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第65話太陽の光
魔王は、ただただ呻いていた。
苦しそうに、ただ呻いていた。
俺たちがこうして近づいてきているのも気が付いていない。故にその目の焦点も定まらず。それくらいあの毒は強力だった。
「・・・犯人が僕と、どうしてそう思うんですか?」
「そもそも魔王相手にこんな所業が出来るのがあなたしかいない」
魔王相手にこんなことをするメリットが魔物側になく、かといってこんな芸当が出来る人間があまりにも数限られている。
俺はソラスが好きだ。目の前には歪な光景が広がっているが、まずは落ち着いて話を聞く。
「・・・すでに僕はここに二度来ているんですよ。一度目は領主の事件が終わった後に、二度目はルナリオが魔王討伐の準備をしていた際に」
「魔王討伐の準備をしていた際にって・・・・」
それは数日前のことでは・・・?
「ごめんなさい、他に手がなく。もともとはあなたと二人でここに来る予定でしたので、出来れば一切の間違いが起こらぬように事前準備をしていたのです」
つまり、ソラスは既にここにやってきて、この場所の魔物の大半をみねうちにしていった、ということだ。どうりで守護者たちを倒した際に手ごたえがなかったはずだ。倒してしまうとそのうち|復活《リスポーン》するのだろう、故に命まではとらなかった。
「大司教に交渉して『女神のまどろみ』は回収したのですよ。同様に国王から『慈悲の涙』も。僕なら預けても大丈夫だと。・・・ただ、一部不審に思った人はいたようですね。それは本当に申し訳ないです」
ここに二度立ち寄った。ということは、一回目で魔王を半殺しにし、鎖で雁字搦めにして実質封印状態にした。その結果焦った魔王幹部のシュンネペイアは「慈悲深き女神の涙」をさらに広げようと行動を活性化した。そして毒物の作り方を知ったソラスはそれを用いて魔王に使用した。蜘蛛糸の道に落ちていたのは焦った魔族の誰かが瓶を持ち出しては対処法を考えていたのだろう。
「ごめんなさい、こんな醜いことをあなたに知られたくはなかった。けれど、僕は氷が程よく溶けるタイミングを読むことが出来ず、結果非常に不快な光景を見せてしまいましたね」
この世界の魔物は、俺たち人間と違ってHPが1でも問題なく動くことは出来る。通常人間は体力が減るとそれに応じて動きも鈍るが、魔物はその点0か100だ。故に、ソラスは魔王を半殺しにして鎖で封印した状態でも、それでもなお危ないと思ったのだ。
故に、毒を点滴のように注入して、抵抗する可能性すら奪った。
俺を守るために。
「ううん、光景には驚いたけど俺のためにやってくれたのはわかってるよ。俺が弱いせいでソラスを沢山悩ませて、本当にごめんね」
「ルナリオ・・・」
けれどこんなことで俺のソラスへの信頼は揺らぎはしない。
動機はわかった。そもそも俺がもっと強くてソラスから信頼してもらえるくらいだったのなら、ソラスも手間をかけてこんなことはしなかったのだろう。彼が数日前に一人でここに来たという発言を考えると、おそらくソラスは俺という足手まといさえいなければ家からこの最上層まで数時間でこれるのだ。
俺なんかが主人公で、そしてずっと迷惑をかけていて本当に心が痛い。
ソラスは悪戯が発覚した子供のように俺から視線をそらして居心地悪そうにしている。いや、こちらこそ清廉潔白な彼にこんなことをさせたのが申し訳ないのだ。まあ本音を言うとあらかじめ相談をしてほしかった。けれど彼視点ではそれを言うと「そうしなくてはならないほどにあなたは弱い」と言うに等しいのだろう。やはりソラスは優しい。
俺は彼の腕をぽんぽんと叩き、ソラスはおそるおそるこちらを見る。けれど俺の顔が微笑みだったのを確認し、ソラスの顔は徐々に明るさを取り戻していった。
前方には魔王がいる状況というのに、ソラスは俺を軽く抱擁した。
「・・・すると四層の幹部はソラスのみねうちで相当弱体化してるだろうけれど、それでも早く仕留めようか」
ここでしゃべっている今もなお四層組は戦闘を続けている。早く解放しないと。
