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デッドエンド・エンドロール(後編)01

「ごめんなさい、ごめんなさい……」  僕の手を引いて歩きながら、青年が謝罪を続けている。それが誰なのか一瞬考えた後、僕のせいで狂ってしまったあの純朴な彼だと理解した。  水口。パン屋で働く映画好きのフリーター。彼に対して僕が最初に声をかけたのは、下心が全ての動機だった。  自分の趣味は男を抱くことだ。行きずりの相手と心を通わせて、ほんの一瞬の思い出になるようなセックスをして、そのまま別れる。心を通わせるというのが重要だ。好意を持っている相手とのセックスは本当に気持ちいい。  こんなに気持ちいい行為を、同じ相手とだけの関係で終わらせるには勿体ない。だから僕は特定の恋人は作らなかったし、危ない相手と関係を持つ時は地元から離れた都会で行為に及ぶことにしていた。  夜の相手を捕まえるために、セックス以外の趣味も広く浅く持っている。その内の一つが映画鑑賞であり、水口と出会った映画館に赴いたのも、最初から男漁りが目的だった。 「あの……さっき、シアターにいた人ですよね?」 「へ?」  ロビー端のカウンター席で鼻を啜っていた彼に声をかける。彼は完全に不意を突かれた小動物のように目を丸くして固まっていた。  チャラい雰囲気の見た目だが、どこか童貞臭い純粋さも感じる。初物食いもたまにはいい。今日の相手は彼にしよう。  そんな悪意を向けられていることに気付く様子もなく、彼はのこのこと僕についてきた。  慣れた手口でカフェへと連れ込み、当たり障りのない雑談を始める。相手に好意的に見られる受け答えは熟知している。だから、いつも通りに僕と彼は数時間後には『良い雰囲気』になっているはずだった。  だけど現実はそうはならなかった。彼は最後の最後まで僕の演出しようとした『良い雰囲気』に気付くことすらなく、ただ純粋に僕との映画談義に花を咲かせて終わったのだ。  確かに彼と僕の映画の趣味は似ていて、自分自身、普段より楽しく熱の籠もった会話をしてしまった自覚はある。しかしここまでアプローチに気付かないなんてことがあるのか。  少なくとも彼の表情を見るに、こちらとの会話を嫌がっているそぶりはない。それなのに、一切恋愛感情を刺激すらされないなんて。  悔しかった。今までの男漁りで失敗したことがないわけじゃない。だけど、全てのアプローチに気付いてすらもらえなかったのは初めてだった。  僕は強い屈辱を覚えながら、彼と別れ際に言葉を交わした。 「あの、俺、水口っていいます!」 「僕は永野だよ。また君と、映画について語りたいな」  思わせぶりな表情で告げると、流石の彼も少し照れたようだった。だがここで会話を続けて、やや強引にホテルに連れ込むのでは意味が無い。  彼から受けた屈辱を晴らす方法は一つ。少しずつ彼の感情を誘導して、彼自身からすすんで、僕に体を差し出すように仕向ける。そうでなければ、この敗北感が拭い去られることはきっとない。  冷静に考えれば、彼は全く悪くない。だけど一方的な逆恨みだと分かっていても、どうしてもこの感情は止められない。僕は自分が間違った感情に突き動かされていると自覚しながらも、全力を尽くして彼をその気にさせようと、地道なアプローチを続けていった。  その努力の甲斐あり、彼は僕に惚れた。それどころか僕へのストーカー行為まで始めてくれた。きっと、恋愛というものをしたことがなくて、他にどうやって行動するべきなのかの選択肢が浮かばなかったのだろう。  なんだ。恋愛経験が少ない子供みたいな子だから、僕の行動になかなか惑わされなかったのか。  そんなありきたりな理由が根底にあることに気付いた時、僕は今更になって自分の良心が痛み始めたのを自覚した。  こんな、小さな子供みたいに純粋な男の子を、このままその気にさせて抱いてしまってもいいのか。  一度抱いてしまったその迷いは日に日に膨らんでいき、僕は思い悩んだ末に決断した。  彼の前から姿を消そう。彼は僕なんかが汚しちゃいけない綺麗な存在なんだ。穏やかなで理性的なのは外面だけで、裏では欲望のままに男を食い荒らしている自分は、そもそも彼に関わるべきじゃなかったんだ。  僕は、彼の店に通うのをやめた。連絡先も消去し、住む場所も働く先も変えて、彼が追いかけてこられないようにした。  自分が本当に嫌になる。精神的な幼児性愛者だと言われても否定できない。  新居に引っ越し、新しい生活を始め、僕は彼のことを忘れようとした。  新しい男を見つけては抱いて、その日のうちにサヨナラを告げる。今までと同じ生活だ。だけど何故か満たされない。  彼のはにかんだ笑顔が、僕をどうやって恋愛対象として扱えばいいか迷うあの可愛らしい目つきが、バレていないつもりの稚拙なストーキングをするコソコソとした立ち姿が、どんな男とセックスをしていても頭のどこかでちらついてしまう。  もし目の前の行きずりの男が、水口だったら。どんな風に名前を呼んで、指を絡ませて、体を重ねてくれるんだろう。もしあの時、自分が彼から離れなければ、そんな未来もあったのかもしれないのに。  そうやって彼の代わりを求めて、派手に遊び回っていたのが悪かったのだろう。その日、僕が夜の相手に選んだ男は危険な奴で、用心していたはずなのにクスリを盛られて、前後不覚のままこちらが抱かれる側になって――  そこからの記憶は途切れ途切れのものでしかない。  幾度となくクスリを打たれ、見知らぬ男に抱かれ、その痴態を撮影されて。正気に戻った数少ない時間も恐怖と痛みで支配されて、次第に自分が誰なのかも分からなくなって。痛いのと気持ちいいのが頭の中の大半を占めているのに、そのすぐ裏側には泣きたくなるほどの重く苦しい感情が蠢いていて、それを忘れたくて、自分から媚びて、快楽を求めて、嘲笑われて、壊れていって。 「――永野さん」  優しく、誰かに名前を呼ばれた気がした。目隠しが取られ、まだぼやける視界の中、声の主を探して視線を彷徨わせる。  床にへたりこんでいる僕のすぐ隣。そこにいたのは、酷く疲れた顔をした水口だった。  どうして彼が? なんで  クスリでぐちゃぐちゃにされてしまった頭を必死で動かして、僕は今何が起きているのかを考えようとする。  しかし僕が現状を把握するよりも先に、水口は薄く微笑んで、何かを握り込んでいる僕の手の甲をそっと撫でてきた。 「これで、共犯だね」

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