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土の視線(前編)03

 己自身に言い聞かせているように北川は言う。俺は泣きそうな気分で彼の顔を見上げた後、小さく頷いて立ち上がった。  彼の助けを借りながら、俺は自分たちが乗ってきた車へと戻る。本多の車だ。北川は死体から拝借したという車の鍵を使ってエンジンをかけると、廃墟のすぐ近くにあった切り立った崖から車を落とした。  淡々と証拠隠滅をしてくれる北川に、どうしてここまでしてくれるのかと疑いの感情が浮かびかけるも、そんなことを思うのは失礼だと思考を終了させる。  今は彼の善意を頼るしかない。彼に助けを求めたのは自分で、彼の提案に乗ったのも、死体を埋める彼を止めなかったのも自分なのだ。今更、やっぱり自首しようと思うだなんて言えないし、彼の献身を疑うこともきっとしちゃいけない。 「先輩、行きましょっか。明日からは、普段通りの日常に戻るんです」  北川の車の助手席で、俺は小さく素直に頷く。北川は明らかにホッとした顔をして、それから車のエンジンをかけてアクセルを踏み込んだ。  そのまま自宅へと送り届けられ、俺は彼の言葉通り、日常へと戻ることになった。  何食わぬ顔で翌日会社に出勤し、同じく出勤してきた北川とともにいつも通りの仕事をこなした。  一日過ぎ、二日過ぎ、俺の中であの出来事はいまだに重く存在していたが、不思議と働いている間は、あの最悪の非日常のことを忘れることができた。  北川はあれ以来、あの夜のことに自分から言及することはなかった。本多の失踪は明るみになり、多少の捜査は行われたらしいが、運が良いのか悪いのか、彼の死の真相が世間にバレることはなかった。  あの日の出来事は、ただの悪い夢だったのではないか。  そんな都合の良い妄想が真実だと信じかけていたある日、俺の身に妙な出来事が起きた。  ふわふわとした心地の良い微睡み。そこから目を覚ますと俺は、あの廃墟の裏手に横たわっていたのだ。 「先輩、起きたんですね」  明らかにホッとした声色で語りかけてきたのは、北川だった。  何故自分がここにいるのか分からず、仰向けの状態で彼の顔を見上げて呆然としていると、北川は少し言いづらそうに説明してきた。 「覚えてないんですか? うちで宅飲みをしていたら、急にここに来るって言い出したんですよ。それで仕方ないからここに連れてきたら、この場所で寝始めちゃって……」  困ったように言う北川に、俺は申し訳ないという気持ちを抱くとともに、どうして自分がそんなことをしたのか理解できずに記憶を辿る。  目を開ける前、俺はどこか気持ちよさを感じる優しい場所にいた気がする。そこでは誰かが――本多が俺のことをちゃんと見ていて、手を握り合って幸せな時間が過ぎて。 『目を開けないで』  そんなことを言われた気もする。目を開けたら夢のような時間は終わる。酩酊する頭でもそれだけはハッキリと理解していて、俺は彼の声に従って、ゆらゆらと揺れる幸福に身を任せていた。  そんな仮初めの幸せな記憶を思い出し、俺は苦笑する。 「俺、またアイツと踊ってる夢を見てたみたいだ」  もう夢の中でしか向けられない視線を思い出し、自分の図々しさに嫌気が差す。たとえ土の中の本多が今も誰かに視線を向けているとしても、それは俺じゃない。  身勝手な理由で自分を殺した相手に、アイツが視線を向けてくれることなんてありえない。 「っ、うぅ……」  まだ頭に残る酔いが感情を決壊させ、俺はボロボロと涙をこぼし始める。北川はそんな俺を優しく抱きしめてくれた。 「大丈夫。……大丈夫です、先輩。俺はここにいますから」  その優しい声も、無条件に身を任せたくなる体温も、今は土の中にいる彼から向けられているかのように感じてしまう。  北川を代わりにしちゃダメだ。いくら自分が最低の人間でも、窮地に駆けつけてくれて、秘密を共有してくれた彼にそんな目を向けちゃいけない。  俺は自分の中で膨れ上がる恥知らずな感傷に蓋をして、北川の体温を感じ続けた。  この奇妙な行動を自分が起こしたのは、一度や二度のことではなかった。北川と酒を飲むたびに俺は記憶を飛ばし、あの場所に行くことを望んだ。