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吊られた男(後編)12

 住む者がいなくなったことと風雨によって外観は寂れてしまっていたが、逆に言えば普段ここに来るものはいないという証拠でもある。  俺は、記憶を辿ってあばら屋から農具をいくつか持ち出し、大きなシャベルで畑だった場所の土を掘り返し始めた。  屋敷の使用人が目を覚まして動き出すのは朝の五時頃だ。それまでにこの死体を埋めて、自室に戻って、裕也を部屋に帰さなければならない。  緊張と疲労で汗をダラダラと流しながら、シャベルを土に突き立てては横へと放る。路上生活の頃に身につけた体力は、名家として生き始めてからかなり落ちてしまった。だが手を止めるという選択肢はなく、俺はひたすらにシャベルを動かし続けた。 「はぁっ……はぁっ、はぁっ……」  すぐ背後に迫っている破滅に追いつかれないように、息を切らして腕に力を込め、土を掘り続ける時間。時計は忘れてしまったので、今が何時なのかは正確には分からない。  慣れない作業で手のひらにまめができて、ヒリヒリとした痛みを発する。何度も心がくじけてしまいそうになったが、その度に己の部屋で偽装に協力してくれている彼のことを思い出す。  事情も何も効かず、無条件に味方になってくれた彼の献身は、俺の中にずっと存在していた空虚な部分を満たしてくれるような気がした。  彼と今後も共にあるためなのだ。途中で諦めるわけにはいかない。  フラフラになりながらも覚悟のままに穴を掘り、月が中天まで昇ったあたりで人一人がようやく入りそうな穴は完成した。 「…………よ、っと」  小さくかけ声を口から出しながら、死体を穴の中へと投げ入れる。受け身を取れるはずもないその体は、穴の底に潰れるような姿勢で落下した。  俺は忌々しい思いでそれをじっと睨み付け、やや乱暴に土をかけ始めた。  死体が完全に土の下に隠れ、穴の痕跡も分かりにくくなった頃には、土は地平線にかなり近付いていた。  タイムリミットだ。戻らなければ。  俺はシャベルをあばら屋に隠し、穴の上を朽ち果てたござで覆い隠すと、屋敷への道を急いでいった。 「にいさま……にいさまぁ……っ」  自室に近付くと、掠れかけた裕也の喘ぎ声がまだ響いていた。ずっと声を上げ、自慰を続けてきたのだ。彼もきっと疲れ果てていることだろう。  部屋の扉を薄く開けて、身を滑り込ませる。ベッドの横で床に力なく横たわりながらも、自慰の手を止めずにいる彼と目が合った。 「にいさまぁ……おれ、がんばりました……にいさまぁっ……」  全身を汗で濡らし、顔だけを気怠げに上げて彼は言う。俺はそんな彼に歩み寄ると、目の前に膝を突き、労るようにそっと抱きしめた。 「よく頑張ったな、良い子だ」 「はい、にいさま……ふふっ……」  小さく笑った彼に怪訝な目を向けると、彼はまるでよく慣れた猫のように、俺に体を擦り付けてきた。 「にいさまの体……土と汗のにおいがします……ふふっ、こんなになるまで、どこで遊んできたんですか……?」  正気とはほど遠い彼の意識が、少しズレた指摘を微笑ましそうに口にする。俺は自分の服の匂いを嗅ぎ、彼の指摘が事実であることを確認した。  まずいな。汗はともかく土の匂いだけは落とさなければ怪しまれてしまう。 「……仕方ない。一緒にシャワーを浴びるか」  汗で額に張りついた彼の前髪をどかしながら俺は言う。彼は嬉しそうに目を細めて、されるがままになっていた。

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