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第49話継承式④

「ソラス!!」  聖水を受け取った俺は走って転ぶマネはしないように、けれど急いでソラスの元へと急行した。彼は息が荒く、横になりながらぼーっと俺を見ていた。  ヨルデの言では、服の上からでいいから聖水をかければいいとのことだった。あくまでふりかけて呪いを解くものなので、肌に直接かかる必要はないらしい。  俺はコルクを外し、ソラスに聖水をかけていく。  かけられた聖水に変化はない。ずっと透明のままだ。  けれどソラスの呼吸はだんだんと落ち着いていき、やがて規則的になる。彼は自分の回復を実感しているのか自分の手を天井に向けて開いては閉じてを繰り替えしている。そして身を起こした。 「病み上がりだから、焦らなくていいから!」  けれどソラスは何も言わず、俺の体をぎゅっと抱きしめた。どうしよう、彼のことを好きと認識したせいで、心臓のバクバクが止まらない。好きだから嬉しいけど、好きだからこそ離れて欲しい。 「僕のために、ありがとうございます。呪いが解けていった感触がするのでもう大丈夫です」  安心のあまり俺はソラスを抱き返す。俺はレインさんという選択肢を泣く泣く切り捨てたが、しかしソラスだけでも助かって本当によかった。涙がこぼれる。 「もう、絶対に俺の代わりに呪いの犠牲になろうなんて思わないで欲しい。あんな思いはもう嫌だ」 「ルナリオが無茶しなきゃいいんですよ」 「いや、好きでああなったわけじゃないし…」  呪いのせいで肌を重ねるという一番恥ずかしい行為をしたし。そうでなくとももうあんな目にあってほしくない。寿命が短くなったことによるソラスの性欲で俺たちの間に過ちが起こったような気がするものの、解呪出来た以上はこれでいつもの関係に戻れるだろう。  告白は…。しないでおく。  俺はこの世界を去る側の人間だから、たとえ思いが実っても悲しいだけだ。心のうちにしまっておこう。  そんな俺をソラスはじーっと見ては首をかしげている。俺からの言葉を何かしら待っているようだ。 「そうだソラス、今継承式で騒動が起こっているはずなんだ。一緒に行ってくれるか?」 「え?あ、ああ。|そ《・》|ち《・》|ら《・》ですか。そうですね、分かりました」  ・・・・?  なんだろう、その妙な態度は。彼はもっと別の言葉を待っていたらしい。「おかえり」とか?確かに死の淵から戻ってきた相手に、何か言葉が足りなかったような気もするので、今度は俺が首をかしげる。まあいいや。 「急いで着替えますのでお待ちください」  さすがに部屋着の彼をそのまま連れていくわけにはいかないので、俺は別室で待つことにした。  一方、レインによる立ち回りと、国王による「裏切者のあぶり出し」宣言によって、会場は混乱していた。貴族たちは互いの目を合わせ、これから何が始まるんだろうと困惑している。ただでさえ先ほどの光景も強烈だったのだ。ただのコネづくりに来ただけなのに想定外の展開に誰もが首を傾げる。  するとそんな混乱の空気を割くように、ある人物がドアを派手に開けて登場する。  水色の髪に、威厳ある姿勢に、何にも染まらないその黒き法衣。  インヴェルノだ。 「シャリオット伯爵、ミルスリール子爵、リト子爵を毒物製造容疑で、またマリスト侯爵、ロイゼ伯爵を魔物斡旋・飼育容疑で拘束する!!」  裁判所の最も偉いはずの人物が、自ら貴族の拘束に参加するという派手な登場に思わずマルグリット妃は苦笑する。とはいえ、今並べたてられたのはあくまで証拠が揃った容疑のみ。ここから謀反へと話を繋げるためにはインヴェルノの直接指揮が必要なのだろう。本当、味方になったらなんて頼もしい!!  彼女の後ろからは騎士がぞろぞろとあらわれ、名前を告げられた貴族たちは拘束されていく。そして手錠で拘束されていった。 「な、なんの権利があって無実の我らを拘束に!?陛下、お戯れが過ぎますぞ!!」 「お前たち、私の先ほどの罪状を聞いていなかったのか?どういう知能をしているんだ、それでも本当に伯爵か?」  代表で喚くシャリオット伯に対し、インヴェルノは冷たい視線を送る。彼女の睨みは傲慢な老人すら黙らせるんだ。シャリオット伯爵もその勢いに気圧される。  しかし、人生がかかっている。この流れでは下手したら処刑台だ。 「諸君らが呑気にここでワインを飲んでいる間に、あらかたの証拠は押さえさせてもらった」 「まず、貴族の家宅捜索には相当な理由が必要なはずです。一体どんな根拠で?」 「国王から許可をもらった」  残念ながらここは王権の威力眩しき王国だ。裁判所が独断で貴族の家を捜査することは出来ないが、権力機関同士がずぶずぶのこの国ではいい方向に刺さった。国王という後ろ盾は最強なのだ。 「一体、なんの証拠があったというのでしょうか!確かに当家では『慈悲の涙』の製造に力を入れておりました。しかし、混ざったら毒になるなんて誰が想像できましょうか!!」 