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到着予定時刻まで、あと(前編)03  カウントダウン

「ふぅ……こんなものですかね……」  達成感を帯びた彼の呟きにハッと正気に戻る。顔を上げると、青かったブルーシートの上に夥しい量の赤黒い物体を広げた彼の姿があった。 「ビニール袋に小分けにしましょう。……手伝えますか?」  気遣わしげにこちらを伺う彼の視線には心配だけが滲んでいるはずなのに、疑心暗鬼に陥った俺は、素直にそれを受け入れられない。 「て、手伝うよ、手伝わせてください……」  彼への恐怖で声を震わせながら立ち上がり、俺は用意されたビニール袋へと手を伸ばす。手が震えてうまく袋の口を開くことができず、結局俺はビニール袋をそのまま彼に渡す作業しか手伝うことができなかった。 「す、すみません、役立たずで……」 「いいんですよ。僕ができることは全部僕がやりますから」 「で、でも……」  反論を口にしようとするも、何を言えばいいのかうまく思いつかず、俺は視線を泳がせて言葉を探す。  隣人は手を止めて、俺の言葉を待っていた。俺は気まずい思いのまま、結局、頭に浮かんだ疑念をそのまま口にしてしまった。 「その……どうしてあなたは、ここまで俺のために動いてくれるんですか」 「どうして、ですか。そうですね……」  彼は考えながらも手を動かし始め、ビニール袋の中に死体だったものを詰め込んでいった。袋の中に半分ぐらい肉片を入れては口を縛って、次々に肉片入りのグロテスクなビニール袋ができあがる。  赤黒い袋が五つほど出来上がった頃、彼はこちらを見ないままぽつりと言った。 「もう少しだけ、その答えは待ってもらってもいいですか」 「え……」 「まだ自分の中でも答えが出ていないんです。あなたとこれから、どうなりたいのか」  ビクッと肩が震える。彼の提示した少ない情報から、彼が己に何かを求めることを前提として行動しているのだと読み取ってしまい、薄らと抱いていた疑念が本当だったのだと察する。 「ま、待つって、いつまでですか」 「死体を埋めるまでで、どうですか? ……それまでには絶対に結論を出すので」  視線を死体に向けたまま彼は言う。俺にそれを拒否する権利があるわけもなく、ただ沈黙して俺は俯いた。  肌に刺さるような沈黙と共に黙々と作業は進み、数時間後には血にまみれたブルーシートも含めて、事件の残骸は全てスーツケースの中に収められていた。 「僕の車で向かいましょう。ちょうど良い場所に心当たりはあるので」 「は、はい……」  ガタガタと震えながら彼に従い、彼の車の助手席へと乗り込む。  女を殺したのは日暮れ直後だったが、時刻は既に0時を回っており、出発しようとする俺たちを目撃する者はいなかった。  彼はカーナビを操作して目的地を設定しながら、俺へと尋ねる。 「武内さん、明日の仕事や用事は――」 「……無いです。最近、彼女に辞めさせられたので。仕事も交友関係も全部切って、私だけに尽くしてって言われて」  考えれば考えるほどとんでもない女だった。ただでさえ束縛気質があったのに、最近になってそれが悪化して、俺の全てを支配しなければ気が済まないようになった。何かきっかけがあったのかもしれないが、もうどうでもいいことだ。俺を支配していた彼女は、死んだのだから。 「そう、ですか……」  隣人は気まずそうにそう相づちを打つと、それ以上深く聞くこともしないまま、車を発進させた。  その方が都合が良かった。あの女のことなんて、欠片も思い出したくはなかった。  車は大通りに出て、やがて高速へと乗った。深夜の高速はバスやトラックばかりで、俺たちのような自家用車でドライブをしている者のほうが少数派だ。  奇妙な行動をしていると見とがめられたらどうしよう。そんな不安が込み上げるも、それを口に出来るほどの気安い空気はもう俺たちの間には流れていなかった。  恋人からの支配から逃れた先に待っていたのは、別の男からの支配だったのかもしれない。  あの時、命乞いをした俺に彼は「体を好きにすること」を提案してきた。何の感情も抱いていない相手にそんな提案を咄嗟にするだろうか。もしかしてあの提案は、俺を窘めるためのたとえ話ではなく、本気で俺の体を好きにしたいと思って口にしたことだったんじゃないのか。  ちらりと、隣でハンドルを握る彼の表情を伺う。出発前は思い悩んでいる様子だった彼の顔は、幾分か晴れやかになっており、前向きに何かを考えているようだった。  死体を埋めに向かっているというのに、それに相応しくない面持ちをしている彼を見ていると、死体を解体している時のあの違和感のある表情を思い出す。  興奮と高揚を滲ませた獰猛な笑顔。あの顔が示している彼の加害性について意識してしまい、俺は一つの最悪の妄想へと思い至った。 「あ、あのっ……」 「何ですか?」 「もしかして、向かってる先で、俺のことも埋めるつもりなんですか……?」  言いがかりにも等しい疑いを口にすると、彼はしばし黙った後、少しだけ愉快そうに言った。 「もしその通りだと言ったら、あなたはどうするつもりですか?」 「ひぃっ……!?」  情けない悲鳴が喉から漏れ、この場から逃げだそうと無意識のうちに身をよじる。だけど走行中の車から逃げ出す方法などあるわけがなく、俺はガタガタと震えながら何とか口を動かした。 「そ、その時は、えっと……!」 「はい」 「あ……あなたの性奴隷になります! ど、どんなプレイでも受け入れます、束縛されても逃げません! だ、だから命だけはっ……!」  俯き、体を縮こまらせ、ハンドルを握る彼に懇願する。彼は、ワントーン低い声で答えた。 「へえ、武内さんは僕のことを、そういう目で見てたんですか」 「へ……?」 「いいですよ。じゃあ、お望み通り目的地に着いたらその通りにしてあげます」  その通り。  それが何を意味するのか、俺には分からなかった。俺が疑った通りに、目的地に埋められるのか。それとも向こうに着いた途端、性奴隷として犯されるのか。  彼はちらりとカーナビを見る。右下に表示された到着予定時刻まで、あと45分。 「目的地に着くまでドキドキしててくださいね。自分が一体、どんな目に遭うのかって」  くっくっと喉の奥で笑う彼は、今までの印象を全て書き換えるほど邪悪なものに見えて、俺は目の前が真っ暗になる。  埋められるのか。犯されるのか。  余計なことを言ってしまったがために迫り来る終わりの時間。  それを示すカーナビの表示が、また一分近付いた。

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