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第57話王都からの帰路

 もう馬車には乗りたくない。乗りたくないんだ俺は。  一度目は馬車移動中に木が倒れ、二度目は勝手に義妹のもとへルートが変わった。  怖い、故に馬に乗ることにした。  今は王都から辺境への帰り道。  俺たちの自室にソラスの弟が何度も襲来してきたけど、ソラスはそのたびに追い払っていた。  なんでも、「次期公爵は兄さんが継承すべきだ!!」ということで。  気持ちはわかる。自分の兄がこんな優秀だったら俺も正直引け目を感じるだろう。それは執政の才能の有無ではない。ただスターであるというだけでこの人のほうが向いていると思ってしまうものなのだ。 「ソラスは公爵…「興味ないです」  というように俺が聞いても突っぱねられる。まあいいや、身分があるから幸せというわけでもない。彼には彼の幸せがある。今の俺はソラスと一緒に過ごせてとても幸せだ。けれどのこの幸せにも折り合いをつける日はそう遠くない。  そういえばソラスは人の名前を覚えるのが苦手なんじゃないかと思う。極力相手の名前を呼ぶことを避けている場面が多々見られるのだ。貴族社会では家系図まで覚える必要がある。それは確かに嫌だよな…。彼は剣を握っているときのほうが幸せそうなのだ。周囲も出来うる限り彼のことを放っておいてくれると俺は嬉しい。  そんなこんな考えながら俺は行き同様、ソラスにまた馬に乗せてもらって落とさないように支えてもらっていた。乗り心地は微妙なものの、自分の気持ちに気が付いてからは、死んだように揺れていた行きとは違って、すぐ後ろのソラスの呼吸を感じては心臓のバクバクが止まらない道のりになった。  俺と一緒に辺境に今向かっているのはソラス、トゥルニテ、レインさん、ヨルデ、あとは辺境の護衛の後発メンバーだ。レインさんとヨルデは王都で購入した馬車に乗ってもらっている。  実はあの聖水の件の後から俺はレインさんのことを避けてしまっている。だって気まずいのだ。俺は聖水をレインさんではなくソラスに渡したこと。つまり見捨てた判断をしたも同然になる。そういう事情もあって馬車は嫌だ。一緒にいるくらいなら馬のほうがマシだ。ソラスの馬に乗りたいといったときソラスは嬉しそうにしていたが、俺がちらちらと馬車の方を見ていたら事情を察したらしい。  今日はまだ一週間の道のりの中の四日目。近くに池の畔がある場所で一泊するそうだ。馬をつなぎ留め各々が野営の準備をする。一方レインさんだけは馬車から出てこずに休息をとっているらしい。てきぱきと野営のために必要なことを各人が判断し、自分にできることをしていく。本来であればこの指揮を執るのはシュトルムの役割であるものの、彼は一足早く先に戻っている。故に彼の腹心の騎士が代理で指示を出していった。とはいえソラス達のほうが身分が高いため彼が指示を一生懸命出していたのは同郷のものに対してだけではあるが。身分が高い人が指揮圏内にいて大変だなと同情する。 「ルナリオ、夕食を貰ってきました。どうぞ食べてください」 「うんありがとう・・・・あれ?ソラスの分は?」  俺たちは辺境一行とはやや距離を置いた場所に座っていた。率直な話、身分が高いものが場にいるとどうしても萎縮するものなのだ。校長が生徒と一緒の教室で食事をしていたら誰だって気になるし、社長がいる中だと弁当が進まないのと一緒だ。本人に悪気はないのだが、こればっかりは仕方ない。みなソラスにあこがれを持っているためそんな空間にいてもらうことも、彼にもまた申し訳ない。  ということで俺とソラスの二人だけの空間になる。今日はシチューらしい。野菜をたくさん持っていることを伝えると、皆さんから非常に感謝された。 「僕の分はいいんですよ。ルナリオが沢山食べてください」 「いや、これ2人前あるよね・・・?よ、よければちょっと手伝ってくれると嬉しい、なあ…」  というわけで「あ~ん」をさせられることになった。手が疲れたら逆にソラスがスプーンを握り俺に食べさせてくる始末だ。  正直に言おう。あの性処理事件からソラスの距離の詰め方がさすがにおかしい。  俺がOKを出さない限り絶対手を出してこない。けれど最近は押し倒してきて俺の体を撫でてきたりキスをしてきたりする。そして俺が思わず勃ってしまうとこれ幸いと服を脱がせてくるのだ。部屋のローションは常に補充がされていた。城の人にも俺たちの行為がばれている可能性が高い。つらい。とてもつらい。  まあでも家に帰ればスラリスもいるんだ。スラリスもいる状態だったら少しは遠慮して手を出してくる回数は減らしてくるだろう。  ・・・・・本当は俺はソラスが好きだ。だから求めてくれるのは嬉しい。けれど別れはそう遠くない。そう思うと本当にこのままの関係でいいのか、考えてしまう。  そういったことを悩みながら、シチューをすべて食べ終えた。