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到着予定時刻まで、あと(後編)03  懇願と提案

「武内さん……」 「っ……、はは、えっと、これはその……」 「……彼女、死んでるんですか?」  顔から表情が消えている自覚があった。最悪だ。想像するのも避けていた一番最悪の事態が、現実として目の前にある。  武内が、人を殺してしまった。いくら相手がクズだとしても、ここまで念入りに殺してしまったら、無実となるのはまず不可能だ。  彼は引きつった顔で無理矢理笑おうとして失敗し、狼狽した末にこちらに駆け寄ってきて、僕の足元に土下座してきた。 「お願いします! 何でもしますので、誰にも言わないでください!」  自分の声がどう響くのかにも考えが及んでいない声量で、彼は懇願する。僕は彼を刺激しないようにゆっくりと玄関のドアを閉め、彼と向かい合った。 「お願いします! 本当に、何でも言うこと聞くので! 人生を捧げてもいいです! お願いします!」  ドクン、とやけに大きく心臓の音が耳に響く。足元で情けなく平伏する彼の姿に、己の中で見て見ぬふりをしてきた醜い欲望が込み上げる。  支配したい。貶めたい。どうぞ食べてくれと頭を垂れる獲物のような男を前にして、知らずのウチに生唾を飲み込む。 「何でもするって言いましたよね?」 「は、はいっ……」 「それって、あなたの体を好きにするって言われても?」  ひゅっと、息を呑む音がはっきりと聞こえた。目前に迫る破滅に怯えている彼に、僕は抱いてはいけない愉悦を覚えてしまう。  ダメだ。彼にそんな感情を向けたら。彼を虐げたいだなんて、彼を苦しめた恋人と同じじゃないか。僕は彼を助けるためにここに来たんだ。冷静に、彼を救うために動かないと。 「そ、それでもいいです! 性奴隷にでも肉便器にでも何でもなるので、このことは内密にしてくださいっ……!」  興奮と理性が激しくぶつかり合って、自己嫌悪が脳全体に広がる。最低だ。彼にこんなこと言わせちゃダメなのに。  僕は全ての衝動を意識の裏側に追いやり、彼の前へと膝を突いた。 「武内さん、そんな自分を切り売りするようなこと言っちゃダメだ。何でもするなんて言われなくても、僕はあなたの味方をしたいですよ」  薄ら寒い善意の言葉をかけると、彼は涙をボロボロと流して僕に縋り付いてきた。こちらの顔が見えないように彼を抱き寄せ、聖人ぶった言葉で混乱する彼を宥める。  泣きじゃくる彼の熱を感じながら、股間が熱くなっている自分を今すぐ殺してしまいたかった。あの女と自分は違うと思いたいのに、彼が自分だけを頼りにしているという現状を楽しんでいる己が確かに存在している。その事実を直視したくない。自分は潔白だと思いたい。  そんな葛藤で人知れず渋い顔をしていると、武内は不意にこちらに名を尋ねてきた。 「……ふふっ。そっか、僕、あなたに自己紹介してなかったですね」  彼のためにこんなに奔走しているのに、知人となる第一歩の条件すら満たしていなかった自分がおかしくて、緊張が少しほぐれて笑ってしまう。 「うう……一度匿って貰った恩があるのに、不義理ですみません……」 「気にしないでください。それより、死体の処理のことを考えましょうか」  申し訳なさそうにしている彼をさりげなく誤魔化し、床の死体へと意識を向ける。どこからどう見ても他殺体だ。事故に見せかけることはできない。ならば、僕が取れる選択肢は一つだけだ。 「ケーサツに捕まりたくないんでしょう? だったら、一緒に死体をバラして埋めましょうよ」  我ながら爽やかに笑えた気がした。彼も躊躇いがちに僕に同意してくれた。  この面倒事が片付いたら、改めて彼に自己紹介をしよう。彼女の存在が完全に土の下に埋まって見えなくなったら、あんな女のことなんて抜きで、一から彼との関係を構築しよう。  だけど、現実はそう上手くはいかなかった。死体は順調にバラバラになって原型をなくしていくのに、彼が僕に向ける目はフラットなものにはなってくれなかった。

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