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吊られた男(後編)06

 幼い頃、俺は「これ」を見たことがある。揺れる仄暗い照明。母を慰み者にする男たち。助けも求めず、かすかに喘ぐ忌まわしき魔女。  昔の俺は、それに見て見ぬふりをしていた。それほどの責め苦を受けるほど、この女は重い罪を犯したと思っていたからだ。  だけど今はどうだ。戸の向こう側で揺さぶられている青年は、何か悪しき事をしたのか。ただ周囲に奪われ続けた結果、こうなっただけではないのか。  あまりの嫌悪感に踵を返しそうになる足をそうやって説得して踏みとどまらせ、俺は納屋の戸を勢いよく引き開けた。 「ま、雅司様っ……」 「どうしてここに……」 「可愛い義弟が夜出歩いているのを見て、追いかけてきたんだよ。それで、何か言いたいことはあるか?」  常識的な婿養子の顔を作って、雇い主の息子に乱暴を働いていた下働きの男たちを睨み付ける。男たちは酒で赤くなった顔を一気に真っ青にして、俺の足元にひれ伏した。 「も、申し訳ありません! ですが、これには事情が……!」 「事情? どんな事情があったら、下働きが屋敷の者の体を暴いていいことになるんだ? それも、そこにあるような薬まで使って」  俺が指さした先にあったのは、闇市でよく取引されている娼婦のための薬だった。  淑女をも淫奔に変え、その命を縮めさせるそれを日常的に投与されていたのなら、裕也の不可解な行動にも納得がいく。  恐らく彼はこうして薬と共に肉体を蹂躙されることによって、自ら性行の相手を求めて彷徨うように当主に躾けられたのだ。そして、飽きた当主はあっさりと彼を捨て、使用人に払い下げた。  今すぐ当主を八つ裂きにしてしまいたい気分だった。多少の連帯感を一方的に抱いている存在が、卑劣にも貶められ、その原因が己の憎しみの相手と同じ男にあるという事実が『一刻も早く奴の寝室に押し入って、惨たらしく殺してしまえ』と脳内で叫ぶ。  拳をきつく握ってそれに耐え、八つ当たりめいた視線を下働きたちに向ける。  その時、犯された姿勢のまま力なく横たわっていた裕也がゆらりと起き上がり、納屋の入口で仁王立ちをしている俺を視界に捉えた。 「……だんな、さまぁ?」  うつろな目が俺を見つめて、忌々しい呼び名でこちらを呼ぶ。  旦那様。この家の当主。意識が混濁している彼が、当主と己を見間違えている。そう思い至った頃には、俺は彼の顔を無意識のうちに殴りつけていた。 「……ぅ、ッ……はっ、だんなさま、だんなさまぁ………」  請うようにして足元に縋り付く彼を、俺は込み上げる怒りのままに蹴り飛ばす。だが何度拒絶しても、半裸でぐちゃぐちゃに体を汚した彼が諦めることはなく、彼は涙ながらに俺を見上げて口を動かした。 「お慈悲を……お慈悲をくださいませ……だんなさまぁ、どうか……」  殺してくれと懇願するような悲痛な面持ちで、彼は繰り返す。  気に入らない。腹立たしい。これを壊したのは自分のはずだった。これが格上として見ているのは自分のはずだった。  奪われた。あいつに。当主に。奪い返さなければ。この哀れな生き物に、己の上に立つに相応しい人間は誰なのか、思い知らせなければ。  恐ろしい顔で立ち尽くす俺に、下働きたちはいつの間にか尻尾を巻いて逃げ出していた。二人きりで残された納屋の中、俺は戸をしっかりと閉めると、誰も入ってこられないように鍵を閉めた。 「慈悲をくれてやる。その代わり、もう二度と他の者に体を許すな」 「はい、だんなさま……」  陵辱を宣言された彼の顔は、まるで神に許された罪人のように安堵に満ちていた。

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