眠る際には散り散りでは危険なので身分など気にせず必ずまとまって休息する。この日までソラスはずっと見張りをしてくれていたため今日は横になってほしいと強く言ったらしぶしぶうなずいてくれた。  ソラスは目をつむるとすぐに眠りに入る。さて、俺も寝よう。・・・・と思うのだがいまだにベッドに慣れている身ではどれだけ疲れていても下が堅くて意識を手放せない。もぞもぞと体勢を変えていると、湖の方向がキラキラと輝いていることに気が付いた。 (一回気晴らしに散歩しようか)  すぐそこだし、いざという時は大声で呼べばいい。そう思い俺は湖の方向へと静かに歩を進めた。  夜に湖を見るのは初めてだ。今日は月も出ていてとても美しい夜、さぞ水面も綺麗だろう。そうやって視界を高く維持していると、下に先客がいたことに気が付かなかった。  レインさんだ。  ばっちりと目が合った。 「あっ・・・・・・・・・・・・・・お、お邪魔でしたね、失礼しました」 「待ってください」  気まずさのあまり引き返そうとする俺をレインさんは制止した。止められたのになお引き返すのは後がさらに気まずい。俺は腹をくくってレインさんの隣に座った。  お互い何もしゃべらない、無言の空気が広がる。彼に何を喋ろう。俺がただ会話に苦しんでいると、先に口を開いたのはレインさんだった。 「ごめんなさい、聖水の件で君を悩ませているのですね」 「え・・・・・・・!?いや!?!?」 「いや」といったが、まさにそれが最大の悩みである。けれど俺の反応を図星と受け取ったのだろう。レインさんは穏やかに微笑んだ。 「あれは君が最初からソラス様を助けようとして動いていた結果、偶々僕が現れた。つまり、見捨てるも何も君は初志貫徹をしただけではありませんか。自分を誇ってください」 「・・・・・・・はい」 「けれどどうしても気にするというのなら、君に一つ罰を与えます」  罰。なんだろう。けれど罪悪感を引きずってこれから先を生きていくよりよっぽどいい。 「|プリマヴェーラ《妹》達には僕が倒れた件を内緒にしていること。それが君への罰です」 「そんなの・・・罰でも何でもないし、それに・・・・」  家族に毒死寸前までいった事件を隠していいものなのだろうか。けれど、そうやって迷っても何も言えないジレンマを抱えること。これが俺への罰なんだろう。やっぱりレインさんは優しい。 「はい分かりました」 「ふふ、よろしい。では僕は馬車に戻ります。君も夜更かしはほどほどにしてお休みくださいね」  優しい微笑みに心が温かくなる。けれど想像していたより心臓はドキドキはしなかった。やはり俺の恋心はソラスに向けられているのだろう。レインさんは立ち去り、俺はそれから五分ほど湖を観察していた。  これから先、俺はどうすべきだろう。方針をゲームクリアのほうへ切り替え、魔王討伐に向けて装備を整えていく必要がある。  王都では事件を経て、王からの報酬でいくつかレシピを貰った。俺でも扱えそうな片手剣のレシピと貴重な材料も入手できたため、畑をやりながら戦いへの準備に切り替えていく。  そうこう考えていると段々と眠気が襲ってきた。よし、俺も戻って寝よう。そう思い立って振り返ると。  |後《・》|ろ《・》|に《・》|は《・》|無《・》|表《・》|情《・》|で《・》|俺《・》|を《・》|見《・》|て《・》|い《・》|る《・》|ソ《・》|ラ《・》|ス《・》|が《・》|い《・》|た《・》|。《・》 「・・・・・・・・・っ!!!!、・・・・!?!?」 「しっ。みんな寝ていますから」  驚きのあまりに叫びそうになる俺の口をソラスは慌ててふさぐ。 「驚かせて申し訳ございません。ルナリオがこっそり抜け出しているので慌てて後を追ったのです」 「後を、追った?」  ソラスの鎧は動くと金属の音がする。というのにさっぱり気が付けなかった。音を消そうと思えば消せるのだろうか。いやでも、なんで消して俺を追っていたんだろう。まあ悪意ではないだろうからいいか。気配の消し方がトゥルニテ級だった気がするが、まあ俺も疲労で疲れていただろうからいろいろ背後の注意を怠っていた。 「レインとの話し合いはついたようですね。よかったです」 「え?会話聞いてたの?」 「はい、聞かれて困るような内容でもないと判断しましたので」  あの俺の戸惑いを見られていたのか。恥ずかしくなってくる。けれど俺の気まずさにソラスも突き合わせていたからそういった事情を再説明しなくていいのは手間が省けた。 「さあ、まだ旅は終わっていません。きちんと寝ましょう」 「うん…。一番あなたに睡眠をとってほしかったんだけどね…」  次からは周囲が気になっても勝手に動くのはやめよう。そのたびに起こしていたら申し訳ないから。俺はそう誓った。

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