35 / 45
吊られた男(後編)03
屋敷を出てからの十五年間は、我ながらうまくやった人生だったと思う。
家なき子たちの集団に入り、知恵と力でトップへと上り詰め、上手に立ち回って孤児院へと入った。そこで篤志家の男に目をつけられ、養子として引き取られ、安定した暮らしを得た。
誤算だったのはその男が変態嗜好の持ち主で、ことあるごとに体を要求されたことだったが、今の立場を与えられるための対価だと思えば大した苦しみではなかった。
俺が二十五になった年、養父は死んだ。持病の悪化が原因だった。
葬式の後に分かったことだが、死期を悟っていた男は今後の俺のために良家の娘の縁談を進めていたらしい。歪んだ男だったが、俺を愛していたことだけは本当だったのだと感じて、本心から嬉しいと思えたし、強く感謝も覚えた。
だけどその縁談相手の正体を知った時、俺は養父に複雑な感情を抱かざるを得なかった。
俺が少年期を過ごしたあばら屋を有するあの屋敷。そこに住む一族の長女が、俺の縁談相手だったのだ。
「長男の裕也さんは体が弱い上に、幼い頃にその……暴漢に襲われてから気鬱になってしまわれて。姉に当たる長女とあなたが結婚すれば当主の座を手に入れられる――と、亡きご養父は仰っておいででしたよ」
養父の死後に屋敷を訪れた仲人は、穏やかに笑みながらそう話した。養父が人格者だと心から信じている彼に謝礼を渡し、一旦離席して俺は考える。
あの家を手に入れられる。でも屋敷に戻ってもし正体がバレたら全てがおしまいだ。きっと長男を傷物にした犯人が、あの後いなくなった私生児だということに当主たちは気付いているのだから。
仲人に当主の写真を見せてもらったが、顔の造作がどことなく己に似ていた。私生児がいたということを知っている人間が見たら、勘づかれてもおかしくない。
だが結局、俺は自分の欲望を優先させてしまった。
全てがバレて、人生が終わってもいい。縁談相手の長女との子どもができてからバレるのなら、むしろ願ってもない流れだ。
大切な嫡男が使い物にならず、血を残すための長女も俺のお手つきになってしまった。どちらにせよあの一族の未来に泥を塗ることになるのは間違いない。
あそこから逃げ出して、新しい人生を手に入れたつもりだった。もう生まれなんてどうでもいい。今の自分が幸せであればそれでいいと思っているはずだった。
だけど実際の俺はいまだにあのあばら屋に心が囚われている。あそこで受けた屈辱を晴らせるのなら、己の人生を投げ打っても良いと思ってしまっている。
つくづく自分は、ろくな人間ではない。周囲に不幸をふりまくための人生を選び取ろうとしているのだから。
俺は仲人に縁談の了承を伝え、数度の顔合わせの後に長女と結婚することになった。
屋敷を直接訪れることもあったが、屋敷の者は誰も俺の正体に気付かなかった。俺という私生児がいたということを覚えている者すらいなかったのかもしれない。
何の障害もなく縁談は進み、俺は養父の財産を手土産にあの屋敷へと戻ってきた。
まずは速やかに子を為そう。そうすれば俺の復讐は完遂したも同然だ。
いっそ晴れやかな気分で婚礼を終え、俺は屋敷の中でも特に日当たりのいい部屋を与えられた。
計画が狂い始めたのは、屋敷で暮らし始めてから数日後。それまで視界に入ることすらなかった青年と鉢合わせた瞬間だった。
ともだちにシェアしよう!

