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到着予定時刻まで、あと(後編)01 罪悪感
隣に住むカップルがアブノーマルなプレイをしている。僕がそれに気付いたのは、カップルが越してきた当日の夜のことだった。
「アッ、あぁっ……ご、ごめんなさい、ごめんなさいぃ……」
薄い壁越しに聞こえてきたのは女ではなく男の喘ぎ声だった。入居してきたのは男女カップルのはずだが、どうやら夜に責められているのは男の方らしい。
艶めかしい声は聞いているだけで股間に悪かったが、家賃の安いこのアパートに住むと決めた時点でこういった騒音問題への覚悟はできている。
顔も知らない男の喘ぎ声で勃起してしまった時は、そのまま自慰のオカズにさせてもらったので、おあいこといったところだろう。
気がかりだったのは、いつも性行為をしている時、男の声は泣いたり謝ったりしているということだ。そういう性癖だと考えればそれまでのことだったが、何週間もそれを聞いているうちに、男の側が本気で嫌がっているように僕の耳には聞こえるようになっていた。
罪悪感と心配する心で、自慰をするのはやめてしまった。だが、ただの隣人にすぎない自分には何をすることもできず、ただ壁の向こう側の彼を案じ続ける日々を送り――さらに一ヶ月ほど経った頃、僕はようやく彼本人と対面した。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさっ……うぅっ……!」
玄関の外から聞こえてきたのは、彼の謝罪する声と殴打音、そして勢いよく隣室の戸が閉められる音だった。
ちょうど部屋にいた僕は自室のドアスコープから様子を窺ってから、玄関の戸を開ける。そこでへたりこんでいたのは、寒空の下に薄着で追い出されたらしい若い男だった。
はだけられた胸元からは痛々しい痣がいくつも見え、腕にもタバコを押しつけられたと思われる火傷の痕跡があった。
呆然としていた彼は、隣室のドアが開けられたことに遅れて気付き、慌てて傷跡を服の下に隠して、下手くそな笑顔を作った。
「す、すみません、お騒がせしちゃって……」
「いえ、それよりその……大丈夫ですか?」
「はい、俺が上手く出来なかったのがきっと悪いので……」
諦めたように笑おうとする彼をそれ以上見ていることができず、僕は彼の腕を掴んで、自分の部屋へと引きずり込んだ。
「えっ、あの……」
「武内さん、あまり個人的なことにいきなり踏み込むべきじゃないかもしれませんが、今のあなたが置かれてる状況は明らかに異常ですよ!」
「え……」
表札で知った隣人の名で彼を呼び、両肩を掴んでまっすぐに諭す。
「とにかく手当てをしましょう。上着を貸しますから、それで体を温めて――」
人として当然の労りを彼にまくしたてる。すると彼は、ぽかんと口を開けて硬直した後、ボロボロと涙をこぼし始めた。
「え、武内さん……!?」
「ご、ごめんなさい、こんな風に話を聞いてくれる人、久々でっ……ごめんなさいっ……」
手当てをしながらじっくり話を聞いて分かったのは、彼の恋人の悪辣な行いだった。
周囲を味方につけるのが上手い彼女は、武内の交友関係全てを味方につけて、彼を間接的に支配しているのだという。
相談する相手をも奪われた彼は、彼女の言いなりになるしか生きる道がないように思い込まされ、本当は嫌なのに恋人として振る舞っている。
聞けば聞くほど反吐が出そうになるほどの悪意に彼が晒されてきたということが分かり、僕は腹の奥底で、彼への申し訳なさを抱いた。
「お、俺が間違ってるんだって、俺が悪いんだってずっと言われて……でも、お隣さんがそれを否定してくれて、嬉しくて、ホッとして、俺っ……!」
声を上げて泣きじゃくる彼を、僕は自然と抱き寄せる。
何とかして彼を救い出そう。そう決意したのは、建前としての正義感と、彼の声を自慰に使っていた罪悪感からだった。
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