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到着予定時刻まで、あと(前編)02  善意の疑い

 確かに俺は誰にも言わないでほしいと言ったし、味方をしたいと言われた時に拒まずに縋り付いた。だけど死体をバラすだなんて想定の中になかった。その時点で拒否するべきだった。  しかし現実の俺はその申し出の無いように震え上がってしまい、あれよあれよというまに整えられる準備をアワアワと見守ることしかできなかった。  隣人の彼は、自室から大きなビニールシートとスーツケース、それから普通の家には絶対に無いであろう大きなノコギリを持ってきた。  中学校の授業で見たのが最後である木材切断用のそれを手に戻ってきた彼に、俺は腰を抜かせてひっくり返ってしまった。 「大丈夫ですか!? まだ気分が悪いようであれば休んでいてください」 「い、いえ……そういうわけでは……」  100%の心配を顔に浮かべて駆け寄ってきた彼に、まさかあなたの見た目に驚いたのだと言えるわけもなく、俺は曖昧な笑顔で話を誤魔化す。 「そうですか? 今から準備をしますが、無理はしないでくださいね」  イケメンとして完璧な気遣いを見せながら、彼はせっせと死体を解体する準備を整えていく。治安の悪い見た目も相まって、危険な男に惚れてしまう人の気持ちはこういうものなのかなどという呑気な感想すら抱いた。 「準備できましたよ。その……武内さん、お願いがあるんですが」 「えっ、な、何でしょう」  それまで淀みない動きで支度をしていた彼から不安そうな目を向けられ、俺は思わず背筋を伸ばす。躊躇いがちに彼が口にしたのは、予想外の提案だった。 「最初の一回だけは、一緒にノコギリを動かしてもらえませんか? なんというか……あなたと罪を共有していないと、僕も心配で……」  狂気じみたお願いではあったが、一応その無いように納得はできた。助けてくれるとはいっても、手を下した犯人の俺が見ているだけというのが不安であるという理屈は分かる。 「……分かった、俺も手伝うよ」  納得した俺は、死体を解体するという異常行動に怯えながらも立ち上がり、彼の元へと向かった。 「そ、それで俺は、何をすればいい?」 「手を添えてくれるだけで大丈夫です。力は、僕が込めますから」  彼は死体の首にノコギリの刃を当てながら言う。女の衣服は解体の邪魔にならないよう取り除かれていたが、その姿から色気は一切感じなかった。  もっとも生前の彼女の体にも俺はあまり興奮できなかったので、その度に詰られて暴力を振るわれていたわけだが。  そんな嫌な記憶を思い出しながら、俺は彼の隣に立ち、ノコギリを持つ彼の手に自分の手を添えた。 「じゃあ……いきますよ」  彼はノコギリを挽き、死体の首に食い込んでいた細かい刃が、女の肌を引きちぎって破る。内側に溜まっていた血液が弾けるように辺りに飛び散った。  その一滴が自分の手の甲についてぞわぞわと嫌な寒気が込み上げるも、なんとか堪えてノコギリの柄を握り続けた。  冷や汗を滲ませて、緊張のせいで息が荒くなる俺を、隣人はちらりと見て小さく笑った。 「ふふ、なんだかケーキ入刀みたいですね……」  冗談めかして言う彼の手も、俺と同様に震えていて、空元気でそんなことを言っているだけだとハッキリと分かる。俺は込み上げる吐き気をなんとか飲み込み、引きつった笑みを返した。 「う、ウェディングケーキにしては、見た目が悪趣味すぎるでしょう」 「あはは、確かに。さっさと切り分けて、原型が分からないようにしちゃいましょうか」   首元や腕まくりした腕から覗くタトゥーは、彼に物騒な印象を与えているのに、物腰柔らかな言動や緊張をほぐすために冗談を言うようなところは、爽やかで優しい紳士のようにも見えて、そのアンバランスさにほのかに親愛のようなものが芽生えてしまう。 「じゃあ……あとは僕がやりますから。武内さんはそこで見ていてください」  こちらの返事も聞かず、彼は死体の解体へと集中し始める。俺は追い払われたような気分で少し離れた位置に移動すると、壁際に座り込んで彼の作業を眺め始めた。  首を落とし、手足を切り、胴体も少しずつ細かく解体していく。作業を進めるたびに緊張していたはずの彼の表情は徐々に変化していき、数十分後には横顔を見るだけでも興奮状態にあると分かるような有様になっていた。  大丈夫だ。彼は良い人だ。危機的状況に陥った俺を、ろくに親しくもないのに助けてくれるような善人だ。  でも本当に? そんな都合の良い人間が本当に存在するのか?  目を見開き、高揚で唇の端を持ち上げながら死体を解体する彼の姿が、急に恐ろしいものに見えてしまう。  そんなわけがない。彼は善人だ。いや、善人が死体をバラすなんてあっさり提案するか? それに、どうして死体を解体する準備があっという間に整ったんだ? まさか、俺に見せていた緊張する姿は全部演技で、本当は彼は反社会的な組織の一員なんじゃないのか?  そうかもしれないという可能性が脳内で列挙され、それらを否定する材料もないまま、俺は彼の行動を見守ることしかできない。

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