残念ながら四層で別れた彼らと会うことはもうない。魔王を倒した後には、俺がずっと心待ちにしていた青いゲートが出てくる。魔王を倒すと無限に湧くのは止められるものの、その階層にいる魔物は掃討する必要があるのだ。そして建物は崩壊し、あとはそこから逃げるしかなくなる。上層に彼らがやってくることは万に一つもない。
そう、終わりはもう、すぐそこなのだ。
俺は剣を構え、魔王を見る。
苦しそうだ。
魔王のことは自分が帰るために、そしてこの世界に住むみんなのために倒すつもりであったが、まさか実際その時が来ると苦しみから解放するためにこの剣を向けることになるとは想像していなかった。てっきりここで最後の壮大な戦闘が始まると想像していたために拍子抜けしたのは事実。けれど、あっさり倒せるのならそれに越したことはないのだ。
俺は魔王にゆっくり近づく。けれど苦しみに意識を割かれ、魔王は俺の存在などに気が付きはしない。
俺が右手に持つ、相手の命を奪う鉄の塊のなんと重いことか。日本ではまず体験しないだろうこの重みを抱え、俺の脳裏では思い出がフラッシュバックしていた。
思えばここまで長い道のりだった。
|相棒《スラリス》と出会い畑を耕した。
|赤い嵐《シュトルム》と出会い、家賃を取られた。
|春の桃《プリマヴェーラ》に導かれ、ギルドでは姉と同じ声を持つ|秋の夕日《アウトーメル》を紹介され。
|藍の雨《レインさん》との雑貨屋でのやりとり、|夏の藤《エシュタス》に脅迫もされたりした。
|黒き雷《トゥルニテ》のことは最初は怯えていたのに、今では家族の一人だし、威圧的な空気を放つ|冬の氷《インヴェルノさん》とは互いの健闘を称えあうほど仲が深くなった。
初対面の印象が最悪だったはずの|新緑の大地《ヨルデ》も今では俺のことを信頼してくれるようになった。
とても楽しい冒険だった。自分の死を恐れ、怖がっていた道のりはいつしか彩りに満ちていた。
俺のような存在が、ここまでこれたのは、本当に周囲に恵まれていたからなのだ。
俺は魔王に剣を突き立てる。心臓に向かって、一突きをした。
苦しそうに悶えていた魔王はその一突きを受け、そして体はサラサラと灰になっていく。やがて全身が風に乗って消えていった。
「終わった・・・」
これにてゲームクリア。あまりの呆気なさにシュリイ妃や義妹のほうが遥かに手ごわかったような気もするが、けれど今までずっと目指していた目標を達成したことに俺の心は様々な感情が押し寄せる。
そんな俺を、ソラスは何の感情もこもらぬ目で見ていた。
やがて魔王を倒したことで、周辺から地響きがする。ゴゴゴ・・・と床が揺れ、俺はとっさにバランスを取ろうとするが、しかしソラスが支えてくれた。魔王が座っていた玉座は揺れと共に位置が大きくずれ、俺達の前方はまっすぐに道が出来た。氷を作った術者であるソラスは鎖を動かして氷をどけ、粉々に砕いて処理をする。
そして俺たちの前方。玉座が合った場所の10メートル先についにそれは現れた。
ゲートだ。|白《・》|い《・》|ゲ《・》|ー《・》|ト《・》|だ《・》|。《・》
ただっ広いこの空間に、ゆらゆらと炎がゆらめくように、白いゲートが出現した。何故白なのかは分からない。けれどそのまま突然突風がゲートから生じ、俺とソラスを襲う。あんなに重そうな玉座を風でエリア外まで簡単に飛ばせるほどの威力だ。とっさの風圧に備え前傾姿勢をとったものの、しかし何も起こらない。
(そういえばゲームでは、魔王討伐組のうち俺とレインさん以外の全員がここで吹き飛ばされていたな)
今から始まるのは、別の世界を選ぶか恋人を選ぶかの選択の時のための時間だ。
俺のような別世界を選ぶ人間にとっては恋人との最後の別れなのだろう。・・・システムから俺とソラスが恋仲と認識されているのはどういうことなんだ。けれど、そのおかげで彼と最後の会話が出来る。
俺は昨晩シュトルムと交わした言葉を思い出していた。伝えるべきことは伝えた方がいいということ。その些細な会話が、俺のちっぽけな背中を押してくれる。
彩りに満ちた俺の冒険。
それをずっと見守ってくれた人。
|太陽の光《ソラス》。
ゲートに背を向け、俺は彼に向き合う。
最後に伝えるべき言葉を伝えるために。
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