34 / 45
吊られた男(後編)02
少年は嬉しそうな笑顔になると、全く警戒をすることなく、こちらに駆け寄ってきた。
軽やかな足取りで近付いてくるその生き物を見て俺は、途方もない屈辱を覚えた。
見下された。こんな弱い生き物に、無害な存在だと思われた。無条件に味方になって、遊んでくれる存在だと思われた。強いのは俺だ。俺のはずだったんだ。それなのに。
一気に頭に血が上り、俺は少年の腕を掴むと、草むらの中へと引きずり込んでいた。
乱暴に地面に引き倒すと、少年はきょとんと目を丸くした後、ぐしゃぐしゃに顔を歪めて泣きだそうとした。今更何だ。俺を見くびったのはお前だろう。
俺はそんな彼の顔を殴りつけ、悲鳴を上げることも、助けを呼ぶこともできないよう、苛烈な暴行を加えた。
「お前は弱い」
「お前は当主に相応しくない」
「お前に味方はいない」
「誰も助けに来ない」
口から呪詛のように吐き出されたのは、あらゆる言い方で彼の価値を否定する言葉だった。
自分がどうしてこんなことを口にしているのかは分からなかった。ただ、彼を否定すると、自分の中にずっと巣くっていた張り裂けそうな苦しみが、少しだけ楽になることだけは確かだった。
少年の服を剥ぎ取り、命乞いをする彼に繰り返し言い聞かせる。
「お前に価値はない」
「助けは来ない」
「全部お前が悪い」
そういえば、母が孕まされた時に同じようなことを当主に言われたと言っていた。現場もちょうど屋敷の裏で、こんな風に草むらに引きずり込まれたのだと。そこで人とは思えない扱いを受け、せめて一矢報いるために俺を産んだのだと何度も言っていた。
「……ははっ」
無意識のうちにそれをなぞっていた自分に、乾いた笑いが出る。死体を見ても心が動かなかったのに、結局自分という存在の中心には母の存在があった。
魔女だと思っていた。疎まれ、蔑まれて当然の存在だと思っていた。心の底から憎んでいた。なのに、実際はこの有様だ。
それが悔しくて、滑稽で、足元で怯えて震える少年に、かつて母が言われたことをそのまま吹き込む。
「このことは誰にも言うな。何を言っても無駄だ。誰もお前を助けてはくれないだろうよ」
痣の浮かんだ顔を歪めて、少年はぽろぽろと涙をこぼす。もう、憎いとも疎ましいとも思わなかった。ただ己より弱い生き物が、身の程を知っただけだ。多少の哀れみすらも覚えた。
虚しかった。こんなことをしても、自分が彼の居場所を奪い取れるわけじゃないのに。
俺は大きく息を吐くと、踵を返してその場を逃げ出した。そのまま屋敷の敷地を出て、母によって密かに教え込まれていた知識を使って何とか生き延びるだけの金と人脈を手に入れ、己でも驚くほど器用に世を渡っていき、そして――十五年が経過した。
ともだちにシェアしよう!