「知ってるか?魔族っていうのはな。人間以上に契約を重視するんだ。故に契約書を絶対に残す」  インヴェルノは右手を軽く上げる。すると、黒い法衣を着た人物がさらに後ろからわらわらと現れた。 「お前たち、魔族と取引をしたな?ちゃんとここに記載されているなあ?」 「な、んでそれを!?」  隠し部屋に入れておいたはずなのにどうして。それも|愚かな奴《ルナリオ》にも使用人にも見せないように隠していた部屋を、なぜ。  理由は簡単。|暗殺者《トゥルエノ》が発見した。彼はレインを送り届けると、急いでインヴェルノに加勢しにいった。その際にこれまでのターゲット達が隠し部屋を好む悪党が多かったため、勘で本棚を触ったらビンゴだったらしい。  その捜査力にインヴェルノは脱帽し、自分の元へ是非来ないかとトゥルエノを誘ったらしい。断られたが。  ここまでインヴェルノは検察のような役割をしているが、しかしあくまで彼女の本業は人を裁くこと。これまでの流れは中立を保持しながら客観的に動いている・・・・・らしい・・・・・。周囲の誰も突っ込まないからそうなのだろう。 「ほおほお。毒物の流通の広まり具合によって魔王幹部から資金を提供して貰える契約か。なるほどなるほど。もしもそれが国王まで届いたとき、根深く浸透したという判定が下るので報酬アップ、ということになるんだろうなあ?」  金銭にがめついシャリオット伯ならびにそのほかの貴族は、一体どうすれば報酬の金銭が上がっていくのかの確認を念入りに魔物としていたのである。それが完全に裏目に出た。 「おっと、こっちは『慈悲の涙』のレシピなのか。なるほど、元々はレイン殿が発端だが、彼のレシピは途中からすり替えられていたのか。つまり魔物の取引によって違う素材を利用し、いざという時は開発者のレイン殿に押し付ける目的だったと。けれど想像以上にレイン殿の反発が早かったため急遽懐柔に方向を切り替えたと。なるほど…」  そしてそこまで話題が至ったところで、ルナリオとソラスが到着する。  場はインヴェルノが支配しており、かかわりのないはずの貴族達も窒息しそうなほど息苦しかった。けれど英雄の登場に皆の視線がそちらに集まる。  そう、視線が集まったのはルナリオにもだ。 (シュトルムの表情からして、おそらくレインさんは助かった・・・・のか?)  貴族の何人かが拘束され、そして会場には本や紙束が積みあがっている。おそらく、シャリオットたちのチェックメイトの段階なのだろう。今回俺はほぼ何もしていないわけだが、しかし無事に大方が終わったようで安心する。  義妹と義母も当然シャリオット関係者として拘束されていた。  ソラスと一緒にいる俺のことが憎いのだろう。二人とも憎悪と憤怒のまなざしでこちらを刺す。  けれど、義妹は何か思いついたのかふと目を閉じ、そしてにやりと笑った。 「裁判長様?ちょっとお話してもよろしいでしょうか?」 「・・・・聞くだけは聞こう」  なんだろう。いやな予感がする。悪意だけで生きているような家なんだ、なんだってするんだこういう人種はいつだって。 「確かに、確かにわたくしたちは罪を犯しましたの。でも、強迫されて起こした罪は、この国の法律では情状酌量がなかったこと?」 「マリー!?私たちは決して罪なんて!!!」 「・・・・・お父様、少しお静かに」  もう証拠もそろい隠し立ては出来ないと判断したんだろう。義妹はニタニタと笑いながら、俺をじっと見る。 「わたくしとお父様、お母さまはそこにいる亜麻髪の悪魔によって強迫されておりましたの。ええ、私の義兄は自ら失踪したにも関わらず、『よくも正統後継者である自分を追放したな』と脅してきて・・・・」  そのエメラルドのきれいな瞳から、真珠のように美しい涙がぽろぽろとこぼれ、周囲の同情を誘う。シュリイ妃といいこの世界の性悪はみなことごとく泣きの演技に長けている。本当に、憎らしい。 「魔物を連れてきて強制的に私たちに契約を結ばせてきましたの。私たちは怯えて、もう従うしかありませんでした。ねえ、皆さま?」 「あ、ああ!!マリーの言うとおりだ!!」 「そ、そうだ!!そこの小僧に俺は乗せられた!!!」  マリーの虚言に父親が賛同し、そして捕まっている周囲の貴族も賛同する。  もう言い逃れが出来ないのなら、せめて死刑は回避しよう。そのためのスケープゴートに俺を選んだ。  周囲の貴族の反応はどうか。いや、|残《・》|念《・》|な《・》|が《・》|ら《・》|マ《・》|リ《・》|ー《・》|の《・》|味《・》|方《・》|だ《・》。彼らは俺を蔑んだ目で見て、ひそひそと隣の人と話し込む。  なぜか。俺はマリーによって貴族時代に散々悪評を流されていたためだ。 (最悪だ、まさかのタイミングで俺は会場に足を踏み入れてしまった)  この空間の謀反人たちを裁く空気は、気が付けば俺への裁きの空気へと変貌していった。

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