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【2】秘密の逢瀬
部活のない週末。この日はバイトで、午後から出勤していた。
「穂村っち、廃棄の回収お願いできる~?」
「はい、わかりました」
バイト仲間の緒方 さんに言われ、レジカウンターから出る。
バイト先は地元の、駅前のコンビニだ。夏休みの間だけ、週に3・4回入っている。
部活のある日は17~21時。部活のない日は、時間はまちまちだけれど長めに入るようにしていた。
「あと、それ終わったらドリンクの品出しも~」
「はい!」
返事して、まずは廃棄商品の回収を始めつつ、ひそかにふぅっと息をつく。
(祥太たちには無理してないって言ったけど……)
部活とバイトの両立は、正直に言うと、やっぱりちょっと大変だ。
自分でやろうと決めたことだからがんばるしかないけど、疲労感はぬぐえない。
(ここ、もう少し忙しいかと思ってたけど案外のんびりしててよかった)
駅前とはいっても、多摩地区の私鉄線。区内に比べれば、はっきり言って田舎だ。
(反対側の出口はもっと栄えてるけど、こっちの出口側はオフィスなんかも少なめだし……)
そんなことを考えながら、何気なくガラスの壁面越しに駅前のロータリーを見た。
直後、視界に映った光景に僕は目を見張る。
「なぎ先輩……!?」
コンビニ前の広場、花壇の傍。人待ち顔で立っているのは、間違いなくなぎ先輩だった。
(え、なんで? なんで先輩がここに?)
僕も先輩も電車通学で、同じ路線を使っていることは知っていた。でもたしか、先輩は隣の市在住。最寄り駅も、ここから2つか3つ離れているはずだ。
(待ち合わせ? この駅に友達がいる、とか……?)
時計を見ると16時。のろのろと廃棄回収をしながら様子をうかがっていると、やがて先輩の待ち人が現れた。
同世代の女の人だ。笑顔でなぎ先輩に駆け寄って……先輩も打ち解けた様子で、何か話している。
最後に女の人がぽんぽんとなぎ先輩の背中をたたき、寄り添うように二人でどこかへ歩き去った。
遠目に見ていても、親しい間柄だと伝わってくる距離感。
(もしかして……彼女?)
「……そっか。そういう人、いたんだ」
僕は廃棄のおにぎりを持ったまま、じくじくした痛みが体に広がっていくのを感じていた。
──けれど、驚くことはそれで終わらなかった。
それ以降も僕はバイト中、同じ場所で待ち合わせするなぎ先輩を目撃した。
2週間の間に2回。待ち合わせの相手は女の人。
でも、毎回相手が違う。
共通するのはなぎ先輩より年上っぽい、おしゃれな女性ということだけ。
そして8月も下旬に指しかかった週末。コンビニ店内で、僕は再びガラス越しの光景に動きを止めていた。
(4人目……)
今回も、これまでとは別の人だ。
(あ、でも、今までよりはおっとりした人っぽい……?)
これまでにはメイクやファッションが奇抜な、まるでファッションショーのモデルさんみたいな人もいた。今日の人もしっかりメイクした大学生くらいの女性だけれど、服装は清楚系というのか、おとなしい感じだ。
しかも、先輩に対してぺこぺこと頭を下げている。お礼を言ってるのか、謝ってるのかはわからないけど。
ただ、どんな相手だとしても、先輩が毎回別の女性と二人で待ち合わせているという事実は変わらない。
(先輩……)
暗く沈んだ感情が心臓を圧迫する。息苦しさに、胸へ手を当てた時──ガラスの向こうの先輩と、目が合った。
「あっ……」
先輩の顔に驚きが浮かぶ。
けれどすぐ、その表情は妖しい微笑に変わった。
唇に指を当て、口が『しー』と動く。
あの時と同じだ。月夜の下で歌う先輩を見てしまった時と。
今の僕はバイト中で、あの時以上に何もできない。
先輩はひらりと身をひるがえし、女性と共に去っていった。
(二人きりなんだからデート、だよね……)
妙に距離感の近い人もいた。
誰かが本命で、他の人は遊びなんだろうか。それとも全員が……?
毎回夕方から待ち合わせて、二人でどこへ行き、何をしているんだろうか。
そんなことを考えている間に21時になって、バイトが終わった。
家までは徒歩15分。店を出て、ロータリーを回り込むように歩いていく。
駅や駅ビルの1階は、テナントの路面店が並んでいた。
そのうちのひとつ、チェーン展開のカフェはコンビニと同じくガラス張りで、店内の様子が見える。
「えっ……」
座席のひとつになぎ先輩が座っていた。
二人掛けのテーブル。正面には女性が座っている。
でも、今日待ち合わせをしていた人じゃない。もっと年上で、40代前半くらいに見えた。
女性はにこやかに話している。膝に置いていたバッグから何かを取り出した。
茶色い封筒だ。封は開いていて、女性は中身を確認した後でテーブルを滑らせてなぎ先輩に渡す。
封筒を受け取った先輩の口が『ありがとうございます』と動くのがわかった。
(え、嘘……)
封筒の中身が見えたわけじゃない。だけど、この状況。
毎回違う女性。今ほど上の人は初めてだけど、毎回年上。
……どうしても、よくない疑惑が広がっていく。
長く立ち止まっている僕は窓の外の景色として浮いていたんだろうか。
先輩がこちらを見て、また目が合った。
瞬間、僕は背中を向ける。家とは逆方向というのも忘れて駆け出した。
「麻青!」
20メートルほど走った時、後ろから声が飛んでくる。
(え、わざわざ店出て追いかけてきた……!?)
