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第48話継承式③

 辺境伯に興味を持たず、自分たちのコネクションを強化していた貴族も、これから始まる見世物のために前に集まっていた。中心にはレイン、そしてそれを輪に混じってシュトルムが見守っており、|義妹《マリー》も彼に体を寄せ面倒くさそうに眺めていた。さらさらとした綺麗なストレートの金髪がシュトルムにかかるが、彼は亜麻髪の男の髪をわしゃわしゃとかき回す方が遥かに好みなので、汚物を見るような目で金の糸を払う。  レインは集まった貴族に対し、自己紹介をする。その後ろには司教が控えているという異様な光景だった。 「本日皆様に見ていただきたいのは、この国の根幹を脅かすとある毒物、『慈悲深き女神の涙』にございます」  反応は二つに分かれた。  何を言っているのか分からない貴族と、心当たりのある貴族と。  シャリオット伯は明らかに焦っている。現にシュトルムにしだれかかるこの義妹も、毒の名前を聞いて明らかに驚いていた。故に、彼らはやはり意図的に毒物を作り出していたのだ。 「こ、の神聖な会場に毒物を持ち込むなんて、まあ平民は野蛮ですわね!!!」  シャリオット夫人は苦し紛れに叫ぶ。けれどシュトルムは逃さない。 「おや、貴女は先ほど自己紹介いただいたシャリオット夫人ですよね。けれど私があなたの立場なら、大事な子供に危害が及ぶことが無いように一体どんなものなのか静かに聞きますがね?」  端的に言うと、「え!?何か都合の悪いことでもあるんですか!?」である。過去の|異国行商人《エシュテス》の相手のセリフの切り返しをここで披露するシュトルムであった。この場の主人公から名指しで皮肉を言われ、そういった上品な口喧嘩に慣れていない元平民の夫人では上手い切り返しは出来ない。  そして同様に他の貴族も口を閉ざした。 「この『慈悲深き女神の涙』は、誰もが簡単に入手できる。それが一番の問題です。証拠を残さず相手を殺すことが出来る、魔法の水なのですから」 「私は精霊教の司教であるヨルデ、と申します。彼からお招きいただき、本日は協力のため馳せ参じました」  王・王子・マルグリット妃はただじっとヨルデを見る。ヨルデは隠し子、故に王族とは接点が無いようにこれまで距離を置いて暮らしてきた。その久々の再会がこんな大舞台なのだ。けれど、覚悟を決めた彼の勇姿に、三人から寄せられているのは信頼だった。 (私は、この状況を招いた片割れなんですけどね…)  そう思うものの、家族がそうやって見届けようとしてくれているのがただ嬉しい。 「こちらは今国内で飲まれている有名な飲み薬の『慈悲の涙』で、またこちらも最近非常に流行しているジュースの『女神のまどろみ』でございます。皆様ご存じですよね?」  貴族たちは静かにうなずく。  一方、この毒物の関係者たちの呼吸は早くなっていく。いずれはばれるだろうことは分かっていた。長い時間をかければ、誰かはその二つを混ぜて飲む馬鹿が現れるだろうことに。そして長ければ長いほど、誰一人気が付かなかったしょうがない事件として、「そうだったんだ」で誤魔化せる。けれどこんな短期間で問題が浮上するのはあまりに想定外だった。 「まずはこちらの『女神のまどろみ』が本物であるかどうか、こちらの司教様に確認いただきます」  ヨルデは瓶に口をつけ、半分だけ飲む。 「ええ、確かに本物です」 「では次に『慈悲の涙』の本物かの確認を半分だけ試して頂きたい。では…そこの令嬢、ご協力いただけますでしょうか?」 「え、?え?わたくし??」  |義妹《マリー》は女性である自分に振られるとは思っていなかった。 「あなたはシャリオット伯の御令嬢と伺いました。でしたら御実家の薬は飲めますでしょう?」 「い、いえ、でもこういうお薬は健康なときに飲むのはよろしくないものですから、あはは…」  誤魔化そうとする義妹。しかし、ここで静かに見守っていたアーサー王子とマルグリット妃が口を開く。 「ですが、先ほどから辺境伯が腕を振りほどいているにも関わらず、何度ももたれかかっておいでですよね?気分がよろしくないのでは?」 「そうでなければよっぽど頭のお加減がよろしくないとお見受けしますわね」  会場からはアハハハという笑いがこぼれる。ここまで言われては|義妹《マリー》も引くことは出来ない。どうせあれは二つの液体が混ざらなければいいんだ。故にこれ単品では問題が無い。  マリーはつかつかと薬に近づき、半分だけ飲む。 「ええ、確かに本物です」  仮にここで偽物といったとて、証人が変わるだけだ。なら下手に隠さない方がいい。それが義妹の判断だった。  そして2つの液体の検証が終わった。この後がどうなるか、誰であろうと想像はつく。混ぜて毒物になるという証明をするのだろう。けれどもシャリオット伯側は余裕だった。なぜなら、見たところ毒物を判定する道具は見当たらない。ならばことが終わってから金を握らせてすり替えてしまえばいい。この世には調合から一時間で水に変わる毒もあるのだし。  