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吊られた男(前編)05

 彼が俺を案内したのは、屋敷から獣道を辿って少し離れた位置に存在する廃屋だった。こんなものがあるだなんて知らなかった俺は、彼の背中をちらりと見て尋ねる。 「あの……こんな場所があったんですね」 「昔、魔女が住んでいた場所ですよ。今は誰も近寄らないので、見つかる心配はありません」  魔女。それが一体何を指しているのか、尋ねることはできなかった。彼の声色に珍しく険しいものが混じっていて、言及されたくない話題なのだと否応なしに理解してしまったからだ。  俺は内心の疑問に蓋をして、彼に従って廃屋の裏手へと回った。  そこはかつて畑として使われていた場所のようで、雑草が生い茂る地面は、周囲よりも柔らかそうな土で満たされていた。 「俺が穴を掘ります。あなたはそこで見ていてください」 「え……でも……」 「手伝われてもかえって邪魔ですから。あなたはそれだけ無力なんです」  事実をハッキリと告げられ、俺は大人しく彼が穴を掘るのを見守ることにした。反論する材料は己にはなかったからだ。  筋肉質な体格の雅司は、人一人が入るのに十分な大きさの穴を軽々と掘り進めていった。  そういえば彼は、この家に来る前、どこで何をしていた人なのだろう。あまりに立派な人だから、姉と結婚した当初は視界に入るのも恐ろしくて彼のことを避けてしまっていた。だから、彼個人についての情報を俺はほとんど持ち合わせていない。  でもこれほどまでに品行方正で、健康で、人を引きつける魅力のある人なのだから、きっと尊い家の三男とかなのだろう。  悶々と悩んだ末に自分でそう結論を出した頃には、大陽は徐々に傾き始めていた。目を覚ましたのがきっと昼過ぎだったので、自分は丸一日何も飲み食いしていないことになる。それに気付いて初めて、急に俺は空腹を感じ始めた。 「義兄さん、そろそろ休憩を……」 「……そうですね。死体を穴に投げ入れて、早めの夕食を食べましょうか」  土に汚れた顔で振り向いた雅司は、この世の何よりも幸せを感じているような空気を纏っていた。  どうしてそんなに上機嫌なのか尋ねることはできなかった。今の自分は彼に存在の全てを握られているようなものなのだ。不興を買うようなことはしたくない。  言葉を飲み込んで彼に歩み寄ると、彼は乱雑に妻だった存在の死体を穴へと放り込んだところだった。 「穴を埋めるのは夜にしましょう。疲れているとは思いますが、最後まで付き合ってください。夕食は俺が用意します。あなたの好きなものを何だって――」  疲労で気分が高揚しているのか、雅司は踵を返して歩き出しながら、ぺらぺらとこれからのことを話し始める。対する俺は、穴の縁から内側を覗き込み、その奥底で変な姿勢のまま死んでいる彼女の姿を見下ろしていた。 「……ごめんなさい」  自然と、謝罪の言葉が口から出ていた。己の優柔不断さのせいで一人寂しく死ぬことになった彼女。その死体の無惨な姿を改めて見て、なけなしの罪悪感が込み上げた結果だった。  いっそ今からこの穴に飛び込んで、彼女への罪滅ぼしとして一緒に死ぬべきなのでは。  そんな気の迷いに心が揺れていると、俺の真後ろから氷のように冷たい声が投げかけられた。 「うらぎりもの」 「……え」  後頭部に走った激しい衝撃。前のめりになり、穴の中へと落ちていく体。  そうだ。今の思考は裏切りだ。  雅司。俺の義兄、俺を赦してくれると言った人。何よりも尊ぶべき彼を裏切ってしまったのだと痛感しながら、俺の意識は闇へと塗りつぶされた。

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