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土の視線(後編)01

 助けてくれ。人を殺してしまった。  そんなメッセージが想い人から送られてきて、何かのチャンスだと思ってしまったのは仕方ないことだろう。  助けを求めるメッセージを送ってきたのは、職場の先輩だった。  名前は和田。年齢は俺の二つ上。何でもそつなくこなす優秀な社員で、性格面でも特筆すべき欠点はない。そんな和田のことを、入社直後から俺は狙っていた。  最初は優秀な社員に取り入れば、今後の会社での立場が安定したものになるという打算が理由だった。今までの人生、新しい環境に放り込まれるたびに俺は、毎回その場の人気者の大切な人という枠に収まってきた。  毎回、相手に対して恋愛感情が全く無かったわけではないが、別のコミュニティに移動する時に円満に別れられるぐらいには、俺は感情よりも打算を優先できる男だ。  そういう事情で俺は和田を狙ったわけだが――どういうわけか、いくら彼と距離を詰めても、俺が和田にとっての一番大切なものとして扱われる気配はなかった。 「先輩って、社交的に見えて結構周りと自分を線引きしてますよね」  焦れた俺が本人に愚痴のようにそう言うと、和田は明るく笑った。 「ははっ、気のせいじゃないか? まあ、会社の付き合いよりプライベートを優先したい人間ではあるけどさ」  つまり、自分はそのプライベートに踏み込ませてもらえていないのだ。少なくとも、今はまだ。  悔しさはあったが、そういうものだと思う自分もいた。だけど同時に、今までの自分ではあり得ないほどの熱意を持って、和田という男を手に入れてみたいとも思い始めていた。  彼を振り向かせたい。彼の視界に常にいるのが自分であってほしい。  シンプルな独占欲に突き動かされるまま、俺は彼との距離を縮める試みを続けていった。  ただの会社の人間という枠から脱するために、メッセージを個人的に交わし、プライベートで度々会うようになった。同じ趣味を持っていた方がいいと考え、彼の趣味をそれとなく聞き出して同じものが好きなのだと偶然を装ってアピールした。  そうしているうちに、彼の隣は俺のものと周囲も認めるようになっていった。だが、当の俺自身は、いまいち彼に近づけているという実感を持てずにいた。  いくら彼に近付いても、彼の視線は俺ではない誰かに向けられている。たとえその場に俺と彼の二人しかいないとしても、彼は俺の向こう側に他の誰かを見ている。  名前も知らない恋敵に勝つだなんて、無謀すぎる目標だ。それでもここまで接近した和田のことを諦める気にはなれなかった。  まさか、その恋敵の顔を知ることになるのが、死体として出会ったタイミングになるだなんて思ってもみなかったが。  人を殺したというメッセージを見た俺は、気を動転させながらも彼から現在地を聞き出し、最悪の場合に備えてシャベルと着替えを車に積み込んで現場へと急行した。  教えられた場所は、山奥の廃ホテルだった。かつては絢爛豪華な内装だったと思われるロビーを抜け、彼からのメッセージの情報を頼りに、ダンスホールを目指して息を切らして駆けていく。  立て付けの悪いドアを引き開けてダンスホールに入る。ホールの中央付近には、二つの人影があった。 「先輩……!」  声をかけながら走り寄るも、最初和田は返事をしなかった。ただ、絶命している男の傍らにへたり込み、その手を握りながら、呆然とその男の顔を覗き込み続けている。  一目見て、理解した。俺がずっと邪魔だと思ってきた人間は、今目の前で死んでいるこの男なのだ。

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