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第46話継承式①

「辺境一行の入場!!!!」  シュトルムを先頭に、赤い絨毯に俺たちは足を踏み入れる。その右後ろに俺がおり、さらにその後ろに辺境の護衛10名が続く。継承には本来当主だけでいいものだが、このようにぞろぞろとみんなで入るのが伝統になっているらしい。そのせいで俺は見物している貴族たちから物珍しそうにひそひそと噂される。  途中義妹の姿が見えた。あの襲撃で俺の死体が無かったことは情報が入ってるのだ。生きていることは確信していただろうが、顔を歪めてこちらを見る。その隣にいる白髪交じりで髭の生えた、いかにも側だけは整えている男性が俺の父親で、さらにその隣のマーメイドドレスを着て憎らしげにこちらを睨んでいる女性が義母と推測する。  王はすでに玉座に座っており、俺達を見ている。その傍らにはアーサー王子が座り、さらにその横にマルグリット妃が立っていた。マルグリット妃は王族傍系とはいえ嫁いだ身。本当ならそこに立つ権利はないものの、誰も彼女の位置に文句を言えない。王に睨まれるだけでちゃちゃを入れるメリットがないのだ。  俺の存在に気がついたマルグリット妃はおちゃめにウインクしてくれた。あの一件以来本当に気に入って貰えている。  シュトルムの洗練された歩行は、ただ歩いているだけなのに視線を引き付ける。彼の伴侶の座を狙っている者たちは、一挙手一投足見逃さぬように注視している。そんな中でシュトルムは自信満々に歩いているのだ。流石、上に立つものとして生きていた人間は格が違う。  俺達は王の前にたどり着き、片膝をついた。 「辺境一行。よくぞ遠い中来てくれた。歓迎する」  このあたりの挨拶は王都に到着した際に受けているとは思うが、公式の場ではこれが久しぶりの再会になる。故に形式的に繰り返しているのだ。 「此度は我が国にとって最重要防衛拠点である領地の引継ぎを執り行う。まずは継承権の返還を」  継承の首飾りの返還だ。一応これは王が決めて継承者に渡すことにはなっている。しかし、実際は王はここには一切関わっていない。これもまた、あの領がこの国の王にとって強い意味を持っていることを貴族に知らしめるための見世物だ。多分後で首飾りは返されるのだろう。 「次に領主の証に、こちらの飾りを授与する」  首飾りを返したと思ったらまた首飾りである。首輪、の意味も大きいのだろう。  受け取った青い装飾品をつけ、シュトルムは王に礼を言った。そして王は自分の玉座に座り、代わりにシュトルムは貴族たちの方へ身を向ける。 「この度は我が領の大事な儀式に参列いただき誠に感謝する。この会は陛下が私たちのために直々に開いてくれたもの。私が用意したものではないが、参列頂いた皆様方には各々社交を楽しんで頂きたい」 「皆様、お飲み物の準備は出来ておりますでしょうか。このプリエスティラの繁栄を願い、乾杯!!」  マルグリット妃の音頭と共に貴族たちはグラスを上にあげ、飲んでいく。そしてそれを皮切りに待っていましたとばかりに貴族たちはシュトルムに殺到していった。ついでに俺のことに興味を持つ人間はいないので、洗濯機の中の衣類のようにぶつかられてはくるくると回される。  残念ながらこの戦いでシュトルムにできることはほぼないと俺たちは分かっていた。彼は殺到する貴族の相手で手一杯なのだ。今も笑顔の裏で怒りを爆発させるのをこらえている。自分の主役の会で結婚相手をかわるがわる紹介されるのだ。断るという行為には非常に精神力を削られる。彼がこの会を壊していいといった気持ちが外野から見てても伝わってくる。  手筈通り、まず俺に出来るのはレインさんを待つこと。それを手出しせずに見守ってほしいとのことだ。人ごみの流れに逆らい、俺は出入口へと進んでいく。義妹もシュトルムとの縁は欲しいのだろう。あれだけ人を邪魔者扱いしておいて、その父親は俺の縁を経由して娘を売り込もうと先頭にいた。本当に白々しい。よく見るとシュトルムも殴りたいのを我慢しているのか眉間にしわを寄せながら笑ってる。 「ルナリオさん、お待たせしました!」  出入り口からこっそりと呼びかけてきたのはレインさん・・・・ではなくヨルデだった。司教の服は常に正装であるため、ここでも前に会った時と同じ格好をしている。そして彼の綺麗なその手には聖水があった。  聖水。待ち望んでいた聖水だ。やっと、やっと手に入る。やっとソラスを助けられる。  ふとシュトルムの方を振り返ると、微笑んでうなずいてくれた。それを持って早くソラスの元へ行けということだろう。