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吊られた男(後編)05
「娼婦の真似事、ですか」
「ええ……」
言いづらそうに言葉を選ぶ妻を促し、ゆっくりと時間をかけて全貌を聞き出す。
曰く、十五年前に暴漢に襲われた裕也は、気鬱や記憶の混濁に悩まされ、いつしか当主に見捨てられた。それだけならまだしも、当主はその苛立ちのはけ口を彼自身に求めた。暴力を振るわれ、体を暴かれ、彼の心がすっかり壊れた頃になって、当主は彼の存在に飽きてしまった。
「あれは、父に求められていた頃を忘れられず、夜な夜な彷徨うのです。使用人は不要になったあれを娼婦のように扱って体を慰めているようですが――父も母も、見て見ぬふりをしています。きっと、何かの間違いでそのまま死んでしまえと両親も思っているのでしょう」
――私のように。
汚物について語るかのような忌々しそうな顔つきで、妻はそう最後に付け加える。俺はそんな妻の心労を案じる良き夫のふりをして、彼女の肩をそっと抱き寄せた。
「大変だったのですね。きっと俺が何とかしてみせますから、もう心配は要りませんよ」
「雅司さん……」
妻と薄ら寒いキスを交わし、愛情を確かめ合う。キスも性行も正直好きではない。気色の悪いこの行為の末に己が生まれたのだと思うと吐き気すらした。
こんな行為が忘れられず彷徨っている裕也の気持ちは全く分からない。だが、何とかすると言った手前、何かアクションを起こしたというふりだけはするべきだろう。
彼を本当の意味で救う手立てはもう存在せず、自分に出来るのは彼という厄介者を家族の視界の外へと追いやることぐらいだろうが。
そう思うと、なんだか腹立たしさが込み上げた。
彼のトラウマを抉ろうと思っていた。だけどそれは、トラウマの原因が己にあると思っていたからこそ浮かんだことだった。たとえ入口が俺の行為だとしても、今の彼を支配しているのは実父の蛮行の記憶だ。蹂躙され、人生を壊され、死ぬこともできずに、惨めに屋敷の隅で息を潜めて暮らしている。
無性に腹が立った。ある意味で彼は俺と同じなのだ。当主の気まぐれで見捨てられ、人生を壊された息子。哀れみや蔑みはもう俺の中にほとんどなかった。
あるのは奇妙な連帯感。自分が転落のきっかけを作ったあの悲劇の生き物を、俺はうっすらと同胞だと思い始めていた。
助けだそう。傷をなめ合おう。真実は共有できなくとも、俺たちは分かり合えるはずだ。
冷静に考えれば身勝手すぎる仲間意識に突き動かされるまま、俺は毎夜、彼が彷徨う姿を探して窓の外を眺め続けた。
彼の動向に気を配り始めて三日目の夜。夫婦の責務としての性行を始めようと肌を重ねていたその時、視界の端に彼のシャツが風に揺らめく姿がかすかに映り込んだ。
「……すまない。ちょっと、裕也さんを追いかけてくる。この埋め合わせは後日必ずするよ」
「雅司さんっ……」
抗議の声を上げる彼女を無視し、俺は着衣を整えると、裕也の後を追うために部屋から飛び出した。
部屋の外はすっかり明かりが落とされ、俺は月明かりだけを頼りに庭へと出る道を急いでいった。
階段を降り、やっとのことで庭に出たが、そこにはすでに裕也の姿はなかった。
妻の話を信じるならば、使用人の元に向かったはずだ。わざわざ外に出たということは、屋敷の外で行為に及んでいるということだろうか。
記憶を辿り、いくつかのあたりをつけた俺は、それらを順々に回っていき――最後に辿り着いたのは、裏口近くにある小さな納屋だった。
「ぁ……、ぅ……んっ、ァ………」
裸電球のオレンジ色の光が扉の隙間から漏れ、その揺らめきに合わせるように艶めかしい声が聞こえてくる。複数の男の影が、組み敷いた青年を揺さぶり、嘲り、欲をぶつけている。
腹の底に、汚泥が溜まっているかのような吐き気を感じた。
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