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到着予定時刻まで、あと(前編)01  見られた

 恋人を殺した。隣人にそれを見られてしまった。  目の前で死んでいる彼女への罪悪感はほとんどない。そもそも彼女と付き合うことになったのも、半ば脅しに近い強引な成り行きだったからだ。  一方的に一目惚れをされて、周囲に根回しをされ、外堀を埋められた。気付くと友人も知人も会社の人間ですら、俺と彼女のことをお似合いの二人だと言っていたし、彼女は自分と付き合ってくれないのなら俺の悪評をばら撒いた上で死んでやると言ってきた。  結局、断り切れずに恋人になった俺たちだったが、そんな人間を愛せるわけもない。ヤンデレというのはフィクションの中だから成立するものなのだ。現実で、計略を巡らせて、こちらを追い詰めて、要求を呑ませる人間に「愛してくれ」と囁かれても薄気味悪いだけだ。  だから、彼女が死んだことについてはもうそれでいい。問題なのは、隣人の男にその現場を目撃されてしまったということだ。  俺と恋人が住むアパートの右隣の部屋に住む彼は、体に大きなタトゥーが入ったダウナーな男だった。  バンドマンかバーテンダーとしか思えない見た目をしている彼が、どんな仕事をしているのかは分からない。俺と彼の接点は、ゴミ出しの時に度々顔を合わせることと、恋人に殴られて閉め出された時に、一度だけ部屋に匿ってもらったことがあるぐらいだ。 「武内さん……」  玄関の戸を半分開けたままの姿勢で、彼は呆然とこちらに呼びかけてくる。俺は、彼女を殴り殺した鈍器を手にしたまま、無理矢理笑おうとして失敗した。 「……はは、えっと、これはその……」 「……彼女、死んでるんですか?」  ぎこちなく笑って誤魔化そうとする俺に対し、彼は真剣そのものの表情で問いかけてきた。俺は引きつった笑顔のまま何か言い訳を口にしようとし、そのことごとくがうまくいかなくて、混乱した思考で彼へと駆け寄って、その足元に土下座する。 「お願いします! 何でもしますので、誰にも言わないでください!」  大きく声を張り上げて、床に額をこすりつけ、懇願する。彼は数秒黙り込んだ後、そっと玄関のドアを背中で閉めた。  自分よりも筋肉質な彼と一対一で向かい合い、俺は蛇に睨まれたカエルのような気分になりながら、必死で頭を下げ続ける。 「お願いします! 本当に、何でも言うこと聞くので! 人生を捧げてもいいです! お願いします!」  冷や汗を滝のように流し、命を握られているに等しい状況で俺は彼に頼み込み続ける。  彼は、さらにしばらく沈黙すると、意を決した様子で尋ねてきた。 「何でもするって言いましたよね?」 「は、はいっ……」 「それって、あなたの体を好きにするって言われても?」 「ッ……!」  思わぬ方向からの問いかけに、俺の頭はフル回転し、ヤケクソな結論をはじき出す。 「そ、それでもいいです! 性奴隷にでも肉便器にでも何でもなるので、このことは内密にしてくださいっ……!」  それは、人殺しとしての人生を歩みたくないあまりに、他の道へと人生を売り飛ばそうとする発言だった。勢いで口にしたその言葉を受けた彼の反応は、至極真っ当なものだった。 「武内さん、そんな自分を切り売りするようなこと言っちゃダメだ。何でもするなんて言われなくても、僕はあなたの味方をしたいですよ」  目の前にしゃがみ込み、肩に手を置いて真面目に諭してくる彼は、呆れるほどに日常通りの顔をしていて、俺は両目からボロボロと涙をこぼしていた。 「ありがとうございます、ありがとうっ……」 「いいんですよ、僕と武内さんの仲じゃないですか」  泣き崩れる俺を軽く抱き寄せ、ぽんぽんと背中を叩いて彼は宥めてくる。俺は、込み上げてくる猛烈な申し訳なさに耐えきれず、細かく震えながら尋ねた。 「あ、あの……本当に今更で、最低な質問をするんですが」 「何でしょう?」 「お隣さんのお名前って、何でしたっけ……?」  彼はきょとんと目を丸くした後、ぷっと噴き出して笑い出した。 「ふふっ。そっか、僕、あなたに自己紹介してなかったですね」 「うう……一度匿って貰った恩があるのに、不義理ですみません……」 「気にしないでください。それより、死体の処理のことを考えましょうか」  立ち上がり、どこか爽やかにも見える表情で言った彼に、俺は戸惑いで目を瞬かせる。彼は、小悪魔的にくっくっと喉で笑った後、未だへたり込んでいる俺に手を差し伸べた。 「ケーサツに捕まりたくないんでしょう? だったら、一緒に死体をバラして埋めましょうよ」

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