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吊られた男(後編)09
裕也を彼の部屋まで送り届け、一晩が過ぎた朝。偶然を装って彼の自室付近に足を運ぶと、具合が悪そうな顔色でフラフラと歩く彼と鉢合わせた。
「あっ……おはようございます、義兄さん……」
少し怯えたように挨拶をする彼に、俺は僅かな違和感を抱く。
妙だ。昨夜のことで怖がられているのは道理だとしても、昨日、彼は俺のことを『にいさま』と呼んでいたはずだ。心境の変化か? それとも。
「おはようございます。昨夜は大変でしたね」
「えっ……昨夜? すみません、何のことでしょう。俺、何か粗相でもしてしまったのでしょうか……?」
おどおどと困惑しながら尋ねてくる彼に、俺はすぐさま上手い返しをすることができなかった。
可能性として考えていなかったわけではない。彼に使われた薬は、意識を混濁させ、時に精神分裂を引き起こす麻痺毒だ。あの淫蕩な存在としての彼の記憶を、目の前の義弟は有していない。
安堵と苛立ちが同時にあった。
よかった。昼間の立ち回りが面倒にならずに済んだ。腹が立つ。昨夜、俺が言い聞かせ、受け入れられた言葉は無かったことになったのか。
裏切られたような気分だった。嘘ばかりを纏って暮らしているこの屋敷での日々において、唯一同じ感情を共有できる存在と出会えたと思ったのに。
そんな逆恨みを飲み込み、俺は無理矢理余裕のある笑みの形に顔を歪めた。
「いえ、何でもありませんよ。勘違いだったようです」
「は、はあ、そうですか……」
「ですが一つだけ。辛く悲しいことがあったら、どうか俺を頼ってください。この屋敷で俺だけがあなたの味方をして差し上げますから」
一歩距離を詰め、囁くようにそう告げる。裕也は僅かに顔を赤らめると、引きつった表情で数歩後ずさった。
「わ、分かりました、ありがとうございます。では俺はこれでっ……!」
緊張でいっぱいいっぱいになった様子で、裕也は俺の前から逃げ去っていく。
このまま昨日の出来事全てから逃がすつもりはない。昼の顔と夜の顔が彼にあるのなら、その両方を手に入れてしまえばいい。
だがその日以来、今までにも増して裕也は部屋に引きこもるようになり、昼の彼と関わり合いになる機会はなかなか作れなかった。
一方で、夜の彼との付き合いは順調だった。愛欲を求めてさまよい歩く彼を捕まえ、もう裏口には近付かず、これからは俺の寝室に来るように言い聞かせた。
夫婦の寝室を分けておいてもらって正解だった。本来であれば妻を呼び、体を重ねるべき寝台の上で、俺と裕也は何度も欲を貪り合った。
「アッ、あぁっ……にいさま、にいさまっ……!」
「ああ。お前の兄はここにいる。俺以外に腰を振るな。俺だけを見ていろ。赦されたいんだろう?」
「ぁ、ンっ……おゆるしくださいっ、ごめんなさい、生きててごめんなさいっ……」
「俺が赦してやる。脳に刻みつけろ。お前がお前でなくなっても、お前が恋慕し、敬愛していいのは俺だけだ」
「はい、にいさまっ……、にいさまだけを、あいしますっ、ん、あっ、ああぁっ……!」
長年仕込まれてきた体はどんな責め苦を与えても喜んでそれを受け入れ、その度に深い苛立ちと、夜の彼を独占できているという満足感が胸に満ちる。
全てに見捨てられたこの男を愛してやろう。薄気味悪い「愛」というやつを、彼になら与えてもいい。少なくとも夜の彼が、俺のことを裏切ることは決して無いのだから。
そんな淫奔な秘密を抱えた日々を送ること1ヶ月。
ある日、俺の妻が憤慨した様子で寝室を尋ねてきた。
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