北川も断ればいいものを、毎回俺を廃墟へと連れて行き、俺が正気に戻るまで付き添ってくれた。  そんな狂った関係が二年続き、事件の真相はいまだ暴かれることはなく――今日も俺は、あの優しい空間で微睡んでいる。 「……っ……んっ、うぁっ…………」  誰かが途切れ途切れに声を上げている気がする。何故そんな声がするのか不思議に思うも、アルコールで鈍った頭では、絡み合った指の感触に幸せを感じるので精一杯だ。 「…あ、あっ……ぁ、ッ、ううっ…あっ………」  体温を感じる。体が揺れている。汗ばんだ肌が風に晒され、その刺激でぴくっと体が跳ねる。触れていた指が離れかけ、俺はそれに追いすがるように口を動かす。 「やだ、いかない、でっ……俺をみてっ、みててっ……ンッ、あっ………」 「見てますよ」  耳元で囁かれた声に体の芯が歓喜で震え、一番気持ちいいところへと辿り着く。ガクガクと余韻で腰を痙攣させながら、俺は目を開けてしまいたいという衝動を我慢できなくなった。  目を開ければ夢が終わってしまう。土の中から彼が向けてくれている視線はただの妄想になって、また北川に迷惑をかけたと自分が嫌になって、だけどもしかしたら、目を開ければまた彼に見つめてもらえるんじゃないかって期待が止められなくて。  薄く、瞼を持ち上げる。星空を背負って、誰かが俺に覆い被さっている。――北川だ。 「なんだ。目、開けちゃったんですね」 「え……」  ぽかんと間抜けな顔で固まる俺を満足げに眺めた後、北川は勢いよく俺に腰を打ち付け始めた。 「ぅ、んあっ! アッ、アアッ、なにっ………?」  口を大きく開けて快楽に身をよじりながら、俺は自分が北川に犯されているのだと理解する。 「うっ、あ、北川、なん、なんでっ……ああっ、ひっ、あっ、あっ………!」 「なんで? まさか一緒に死体を埋めるなんて大それたこと、何の代償も無く協力してもらえたと思ってたんですか?」 「あっ、あれは、お前がっ、ひぃ、ぎ、んぁああっ…………!!」  死体を埋めると最初に提案したのは北川の方だと指摘しようとするも、胸に走った激しい刺激にのけぞってしまう。  胸の先端をキツくつままれただけなのに、俺の体は勝手に絶頂して、性器からは断続的に液体が飛び出てしまう。  なんで。こんな風にされてどうして俺、気持ちよくなってるんだ。こんなことされるの、初めてのはずなのに。  訳が分からないまま押し寄せる快楽に体は完全に支配され、俺の口からは混乱と悦楽でろくに意味をなさない嬌声が垂れ流される。 「あっ、アッ、ひ、やだっ、やだやだっ! なんれ、なん……あっ、ううっ、ひっ…………!」 「嫌じゃないでしょう? 目を閉じてる時はあんなに素直だったのに」 「な、なに、言って、ひっ! お、おくやだっ、やだ、ああっ、あっ……!」 「先輩が悪いんですよ。俺はちゃんと忠告したんですから」  知らない快楽を叩きつけるように与えられ、視界が揺れて目の前に居るのが誰なのかも分からなくなる。  こんなのおかしい。俺はただ本多とダンスを踊っていて、ただもう一度、本多に見つめられたくて。  ぼやける視界の中、自分を食い荒らす男の影に、縋るように手を伸ばす。 「ほ、ほんだっ、みてっ、おれを、ほんだ、ッ、ぁあっ……! ぎっ、う、あっ……!」  俺の言葉が北川の怒りに触れたのか、北川はこれまで異常に暴力的に俺の内側を責め立て始めた。  腹の奥を抉られるなんて初めての体験のはずなのに、突かれれば突かれるほど快楽が脳をぐらぐらと揺らす。同時にあまりに怒りに満ちた衝動をぶつけられていることに命の危機を感じ、俺はほとんど反射的に彼に抵抗し始めた。 「…は、アッ……あぐ、や、やめっ、あっ…! うぁ、やら、やらぁ、しんじゃ、うっ………!」  いくら制止しても、懇願しても、北川は動きを止めなかった。頭上から降ってくるギラギラと欲に塗れた視線と、極限まで興奮した荒い吐息。濁流のように押し寄せる快感と衝撃に、俺の意識は消し飛ぶ寸前まで追い詰められる。 「俺を見てくださいよ、先輩」  最後に聞こえた彼の声は、何故だか泣き出しそうな響きをしていた。

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