ということになる。俺は苦しむ彼をあと4日も見守らなくてはならない。胸が苦しい。
トゥルニテと城へ戻ったときには既に日が暮れ始めていた。今日もソラスの元へ見舞にはいくものの、その前に風呂に入ろうと思う。一回自室で準備してから動こう。
そう思い俺の自室に戻ったら思いもしなかった人物がいた。ソラスだ。ベッドの端に座っていた。
「ソラス!?どうしてここに、王妃の部屋からここまでかなりの距離があるのにその体で!!」
「ああ…ルナリオ…。呪いの痛みにも段々慣れてきたので、人目を避けてなんとか、ここまで歩いてきました…」
喋っている時のその目の焦点はあっていない。けれど昨日よりも呼吸は穏やかで、規則的だ。俺は彼の隣に座り、その綺麗な顔を覗き込む。
「昨日から少しずつ呪いを解毒しているため、段々と楽にはなってきております。けれど、魂の核が蝕まれ、解呪まではどうしてもできない。余命は持って1週間でしょう」
聖水が届くのは四日後。なんとか間に合いはする。彼の苦しみが緩和したのは嬉しい情報であるものの、本人から余命の話をされると胸が掴まれるように痛い。
「派手な動きもできませんが、ですが最低限の行動でしたら出来ます。僕のことはどうか気にせずに」
「気にしないって言ったって」
こちらが気にせずとも、彼は俺のことを気にしているからここに来たのだろう。俺はソラスを寝かせ、自分は一度風呂に入ることにした。俺のために浄化魔法をかけようとしたソラスを制止し、少なくともソラスが万全ではない今は俺も自分で出来ることは自分ですべきと思ったのだ。
魔法器具を使いお湯をため、ササっと入った。本当はゆっくり入るつもりだったのだが、実際に入ってみると部屋に苦しんでいる人がいるのに呑気に入っていられる気になれなかったのだ。バスローブが部屋には備え付けてあったのでそれを拝借し、俺は部屋に戻った。
ロングスリーパーのトゥルニテは城に着くなりどうやらすでに寝始めたようだ。まだ寝るには早い時間帯な気はするが俺も疲れたからもう寝よう。一方のソラスは先ほどまでベッドに横になって貰ったはずだが、既にかなりの時間を寝ていたせいで意識が覚醒している。目を開いてじっと俺を眺めていた。
「ルナリオ、まさかその姿で寝るのですか?」
「え、うん。別にバスローブで寝るのは珍しいことじゃないし、そもそも俺寝間着持ってきてないし」
掛布団を少し捲り、ソラスの隣に体を滑り込ませようとする。しかし、ソラスは俺の足を軽く掴み、なぜか阻んでくる。
「確かにまだ日は落ちてなくて明るいけれど、俺もう疲れちゃったから。ソラスは自由にしてていいから俺は寝るよ」
「違います、時間のことではなく、その格好のことを言ってるのです」
あれ、この国ではバスローブで寝ることは非常識な行為だったのだろうか。先ほどからソラスは顔を赤らめて目のやり場がないのか逸らしている。
「でもごめん。あの普段着だとちょっと寝にくいからやっぱりこの格好で寝かせて欲しいかな」
そう言いつつ俺は思い切って掛布団を捲って強引に体を入れる。そして昨晩のようにソラスの苦しみが少しでも紛れるように体を寄せた。
しかし、俺の下腹部には何か硬いものが当たった。
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