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到着予定時刻まで、あと(後編)04  誤った選択

「その……どうしてあなたは、ここまで俺のために動いてくれるんですか」 「どうして、ですか。そうですね……」  彼の立場になって考えてみれば当然の疑問だ。ゴミ出しの時ぐらいしか接点のない隣人。一度だけ優しい言葉をかけてはくれたけど、彼視点では解決に向けて何も動いてくれなかった僕が、死体をバラして埋めるだなんて大それた提案をしてくるのは、気味悪く思われて当然だ。 「もう少しだけ、その答えは待ってもらってもいいですか」 「え……」 「まだ自分の中でも答えが出ていないんです。あなたとこれから、どうなりたいのか」  彼の問いに僕は、本音で答えることしかできなかった。事実、今の僕は彼とどうなりたいのか分からなくなっていたのだ。  友人になりたい? 心を通わせたい? それともあの女の代わりに、彼の恋人になりたい?  最初は正義感と後ろめたさが理由だった。だけどこんな極限状態にまで陥って、死体を埋めた後、何の関係性も築かないというのは不可能だ。  共犯関係になりたい? 支配したい? 依存させたい?  不安のままに死体への最初の一撃を共有してしまったのは、そのどれかが理由なんじゃないのか?  いや、違う。そうであってほしくない。僕はあの女とは違う。彼のことを本当に想っているんだ。  親愛なのか。それとも恋なのか。考えれば考えるほど分からなくなる結論を、死体を埋めるという行為をリミットとして設定することで後回しにし、僕は無心で作業を進める。  彼女だったものをキャリーバッグに詰め終わり、彼を助手席に乗せて車のエンジンをかける。行き先はあらかじめリサーチしてある。記憶を頼りに目的地を設定すると、到着予定時刻が右下に表示された。  その数字が示す時間が刻一刻と近づいてくることに、ひりひりとした焦りを覚えながら、僕はアクセルを踏んで車を走らせていく。  ずっと不安そうに青ざめている助手席の彼をちらりと見る。彼を守りたい。彼が不幸であってほしくない。そんな単純な感情が胸にじんわりと広がり、自分が彼を助ける理由は、それで十分なのだと思えてくる。  そうだ。それでいいんだ。目的地に着いてから彼に伝えるべきなのはそれだけでいい。そこから先、どんな関係になるかは彼にある程度託そう。少なくとも、支配的な関係になることは彼も僕も望んでいない。だからきっと悪くはない結論になるはずだ。  なのに、彼は助手席で怯えながら、僕に疑いの目を向けてきた。 「あ、あのっ……」 「何ですか?」 「もしかして、向かってる先で、俺のことも埋めるつもりなんですか……?」  ぴくりとハンドルを握る指が震える。感じたのは、確かな苛立ちだった。  この人は僕を疑っている。こんなに尽くしてきた僕の気持ちも知らずに、疑心暗鬼になって僕が悪意を持ってこの行動をしていると考えている。こちらは、そんな考え方にならないよう、必死で善人になろうと努めているっていうのに。  だけどその本音を明かすのは嫌で、僕はほんの少しの悪意を彼に向けることにした。 「もしその通りだと言ったら、あなたはどうするつもりですか?」 「ひぃっ……!?」  小さく悲鳴を上げて震え上がった彼に、腹の底に仄暗い愉悦が確かに灯る。  あなたが悪いんですよ。こんなに頑張ってる僕を疑ったりするから。これぐらいの可愛い仕返しは許されてしかるべきでしょう?  武内は見ていて可哀想なほどガタガタと震えながら、必死で考え込み、想定できる限り最悪の答えを返してきた。 「そ、その時は、えっと……!」 「はい」 「あ……あなたの性奴隷になります! ど、どんなプレイでも受け入れます、束縛されても逃げません! だ、だから命だけはっ……!」  それは、彼があの女に向けていた言葉と同質なものだった。憎くて恐ろしくて、殺意まで抱いた大嫌いなあの女を見る目と同じ目を向けられていると察し、僕の機嫌は地の底まで一気に落ちる。 「へえ、武内さんは僕のことを、そういう目で見てたんですか」  自分でも驚くほど低い声が出た。それほどまでに、彼女と同類扱いされたことが不愉快だった。彼が今、こちらに恐怖を覚えていることは分かっていても、込み上げてくる加害性を堪えてやる気にはならなかった。 「いいですよ。じゃあ、お望み通り目的地に着いたらその通りにしてあげます」 「え……」 「目的地に着くまでドキドキしててくださいね。自分が一体、どんな目に遭うのかって」  ちらりと彼を見ると、彼は世界が終わったかのような絶望の顔をして固まっていた。  一度そうだと思い込むと、その思い込みのまま行動してしまうのが彼の短所だ。そのせいで死体になった恋人にもあっさりと支配された。それはなんとなく理解していた。  だから、そんな彼に悪趣味な意地悪なんて言うべきじゃなかった。そう気付いたのは、目的地に着いた直後、背後から彼に後頭部を殴りつけられた瞬間だった。

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