「麻青、待って!」
もう一度呼ばれて、僕は足を止めた。短い距離だけど全力疾走したので、息が乱れている。
「なにも逃げなくても」
「……すみません」
逃げたことより、見てしまったことに謝った。
先輩はよほど見られたくなかったんだ。だからわざわざ追いかけてきた。
(たぶん、口止めのために……)
「別に怒ってないけどね。完全に誤解してるみたいだから、さすがに放っておくのはまずいかと思って」
「……誤解?」
思いがけない言葉に、僕は首をかしげる。
「オレがママ活してるとでも思ったんだろ?」
「……違うんですか?」
実のところ、信じたくないけどそう考えていた。特にさっきの光景は、いかにもそういう感じだった。
「違うよ」
「……でも、あの……」
(じゃあ、いつも違う女の人と会ってるのはどうして……?)
「あ。もしかして、前から知ってた?」
僕の態度から、先輩のほうが気づいたようだ。僕はうなずいて、これまでにも度々目撃していたことを白状した。
「はは、そっか。今日で4回目……そんな前から気づかれてたか。バイトたくさん入ってるんだね~」
「す、すみません」
「謝るなって。だから、麻青が思うような悪いことはしてないって言ってるでしょ。たしかに毎回違う女性と待ち合わせしてたけど、全員やましい相手じゃないよ」
「それじゃあ……さっき受け取ってたのは?」
「正当な報酬としてのお金」
(やっぱりお金なんだ)
「な、なんですか。正当な報酬って……」
「んー。それは詳しく言えないけど……とにかく、法にも条例にも触れてないクリーンなお金だから」
僕は黙り込んだ。
先輩がそう言うなら信じたい。でもこの説明だけで信じるには、これまで見てきた光景は意味深すぎて……。
「だからね。麻青クンには、できればこのこと、内緒にしてほしいんだけど」
腰をかがめ、目の高さを合わせて先輩がにっこり微笑む。距離の近さにドキリとして、僕は目をそらした。
「誰にも言う気はありませんけど……」
「あれ~? 渚くん、まだいたんだ?」
明るい声が割り入ってきて、ハッと声のほうを振り仰いだ。
市街地の方向から女性が一人歩いてくる。その姿に見覚えがあった。
(この人、前回先輩と待ち合わせしてた人だ)
明るい茶色のショートボブ、濃いめのメイク。ボディラインの出るファッション。特に印象的な外見をしている人だったのでよく覚えている。
「今日すごくよかったって、香夏子 さんからこっちにもライン来たよ。またぜひああいうのもお願いしたいって。渚くんも言われた?」
「はい。さっきまで会ってたんで」
女性となぎ先輩は二人で話し始める。会話に入れず黙ってたたずんでいると、女性が僕に目を向けた。
「やだ、ここにも可愛い子がいるじゃん」
「あ……えっと……」
「なになに、渚くんの友達?」
「いえ、友達っていうか……」
「学校の後輩だよ」
うろたえ気味の僕に代わり、先輩がそう説明してくれる。
「へぇ、後輩か。てゆーかキミ、ほんと可愛い顔してるね。ねぇ、よかったらキミも今度、渚くんと一緒にメ──」
「綾羽 さん、この子はそういうのじゃないからやめてあげて」
笑い混じりに、けれどきっぱりとした口調でなぎ先輩がさえぎった。
綾羽さんと呼ばれた女性は、「ええ~」とむくれ顔になる。それにかまわず、先輩は僕の手を取った。
「行くよ。……それじゃ綾羽さん、オレはもうちょっとこの子と話があるんで」
綾羽さんにそう告げ、僕の手を引いて歩き出す。
「なによー、ケチー!」
「ケチとかじゃないから!」
そんな会話を交わしつつも綾羽さんが追ってくることはなく、僕は近くの生け垣辺りまで引っ張っていかれた。
「麻青、あの人これからもこの辺りに出没する可能性があるけど、会っても逃げなね。つかまると面倒なことになるから」
言い聞かせるように両肩に手を置いて、あながち冗談でもない口調で言われる。
「……面倒って?」
「それは秘密。でも、麻青も困ると思うから」
「先輩がしてることと関係あるんですか?」
問いかけに、先輩は言葉で答えることなくあいまいに微笑んだ。
(また、教えてくれないんだ)
なぎ先輩はいつもそうだ。
僕は再び、あの月夜のことを思い出した。
月光の降る下で歌う先輩に見入り、惹かれるようになっていった僕。
無言で『ナイショ』と言われたけど、内心では気になって仕方なかった。
(どうしてあんなところで歌ってたんですか。あれはなんていう曲ですか。何を思って歌ってたんですか)
湧き出る泉のように、聞いてみたいことはふつふつと水量を増していく。それを隠して、表面的には極力いつも通りにふるまっていた。
そんなある日、部活後の他愛ない雑談中に、なぎ先輩が僕に言った。
「やっぱり麻青は可愛いな~。お人形みたいに可愛い」
その賛辞の意味を、僕は敏感に察した。
『そういう子でいるんだよ』
彼は、僕にそう言っている。
あの夜のことには突っ込むなという、改めての釘差しなんだろう。
優しい、柔らかな笑みで褒めながら、彼は僕を遠ざける。
どうして近づかせてもらえないんだろう。どうしてそんなふうに、壁を作っているんだろう。壁の向こうに、どんな素顔を隠しているんだろう。
気になるけど、踏み込ませてはもらえない。
今日もそれ以上の説明はないまま、先輩は「じゃあね」と手を振り、駅へと消えていった。
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