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土の視線(後編)04
真冬に何を言っているのかと最初は笑い飛ばそうとした。だけど次に続いた言葉に、俺の思考は完全に停止してしまった。
「どうせ夏だしさ、昔みたいにはしゃぎに行こうぜ、本多」
酔いで真っ赤になった顔で、彼は言う。彼の弛んだ目元は俺に向いているが、その視線は俺を見ていない。彼が見ているのは、本多というあの死んだ男だ。
アルコールで陽気になっていた気分は地の底まで落ち、缶ビールを片手に持ったまま深く俯いて黙り込む。彼はニコニコと笑って、俺の返事を待っている。
俺は、焦りと敗北感と混乱の末に、無理矢理笑顔を作って答えた。
「いいですね。行きましょうか、肝試し」
震える手に力を込めて誤魔化し、俺は爽やかに見えるような笑みを顔に貼り付ける。同意を得られたことに喜ぶ彼は、これまでに見たことがないほど幼く愛おしい表情をしていて、腹の底が様々な感情でキリキリと痛む気がした。
和田が肝試し場所として指定したのは、死体を埋めたあの廃墟だった。
俺の運転で目的地に向かう間、和田は助手席で陽気に喋り続けていた。隣にいる俺以外の男を相手にしていると思い込みながら。
「高校の頃さ、遊園地のお化け屋敷、一緒に行っただろ?」
「……はい」
「あん時、俺たちまじでビビってガタガタ震えながら回ったのに、結局大したことなくてさー」
「……ええ」
「でもラストでめっちゃ怖いお化けに脅かされて、その場で転んじゃって、スタッフさんに心配されたよなー」
俺ではない相手との思い出を一方的に聞かされ、相槌を打たなければいけない時間。怒りと悔しさで頭がおかしくなってしまいそうだった。
だけどこれは罰なのだとも思った。死んだ男を夢に見てまどろむ彼を、無遠慮に暴いて犯したことへの報いが今回ってきているのだ。
そう思ってやりすごそうとしたが、どうしても心のうちにある執着は納得してくれない。
このまま目的地に連れていって、どうなるのか。前回と同じことを俺はするのか。もしかしたら今の和田は実は正気で、あの時の俺の罪を裁くために、こんな回りくどいことをしているだけなんじゃないのか。
罪悪感から来る根拠のない疑念と恐れでハンドルを握る手が震える。隣の彼は相変わらず幸せそうに笑っている。
「俺、お前が世界で一番の親友だと思ってるよ」
一番の親友。そこに恋愛感情はあったのか。肉体関係はあったのか。今すぐ問い詰めてしまいたいのに、そんなことを尋ねる資格も勇気も己にはない。
ただ唇を噛んでアクセルを踏み、カーナビで指定した地点への到着時刻が早く来てくれることを祈り続ける。
拷問のような時間はやがて終わり、俺たちの乗る車はあの廃墟へと辿り着いた。
半年ぶりに訪れた廃墟は、季節が夏から冬に変わったことですっかり色褪せて見えた。
鬱陶しいほどに立ち上っていた草の香りはなりを潜め、黄土色に変色した草の葉が乾いた風に寂しく揺れている。
彼は俺の腕を取ると、まるでお化け屋敷に来たカップルのようにはしゃぎながら、奥へ奥へと進んでいった。
人の気配も獣の気配もない荒れ果てた廊下を進み、正面の大きな扉を開く。その奥に広がっていたのは、前回ここを訪れた時、彼が絶望で動けなくなっていたあの広間――あの土の下に埋まっている男が死んだ場所だった。
「本多、踊ろうか!」
「えっ」
彼はこちらの了承も得ずに手を握ると、下手くそなステップで踊り始めた。それに流されるまま付き合ううちに、ようやく俺はここがかつてダンスホールとして使われていた場所なのだと悟る。
「はは! 楽しいな、本多!」
「……はい」
繋いだ手に汗が滲む。それが怒りによるものなのか緊張によるものなのかは分からない。拒絶してしまえばそれで終わる話なのに、自分ではない誰かに向けられるはずだった好意的な態度を、独り占めできている今に喜んでいる自分もいる。
歪んでいる。狂っている。頭がおかしいんじゃないか。
自分の受けている扱いの不毛さに、だんだんとステップの速度は落ち、やがて足は完全に止まって、もう一歩も動きたくないと棒立ちになる。
「本多?」
不思議そうに彼がこちらを覗き込んでくる。その親愛の感情すらも自分に向けられたものではないという事実に、いっそ狂ってしまいたくなった。
和田は少し考えるそぶりをみせた後、俺の手を引いてどこかへと歩き出した。
「この前踊った時も楽しかったよな。ガキみたいに肝試しに来て、一緒に踊って、一緒にここの裏に行ってさ、それで……」
廃墟の裏へと向かいながら、歌うように彼は言う。だけどその記憶の矛盾に思考が辿り着いた瞬間、彼の体はふらりとよろめき、その場に倒れ込みそうになった。
慌ててそれを抱き留めると、彼は未だ酩酊した表情で困惑していた。
「あれ? 俺、それから、俺たち、ええと……」
認識の食い違いが混乱を引き起こし、それを正そうとする理性と抵抗する感情の間で、きっと何も考えられなくなったのだろう。
「なんだっけ、なにが……あれ……?」
思考を放棄した意識はそのまま眠りの淵へと沈んでいき、俺の腕の中にはあの日のように力なく眠りこける彼の体だけが残された。
「……なんなんだよ」
結局、酔いに浮かされた狂った男の戯れに付き合わされるだけ付き合わされて、苦痛だけを与えられて勝手に眠り込まれて、置き去りにされて。
「なんなんだよぉ……」
じわり、と視界が涙で歪む。ここまでされるようなことを俺はしたのか。いや、したんだろう。あの日、あの時、八つ当たりで彼を密かに犯した事実は、こんな酷い扱いを受けるのに相応しい蛮行だ。だけど、こんなの、酷すぎる。
涙がこぼれ、地面に落ちる。意識のない彼の体を引きずり、無意識のうちに己の足は廃墟の裏へと向かっていく。
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