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吊られた男(前編)04

 死体を埋める手はずは全て雅司が整えてくれた。穴を握るための道具も、土地も、運び方も、決めたのは全て彼だ。  だけどそれを止めなかった俺が共犯者であることは疑いようのない事実で、俺はただ膝を立てて地面に座り込みながら、やけに手際の良い彼を見守り続けた。  そもそもすぐそこで死んでいる彼女を殺したのは俺だ。俺が横恋慕をしたから、彼女は心中だなんてバカな選択をしてしまったんだ。  俺が、彼女を本当に愛していたのかも、実際は定かではないのに。 「準備が出来ましたよ。行きましょうか」 「……はい」  どこか爽やかにも見える表情で言う雅司の呼びかけに、俺は素直に従って重い腰を上げた。  雅司は肩の上に彼女の死体を乗せて堂々と歩き出し、俺はその後ろを怯えたネズミのようにビクビクしながらついていった。  彼の足取りはまるで凱旋した兵隊のように軽やかで、その背中を追いかけているだけで自分の卑小さに打ちのめされる気分になってしまう。  陰鬱に黙り込んでいる俺に、彼は何を思ったのか、唐突に質問をしてきた。 「裕也さん」 「は、はい」 「あなたはこの人のことを愛していたんですか?」  肩の上の彼女の体を少し持ち上げて、彼は問う。俺は誤魔化すことすら怖くて、本音で答えていた。 「……分かりません」 「分からない?」 「先に、愛を告げてきたのは彼女なんです。彼女に愛を求められて、俺もそれに返さないとと思って、それで、恋仲になって……」  はっきりと言葉にすると情けない顛末だ。義兄の妻に言い寄られ、俺は断れなかった。あんな風に褒められて、何かを求められるなんて、人生で初めてだった。俺は彼女という人間を愛していたわけじゃない。彼女から与えられる評価を愛していただけなのだ。 「俺はきっと、認めてくれるなら誰でも良かったんです。今まで期待されない人生だったから……それがこんなことになるなんて」  もういない彼女に責任をなすりつけるような言葉を吐いてしまい、それが卑怯な物言いだと遅れて気付いて、さらに気分が重くなる。彼女はきっと本気だった。だから俺と心中しようとして、俺が追いかけてくれることを期待して、先に逝ったのに。 「俺は、意思の弱い卑怯者です。誰かに認められたいだなんて望む権利も無い薄情者なんです」 「ええ、そうですね」  彼は平然とした口調で、俺の言葉を肯定する。否定して欲しかった。そんなことないと言ってほしかった。傲慢すぎる期待を裏切られ、そんなことを願ってしまった自分の浅ましさが嫌になる。  深く俯く俺に、彼は振り向かないまま続けた。 「ですが、今日からは違います。あなたは大きな決断を自分の意志でしたのですから」 「え……」 「俺と一緒に死体を埋めて、その秘密を共有するという決断ですよ。一生逃げられない秘密を共に抱えることを決めたんです。俺は、そんなあなたを評価しますし、あなたの全てを赦しますよ」 「義兄さん……」  その言葉はどんなに偉く尊い人の説法よりも、俺の胸に染み渡り、全てを甘んじて受け入れたいと思えるもののように感じた。  心の中が温かく心地の良いもので満たされた気分になり、それでも臆病な自分が彼に尋ねてしまう。 「本当に、俺を赦してくれるんですか」 「ええ。あなたの全てを赦しますよ。俺を、裏切らない限りはね」  歌うように告げられた言葉に、一気に気分が引き締まる。  気をつけないと。裏切らないように、見捨てられないように努力しないと。  そんないじらしいやる気が焦燥感を伴って己の内側から溢れ出て、前へと進む足取りが自然と力強いものになる。  言葉巧みに、この人に支配されそうになっている。頭の冷静な部分ではそれが分かっているのに、心はどうしようもなくそれでいいのだと望んでしまっていた。

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