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吊られた男(後編)17 ハッピーエンドのために
どうしていつも人生の大切な瞬間を暴力で解決しようとしてしまうのか、青年期に悩んだ瞬間もある。だが、それが自分の性分だとその時は自己完結して終わってしまっていた。
その怠慢の結果が、これだ。
後頭部を殴りつけられた衝撃のまま、前のめりに落ちていく愛する人の背中に、俺は必死に手を伸ばす。ギリギリのところで届いた指が、彼のシャツを掴み、自身も落ちそうになるのをなんとか耐えて彼の体を引き戻す。
「はぁっ、はぁっ……」
無様に尻餅をついた俺の上に、裕也はぐったりとのしかかっていた。
瞬間的に、昨夜の冷たくなりかけた彼の姿が脳裏をよぎり、慌てて呼吸と脈を確認する。
息はある。脈も正常。どうやら頭を殴られた衝撃で気絶しているだけらしい。
「よかった……」
どの口が、と言われても反論の出来ない安堵の息が口から漏れる。彼の裏切りに激高したのも本心だが、彼を愛しているという感情も本心なのだ。
分裂しているわけではなく、同時に存在している二つの重い感情の荒波に攫われないよう気をつけながら、俺は気を失う彼の顔を見下ろす。
酷く疲れた顔をしている。昼の彼からすれば当然だ。普段関わりの無い義兄の妻に迫られ、一方的に心中を突きつけられ、それに応じて首を吊ろうとしたら義兄に助けられて、流されるままに一緒に死体を埋めることになった。
もし、夜の彼が同じ状況になっていたら、どんな反応をしただろうか。少なくとも後を追って首を吊ることだけはしなかっただろうが――現実はそうはならなかったのだから、考えても仕方がない。
昼の彼が口にした謝罪は、大きな裏切りだ。即座に暴力をもって解決しようとしたこと自体は間違いでも、その罪は、償ってもらわなければならない。
「大丈夫。最後には赦してあげますから」
彼の顔に顔を寄せ、愛を囁くように赦しを口にする。指を絡め、体温を確かめ合い、意識のない彼に懇願する。
「だからどうか、俺のことも赦してくださいね」
*
喉が苦しい。頭が鈍く痛む。風邪を引いた時のような熱っぽいけだるさの中、なんとか瞼を持ち上げる。
「え……」
視界に広がったのは、裸電球に照らされた剥き出しの天井だった。何故か見覚えのあるそれをぼんやりと眺めた後、俺は顔を動かして視線を巡らせる。
すぐ近くに座っていた義兄が、こちらに気付いて微笑みかけてきた。
「おはようございます。俺のことが分かりますか?」
「えっ……義兄さん、ですよね……?」
素直にそのままを答えると、義兄は満足そうに笑んで立ち上がった。
「裕也さん、あなたは罰を受けなければなりません」
「ば、罰、ですか……?」
「おや。何への罰か、言わなければ分かりませんか?」
冷たく見下ろしてくる彼の目に、ぶるりと寒気が背中に走る。何故か早鐘を打つ心臓を押さえながら俺は必死に考え――意識を失う直前のことを、ようやく鮮明に思い出した。
「も、申し訳ありませんっ……!」
反射的に起き上がり、彼の前で平伏する。そうだ。自分は彼に全てを握られて、全てを赦してもらえると言われたのに、その期待を裏切った。助けてくれる彼ではなく、死んだ彼女に赦しを求めてしまった。
異教に頭を垂れてしまった信仰者のように愕然としながら、俺はひたすらに彼に頭を下げ続ける。どうしてここまで彼のことを神のように思っているのかは分からない。だけど、こうすることが自然なのだと心の奥底から確信していた。
「申し訳ありませんっ……ごめんなさいっ……ど、どうか、赦してくださいっ……」
傲慢だとは分かっていても、赦しを求めることは止められなかった。この世で彼しか己を赦してくれる者はいない。何故か思考にこびりついたその認識は、疑いようのない真実のように思えた。
彼は静かに俺を見下ろした後、まるでお告げをする天使のような慈しみと高潔さを有した所作で俺の前へと膝を突き、頬に手を添えてそっと顔を持ち上げさせた。
「もう俺を裏切らないと誓いますか?」
「はい、誓いますっ……ごめんなさい、義兄さんっ……」
緊張で震える喉をなんとか動かして、俺は彼に答える。彼は、聖のようにも邪のようにも見える微笑みを浮かべた。
「では、それを証明して貰います。辛く苦しい罰にはなりますが……もちろんそれを受け入れてくれますね?」
魂に直接塗り込められるようなその言葉に、俺の鼓動は何故か歓喜で高鳴る。
「はい、義兄さん」
罰を受ける罪人であるはずの自分の顔には、引きつった笑みの形が張りついていた。
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