それに我々には先ほどのマリーの堂々たる飲みによって「混ぜたら毒になるだなんて、知らなかった」が使えるのだ。こんなところで蹴躓いて、あの|黒翼の魔物《シュンネペイア様》が下さる利益を失うわけにはいかないのだ!!  レインの視界の端に、黒い何かが映る。トゥルニテだ。窓に張り付き、こちらにサインを送っている。どうやらあの裁判長のインヴェルノが家宅捜索をし、無事に証拠を集め今この会場の前にいるらしい。  レインはまず、「女神のまどろみ」の残りを飲み干す。飲む順番は先にこちらである必要があった。なぜなら、後に「慈悲の涙」をのんだ方が、それによって事が引き起こったように見えてインパクトがより後者に残りやすいからだ。  そしてレインは最後に弟の顔を見た。  シュトルムは兄を止めそうになる己を止め、けれど兄の決意を尊重する。ここで止めたとて、兄は生涯自分を責めながら生きていくのだ。だから、その後の処置に奇跡を願う。 (ありがとう)  レインはシュトルムにそう口を動かす。  そして、「慈悲の涙」を一気に飲み干した。  先ほどまで優し気な空気をまとっていたその青年は突如としてむせ、血を吐き、つけていた眼鏡も落とし、苦しそうにもがいて倒れる。まさか毒の証明のために飲むわけがない、そう高を括っていた貴族たちは突然の事態に戸惑い、中には会場から去ろうとする者もいる。 「誰一人この場から去ることは許さん!!!!」  王の号令に、関係者以外の誰もが動きを硬直される。そう、裁きの場は既に始まっているのだ。  ヨルデは精霊術をレインが飲み干したと同時に使い、少しでも毒を中和しようと試みる。一方のシュトルムは兄が毒を吐きやすいように姿勢を変える。王子も近づき、聖霊種を口に含めようとレインの口元に持って行った。 『毒は僕が飲んで証明する。貴族にとって大事なのは、自分の目の前で人が死ぬかどうかだから。見ないことには信じない類の人が多いからね』  レインはトゥルニテ経由でそう周囲に説明していた。 『けれど、僕が死なない可能性だってあるんだよ。だって、僕はずっと慈悲の涙に携わってきた。だから毒にちょっと強くなっている可能性だってある』  レインは吐血と共に苦しんでいる。彼の言の通り、運よく即死は免れた。けれどそれも時間の問題だ。早く聖霊種を口に含ませなくてはならない。けれど歯を食いしばり、何かを飲んでくれそうなほどの余裕はない。  王子は聖霊種に穴をあけ、どうすべきか考える。 (あれ、ちょっと待ってください。『聖霊種を摂取したら体の異物を取り除く』。これはおかしい話なのでは?)  だって、父の話では、相当前に飲んだ体内に残留する「慈悲の涙」と、教会からもらった「女神のまどろみ」が反応して衰弱したということだった。けれど、それを聖霊種で取り除けたとて、当たり前だが毒物は既に体に回っていたはずだ。けれど、飲んでから少しで治った。明らかに身体に回っている時間はなかった。まるで、体内に入った途端に判定は入るとでもいうように。  |大《・》|事《・》|な《・》|の《・》|は《・》|体《・》|に《・》|入《・》|っ《・》|た《・》|と《・》|い《・》|う《・》|事《・》|実《・》|で《・》|は《・》|な《・》|い《・》|だ《・》|ろ《・》|う《・》|か《・》|?《・》 (レインさん、間違えていたら本当に申し訳ございません)  王子は聖霊種をレインの目に垂らした。その狂気の行動に、シュトルムもヨルデも、口を開いて見守る。  レインは目に粘液が入った事実に、今度は目を抑えるが、しかし苦痛の藻掻きはだんだんと収まっていった。  そして、食いしばった歯は次第に緊張が取れ、王子は次にレインの口に強引に聖霊種の液を垂らしていった。 「担架!!」  シュトルムはあらかじめ備えていた担架に兄を載せ、見送る。ヨルデが救護室についていってくれるようだ。誰も外に出てはならないという王の命令であったが、王は無言で頷いたため誰一人止めなかった。 「さて、先ほどは勇気ある若者がその命を捨てることになったとしても、証明したいものがあるということで実演いただいた。なぜ許可したか、諸君は分かるかね?」  この件は突発的に開かれたものではない。王の許可をあらかじめ得ていた。つまりは、国家を揺るがす大事なのだということを、貴族たちはここでようやく思い知る。シャリオット伯を始めとした「慈悲の涙」の関係者は、急いで自宅の証拠を消そうとは思うものの、自分はここから動けない。これはまずい。本当にまずい展開だと汗をかく貴族が一人、二人、三人、四人・・・・・・・・。 「実は、今の毒はまさに我々王族の命を奪う寸前まで追い込んでいたのだよ。そう、謀反だ。知恵ある若者が真実を見抜き、止めてくれた。故に余は今ここにいられる。・・・・・さて」  関わりのある貴族は言わずもがな、無関係のはずの貴族までもが王の威圧感に圧倒される。 「国の・・・いや人類の裏切り者を炙りだそうか」

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