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吊られた男(後編)16 当主の戯言
「なんだ、まだそれに飽いていないのか」
開口一番そう言った当主は、探るように俺と、俺の腕の中で寝息を立てる裕也を眺め回してきた。どうやらいつも通り情事を終えた後だと思い込んでいるであろう彼に、妻の死をどう伝えるべきかと言葉に迷っていると、当主は愉快そうに目を細めた。
「しかし、正妻の子よりお前の方が俺の血を濃く引いているというとは皮肉なものだな」
「……は?」
「似たもの親子ということだよ。私の仕込んだ玩具でそこまで喜んでくれるとは、父親としては微笑ましいな」
何を言われたのか分からず、呆然と立ち尽くす。
血を濃く引いている。似たもの親子。父親として微笑ましい。
皮肉ではなく本気で思っているという口調でそう言う当主の言葉は、彼が自分のことを実子だと認識していると暗に示していて、全身の血がさっと冷たく引いていくのを感じる。
バレていた。いつからだ。まさか最初から? どうして、分かっていたのに放置していたんだ。
困惑と混乱と絶望で固まっていると、当主はすれ違い様にこちらの肩をぽんと叩いてきた。
「火遊びも結構だが、名家の子としての責務は果たすようにな」
愛情すら感じる声色でそう言い、去っていく男の背中へと振り返る。腕の中の裕也を床に下ろし、衝動のままに当主の首を背後から捕まえる。少し力を込めると、老いが始まっていた彼の首はあっさりと折れてしまった。
悲鳴も命乞いも口にすることなく絶命した男を見下ろし、俺は片手で顔を覆う。
「くくっ……はっははは……!」
手のひらで顔を覆ったまま天を仰いで、俺は笑い続ける。
無駄だった。全てこの男の手のひらの上だった。俺の為そうとしていた復讐は、当主に全部バレていて、もしそれが完遂されたとしても当主はそれでいいと思っていた。
気付くべきだった。使い物にならなくなった実子を慰み者にするような狂った男が、娘と隠し子の間に世継ぎが生まれたと知ったとして、ショックを受けるはずがない。
むしろ、家の血が濃くなったと喜んでいたかもしれない。
気持ちが悪い。反吐が出る。そんな男の血を引いていて、男と同じように弱者の肉親に手を出して、悦に浸っていた。似たもの同士。その通りだ。なんて無様で、滑稽で、最悪な人生だ。
「ま、雅司様……!? 旦那様!? これは一体――」
俺の笑い声に気付いてやってきた使用人が素っ頓狂な声を上げる。俺はにこりと笑って彼に歩み寄ると、その首を力一杯に絞めてあっさり殺した。
騒ぎを聞きつけて次々やってくる使用人たちに、俺は同様の対応をしていった。困惑しているうちに首を絞め、殴り飛ばし、手近にあった鈍器で殴打した。
仮にも雇い主の側である俺に、明確な危害を加えて抵抗していいものかと使用人は皆、迷っていた。その隙を突けば、順々に彼らを殺すのは簡単だった。
怯えて隠れる無力な使用人も全員殺した。俺が幼い頃からずっとこの家に仕えているような連中は、念入りに殺した。
当主の妻も当然殺した。いつかこうなると分かっていたとでも言いたげな瞳が気に入らなかった。それ以外には感想はなかった。
殺して殺して、殺しつくして、静かになった屋敷の廊下をゆっくりと辿って、俺は裕也のもとへと戻ってきた。彼は相変わらず安らかな顔で眠っていた。
「裕也さん……」
眠り姫を抱えるように慎重に、彼を抱き上げて歩き出す。
これからどうしようか。誰も彼も死んでしまって、生き残った裕也も、昼の顔はあの女に奪われてしまった。
逃げるべきか。それとも一緒に死ぬべきか。昼の彼を奪い返さない限り、きっと俺は彼のことをいずれは殺してしまう。
――そうだ、死体を埋めよう。夜の彼と心を通わせた時のように、一緒に罪を犯して愛を芽生えさせよう。
皆死んでしまったことは隠して、義兄の妻を死なせた罪悪感につけ込むのだ。彼には自分しかいないと思い知らせる。これはそのための儀式なんだ。
もう少しの間だけ眠っていてほしい。君に首を吊らせたあの魔女の呪縛から、君を奪い返してみせる。
ハッピーエンドを目前にした童話の王子様のような足取りで、俺は自室へと彼を運ぶ。
――あと少しでうまくいくはずだった。衝動的に殴りつけた彼の体が穴に吸い込まれていくのを見て、俺は瞬間的に熱された悍ましい感情が、自分のものであってほしくないとすら思った。
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