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吊られた男(後編)14 宣戦布告
「あなたのような余所者は愛せません。私は、裕也さんの子を産みます」
死んだ女の後釜として嫁いできた彼女は、初夜の場でそう言って俺を拒絶した。
そもそもあの事件の後、俺がこの家の養子となれたこと自体、うまくいきすぎた話だったのだ。
いなくなった妻に愛人がいたとでっち上げ、彼女の失踪は素性も知らぬ男との駆け落ちとして処理された。
俺はその後、自分が隠し子であると当主に対して名乗り出るつもりだった。俺を家族として迎え入れれば、少なくともこの家の血統は守られる。そうやって迫ることで、この家での居場所を確保しようと思っていたのだ。
だが当主は俺がそれを打ち明けるよりも前に、俺を養子として受け入れ、新しい妻をあてがうことを決めた。
不愉快だった。己の運命が他人に左右されていることが許せなかった。時折屋敷を彷徨う裕也と体を重ねることだけが、ささくれだった俺の心を癒やしてくれた。
なのに、新しく妻となった彼女は、俺ではなく裕也を選び、彼を手に入れるつもりだという。
「……それは、当主様のご意向ですか」
「想像にお任せします。あなたは世から見れば立派な方ですが、血統を守ることこそが名家の女の使命。あなたの子を嫡男とするつもりは、私にはありません」
凜とした立ち姿で言う彼女の弁は、正当なものだった。要するに当主は、血だけは裕也の子種によって保ち、父としての役割は俺に求めるという算段を立てたのだろう。
合理的だ。俺も彼も今後変わらず家にいることができて、全てが丸く収まる妙案だ。彼とこの女が体を重ねるということだけは気に入らないが。
「……分かりました、あなたの意志を尊重します」
「ありがとうございます。それから……裕也さんを虐げるのも、もうお止めください。そもそもあなたは、彼には相応しくないのです」
明確な敵意をもって告げられた言葉に、咄嗟に返すことが出来なかった。後で聞いた話によると、彼女はそもそも裕也の許嫁となるはずの女性だったらしい。裕也が嫡男として使い物にならなくなってその話は破談になったが、幼き日の恋心とかいうやつをずっと抱いてきたのだろう。
だがこちらも譲るつもりはない。彼女は裕也の見た目だけに惚れ込んで、長年恋い焦がれてきたのだろうが、こちらは彼と唯一無二の同胞なのだ。子種を与えるのだけは許しても、彼の心だけは絶対に奪わせない。彼も、そんなことはきっと望まないだろうが。
そんな日々が半年ほど続き、彼女は裕也との距離を順調に縮めていった。
俺の言いつけを守ってくれているのか、昼の裕也が彼女に体を許すことはなかった。だけど二人が心を通わせ合っているのは端から見ても明らかで、その様子を見かけるたびに俺は、腹の奥底で煮えたぎるような憎悪を感じた。
俺はその苛立ちをぶつけるように、夜の彼を激しく抱いた。
「にいさま……にいさまっ、ああっ……」
「子種をくれてやる。お前と体を重ねていいのは俺だけだ。お前は俺のものだ」
「は、はいっ……おれは、にいさまのものですっ……」
「ならば、俺を裏切ったりしないな?」
「うらぎりませんっ……、にいさま、ああっ、あぁーっ……!」
腕の中で快楽に身をよじり、何度も果てる彼に誓いを迫る。それが、夜が明けてしまえば無意味となってしまうものであったとしても、祈りのようなその行為を止めるわけにはいかなかった。きっと反故にされると分かっているその約束だけが、今の俺が縋れる唯一のものだった。
そんな不毛な攻防が続いたある日、妻は俺の部屋に一通の書き置きを残した。
「深夜の三時、屋敷の外にある廃屋においでください。そこで全ての決着をつけましょう」
宣戦布告。果たし状。そうとしか読み取れない文言を何度も読み返し、俺は腹の奥に重く沈み込む不快感に顔を歪める。
何のつもりかは知らないが、今の状況を変えてしまうつもりなのか。俺はまた妻を殺して、裕也と引き離されるかも知れないという恐怖と戦わなければならないのか。
ざわざわと迫り来る焦燥のままに、俺は約束の時間の少し前に指定された場所へと赴いた。
そこにあったのは――天井からぶら下がる物言わぬ彼女の死体と、その隣で今まさに首を吊ろうとしている裕也の後ろ姿だった。
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