ということはレインさんに俺の手伝いは要らないということなのだろうか。  誰も俺に詳細を言わない事実。  見守れというシンプルな指示。  なにか、何か嫌な予感がする。俺は何か重大なことを見落としている気がする。  けれど今はじっくり考えている場合じゃない。ヨルデは俺にそれを渡すために、一度会場から外に出た。 「どうぞ、お受け取り下さい。コルクを取って、体にかければそれで呪いは解けます。服の上からで大丈夫ですよ」  上部にふたが付いた砂時計のような形をしたそれを俺は絶対に落とさないように受け取り、大事に大事に抱える。早くソラスに届けよう。そうして足を踏み出そうとした俺達の方向へ、誰かが歩いてくるのに気が付いた。  レインさんだ。 「レインさん!!!無事でしたか!?!?」  トゥルニテから無事の報告は聞いていたものの、それでも実際に姿を見たわけではないのでずっと不安だった。だから、彼のその姿を見て俺は心底ほっとした。  けれど、おかしい。レインさんのその表情は硬く、じっと会場を見据えていた。彼はおっとりした性格のはずだ。しかし覚悟を決めたように一歩、また一歩と歩いてくる。  確かにそれは当たり前なんだ。自分が開発した「慈悲の涙」を絶やす。非難もされるだろう。俺が同じ立場でも、緊張で顔が強張ると思う。  けれど、彼の表情はどこかで見たことがあった。  いや、表情というよりその異質な空気だ。  例えば、以前、わが身を引き換えにしてでも城へ向かったシュトルムのときのようなー・・・・・・・  ・・・・・・・  ・・・・・・・・・・・?  あれ?  毒の証明って、一体どうするつもりなんだろう? 「ルナリオさん」  俺は地面を見て、考えにふけっていた。そんな俺に、レインさんは優しく声をかける。 「あの日、審問会で僕の家族を助けて下さり、本当にありがとうございました」  俺はレインさんが大好きだから、レインさんからの感謝は本当に嬉しい。けれど、何故今。 「貴方が身を挺して弟を救ってくれた。なんにも関係が無いはずの貴方が。兄であるはずの僕は臆病にも震え、何もできなかったというのに。その身を厭わずにあなたは救ってくれたんだ。それに僕がどれだけ胸を打たれたのか、きっと貴方には分からないでしょう」 「慈悲深き女神の涙」は二つの液体を組み合わせた巧妙な毒物。故にその両者を同時に飲んだ人物はいないために現在まで発覚せずにいる、いわば奇跡の毒物なのだ。  飲めば即死する。  けれど、俺がそれを知っているのはゲームで飲んだからだ。まだこの毒物を口にした者はいない。  故に、レインたちは、|最《・》|悪《・》|死《・》|ぬ《・》|け《・》|れ《・》|ど《・》|聖《・》|霊《・》|種《・》|が《・》|間《・》|に《・》|合《・》|え《・》|ば《・》|命《・》|は《・》|拾《・》|え《・》|る《・》、その認識で計画をたてたのだ。  いや、仮に死んでも一向に構わないのだろう。  制度というものは人が死なねば変わりはしない。今は平民の彼が毒性検査を披露したとて、きっと貴族は納得しない。その命をもって証明することで、彼らの心に響くのだ。 「だから、次は僕の番です。いいえ、所詮自分の尻ぬぐいですからあなたほど格好よくはないんですけどね」  そうしてレインさんは大きな扉の前に進む。  彼は、死んでもいいという覚悟を決めてここに来たのだ。 「違う、違うんです。『慈悲深き女神の涙』は、飲めば即死なんです。聖霊種も間に合わない」 「いいえ、大丈夫ですよ。だってまだ誰も試してはいない。きっと奇跡は起こります」  違う、違うのに根拠を説明できない!レインさんを説得できるだけの材料なんて、今の俺は持ち得ていなかった。  俺にできることなんて・・・・・・・・・ 「・・・・・・・・・・・聖水」  俺はぽろっとその言葉が飛び出る。 「ヨルデ、もしこの聖水をレインさんに今振りかけたらどうなるかな?」 「最上級の聖水ですから、たとえ即死の毒物であろうと死を遠ざける効果はございます。その後に聖霊種を飲めば助かるかと」 「・・・・・・・・・・・・・・・この聖水を二つに分けることは?」 「できません」  なんてことだ。  今、二人の男性が死を目前にしていた。  1人は俺をかばい、死の呪いを受けた俺の騎士。  1人はみなを救うために、毒死の覚悟で赴く俺の好きな人。  聖水はただ一つ。  俺の胸の中に、それはただ波打っていた。  まるで、俺の心を表すかのように。

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